-空蝉の宴- 6-14
曼殊沙華が、赤い血を散らしたように咲いている。
石畳の割れた参道には、砕けた水瓶の破片が飛散していた。
中に入っていたモノは、跡形もなく消え去っている。
「忌々しいのう・・・」
気品のある十二単をまとった女が、静かにつぶやいた。
その口元は緩やかに吊り上がっており、雛人形のようにかすかに笑っているように見える。
発した言葉とは裏腹に、怒りの感情は微塵も無いようであった。
しかし、側に控えている従者らしい者たちは、緊張した面持ちで、主の女性の声に耳をかたむけている。
「まぁ、よい・・・ごくつぶしを始末する手間が、はぶけたというものじゃ・・」
そう言うと、落ちていた水瓶の破片は、ドス黒い霞となって、女の手の中へと引き寄せられた。
黒く凝った『ソレ』を握り締めると、女のまとっている威圧感が、より一層増す。
「・・・誰か、触れておるな・・」
女は、しばらく無機質な表情で自分の手の中を探るように見つめた。
しかし、わずかに目元を引きつらせると、口元をハッキリと吊り上げる。
「あの男が死んで大人しゅうなったと思っておったのに・・イタズラ娘が、またこりずに暴れとるのかのぉ・・・」
女は高らかに笑い出すと、静々と歩き出した。
他の者たちも、同じ速度で無言で付き従う。
行列は厳かに、そして何処か禍々しく、『隠世』の奥へと進んで行った。
近寄りがたい一団が、その姿を消していくと、待っていたかのように、草藪の陰から小さな影が参道に躍り出る。
―――ッキ・・・
小さな影は短く鳴き声を上げると、紅蓮の炎を揺らめかせた。
そして、追うような鋭い眼差しを、淀んだ闇へと静かに向ける。
その愛らしいつぶらな瞳には、獲物を見つけた喜悦の色が、明らかに浮かび上がっていたのだった。




