慣熟訓練の三週間。二週目以降
スコットだ。
マイティのやつ、兵隊がティーカップで自主訓練しているのを知ったとたん、夜勤の中にそれを訓練として取り入れやがった。
まったく、気が利いているというか何というか・・・
確かにペイロードスペシャリストは、当日必要なのは間違いないので、夜勤で慣らしておく必要があるが、必ずしも全ての時間、オレ達に付き合う必要はない。
オレ達のブリーフィング、デブリーフィングは長い。今後はボンとダオを含め、ペイロードの搬入と投下に関わるところでは入ってもらう必要が出てくるだろう。
しかし、今の段階での検討事項、例えば、どのルートで侵入するか、その訓練には『裏庭』のどのあたりを使うといいか、などの検討に加わってもらう必要はない。眠くなってしまうのがオチだろう。
それなら、ティーカップで訓練してもらったほうがいいって話なんだろう。兵隊共にとっても、それを自主訓練でなく、勤務時間扱いにしてくれた、クナイ・マイ様に感謝で感涙ってところだろう。
なんて言えばいいんだろう・・・まあ、上手いやり方だよな。
それどころか、志願兵、あの地獄の後席に座ってペイロードスペシャリストをやりたい、という志願する兵士すら現れた。
まあ、誰かは分からんが、あの地獄の訓練を、酒の席の話題で自慢したやつがいたんだろう。まあ、地獄の六日目の後は唯一の休日で、ラオ・ラーオの下賜は終わってないからな。それが、クナイ・マイ様信奉者の間で一気に広まったに違いない。
仮設座席が8席しかないから、合計8名しか乗せられないし、ボンとダオの整備屋二人は決まっているから残りは6名だ。
まあ、10名か12名のスペシャリストを養成し、当日は6名を選抜すれば済む話だ。予備の人員がいるのに越したことはない。
・・・
そして、追加のスペシャリストを加えての日々の訓練は続いた。ボンとダオは整備のために搭乗しないこともあるので、その時は8席ともペイロードスペシャリストだ。
人間とは慣れる生き物だ、というのは誰の言葉かは知らないが、きっとその言葉は真実だろう。
次の一週間、さらに次の一週間と経過することで、オレも慣れてきたし、ノイも横向きで普通に会話すらできるようになってきた。
貨物室の連中も、それほどフラフラしなくなってきた。
『今、操縦桿を渡して欲しくない』、という時間が長いのは変わらない。ただ、それは例の変態機動のところだけだ。
今では離陸や着陸、普通であれば最も難しいところを、オレが担当することすらある。
最初は、副操縦士らしく、離陸して安定してから裏庭まで、またはその逆のフェリー部分、そこだけだった。離着陸は彼女任せだった。
逆説的に言えば、裏庭での地面効果を最大限に利用した低空飛行訓練というのは、離陸や着陸を凌ぐ難易度だ、ということだ。
ま、そりゃそうだ。あれは『難易度』なんて言葉で表すもんじゃない。
失速、墜落するような領域で『普通』に飛ぶ。この『普通』のインフレ度はハイパーインフレーション級だ。
しかも IFR とすら言えない名ばかり IFR だ。機械や管制塔が誘導してくれるわけじゃない。暗視ゴーグルとGarmin に表示されている各種センサーの数値だけが命綱、という、非常に・・・こっちも・・・つまり、ハイパーインフレの二乗の難易度なのだ。
もう、古の伝説級ハイパーインフレ、ジンバブエドル級と言っても過言ではないだろう。
そもそも、VFR だとしてもとても飛べるような状況で飛んでない。普通、墜落だ。
オレやノイにとっては明るい時間に VFR で飛ぶほうが恐怖かもしれない。真っ暗で何も見えない・・・が、彼女はセンサーの数値や、あえて油圧を残した操縦桿やペダルの感覚で何かをつかんでいる・・・からこそ、オレ達は恐怖を押し殺して耐えていられる可能性すらある。
これで領空侵犯しに行くんだよな。今回のミッションは・・・一言でいうと滅茶苦茶としか言いようがない。
事前に説明したとき、彼女のパートナーであるジョージは『絶対認めません!!』という態度だった。まあ、そりゃそうだろう・・・普通に考えれば成功確率が低すぎる。
だが、彼女は、本来、足が出るはずの L-100 魔改造を人脈と金脈で儲かる案件に変え、圧倒的なカリスマで、現地の兵隊たちを崇拝者に変えた。
ジョージも異常に集まった金をどう合法的に処理するか、四苦八苦しているはずだ。ざまぁみろ!!
