慣熟訓練の三週間。三日目以降六日目まで。
スコットだ。
巻きでないと伝えきれんだろうな。
三日目。高速タクシングと「拒絶」の理解
空に浮かぶ一歩手前、High-Speed Taxi Testだ。
滑走路を離陸決心速度(V1)の手前まで一気に加速し、そこからフルブレーキで停止する。
電磁圧接されたストラクチャーと表皮が、高速走行時の微振動(シミー現象)にどう耐えるかの確認。
そして、オレとノイが「止まらない質量」の恐怖に慣れるためだ。
「浮かぶ直前で地面に留まる」という、航空機にとって最も不自然な状態を強いる。
その状態で、オレがパニックにならずにブレーキ圧をコントロールできるかを見ている。まったくオレまで促成栽培されるとは思ってもみなかったぜ・・・
この日からは、全員、暗視ゴーグルを付け、赤外線による誘導灯火を点灯しはじめた。
四日目。場周経路と「短距離離着陸への挑戦開始」
ついに離陸するが、遠くへは行かない。
基本的にはTouch-and-Go(連続離着陸)の繰り返し。
ただし、通常の場周経路よりはるかにタイトな、通称「パクセーパターン」だ。
低速域でのフラップ特性と、AE2100エンジンのレスポンスの把握。
マイティはオレたちに「最短着陸地点」を徹底的に意識させる。
通常の滑走路の端ではなく、ピンポイントでタイヤを接地させる精密なアプローチだ。
五日目:最大重量(Max Gross Weight)の試練
貨物室にデッドウェイト・・・今回はしっかりパッキングされてタイダウンされたT56、元のエンジンとエンジン架台、その他補機類や金属パーツ・・・を積載しての飛行。
電磁圧接構造の真価、つまり「過負荷状態での機動」を確認する。
強固になったストラクチャーに、さらに7.5tの積載貨物が加わる。
本番のミッションでは2.5tのペイロードを積載する予定だが、この手のペイロードの公称重量は急に重くなるなんてこともザラにあるから、せめて三倍の7.5tは耐えろ、ということだろう。
L-100の、最大積載量は19t だが、あれは整地され、舗装された滑走路を充分に長く使えるという前提の元だから、不整地、短距離離着陸を強要される現場では 7.5t というのは現実的な最大積載量に近いものがあるだろう。
あと、現実的な話として、AE2100の予備パーツがある今、T56は売り物として放出することで、ウチの家計、PMC の財政の健全化に寄与するって考え方もある。この何日か日勤の兵隊達はこいつのパッキングに追われていたらしい。まあ・・・楽じゃないよな。
そして、この日からボンとダオが加わり、ノイの一旦降機してのケーブル外しが無くなった。
六日目:マイティサーカスの始まり!
機上は三名のままだが、地上待機チームはさらに四名が増えた。まあ、ペイロードスペシャリスト的なものだろう。実際、荷物の積み降ろしにパイロットが加わることはないから、そのためにも絶対に必要だ。
今の状態でも、簡易的な椅子、トループシートという、アルミフレームにナイロンかなんかのメッシュ、網状の布というかロープで編まれた網みたいな生地が、左右で四人ずつ分、用意されてる。座ると、良く言えばバケットシートだ。
シートベルトは四点式で、まあ、本格的だ。といってもこれがないと、通常の離着陸でも兵隊が椅子からふっとんで、最悪、死ぬ。
この L-100 は魔改造で軽量で強固になり、エンジンパワーも増した。しかし、防音や防振という観点からすると最悪なのだ。
三日目、高速タクシングからのフルブレーキで、オレたちは、この問題に直面したんだよ。
流石のマイティもこれには音を上げてしまった。
なので、四日目からは、普通のヘッドセットから、ボーンヘッドと呼ばれる、ヘッドセット内蔵のフライトヘルメットに切り替えている。
当然、オレたちもだ。
飛ぶ前に気付いてよかった、ということにしておくしかない。
頭全体を覆っているので、こっちのほうが全然マシなのだ。但し、正直、数時間かぶっている、というのはやや苦しい。
この日は整備兵とペイロード屋が一旦貨物・・・エンジン一式を降ろすところから始まった。
実際のミッションも日が落ちてからなので、この日からは彼ら六名も夜勤だ。
最初のブリーフィング、前半は貨物を降ろすところで、これは全員が参加した。そして小休止のあと、ノイ以外の整備兵とペイロード屋は格納庫に行き、実際にチェックリストを確認しながら、ペイロードを降ろしているはずだ。
