ソムチャイの自己紹介
オレはソムチャイ・カムマニヴォング。通称はノイ。
別にチビというわけじゃない。末っ子だから昔からノイなんだ。一応、平均身長くらいはある。まあ、166cmだから平均よりは多少ってくらいだけどな。
ソムチャイも男としてはありふれた名前で、これも末っ子で男だからソムチャイでいいだろうくらいだったんじゃないかと、思っている。まあ、女に間違われるような名前も最近では多いから、古くさいのも悪くないとは思ってる。
今はPMC で整備兵をやっている。徴兵で二年ほどは人民軍にいた経験もあるから、まあ、警備でAK を持って歩き回るくらいならできるが、実際に人を撃てるかと言われたら、遠慮こうむりたい、と言うしかない。
暴動の警備くらいまでは駆り出されたことがあるが、実際には、群衆同士が、がぁがぁ言いあっているくらいで、撃つにしても空に向かって警告で撃ったくらいだった。
外国語?パクセーに住んでてタイ語が分からないというのはあり得ない。なんせ面白いテレビはタイ語だ。正確なニュースを見たかったら、ラオ国じゃなくてタイのテレビを見るしかない。
まあ、話言葉だとラオ語はタイ語の方言みたいなもんだからな。文字は読むほうがなんとかなるけど、書くとなると読まないのに書く記号なんかがあって、ラオ語じゃないと正確に書けないな。いくつかの決まり文句くらいなら問題はないんだが。
英語はそれなりに分かるし、何ならタイ語より書ける。そもそも、このPMC でもほとんどの書類は英語だ。じいさんくらいの年代だとロシア語だったんだろうが、今じゃ新しい機械は兵器だろうか民生品だろうが、基本的に英語だ。中国語も増えてはいるが。
中国語は、最近じゃ雲南から来た連中が現場を仕切ってる。
不思議なもんだが、北京のテレビで流れる中国語は呪文にしか聞こえないが、雲南の奴らががなり立てている中国語は、なんだかラオ語の節回しに似て聞こえるんだ。
舌を巻くような変な音も少ないし、耳を澄ませば部品の名前や数くらいは、聞き取れないこともない。発音も、あいつらの真似をすれば意外と通じる。標準語よりずっと『平たい』音だからな。
まあ、でもあいつらすぐ誤魔化そうとするから・・・嫌いだ。
ちょっと話がずれた。
オレの外国語能力は、分かりやすい例で言えば、AK-47の分解、清掃、組み立ての手順であれば、英語でもロシア語でも中国語で書いてあっても分かる。普通の会話で言われて分かるのは、こっちに多少配慮してくれている英語だけだ。
まあ、AK の分解組み立てなんて、もう、何も見なくてもできるけどな・・・
ここでも支給されているアサルトライフルはAK だ。だいぶくたびれてるけど、まあ、めったに暴発もなければ作動不良もない。
掃除も簡単だし、きっといい銃なんだろう。古いけどな。
さて、オレが整備を担当しているのは、航空機全般で、今、一番手が掛かっているのは、L-100 というこれまた古い輸送機だ。おんぼろながらもパワフルで、不整地でも離着陸できるいい機体なんだが、この間、エンジンを換装してからまったくもって調子がおかしくなった。
プロペラも6枚羽根の、見るからにいい素材に変わった。それ自体はいいんだ。
このエンジン、ターボプロップだが、ロールスロイスって会社のエンジンになったそうだ。あれだ、ロールスロイスって、いい車、高級車なんだろ?
ウチの実家も小金持ちではあるが、到底手は出ない。まあ、貧乏国の小金持ちだから知れてるってのはあるけどな。
FADEC というエンジンの制御回路・・・というかコンピューターっぽいのが付いていて、この説明がペラ一枚の英語で、温度条件や水を掛けるな、くらいしか書かれていない。とりあえず、他のマニュアルを当たって、なんとか繋げる、とか無理矢理トランジスタや抵抗を使って即席のジャンパ線でバイパス回路を作ってみて、動くようにはしてみたが、動くと飛べるは違う。
そもそも・・・ターボプロップなんだから、ペラの角度が重要で、それすら電子制御なのに、肝心の繋げる回路がわからない。
仮に無理に繋げれば飛べるは飛べるが、ベータが出来ないからせっかくのSTOL 性能を活かせない。
輸送機なんて、PMC にとっては、置いとくだけでカネを食う金食い虫なのに、使えないんじゃどうしようもない。
と、困っていたところに彼女が来た。
いわゆる西側の国家からの代理人的なスコット、というエラそうな外国人が客分としてウチに滞在している。
別段、エラぶった態度を取ったりするわけじゃないし、ヘタクソながらもラオ語を話そうとするだけで、外国軍人としては相当マシなほうだとは思う。
ただデカい。180cm越えくらいか?ラオ族は、170もあればデカいほうだから、相当にデカい。筋肉もすごくてゴツいから、まあ、体格の時点で負けているからエラそうに見えるというこっちの劣等感の問題で、彼に問題があるわけじゃない。
実際、話してみると英語もすこしゆっくり話してくれるし、親切だと感じる。士官らしく、ビールなんかも奢ってくれる。
お前のプライドはビール一本で売れるのかって?