そして、あの魔改造、改造自体も異常に高度だが、労働環境が劣悪すぎる。
頑丈な上にも頑丈なイヤーマフをしていても体を突き抜ける騒音と振動。
慣れないうちは、そのせいで鼻血を出す兵士すらいた。
外で見ているだけのオレですらあの日々は苦痛だった。
博士連中は、そんな環境など気にしない。自分の論文のネタを捻り出すほうがよっぽど重要だからだ。
そう、崇拝者と化した兵隊共の労働力が無ければ、この魔改造機を作り上げることなど、はなから不可能な話だったのだ。
最初の晩飯の時の登場で、精霊とやらに成り上がりやがったのがすべての始まりだ。
俺には分からんが、最初こそ、ややたどたどしかった彼女のラオ語も、あっという間に洗練され、多分、今じゃ、王族か貴族が話すようなしゃべり方をしているんだろう。
簡単なラオ語が関の山の俺には、彼女がさえずる言葉の細やかな意味なんてさっぱり理解できない。だが、高貴な話し方ってのがラオ語にもあるんだろう。
彼女が口を開くたびに、空気、雰囲気が変わるのがわかる。
市場の喧騒や、酔っぱらった兵士の話すラオ語とは、そもそも違う言語じゃないかと思えるほどだ。
そう、雰囲気そのものはやや冷たいが、話し方が綺麗で、響きが良く、そして、気品があるんだよ。その冷たさも神がかって聞こえる要因のうちの一つかもしれない。
意味は分からなくても、その「響き」だけで、現地の連中が背筋を伸ばし、祈るような目で彼女を見つめる理由だけは伝わってくる。
言語、言葉ってのは、情報の伝達手段だけじゃない役割がある。
多分、この国では、それは「自分が何者であるか」を証明する『何か』なんだろう。
彼女は、その『何か』で兵隊たちの魂を優しく包み、自分たちの『神』として君臨しやがった。
オレだって、ワシントンのエスタブリッシュや、気取りすぎの、Snobby な英国英語くらい聞いたことがある。そういやあいつはそれもしゃべれるんだったな。
そんな言葉で「そこには絶縁材を挟め」なんて命じているんだからな。訳がわからんよな?
なので、論文を元にロッキードだのエアバスだのの会社がマネして作ろうにも、全員退職するか、ストライキが起きて、いつまで経っても出来上がらない、というあたりがオチだろう。
あの博士どもも、この画期的だが、労働者に苦行を強いる方式は、母国でやろうとしても不可能だ、ってことは理解していた可能性が高い。
彼らも苦行だっただろうが、彼女の『崇拝者』である労働者がいるここでしか、この画期的手法を論文に出来るチャンスは無い、と感じていたんだろう。
完全に『今となって思えば』というやつではあるが、オレにも分かってしまっているのだ。
もっとも、当時のオレはそれには気づいていなかった。こんな仕事をしているオレは宗教の力なんて信じていない。ひでぇ現場だな、毎日一本のビアラオと週末の安酒に釣られちまった兵隊たちには気の毒だぜ、とは思っていたが、それだけだった。アホなオレだぜ・・・
・・・
そして、彼女の訓練が三週目の終わりに入ったころには、ミッションが成功するかどうかはともかく、生きて、五体満足で帰ってくる、だけならほぼ確実だろうな、という確信すら持てるようになっていた。
総飛行時間323時間のオレも、この訓練だけでログブックに書くことが増えに増え、400時間が見えてきた。
彼女は彼女がいきなり左側に座る根拠として、シミュレーターで設計を繰り返した設計者の内の一人である、という根拠をひねり出し、責任を全うするためにテストパイロットとして機長席に座ったのだ、ということにしたらしい。
まあ、それは本当だから、言い訳でもなんでもないのをオレは知っている。
しかし、彼女、650時間ちょいの総飛行時間でCPLを持ってるだけでなく、ターボプロップの単発、二発、四発、さらにジェットの単発と二発の認定を持ってるとは恐れ入ったぜ。
個々の設計図や整備マニュアルは別の場所で並行して作られており、一部はこっちにも届き始めている。
しかし、操縦マニュアルはない。まあ、C-130、L-100を飛ばしたことがあるやつなら、通称『空戦フラップ』を封印し、四連スロットルレバーを四連のまま使えば、Garmin の表示に慣れれば飛ばせるとは思う。
あくまで普通の輸送機としてならだが。フラップは左右同期の普通のフラップとして使うレバーがあるからな!
オレなんて、標準的な C-130 も L-100 も飛ばしたことないのに、わずか三週間で普通のフラップを使った離着陸までできるようになってんだから、経験者ならどうにかなるだろ!!
もっとも、オレは普通の L-100 の操縦系がどうなってんのかは知らねぇから、普通の経験者じゃ飛ばせないかもしんねーけどなwww。
公平を期すために、彼女のことを褒めておこう。
オレの場合、教えてくれる教官兼機長の彼女が優秀だって要因はあったと思う。彼女は本領発揮の変態飛行も途轍も無いが、普通の操縦については、言語同様、むしろ非常に丁寧で細やかだ。
ターボプロップならではの着陸、ベータに叩き込むタイミングもきっちり指導してくれた。
最初に思ったより、しっかりと『教官』してくれているんだよ。
オレからみたら年下ではあるが、娘、という程の年齢差じゃない。精々が歳の離れた妹だが・・・20歳を過ぎたばかりの女子、と考えると異常すぎる落ち着きとカリスマだ。
まあ、世界は広いから、彼女と同じ操縦ができるヤツも数名くらいならいるんじゃないかな?ほら、フランツ・リストとか、手が大きくて器用なやつなんだろ?
そう、彼女の手はデカい。指も長い。細いけどな。そして、力強い。
そうでなければ四連スロットルを各指で担当する、なんて芸当は不可能だろう。
そして、彼女は三週間の訓練の後に、兵隊共への『ごほうび』すら準備していたんだ。




