怒りながらも訓練開始!
スコットだ。
もう結構前になるが、あの野郎、マイティは機長候補者が逃げていたのに怒りまくっていたが、その夜から慣熟飛行・・・というか訓練を開始した。
機長は彼女、そして副操縦士はオレ、FE席はなんと整備士のノイだ。
彼女曰く、FE は乗ってるだけで、基本は機長一人で操縦できるはず、とのことだった。
やっぱり完成形はお前の頭の中にしか、無えんじゃねぇか、と思ったが、口に出してもいい事は無さそうなので黙って副操縦士席に座ることにした。
ノイは、おどおどして、声には出さないものの、オレがここに座るんですか?という顔をしていた。まあ、そりゃそうだよな。
オレだって、副操縦士なんて重荷以外の何物でもない。荷が勝ちすぎる、というやつだ。
なんてったって、300時間、正確には323時間しか飛行時間がない。
ターボプロップなんて免許維持のためと、新機種習熟のための練習を兼ねて乗った16時間があるのみだ。
しかもセスナの208。ターボプロップだが、初心者向けの単発機に過ぎない。
そもそもグラスコクピットの機体だって初めてだ。
搭乗前のブリーフィングでも、必死で覚えた用語を追うので精一杯だった。チェックリストだって同様だ。
ノイへの指示はラオ語混じりのChopping English だ。文章でしか英語を読んだことのない非ネイティブ向けの、単語を繋げない・・・オレらからすれば奇妙な英語だが、言ってることはハッキリ分かる・・・そして、英語にラオ語が混じっている。
正直、英語にラオ語を混ぜられたらラオ語はわからん。あいさつやら、「これいくら?」的な、簡単なラオ語は流石に分かるようになっているんだが・・・
「スコット、計器の数字を読み上げるだけで大丈夫。落ち着きなさい。ノイ、私が言う単語に、指差し確認で応えなさい。スターターボタンを押すくらいは大丈夫でしょう?そして、簡単な英語でいい。ພະຍາຍາມຕອບເປັນພາສາອັງກິດເດີ(なるべく英語で返事してね)?」
オレの苦悩を無視して、流暢なラオ語を言い放った彼女はGarmin のタッチパネルを指先で操作し、淡い緑の光を浮かび上がらせた。
そして言った。
「Parking brake, Set.」
オレか。S...Set!
「Noi, Battery switch, ON.」
「Battery, ON! ເຮັດແລ້ວ(やりました)Sorry, Battery Already ON!」
また、クナイ・マイ、様だよ。アゴの動き一つで、ノイに英語で言い直させやがった。
まあ、単語が三つ連続していて、文法的にはちょっとおかしいが意味はわかる。
「Garmin, Avionics, Live.」
オレだ。Avionics……Live. PFD、Already Booted. Ready! All signals are Green!
・・・人のことは言えないな。
そして、彼女はAE2100の始動シーケンスを開始する。
FE 席のノイが、あまり上手いとは言えない英語で応答する。
「Engine No.3, Prime.」
「Fuel pressure, Good.」
「Noi, Starter Engage. Are you OK?」
「Yes! Ma'am!」
デジタル化された計器が、4機のエンジンの状態を表示し始める。
ノイは、慣れない英語と、聞き慣れた彼女の命令の合間で、必死にパネルと格闘しているようだ。
キィィィィィィン……という、あの電磁圧接機を思わせる高周波のチャージ音がコックピットを支配する。
「NG rising. 15... 20... Fuel Flow, Start.」
ITT Rising !機長、全て順調だ!!