その後は飛行計画で、これは三名のみの参加だ。
まあ、ヤツらは聞いてなくて幸せだったかもしれない。
ちなみに四日目からは飛行を早めに切り上げ、デブリーフィングの後の機体の点検を一日の仕事の仕上げにしている。
何故か・・・・・・気持ち悪くてメシが食えないからだ・・・
降りた直後は、体じゅうが震えている状態が普通で、地上を歩くにも杖が欲しいほどだ。
特に横向きに座るノイの状態は酷い。
騒音や振動から脳を守ってはくれるが、物理的にキツいヘルメットを脱ぎ、会議室に入って、座り・・・というかヘタり込んでデブリーフィングだ。
あのマイティもそれなりに苦しそうだが、根性で耐えている、という感じに見えた。
一時間ほどでデブリーフィングを終えると、まあ、立つ、しゃがむくらいはなんとかなるが、まだ、微妙に酔っているような感覚は抜けきらなかった。
マイティは根性なのか素なのか、普通に振る舞っていたが、オレ達は、なんとか地上に慣れてきた、という感じだった。
さらに一時間以上掛けて、各部の点検を実施し、異常無しを確認すると、昼飯・・・まあ時間的には夜食だが・・・を抜いたのが急に実感されてくる。
つまり、降機から三時間近く経って、やっと腹が減ってくるのだ。
ずっと、三人での会議室の夕食・・・時間的には遅めの朝食だが・・・では、一本目のビールは彼女が三人分の三本を抱えてくる。
四日目は、彼女はいつものペースで IPA を飲んでいた。そして一本飲み切り退席したが、オレもノイも半分も飲み切っていなかった。
15分後くらいに気合いで飲み切ったが、もう、お代わりは充分だ。ノイも空になった自分のトレーに空瓶を横倒しに乗せて、黙って立ち上がった。話す必要もない。オレもそうしたからだ。
五日目はいくらか・・・気持ち程度は慣れていたが、同じく彼女が退席したあと、やっぱりなんとか飲み切った。で、オレがポケットから札を出す素振りをしたところで、ノイが「Sir. No Thank you, Sir.」と言った。
そうだな。マイティが持ってきたんじゃなきゃ、一本目を二人でシェアで充分だったろうな。
なんでこんな話を延々としたかというと、この日の訓練は本当に地獄だったからだ。右席のオレや、横向きとはいえ、操縦室、FE 席のノイはまだいい。
貨物室の横向きにしつらえられた簡易シートに四点式シートベルトで括り付けられた、ボン、ダオ以下、ペイロードスペシャリストは悲惨なもんだった。
なんせ、窓なんてない。何が起こっているのかまったく分からないまま、轟音と衝撃に包まれ、その上で彼女の変態機動だ。
その日の朝食(という名称にしているが、遅めの夕食の時間だ)は少なめで、貨物を降ろす作業の後、このあと長いフライト任務があるのに昼食も無い、ということについても、不満はありつつも、彼女が機長だったから、我慢して搭乗した彼らだったが、すぐにその意味を理解したようだ。
旅客機ではない L-100 には、トイレは無い。正確には無いわけではないが、無いも同然だ。
とのことで、搭乗前に小休止を取って、大も小も、ともかく出せ、という指令すら出る。
そして、六日目は彼女がその本領を発揮した日だった。
離陸したあと、東の、通称『裏庭』・・・農園であるPMC拠点から一山越えた、起伏に囲まれた高原の中の平地・・・がある。
そこを、彼女は暗視ゴーグルの隅に表示される、ソナーと対地レーダーの数値から裏庭を超低高度で飛行する。信じられないことにヒトケタmの対地高度なのに普通に飛んでいる。
この高度になると地面効果がすごい。よって、V1より遅い程度の低速でも安定して飛べる。
コーヒーの木は2m程度の高さなんでいいが、もう少し高い木だって普通にある。
彼女は左腕一本で操縦桿を握り、右手は4つのスラスターレバーを四本の指で操作している。
両足は二つのペダルに追加した、フラップ機動用のさらに外側の二枚のペダルを使っている。つまり、踵で通常のペダルを、爪先で通称『空戦フラップ』を操作している。操縦に使える手足のあらゆるパーツの中で、もう、爪先しか使えるものが無いからそういう操作系にしているんだと思う・・・
しかし、オレの足元にもそれはあるが、そんな風に使うなんて聞いてない。オレには無理だ!!
