慣熟訓練の三週間。二日目
スコットだ。
さて・・・すでに過去のことだから、はしょっていくぜ。
別に詳細に教えてもいいが、きっと飽きる。
何なら彼女の曲芸飛行でも見ていたほうが楽しいだろう。
実技もいいが、彼女なら、極限とも言えるであろう訓練をフライトシミュレータでしているであろうから、その実況配信も見てみたいものだ。
近代的な機種でも楽しそうだが、彼女のポーターでのマニューバを見た身としては・・・古典的な機種、例えば、紫電改の自動空戦フラップを手動化して、超絶技巧でマスタングあたりをカモにしている配信が見られるほうが楽しいだろうと想像してしまう。想像するだけでニヤニヤできそうだ。
彼女のことだから、墜落した米軍機からタービンブレードを鹵獲して、エンジンを高性能化している、なんてのもアリだな。当時は日本にはあまり無かったであろう100オクタンガソリンもシミュレーターなら入れたい放題だ。
うん、彼女なら、マスタングだけでなく、P-38もB-29も撃墜しまくって、アメリカの太平洋方面軍司令官を真っ青にするだろう。
・・・
オレ達の訓練は日が暮れてからだ。
つまり、即席機長に、でっちあげの副操縦士と航空機関士というトリオにとっては、常に最悪のスタートになる。
その上、基地は農園の中の一角にある。滑走路も農園の中の作業用道路に偽装したものだったエアストリップを、公式に農業用簡易離着陸場として地方政府に登録したものだ。
この間のポーターの飛行だって、「農薬散布のため」という名目で許可は取り付けた。後出しだし、排気ガス以外は何も撒いてないけどな。
ヘンに社会主義国家なので、御題目さえあれば、このような『公式化』自体はやりやすい。まあ、袖の下は必要だがな。1200mというストリップ長だって、素人が見様見真似で離着陸するには、この程度は必要だ、くらいで、済む。
さて、二日目、マイティ機長は、タキシングが目標だ、とのことだった。
2000
一回目のブリーフィング。本日の訓練内容の説明だ。ここで疑問に思ったことをしっかり質問しておかないと、あとでエラい目にあったり、機長に叱責されるはめにもなる。
内容は、システム起動、滑走路の往復、Uターンの際には左旋回で半周とのことだ。
標準的なL-100、C-130からみたら相当頑丈で、しかも軽い機体だが、やっぱり輸送機だから、鈍重・・・だと思う。少なくともポーターのようには行かないだろう。
ターボプロップの出力が凄まじいとは言え、パーキングブレーキをゆるめてから実際に機体がタキシングを始めるまでのタイムラグ、これをつかむのが今回の目標だ、とのことだ
2030
昨日、5回ほど、システム起動と終了をやったおかげで、今日は比較的あっさりと起動できた。
ノイとのコンビネーションも良くなってきた。
起動前、乗機前には外部電源(GPU)ケーブルを繋いでから乗ってきて、起動後には一旦降りて、GPUケーブルを外してくる。まあ、普通は他のスタッフがやることなんだが。
いよいよタキシングだ。
AE2100は低く咆哮を・・・まあ全力はこんなもんじゃないんだろうが・・・それなりに上げ、オレは機長の命令で、機長との席の間にあるパーキングブレーキを解除する。
オレたちは、既にイヤーマフを兼ねているヘッドセットをしている。
軍用機なんていうものは、大した防音もされてない。
そして、AE2100が本気で吠えたときの騒音は凄まじいものがある。
で、そんな機体の操縦席では、声での会話が難しくなる。
それにヘッドセットの使い方にも慣れておく、という意味で、実は昨日からしていたのだ。
そして、Dレンジに入れたオートマの車と違い、L-100ともなると、パーキングブレーキ解除から、機体が動き出すまでにそれなりのタイムラグがある。
こればっかりは口頭での説明ではなく、実体験が必要だ、ということがよく分かる。
