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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
66/153

-空蝉の宴- 6-13

 障子の向こうは、初夏の太陽で明るくなっていた。

 天井の白熱電球の光は、用をなさなくなっている。


「・・・っ痛・・・」


 水谷は目覚めると同時に、全身に激しい痛みを覚えた。

 耳は、こもったように、よく聞こえない。

 呼吸が浅く、視界も頭もぼんやりしていた。

 あまりの気だるさに、水谷は再び、ゆっくりと目を閉じる。


「起きろ、寝坊助」


 氷が軋むような声に、水谷は飛び上がるように上体を起こした。

 しかし、両腕の感覚がなく、バランスを崩して後ろに倒れ込む。

 何とか視線を部屋の隅に投げ掛けると、炯々と光る瞳が、本の山の暗がりに浮かび上がっていた。



「し、師匠・・・」



 カエデは、ゆっくりと水谷ににじり寄ると、枕元にある酒瓶を一瞥(いちべつ)する。

 そして、そのすぐ側に落ちていた包み紙を手に取ると、掌でグシャリと握りつぶした。

 忌々し気なその様子に、水谷は肝を冷やす。


「何故、『裏御前』様の手下に手を上げた」


「・・・何の事かな~」


「先程の事は、犬飼から、すべて聞いておる」


「・・・あのオシャベリ」


 水谷は、視線をそらして舌打ちし、聞き取れない声量で悪態をついた。

 その態度を非難するように、カエデは更に鋭い視線を投げ掛ける。


「言っておくが、昼間に『隠世』に行っていた事もお見通しだ、給料泥棒」


「え・・・見てたの?」


「カマを掛けただけだ。あの遊女が寝るとしたら、日中であろうからな」


「うわっ、やられた~・・・」


「睡眠薬は有害な成分が幾つも含まれてる。多用すると、肉体も『鬼』もボロボロになるぞ」


 すると、カエデは掛布団に手を掛け、荒々しくめくり上げた。

 それに合わせるように、間延びした甲高い鳴き声が響く。

 中には、まるで泣き出しそうな様子で、狸が隠れていた。


 不安げに見上げる狸に、カエデはにじり寄ると、額を指先でつつく。

 刹那、狸から紫色の炎が激しく立ち上り、黒い狐に、その姿が変わった。


「上手く姿を変えているが、気休めに過ぎぬ。その気になれば簡単に正体を暴かれるからな」


「でも・・・今回はバレなかったよ」


 いよいよカエデが切れそうなほど鋭い視線を投げ掛けると、水谷は身をすくませた。

 まるで、地獄の底から響いて来たかのような低い声音が、形良い口から()れ出す。


「お前の存在を、『裏御前』様に知られたくないと言っておるのに・・・なぜ分からない」


「・・・・目の前で師匠が殺されてるのに・・・何もしないワケに、いかないよ・・・」


「お前がそうやって出しゃばれば、私は『裏御前』様の手下を、始末しなければならんのだぞ」


「・・・・」


「反逆行為で制裁を下されれば、どうなるか・・・嫌というほど見たであろう」


「・・・ごめんなさい」


「それより、体は大丈夫か?・・・犬飼が、手ひどくやられていたと言っておったが」


「あぁ、もう・・・・・・ヒトの恥をペラペラとしゃべって・・・」


 水谷は、眼鏡を手に取って掛けると、ぎこちなく身を起こした。

 しかし、全身の感覚が曖昧な為、体勢が崩れる。

 咄嗟(とっさ)に手をついたにも関わらず、そのまま横に倒れ伏した。


圭吾(けいご)!?」


「薬を飲む時間が、遅かったからだと思う・・・すごく眠いから」


「前にも言ったが、酒と睡眠薬を一緒に呑むな。なぜ普通に寝ない・・・」


「あんな、怖い所に行くのに・・・眠れるワケないよ」


「―――」


「あ・・・別に師匠を責めてるワケじゃないよ。師匠が、色々教えてくれたから・・・昔よりは、怖くなくなったし」


 水谷が手を伸ばすと、カエデはその手を取った。

 カエデは水谷の手に(ひたい)を当てると、祈るように目をつむる。

 艶やかな黒髪が手に触れると、絹糸のように瑞々しい感触が、水谷に伝わった。


「ボクにとって・・・師匠は日輪(にちりん)の光だから」


「・・・馬鹿弟子」


「今度は大人しくしてるから・・・寝ていい?」


「あぁ・・・」


「・・・そうだ、万年筆・・・落ちてない?」


 カエデは布団の上に転がっている万年筆を拾うと、施された螺鈿細工を眺めた。

 口元をほころばせると、懐かしそうにつぶやく。


「もらったのか」


「遺品を勝手に拝借して、もったいないから使ってるだけ」


「お前を『無害化』して作った品なのだから、お前の物だ」


「皇室御用達の伝統工芸品だよ?ボクの給料の二、三か月分は下らない品なのに」


 水谷は苦い表情を浮かべた。

 その顔に、カエデは吹き出すように笑い出す。


「アッハッハッハ!才に恵まれた『鬼喰らい』(ゆえ)の悩みだな。作るものに価値があり過ぎて、敬遠されるとは」


「師匠・・・笑い過ぎ」


「なんにせよ、お前の為に作ったモノを、お前が受け取ったのだから良かった」


「こんな形で、貰いたくなかったけど・・・」


「今回のような事が続けば、お前もアイツの二の舞になる。東雲も、目を付けられとるしな」


「―――」


「これ以上、弟子の死に目にあいたくはない」


 カエデは、黒い狐の頭をなでると、スッと立ち上がった。

 踵を返すと、土間にある雪駄(せった)に足を通す。


「そうだ、言い忘れていた」


 カエデは振り向かずに、和傘に手を掛けた。

 柄の所に施された螺鈿細工の部分をなでながら、楽し気に笑う。


「あの(あか)い虫の『鬼』に、食われることにした」


「・・・は!?」


「アレがどうにも立ちいかないようなら、備えになってやろうと思ってな」


「な、何言ってるの!?」


「犬飼に丸投げしたと文句を言わてな、最後まで面倒をみると決めたのだ」


「そ・・・それじゃあ『、隠世』で師匠を助けた意味が・・!」


 水谷は青い顔を、さらに蒼白にしてカエデを見やった。

 高らかに笑い出すカエデに、愕然(がくぜん)とする。


「せいぜい、夢彦の面倒をよく見てやる事だな。アレが、私の所に来ないように」


「・・・師匠!!」


「おやすみ・・・圭吾」


 引き戸を開けると、カエデは、まばゆい白昼の世界へと姿を消して行った。

 こわばった体に(むち)を打っても、水谷は起き上がる事すら出来ないのであった。

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