もし、今、「操縦桿をそちらに」とか言われたら、「墜落必至!断固拒否です!」としか言えない。しかし、今、しゃべるとオレもピンチになるのは言うまでもない。胃腸は限界と戦い続けているからな!
彼女が何を見ているのか全く理解できないが、それで高い木をヒョイ、と避けたりしているし、しまいには飛行機をほとんど傾けずに、ディファレンシャル・スラスターを使って、機首を振り、水平旋回をはじめやがった!!そんな機動は、航空機の教科書には載ってないぜ!!
隣に座っているオレはまだいい。何をしようとしているのか、ちょっとは理解できるからな。FE 席で、高度や何やらのアラートを聞き続けているであろうノイも、まだマシだ。まあ、彼女が本領を発揮してからは常に複数のアラートが鳴りっぱなしだから、聞き分けられているかどうかまではこっちも分からん!!
そして・・・何も知らされず、後ろに座らされた六人にとっては、もはや悪夢とすら呼べない惨劇だったということくらいは想像が付いた。
なまじ、機体の剛性が高いがゆえに、地面効果をエルロンやフラップでいなし続ける彼女の飛行は予想不可能で不快な揺れが絶え間なく続くことになる。
その上での水平旋回である。片側のシートでは、体の背中側が椅子、機体の壁側にめり込み、逆側では椅子から飛び出す、つまり四点式シートベルトの肩から腹のベルト部分だけで体を保持されているような状態が数秒間続く。
それがいつ始まるか、そして終わるかも分からず、その後は、また不規則で鋭すぎる揺れの連続だ。
まるで、人間丸ごとドラム式洗濯機に放りこまれたような状態だと思うが・・・彼らには、それに慣れてもらわなくてはならないのだ・・・
本番のミッションでは空荷でどこかに向かい、そこで何かを積む。そしてそれをラオ国に持ち帰り、しかるべき場所で投下することになる。
パイロットはエンジンを掛けたままペイロードが積まれるのを待つしかないのだ。友達の引越しを手伝いにいった大学生じゃあるまいし、操縦士も荷物運びをする、などという余裕は一切無い。
機体側の操作には、今となっては整備主任で慣れているボンとダオ、そして、荷物に取り付いて機体への搭載をする兵士が絶対に必要なのだ。
・・・
言うまでもないが、その日の結果は「死屍累々」だった。
貨物室に『それ特有』な、においも多少、含まれている気がしたが、見事なことに、床は綺麗なままだった。
六人ともやっとの思い、という感じで降機し、デブリーフィングの間は格納庫の中で各々が場所を見付け、回復に努めていた。
三人で機体の目視確認をしているところに、ダオがなんとか持ち直しました、という顔で合流し、しばらくしてボンも合流してきた。
ノイが、あいつらはどうした?的なことを聞いたようで、ボンが何か答えたが、まだツラいようで、ボソボソとしゃべっていた。
そのせいでオレには意味が分からなかったが、マイティは笑いだした。'
「あれを用意しておいてよかった!」
オレには意味が分からなかったが、オレも割とギリだったので流すことにした。
七日目の明日は休養日だ。半日遅く勤務しているオレたちはもう、既に日曜の昼前なので、適当にだらだら飲んでいても、ひどく目立つことはない。
マイティはいつも通り、IPA を一本飲んでさっさと切り上げた。うん、あいつ、多分酒も強いな。
ノイもまあまあ英語をしゃべるようになったが、ダオのやつもそれなりに話す。まあ、単語の羅列ではあるんだが、意味はわかる。ちょっとの時間を要するが。
そして、彼女が笑った意味も分かった。あの野郎(女だが・・・)、『マッド・ティーパーティー』のティーカップを準備していやがった・・・。
確かに三半規管を鍛えるにはぴったりだろうよ!!
おい、ノイ!、オレにもラオ・ラーオをカップの下、1/3まで入れてくれ!!
<<『マッド・ティーパーティー』のティーカップ>>は、日本でいうと、コーヒーカップ、小規模な遊園地でもある、自分でも追加で回せるカップ状の遊具です。彼女が持ってきているものは、その残骸みたいなものですから、自動では回らず、自分達の腕力のみで回すものです。