「 スコット、それでいい。ノイ、次は2番。やれるよね?」
「Yes Ma'am。任せてください!!」
こうして、起動シーケンスは消化されていった。
・・・
初日は結局飛ばなかった。起動のあとは停止のシーケンスを通しでやった。そして、降機してからデブリーフィングだ。そして休憩を挟んでからの、ブリーフィング、起動、停止、デブリーフィング、これを何度も繰り返した。
まあ、あのまま飛んだとしてもロクなことにはなっていないだろう。
オレも浮き足立っていたし、ノイは、ハッキリ言って単なる素人である。
FE 席に座っていい人材じゃない。それは、本人も分かっているし、マイティだって分かっている。
本来、デブリーフィングではオレがマイティを指導する立場のはずだ。PMC と言えど階級のバッジを付けている以上、軍隊に準ずる扱いであるべきだからだ。
そもそも、普通のPMC では階級章など付けない。この国の戦乱の歴史から来るものだが、このPMC は欧米でいうPMC と民兵組織の中間、ラオ国でしかあり得ないPMC なのだ。まあ、ベトナムにも有る、と言われたら有るかもな、とは思うが・・・
オレ達は実任務の時間に合わせて、昼夜逆転生活をしている。
機体整備・・・まあ、ほぼ新造だが・・・の間も昼夜逆転だったので、生活リズムは、良くも悪くも崩れていない。
整備に広く駆り出されていた兵隊達は建国記念日の休暇一日で、日勤帯勤務にリズムを合わせた。
それと同時に、夕食時のマイティからの全員へのビアラオ一本提供は止まった。あれは過酷な労働に対する彼女なりの追加報酬、ということだったのだろう。
なお、週末のラオ・ラーオとつまみの提供は続けるらしい。
まあ、あれは典型的な安酒だしな。
そして、昼夜逆転のオレ達は、適当な会議室で冷えたメシを夕飯代わりに食べ、それぞれの寝床に行くしかないのだ。
普段は士官食堂と下士官・兵食堂に分かれて食うんだが、ほとんどの兵隊が日勤になってしまったので、オレのために厨房を開けろ、という訳にもいかない。
オレだって、そこまで階級意識に凝り固まっているわけじゃないから、別に、ノイと一緒のテーブルで同じものを食べることがイヤ、ということはない。
このPMC でも、基本的には士官と兵隊で食事を分けたりはしていない。
ただ、オレも、指でこねて食べるのには抵抗があるので、フォークやら箸を使う・・・日本に滞在したこともあるんでね。それなりには箸が使えるんだよ。
あとは外国人向けというのか、味がややマイルドになっているらしい。
まあ、そのままだとちょっとオレには辛すぎる。
そこへマイティが自分のトレーを持ってやってきた。
「メシにしよう。まあ、先程まででデブリーフィングは終わりだ。今からは先程までの雰囲気は無しで、気楽にやろう」
と二ヶ国語で言って、腰に下げた袋から、デカい氷の袋を机の真ん中に投げた。ノイは慣れた様子でそれを持ち、机に叩きつけてある程度砕いてから、袋を破った。
そして、オレ、自分、マイティのカップに手掴みで氷を入れた。
オレは素手かよ、と思ったが、まあ、士官食堂でも誰かが素手で氷を入れてくれるというのには慣れ切っているので・・・。
次に、彼女はビアラオをノイに一本渡した。
そして、オレにはダークを投げてよこし、自分用らしいIPAのビアラオを手元に置いた。
「ຜູ້ນີ້ເປັນນາຍທະຫານ」「ໂດຍ, ຂ້ານ້ອຍຮັບຊາບແລ້ວ」
何て言ったんだ?
「スコット、少しはラオ語が分かると言ったじゃないか?」
本当に少しだけだし・・・訓練中はずっと英語だったからな。すぐには切り替わらんよ。
「まあいい、He's Officer と Copy, Yes Ma'amだ」
ああ、オレにはダークを、そして、自分は一番高い IPA を飲むからか・・・まあ、普段は、お互いに注ぎあうのが普通のようだからな。
「そうだ。面倒だから自分の分は自分で、というわけだ」
しかし、日本でもビールに氷は入れないよな?
「まあな。だから、IPA にした。薄まる前提だとこれくらいがいい」
それで、オレにはダークってことか?
「そこは適当だ。明日からは普通のラガーになるかもな」
別にかまわんよ。オゴってくれるんならな。
「ずっと英語だとノイがかわいそうだぞ?ラオ語を混ぜて話せ」
訓練はずっと英語でやるんだろ?
「だからこそだ。そのためのビールだろう?」
ああ、そうだな・・・わかったよ・・・
まあ、ノイの英語より、オレのラオ語のほうが下手クソだが、まったく意思疎通ができないということもあるまい。
このデカい瓶一つじゃ、大して酔わないだろうが、それでも多少は飲んだほうが、メチャクチャなラオ語でも発話する気分にはなれるだろう。
マイティも、ああは言いつつも、肝心なところだけは通訳してくれる。それで、ノイが末っ子であることも、適当な名付けをされたであろう、ということも理解できた。
しかし、ノイって、小さいって意味か?マイティやオレから見れば小さいが、別に・・・ラオ国の中では小さいほうでもないだろう?
「末っ子はどんなにデカく育っても、Junior と言われがちだろう?少なくともお前の国でも子供のうちはそうだろう?」
まあな、それなら納得できるか。デカい Junior はいくらでもいるしな。
・・・
マイティはさっさと食べて、さっさと飲み終わり、席を立った。
「明日の目標はタキシングだ。各自、よく休養を取り、眠ること」
オレとノイは、さっと立ち上がり、敬礼しながら返答した。
「「YES, MA'AM!!」」
そして、ノイと一緒に苦笑した。
「スコット、階級、いっしょ?」
えーと・・・一緒の階級で、しかも先任なのになんで敬礼したかってことかな?
すまん、ラオ語にできん!
She's Captain!!
「Oh!!Exactly!!」
その、ノイの英語は笑いながら放たれた。オレのラオ語よりずっといい英語だ。




