25. 陽の季・終(8月)25日①
陽の季も残すところ僅かとなり、学園は戻ってきた生徒で賑わい始めた。彩の季に入ればまた授業が始まる。
けれど、正直それどころではない。あれからずっとレオンとの距離は遠のいたままだ。
まだ休暇中だというのに、彼が寮の同室にいる時間は明らかに少なかった。無視こそされないものの、会話も必要最低限。「先にシャワー使うぞ」とか、「明かり消すよ」「ああ」とか、そんなものばかりで……確実に避けられている。
早くあの時の発言の意図を説明して謝りたかった。でも時間が経てば経つほどに、そうすべきなのかも分からなくなる。
自分は――出会った時から今まで、レオンに頼りすぎていたのかな。
面倒みがよく責任感が強い彼は、当たり前のように傍にいてくれた。それは自分が頼りなくて、ルームメイトとして放っておけなかったからかもしれない。
そんな相手から"僕の騎士じゃないんだから"なんて言われたら、嫌な気持ちになるのも頷けた。どの口がって感じだよね。
晴れない気持ちで寮の談話室を覗くと、久しぶりに集まるからか皆楽しげだ。奥にテオとセルジュ、そしてレオンの姿を見つけたけれど、今はなんだか遠い。誰にも話しかけずに一人部屋に戻った。
ベッドの端に腰掛けたまま、溜め息をつく。この学園に来てから寂しい思いをするのは初めてだな。
――ふいに、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「……はい。」
「ルカ、セルジュだ。入っていい?」
「うん。」
少し意外な訪問だった。四人では仲良くしていても、セルジュと二人という機会はあまり無かったから。そっと扉を開けて入ってきた彼は、片手に紙袋を抱えていた。
「これ、差し入れ。みんな談話室にお土産を持ってきてて、ルカも食べるかなって。」
「……ありがとう。」
気遣いに胸の内がじんわりと熱くなる。隣に腰を下ろすと、袋の中のものを並べていった。
ナッツが入ったクッキーに蜂蜜色の飴玉、マフィンのような焼き菓子、果実の砂糖漬け。本当に色々だ。勧められた焼き菓子から食べると、ほんのりチーズの風味がして美味しかった。
「美味しいね、これ。」
「だろ?これはテオのお土産だけどね。」
悪戯っぽく笑った後で、セルジュは少し声を落として言う。
「レオンと、何かあった?」
「………。」
「喧嘩……ではないか。」
そう、喧嘩ではない。いっそ喧嘩になれば謝ることも出来たのかな。相手は静かに傷ついてしまった。
「悪いのは……僕だ。」
耐えかねて口を開く。ざっくりとアッシュの襲撃のことを聞いてもらい、それからレオンとのやり取りを話した。後悔しているあの発言についても。
「その場の空気を、軽くしたくて……そんなに心配しないでって、安心させたかっただけなのに。」
伝え方を完全に誤ってしまった。受け取った側が傷ついてしまったのなら、それは言葉の刃だ。
セルジュは肯定も否定もしなかった。
「なるほどね。それでレオンがずっと避けるから、ルカも謝れずにいるんだ?」
「……そう。」
「あいつは不器用だからなあ。その時どうだったかは分からないけど、今はもう、怒ってはいないと思うよ。」
怒っていなかったとしたら、なんなのだろう。呆れられてしまう方が怖いかもしれない。
「いつも頼って……甘えて、ばかりだったから。」
「ん?」
首を傾げられて見つめ返す。セルジュの澄んだ薄青の瞳もまたこちらを見ていた。
「あー、なんていうか……俺からすると、そうは見えないことも多かったけど。」
「えっと……。」
微妙に噛み合わない理由が分からない。でもその答えは教えてくれなかった。
「とにかくさ、二人の間には誤解というか、すれ違いが起きてると思うんだ。伝えたいことがあるなら言葉にするべきじゃない?特に、レオンが相手なら。」
「……だよね。」
セルジュのアドバイスに納得していく。勇気が必要でも、自分から歩み寄るべきだ。
「そうだよ。……まあ、俺とテオもいるからさ。焦る必要もない。」
「ありがとう、セルジュ。」
また周りの人に助けてもらった。いつかお返し、できるかな。この気持ちはきっと忘れないから、もう少しだけ一緒にいてほしい。
「……あのさ、聞いてほしいんだ。」
「なにを?」
「アッシュと戦った時のこと。……話すことで、ちゃんと消化できる気がして。」
アルバート先生の労いもフィル先生のアドバイスも、レオンの心配も。全部嬉しかったし有難かった。
だけど、ただ聞いてほしいだけの自分もいる。褒められたいとか励まされたいとか、そういうことではなくて。
理解できない考えをぶつけられたこと、必死になって防戦したこと、全力で魔法を使った感覚――それらを自分の中に留めずに、誰かに話したい。
セルジュは優しく、そして少し嬉しそうに言った。
「いいよ。いくらでも、話してよ。」




