いつも通りのうちの姫様
ノイです。ソムチャイという本名は忘れたなら忘れたでもかまわないよ。
さっきは本気で焦ったよ。
まあ、本当に危険ならクナイ・マイはクナイ・マイなので、遊覧飛行なんて許可しないとはずだと分かっていたから、焦りはしたが、あいつらは無事だろうとは思ってはいたけどな・・・
でも、ລົມພາຍຸ なんて言葉が聞こえてきたからには焦る・・・ラオ国は内陸なので、沿岸の国のような台風はあまり来ないが、たまには暴風雨も降る。暴風だけの嵐だって時々は起こる。
なので、ボンのこともダオのことも本気で心配したんだよ。
事前に彼女は、貨物室に入れるものはともかく全てを固定しておけ、と、繰り返し言ってたから、そうなるのは分かってたってことなんだろう。
もっとも、空港に降りてから、二人に会ったら、ニッコニコの笑顔で、こっちの気が抜けちまった。
「いいもんを見せてもらったぜ!!」「オレもです!!」
それならよかったね、としか言えないね。ともかく無事でよかった・・・
ただでさえ、自動車整備工上がりの急造といっていい二人を加えてもわずか3人の整備兵だからな。
クナイ・マイは「あと10人、いや、20人は欲しい」とつぶやいてた。オレも同感だ。
しかも、彼女の「お前がなし崩しで責任者をやる」という予告は当たってしまった・・・勘弁してくれよ・・・おれは軍曹の整備兵に過ぎないんだよ・・・責任者は士官にしてくれよ。てのは偽らざる気持ちってやつだ。
でも、それを上官にも誰にも言わないのには理由がある。
一応、オレはリセ、高校を出てる。三男で末っ子なのにリセまで出してもらったオレのうちは、この国では中級以上、上級未満の小金持ちって扱いになる。
はい。パクセーの商売人の家です。家、商売は兄貴が継ぐんで、オレは飛行機屋なんていいかなと思ったわけ。
飛行機屋、それも整備兵なら前線に出されることもないからね。
内戦や外国との戦争は、そんなにないが、国境警備で突発的な戦闘はときどきある。徴兵で死ぬやつはそれか、ジャール平原に配属されたやつか北部のゴールデントライアングル対応をさせられたやつだ。
まあ、パクセーで徴兵されたんなら、配属も南部なんで、カンボジアやタイとは・・・こっちの地方ではそんなに関係性も剣呑じゃないから、普通に二年で帰れることが多いけどな。
機械いじりってのがオレには合ってたみたいで、天職かどうかは別として、整備兵が楽しくなり、今はPMC に勤めている。人民軍でないのは上官がまともなのと、待遇がいいから。メシがうまいのは重要だ。
ただ、ラオ国の庶民は大体小学校を出てれば充分、という感じで、読み書きと簡単な計算くらいはできるって教育レベルでオシマイだ。ボンもダオも中学校は途中までしか行ってないって言ってたと思う。
二人とも自動車整備工ではあるものの、そっちの世界は、ほとんど「背中を見て盗め」っていうような世界なんだ。
修理屋のオヤジにハタかれながら覚えていくような感じといえばいいかな?
でも、最近ではマニュアルもちゃんとあるみたいで、そのせいか、オレより若い世代のダオは少し英語が得意。同世代のボンは・・・まあ、知っている英単語を指で指すくらいならできるかな。
その代わり、ボンはムエ・ラオが得意だ。祭があれば盛装して出たりするし、競技のほうも、普通に強い。まあ、オレにはその強さってやつはよく分からないんだがな。
で、二人ともタイ語は分かる。アメリカやヨーロッパ、そして日本のものもタイから来るからな。パクセー育ちの子がタイ語が分からないなんてことは、基本、無い。
最近・・・でもないか・・・以前から、家電でも何でも、運よくマニュアルが付いてくるものはそれなりにある。
これは以前から英語のマニュアルが多い。タイ語より多い。
だから、ちゃんと話せなくても、意味はわかる、ってやつは特に若いやつならそれほど珍しくなくなっている。ダオもそういう感じなんだろう。
で、なんで別の士官を責任者として付けてくれよ、って、大声で言わないかというと、リセを出ているオレはパクセーでは高学歴って扱いになる。
うちのPMC の司令、大尉殿もいいとこの次男で、リセを出て徴兵いって戻ってきて、いまじゃここの司令だからな。
なんで、じゃあ、今日からお前が准尉だ、と、のちのちの士官にでっちあげられる可能性もあるんだよ。
この国のPMC ならそのくらいの適当なことは全然あり得る。
だから、士官を責任者に付けてほしいけど大声でそれを叫びたくないんだ。
クナイ・マイに言うと・・・ならばお前が士官だ、って言われる危険性もあるなぁ・・・多分。どうだろう?