場合によっては、と答えるしかない。結構高いんだよ。ここじゃハイネケンはな。ビアラオなら安いんだが。
まあ、でも、最初の印象はやっぱり怖いおっさん、という感じだった。
で、半年くらいかな?彼女が来た。
特にオレ達には紹介がなかったんだが、司令に掛けあって、ポーターに乗りたい、と言ってきた。
「You? ນີ່, ເຈົ້າ (ニー、チャオ)」
おい、普通にラオ語を話すんかよ。
Yes Ma'am ໂດຍ, ທ່ານ (ドイ、ターン)
「通じる?よかった。このポーターに乗りたい。司令は許可した」
これは気難しい飛行機じゃないが・・・ターボプロップだが、飛ばせるのか?
「FAA は良いと言った。これはアメリカ登録?」
FAA ・・・アメリカの航空局のことか?じゃあ、免状的にはいいはず。司令が許可を出したか無線で確認するがよいか?
「それはあなたの役目だろう」
ちょっと不自然だが、ラオ語で意味の分かることを言っているんだから・・・こっちに寄せてくれていると感謝するしかないな。
整備から司令。スコット上官が連れてきたパイロットがポーターに乗りたいと言ってます。司令が許可を出したと言ってますが、確認の無線です。
『ノイ、問題ない。彼女は手土産にJP-8もたっぷり持ってきてくれた』
そいつはありがたいですね。確認できたので通信を終了します。
『ラップ・サープ(了解)』
ドイ、ターン、確認できました。こちらから乗り込んで・・・踏み台は・・・
オレが扉を開け、どうしたものかとあたりを見回していると、彼女は目でオレを退かして一言言った。
「不要」
それだけ言うと、彼女はステップを無視して一気にポーターの床に足を掛け、一気に乗り込んだ。
ポーターのコクピットはそれなりには広い。しかし、そこにスコットよりデカい彼女が座ると、もう、広いとは感じられない。
言い忘れていた。彼女はスコットより更にデカい。わざと低い声を出しているみたいだが、まあ、ほぼ確実に女だろうって見た目だ。
今はちょっと迷彩というか、敢えて平面的な化粧をしているんだろう・・・多分美人だ。
あのステップを無視して床にひょいと足を掛けられるあたり、まあ、足の長いこと、と言いたくもなる。
しばらくガチャガチャとレバーを動かしたり、計器の指差し確認をしていたが、よし、とばかりにエンジンをスタートさせた。例のタービン音が響き始める。
「チョークを外せ!!」
はいはい、輪止めね。外しますよ。
オレから見ても、あの動きならちゃんとしたパイロットのようだ、とは思える。
ドアを開けたまま、地上でうねうねと動き回っていたが、突然叫んだ。
「ມ້ຽນດີຫຼາຍ! (ミアン・ディー・ラーイ!)」
そちらのラオ語こそお見事ですよ。
と、言い返したいところだが、まあ、ドアも自力で閉めているし、こっちが叫んでも聞こえないだろうってことで、手を振って返事の代わりとした。
それから、驚いた。ポーターって、こんな飛びかたが出来るなんて知らなかった。旋回しながらの急上昇も凄いが、絶対墜落する!!みたいな急降下ダイブからの見事な引き起こし。
あとで彼女をみんなに普通に紹介したスコットも「失速か墜落みたいな操縦を出来る凄腕だ」と言っていたが、まあ、あれでなぜ失速も墜落もしないのかが理解できないような機動だった・・・
ほんと、パイロットが違えば、同じ航空機でも神機になるってことだ。




