31. 雪の季・終(2月)12日①
記憶が戻ったことは、ロゼッタ学園長はじめ、アルバート先生やフィル先生、それからレオンへと早々に話した。
後日テオやセルジュ、アリシアにも聞いてもらったけれど、前世のことは説明もややこしいので誰にも言っていない。でも皆反応は温かだった。
変わらない関係性が、そのまま救いになってくれる。時折母さんのことを思い出して胸が詰まることがあっても、その痛みごと必要なものとして受け止めた。
一方で普段の自身の感覚としては、しばらくの間不思議な感じがしていた。前世が大人の女性だったせいか、自分で言うのもなんだけど、以前よりも精神が成熟しているような……。
二つの人格が対立するようなことはなくて、自然に溶け合って一つになったというのが近い。もしかしたら元々似ている部分があるのかもしれなかった。テオが「記憶が戻っても、ルカはまんまルカだな。」と言ってくれたのも、フォローではなくそのままの感想なんだと思う。
そうして日々が過ぎるなかで、少しずつ考えなければいけないのが進路のことだった。
アストラ学園に通う生徒の卒業後は様々だ。テオのように冒険者を希望する人もいれば、セルジュのように商売を営む家業を継ぐ予定の人もいる。他にも研究者志望で学院へ進学したり、国直属の組織への所属を目指す場合もあった。
この学園は、特定の何かやどこかを勧める場所ではない。生徒の選択を尊重し必要なサポートをしてくれるスタンスだった。
だから二年生の最後、雪の季休暇前の個人面談でも、担任のフィル先生は答えを示さない。
「ルカ、焦って決める必要はないぞ。お前の力なら王宮魔法使いでも冒険者でも、どこかの団体に所属するのだって何でも選べる。だから何が出来るかじゃなくて、何に力を使いたいのか⋯⋯そういう視点で選ぶんだ。」
これから何のために、どこで、何者として生きるのか。それはあまりに難しい問いだった。
国直属の機関や役職に就けば確実に誰かの役に立てる。ただ、時に自分の意志に反して力を使うことを迫られるかもしれない。
冒険者になって広い世界を見るのも良い。でも自分の場合、そのどこにも縛られない自由が、約束された居場所のない不安に繋がってしまうような気もした。
孤独は望まない。誰かに恐れられるのではなく救う側になりたい。大切なことだから、ここ最近はそのことで毎日のように考えを巡らせていた。
そんななか、休暇前最後の図書館アルバイトの後で、アリシアから誘いを受ける。
「ルカくん。まだ始業まで、時間があるから⋯⋯少し話せる?」
「うん、大丈夫。」
向かったのは図書館の外、学園を囲む森に面したベンチ。アルと出会った思い出の場所でもある。
雪こそ降っていないものの朝の空気は冷え込んでいて、隣に腰掛けたアリシアの様子を窺った。
「寒くはない?」
「私は平気。ありがとう。」
照れたように笑う彼女の首元には、シンプルな白いマフラーが巻かれている。清楚でよく似合っていた。一方の自分はレオンから貰ったマフラーを身に着けている。
「⋯⋯ルカくんと出会って、もうすぐ一年が経つね。」
「⋯⋯そうだね。」
「進路、悩んでる?」
重くならないように、けれど寄り添うような温度で聞いてくるアリシアに対し、隠すことはなかった。
「すごく悩んでる。でも最近は、独立して活動してる団体に入るのが良いかと思って。」
国の管理化になく、個別機関として魔物の討伐や異常事態の調査、救助活動を行っている団体はいくつかあった。そうした組織であれば人のために力を活かせるし、しっかりとした所を選べば納得した信念のもとに動くことが出来る。
自分なりに情報を集めて色々な人の話を聞いているうちに、この選択が一番しっくり来ていた。
「そっか。ちゃんと前に進んでいて、ルカくんは強いね。」
「そんなこと、ないよ。」
強くなれたのは一人じゃないからだ。だからまた孤独になることを、何よりも恐れているのかもしれない。
「⋯⋯あのね。」
「ん?」
顔を上げると、ローズピンクの瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。そこに宿る光があまりにも綺麗で息を呑む。
「好き、なの。ルカくんのことが。」
その瞬間――心が大きく揺さぶられる感覚がした。
予感は前からあった。でも、言葉にされるとこんなにも強く響くなんて。
「みんな、ルカくんのことを王子様みたいにかっこいいって思ってる。私も最初から、そう感じてた。でも⋯⋯それだけじゃ、ないの。ヒーローみたいに強くて優しい。」
「⋯⋯⋯。」
「今まで、記憶のことで悩んできて⋯⋯今は未来のことで迷っているのも、わかってる。許されるのなら、そんなルカくんの傍にいたくて⋯⋯私の想いを、伝えたかったの。」
震える声で紡がれる言葉は、けれど一つも消えずに届いていた。