機長は適当に増設したカメラを、これまた適当に増設したモニタで見ている。
これは、エルロンや、狂気の空戦フラップ、エレベーターやラダー、最後にスポイラーやスラットがちゃんと動くか確認しているようだ。
オレにも見えるモニタから、後端に伸びたフラップが、エルロンのように動いているというのは異様な光景だ。だが、彼女のような超越的天才にとっては使い勝手がいいんだろう。
予想とは違い、動きはそれほど速くない。精々がエルロンと同じような速度だ。
エルロンを両方下げて、揚力の足しにするってのは聞いたことあるが、フラップを自在に動かして機動を制するなんて聞いたこともない。
フラップは寸法も『ほとんど』そのままに新造したと聞いている。ハニカム構造を使っているとのことだ。それに寸法は少しだけ伸ばされていて、スリットが追加されているようだ。よく分からんが空力のためなんだろう。
それに、スラットやスポイラーも適宜併用するに決まっている。
カメラやモニタは今日は飛ばないのが確定しているので、テープで止めたり、そのあたりに置いたりしているだけだ。
主翼の中も点検口から、カメラとLEDライトを突っ込んでモニタリングしている。
電動油圧ポンプも増設しているし、ラインは全部引き直してあるんだから、そりゃ、飛ぶ前に確認しなきゃ、おっかなくてしょうがないよなぁ・・・
ま、電動油圧ポンプの油圧はGarmin でモニタリングできるけどな。
電動油圧ポンプ化したメリットがもう一つ、厳密には違うが、操縦桿のパワステ化だ。エンジン回転が低いときでも、操縦桿が軽い。
「スコット、ちょっと色々と動きを確認するので、滑走路を注視してくれ。もし何かあったら、私に報告・確認せずにトーブレーキを踏んでよいぞ?」
まあ、夜とは言え、兵隊がサッカーボールを追い掛けて飛び出してこないとも限らない。まず無いが。あるとすれば、小動物だが、轢いてしまうか止めるかは迷うところだ。あいつらそれなりに素早いから避けることのほうが多いしな。
普通、ブレーキは機長だが、そのような事情により、オレに委任されたわけだ。
あとは、ステアリング(ティラー)操作だな。
ノーズホイールの向きと、左右のブレーキの効きを注視するわけだ。
今日は何回タキシング訓練をやるのかは、まだ不明だが、最終的にはディファレンシャル・スラストまでやるんだろう。
彼女が内側のエンジンを絞り、外側をわずかに吹かす。精密なレバー操作に、オレのブレーキングを同期させ、超信地旋回といかないまでもほぼその場で地上で旋回する訓練だ。
今、初回のタキシングでは、普通に旋回すればいい、と言われている。
2230
デブリーフィングだ。普通に旋回して、元の場所まで戻り、再度旋回してシステム終了を行い、一回目のタキシング訓練は終了だ。
色々やりながらとは言え、滑走路を一往復するだけで2時間もかかったことになる。
トーブレーキの使い方のコツなどを彼女から伝授される。おい、実機乗ったのお前も初めてだろ?と思ったが、これが、フライトシミュレータでの感覚と実機の感覚をリンクさせる、というやつなのか・・・
オレも買おうかな、と思ったが、一万ドル以上は必要だ、と聞いて一瞬で諦めた。
ノイとは油圧の話を延々としていて、一度三人で、油が漏れてないか目視で確認しに行った。バーライト以外にヘッドライトも付けて完全武装だ。
途中からはオレは後ろからバーライトでマイティの指示した場所を照らす係になったがな。
0100
どんどん巻いていこう!
二回目は軽い夜食(昼食)の後に実施だ。やったことは一度目とまったく同じだったが、今度は一時間で帰ってきた。
まあ、事前のブリーフィングとデブリーフィングは長いので合計では3時間掛かるんだがな!しっかり聞いて、場合によっては質問してメモしてを繰り返さないとクルーの身を危険にさらすことになるから、真面目にやってるぜ!
