24. 陽の季・終(8月)10日④、15日
「アリシアのことは学園長に任せてる。まずはお前も、ゆっくり休め。」
「……はい。」
フィル先生の言葉に素直に頷いた。気になるけれどきっと大事なことだから、むやみに首を突っ込むべきではない。
するとふいに先生の手が伸びてきて、そのままワシャワシャと頭を撫で回される。
「わっ、なんですか?」
「ルカ、俺はこれでも教師だぞ?だから有難い言葉を聞かせてやる。」
口調こそ軽くても、自分を見る眼差しが深く優しい。それはまるで子を見守る親のようで、乱された髪を直しつつも黙って見つめ返すしかなかった。
「いいか。お前みたいに思いやりがあって責任感が強い奴は、後からこう考えるかもしれない。自分が原因で大事な人を巻き込んでしまったとか、逃げた彼はどうなるのか、とかな。」
「………。」
「まず、今回のことはルカのせいじゃない。戦いは向こうが一方的に望んだことだし、そもそも普通じゃ手に入らない魔道具によるものだったとはいえ、侵入を許した学園が悪いんだ。」
いつもどこか飄々としている先生が、真剣に伝えようとしてくれている。
「アッシュ……といったか、あいつとお前が同じように魔族との半血だったとて、それだけの話だ。本気で望むのなら話は別だが、アッシュを止めるのも救うのも、ルカの使命ではないと俺は思う。」
だから――自分の道は、自分で選ぶんだ。その言葉はストンと胸に落ちた。
ねえルカ、この学園に入学して本当に良かったね。心を許せる仲間がいる。理解し守ろうとしてくれる大人がいる。
フィル先生が去った後も、一人静かに考えた。
きっとこれから先も、揺らぐことや迷うことが沢山あると思う。それでもこの場所で学ぶことやここで出会った人々が、"自分たち"を支え、時に導いてくれると信じられた。
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そういうわけで、今回の騒動はひとまず落ち着いた。
ところが数日後、学園にレオンが戻ってきてこの話をすると、予想よりも深刻な反応が返ってくる。
「……怪我は。」と聞いた声がやけに固くて、部屋の空気が張り詰めるような感じがした。
「ほとんどしてない。小さな傷はアルバート先生が治してくれた。」
「限界まで魔力を使ったんだろう。後遺症はないのか?」
「沢山寝て、もう大丈夫。」
一つずつ答えてもレオンは止まらない。
「相手の目的はなんだったんだ。」
「同じ半血で、魔力量が近くて、属性は違くて……戦ってみたいっていう興味、なのかな。」
「そいつは逃げたんだったな?」
「そう、だね……。」
頷くと、彼の口元がきゅっと引き結ばれる。それから小さく息を吐いた。
「……それなら、再襲撃の可能性もあるな。」
「どうだろう……。」
根拠はないけれど、アッシュが自分に執着するということはないような気がする。ただ力を試す相手を求めていて、その過程で気まぐれに仕掛けてきたというのが近そうだ。
でも話を聞いたレオンの考えは違っているみたいだった。
「学園でも、しばらくは単独行動を控えた方がいい。」
「え、でも……。」
学園の防衛は、あの出来事があってすぐに見直されたと聞いている。それに元々も脆弱だったわけではないはず……。それを伝えても頷こうとしない。
「警戒するに越したことはないだろう。何かあってからじゃ……。」
「もう、心配しすぎだよ。レオンは僕の騎士じゃないんだから。」
そう言った瞬間――彼の動きが、止まった。
数秒の間をおいてすっと目を伏せる。その反応で、今の発言が傷つけてしまったのだとわかった。
「あっ……。」
「……そうだな。悪い。」
慌てて言葉を探すうちに立ち上がり、そのまま部屋を出て行ってしまう。その間、レオンは一度もこちらを見ようとはしなかった。
パタン、と扉が閉められる音がして一人取り残される。昨日までも一人だったのに、この空間がやけに広く感じられた。
「どうして……。」
どうしてあんな、痛そうな表情をさせてしまったんだろう。
安心させるための軽い冗談のつもりだった。心配してほしくて話したわけではないから。そもそもあそこまで心配させてしまうのなら、話すべきじゃなかったのかもしれない。
後悔しても発言を取り消すことはできない。これまで当たり前に傍にいてくれたレオンとの間に、大きな溝が出来てしまったような気がした。
どうしよう――ルカの一番の友人を、遠ざけてしまった。喧嘩どころか軽い言い合いすらなかったのに、たった一言で。
今夜にでも謝った方が良いのかな。それとも下手に掘り返さずに、時間が解決してくれるのを待ったらいい?
突然の出来事に、ひどく動揺している自分がいた。




