第13話 『地域医療の覚悟』
「おはようございます!」
第五班、声を揃える。
目の前にそびえるのは――
塩原記念病院。私達が地域医療実習でお世話になる病院だ。
山あいに建つ、白い三階建ての建物は都会の大学病院と比べたら規模は小さいが
でも、どこか“芯”がある。
この地域にはなくてはならないインフラの一つだ。
「緊張する……」
私――一ノ瀬叶梨は白衣の裾を握る。
「昨日“旅行”とか言ってた人の台詞とは思えないですね」
結衣の冷静な声。
「やめて、今それ言わないで」
「よっしゃ行くぞ!」
相沢くんは地元に帰ってこれて嬉しいのか、少し浮かれ気味に先頭に立つ。
「お前何回もこの病院来たことあるやろ」
遊び人の谷口くんは朝が早かったためか、少しテンションは低くぼそっと言う。
「顔パスちゃうん?」
「病院にそんなものはない」
病院のエントランスをくぐった瞬間。
「君たちが桜友館の学生か!」
低く、太く、通る声。
振り向くと――
白衣の上からでも分かる、がっしりした体格、そして鋭い目。
58歳とは思えない威圧感をもつこの医師が城戸健一郎先生。
塩原記念病院院長であり、桜友館のOBであり、我々の大先輩にあたる。
専門は外科だ。
「はい!」
我々五班の背筋が反射的に伸びる。
医師の世界は体育会系、失礼があってはならない。
城戸先生はよく来てくれた、と笑顔で我々を眺める。そして。
「医者になりたいか!」
いきなりそれ?
「は、はい!」
「なぜだ!」
なぜ。
え。
ちょっと待って。
え?
「えっと……人を助けたいからです!」
とっさに言う。玉の輿狙いですとは言えない。
「よろしい! いい心構えだ」
バンッと私の肩を叩く。
痛い。
ちょうど手が空いているから、と院長自ら病院内を案内してくれる。
同じ総合病院ではあるものの、大学病院とは雰囲気が違う。
なんというか、少しのんびりしている。
看護師さんと世間話をするおばあちゃん、
待合室は患者さん同士で将棋の話で盛り上がっている。
「医者はな、技術じゃない!」
院内を歩きながら、いきなり講義が始まった。
「覚悟だ!」
城戸院長の言葉が廊下に響き渡る。
「地域医療は逃げ場がない。
大学病院と違って、不確かな点があっても専門の科に丸投げはできん。目の前の患者を診るのは自分だ!」
皆がその声のでかさにおののくなか、橘くんは真剣な顔で聞いていた。
初日の午前中は二人一組で一人の先生について外来の見学をした。
私と橘くんがペアになり、内科の先生のそばについて見学する。
想像以上に高齢者が多かった。
「先生、膝が痛くてねえ」
「薬が増えすぎて分からなくなって」
つかせてもらった先生の傍らでカルテを見ると
糖尿病、高血圧、心不全、認知症疑い等々。
疾患のオンパレードだ。教科書で見た“複合疾患”。
「一ノ瀬」
橘くんが小声で話しかける。
「どう思う?」
「……思ったより、大変そう」
正直に答える。
のんびりした病院の雰囲気とは異なり、ここで働く医師の仕事は予想以上にハードだった。
東京の大学病院実習は、チームで診る。
わからないところがあれば、専門の科に質問することができる。
でもここは違う。
ひとつの科を一人の医師が担うこともざらにあるため
そう簡単に第三者の意見を仰ぐことはできないし、
相手は高齢者であるため、何度も病院に通うことは負担をかけてしまう。
だからこそ、できる限り自分で診る。
主治医が全部背負わなければいけない。
午後は救急搬送の受け入れがあった。
「急げ!」
救急車に乗ってきた患者さんを、救急隊と共に城戸院長が走る。
私たちもそれを追いかける。
患者さんは山で転倒した高齢男性で、
血圧低下しており腹部圧痛を訴えている。
「脾損傷疑い!」
院長は超音波のプローブを腹部に素早く当て、バイタルサインを確認する。
「オペに入る! みんな準備して!」
院長の判断は早い。指示を受けてバタバタと動き出すスタッフ。
一糸乱れぬチームワークだ。
その緊張感は大学病院と変わらない。
命の現場は同じだ。
いや、むしろ“ここしかない”という意味ではそれ以上だったかもしれない。
2時間後に城戸院長がオペ室から出てくる。
オペは無事に成功し、院長は家族に説明をする。
院長が汗を拭きながら私たちに声をかける。
「医者はな、格好いい仕事じゃない。君たちが思っている以上に泥臭い。大学病院みたいな設備の整った病院ばかりじゃない」
そして私たちを見る。
「それでもやる覚悟があるなら、ここにいなさい」
目が、鋭い。
でもその声は低く、落ち着いていて、とても優しかった。
こうして、長い長い研修1日目が終わった。
控室で着替え終わり、旅館にもどるバスを待っている途中、橘くんが隣に並ぶ。
「一ノ瀬、どうだった?」
少し考える。
「……格好よかった」
「院長が?」
「それもだけど」
彼を見る。
「医者って仕事が」
本音だった。
自分からこんな言葉が出てくるなんて、思わなかった。