0500
休憩のあと、第三回だ。ブリーフィングの後、GPUケーブルを接続して起動、ノイが降りてGPUケーブルを外し、再度乗機、この時点で、ほぼ 0600 だった。
まずはその場でディファレンシャル・スラスト!
これはブリーフィング通りだ。
いきなりかよ?と思ったが、何らかの部品が故障した際に向こうまでいっているとどうにもならなくなるから、ここでやる、とのことで、言われてみればもっともだ、としか言いようが無かった。
無事に一回できて、すぐ降りて全員で目視点検、異常無し、もう一度その場で実施してから、向こうまでタキシングさせ、そちら側では半周のみ・・・まあ、それが普通だが・・・のディファレンシャル・スラスト実施後、さっさと戻ってきて最後の半回転も実施!
無事終了
0800
もう明るいので目視点検も容易だ・・・
結構シンドいんだよ・・・
しかし、自分の命を預ける機体、しっかり調べるしかない。
疑問に思ったところもしっかりメモだ。
1000
0900からのデブリーフィングの内容は省略だ。昨日ほどの厳しさはなかったぜ。
今日も彼女の奢りで、氷袋、そして、ノイにはラガー、オレにはダーク、彼女はIPA だ。
整備をした関係上、ノイはとても丁寧に手を洗い、袋の氷を砕き、全員のカップに入れた。例のごとく手づかみだ。
何の打ち合わせもしなかったが、全員が自分のカップにビールをなみなみと注ぎ、目が合ったと同時に一気にあおり、そしてカップをテーブルに置くと再び、なみなみと注いだ。
そして、なぜか笑いあった。
ここの兵士は『グラス』なんて上品なものは使わない。プラスチックの使い捨てカップに名前を書いて、割れるまで使うか、水や茶を飲むのに使う金属製のマグカップだ。
それは士官でも変わらない。
ビールは視覚的にもプラカップで飲んだほうが旨いと思うが、面倒なんで、オレもステンレスのマグを使っている。
機長、マイティは、気持ちオシャレなダブルステンの保冷マグだ。オレのステンレスは銀色に光っているが、彼女のマグはマットな紺色だ。そうだな、Navy Color だ。所属が所属なだけにな(偽装だが米海軍所属)。
ノイのマグは茶色だが、何の金属かはわからない。
彼女は結構酒が強いらしい。今日は一際速くメシを食い、ビールを飲み切ると、連絡事項だけを話し、さっさと去っていった。
そうだ、ノイのマグの金属は何だって話をしよう、結局わかんなくたっていいさ、と思い、下手くそなラオ語で、もう少し飲むだろ?的なことを言って50,000と書かれた紙幣を渡した。
ノイは一瞬きょとんとしていたが、嬉しそうな顔になると、自分のフクロに冷えたラガーを3本買ってきた。律儀に2,000と書かれた紙幣をオレに返す、というおまけ付きだ。それくらい、とっとけよ、と思ったが、彼の律儀さが嬉しかった。
今は午前だから、普通は売ってくれないが、夜勤組のリストは売店に渡っているので、IDを提示すれば売ってくれるんだよ。
ああ、それで売ってくれる最大の三本を買ったんだな。まあ、最初、長身白人美女の士官が三本買っていって、あとで現地の下士官がくれば、オレが売店の社員だったとしても、下っ端がカネを渡されておかわりを買いにきたって『正しく』理解するさ。
オレ達は結局、その三本を飲み切り、分かったような通じてないようなピジンっぽい言語で話しあったが、大した話はしなかったようで、内容は覚えていない。
結局、ノイのマグが何という金属でできているかは、その時点では分からずじまいだった。
今は、どうやら真鍮らしいってのは分かっている。
四月から入っているラオ国編ですが、全然終わりの気配が見えません。ときどきは日本のエピソードも混ぜていこう。