なりたくない、という願いを聞いてくれそうな気もしないでもない・・・
まあ、それよりも今は目の前の装置を降ろさないとだな・・・
・・・
パクセーはヴィエンチャンには負ける・・・のは認めたくないが、負けてるよな・・・この国第二の都市、それなりの大都市だ。
ウチの拠点、農場内の簡易空港みたいなのは置いといて、パクセー空港はちゃんとした国際空港だ。
滑走路もちゃんとしていて、今朝のクナイ・マイのロケットスタートだってできる。
14t の大荷物、貨物も重機で簡単に搬入できた。ボンとダオも、こういう仕事はもう任せられるようになっている。
しかし、降りたシェンクワーンの空港、フォンサヴァン空港は・・・田舎の空港、という佇まいだ・・・
まあ、クナイ・マイは、天才的パイロットであるだけでなく、先の先を読む戦略家ってのはオレにもスコットさんにも分かりきっている。
地雷原のように不発弾が埋まっているこの空港において、安全に14t のペイロードを降ろせる区画は多くはない。本来であれば軍の専用区画を使うんだろうが、彼女は新設の駐機場に陸軍の部隊を待機させていた。
まあ、ここなら、ぶ厚いコンクリートが打設されている。仮にその下に不発弾が埋まっているとしても致命的な事故にはならないんだろう。
あとは彼女の演説だ。PMC に来たばかりのころは、ラオ語も「外国人が、がんばって話してくれている」というレベルだったが、今の彼女は古の王国の王女だ。
歴史の教科書でしか見たことがない、今の政府が認めてない王国の王女だ、と言われても全く違和感がない。ルアンパバーン風の話し方、といえば通じるかな?
彼女はデカい。美人だ。
それだけじゃない。言いづらいんだが、ほんとに<<Phi>>なんだよ。
彼女が話すラオ語は美しい。最初のころに聞いた「ああ、こう言いたいのかな」というレベルは一瞬で越えてきた。今じゃ、いないはずの王族が話すようなラオ語だ、と言うしかない。まあ、オレもマジの王族を見ているわけじゃないけどな。
でもな、今も陸軍の下士官連中に向かって演説を続けている。
あれだな。オレたちが、あの時、下士官食堂で思わず拝礼したように、こいつらもこの<<Phi>>には従わないといけない、と感じているようにオレにも思われる。
パクセーに比べたら寒いこの土地でも土着信仰はそんなに違いはないさ。
まあ、『王女』が王都っぽいの発音をするってのは何もおかしくない。
その上でこのあたりの特殊事情に配慮した演説をして、最終的にお前らに期待する、と言われたら・・・オレ達と同じだ。
全てを受け入れるしかない。
無作法な人民軍の佐官をビンタ一発で地面に沈め、平然としている彼女のカリスマは・・・階級章の中尉なんてレベルじゃない。まさに王女か何かにしか見えない。
それはオレ達、軍曹や伍長の階級章のレベルも引き上げてくれる。少なくとも陸軍と同等だぞ、までは担保してくれるんだ。
この国にはボンと同じく、市井にいながらムエ・ラオの達人ってのが普通にいる。
そのへんの食堂のおっさんがリングに上がれば別人のように強いってのも珍しい話じゃない。
当然、軍にもいる。ムエ・ラオじゃ銃には勝てないが、最後の最後になれば体に染み込んだ体術の差で勝負は決まる。
佐官を殴ったりしたら、そいつがイヤなおっさんだったとしてもだ、現場の兵士から銃を向けられたりもするし、拘束しようとする兵士も向かってくる。
彼女は咄嗟にヤーン・サーム・クム・・・ムエタイでもあるだろう?片膝を上げて構える例のポーズだ。
もう片方の足は爪先立ちだが、ピクりとも動かない。
彼女を拘束しようとして向かってきた兵士は銃を構えていない。つまり、体術に自信のあるやつだ。
そいつは彼女のそばに近寄ることすらできず、硬直した。
まあ、自分より頭二つか三つでかく、明らかに体幹がしっかりしていて、高貴さと圧倒的な強さを振りまく彼女を拘束しようとしても無駄、もしくは自分が一発でノックアウトされちまう未来を悟ってしまったんだろう。
「模擬戦でもするか?、兵隊達はビアラオを賭ける程度の遊びまでは禁止されていないと聞いているぞ?」
彼女がそう言うと、人民軍の兵士たちも銃を降ろし、中年の太った少佐とやらをずるずると引っぱって、みんなむにゃむにゃ言いながら、元の場所に戻っていった。
どうせ嫌われ者の少佐さんだったんだろう。オレが人民軍にいつづけなかった理由のうちの一つだよ。
自分のわがままで現場の兵隊を振り回し、迷惑をかけるだけの士官が多すぎるんだよ。
まあ、彼女の本当の破壊力をスコットとの模擬戦とやらで見せられたオレらからすれば、あの少佐さんはビンタ一発でラッキーだったなと思うんだけどな。
彼女の本気は、簡単に死を賜う。正に<<Phi>>なんだよ。
しかし、ボン、ビンタ一発で沈んで、しかも起きあがれない少佐・・・管理職だとしても弱すぎないか?
「お前なぁ・・・まあ、お前には分からんだろ・・・あれは脳を揺らして軽い脳震盪を起こさせる『技』だ。一瞬向かってきた向こうの兵士も、経験者だからこそ分かるってやつだったんだよ。あの構えをピクリともせず続けるってのは、どんなに凄いことかってのはな。で、あ、これは死ぬかも・・・という圧倒的な恐怖で動けなくなったんだ。あの士官さんには、現場の兵隊が命を賭けてまで果たすほどの義理はないってことなんだろうな」
それは・・・よく分かるぜ。




