表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
空蝉の宴
68/153

-空蝉の宴- 7-1

 梅雨は、終わりを告げていた。

 七月独特の、少し乾いた暑さが産声を上げている。

 編集室のジメジメした空気も、どこかカラッとしていて、窓からの風が心地良い。


「夢さん、小説が書き上がって本当に良かったです!しかも、怪奇物でありながら探偵小説風に仕上がっていて、なおかつメインの官能シーンも始めて書いたとは思えない出来栄えでしたよ!!僕もう、感動してしまって。校閲(こうえつ)の後も数回読み返しちゃいました」


「・・・う、うむ」


「あれ、なんか元気ないですねぇ?どうかしたんですか?」


 夢彦は、水谷をチラリと見やった。

 伝七郎も、その視線に気が付き、気まずそうな表情を浮かべる。

 するとそこに、何とも絶妙なタイミングで犬飼が編集室に入って来た。



「うぃ~ッス、お疲れさんっ!」



 夢彦と伝七郎は、落ち着きなく顔を見合わせる。

 それに対し犬飼は、この上なく上機嫌な様子であった。


「よぉ、雑誌が刷り上がったらしいな。見に来たぞ」


「あっ、い、犬飼さん。おはようございます」


「もう、昼過ぎだけど?」


「え、えぇ、えーっと・・・」


「水谷ぃ、ちゃ~んと夢さんは仕上げられただろ?」


 直球な物言いに、夢彦と伝七郎は蒼白となった。

 ニンマリ微笑む犬飼に、水谷は相変わらず、ぼんやりとした笑顔を向ける。


「そうだね~。部長もせっかくだから、このままシリーズで連載しようって言ってた」


「ほ~らな。絶っっ対に夢さんは才があるって言っただろ?」


「うん。ボクも、そう思ってたよ?」


 その場にいる全員が、呆気(あっけ)に取られた顔で水谷を見やった。

 一同の視線を受けても、水谷は相変わらずフワフワとした笑みを浮かべる。


「ちょ、ちょっと待って下さい、水谷さん!」


「何~?」


「何~?じゃないですよ!夢さんに才がないって、この前言いましたよね!?」


「うん、言ったね~」


「前と言ってる事が違うじゃないですか!」


「だって、そうでも言わないと、夢彦君が本気で書く気にならないと思って」


 伝七郎は、あんぐりと口を開いた。

 しかし、そんな事はかまわず、水谷は楽し気に微笑みだす。


「ケンさんは病的な面倒見たがりだから、夢彦君がダメ人間になると思ってね~」


「はぁ!?俺のせい!?」


「ところで、夢彦君。独立するよね?」


 夢彦は急に話を振られ、戸惑った顔で水谷を見つめた。

 明らかに、そこまで深く考えていなかった様子に、水谷は苦笑いを浮かべる。


「した方がイイよ。ここで月給もらって書くより、(かせ)げるから」


「そ、そうなのか?」


「それに、うちじゃ官能小説しか書けない。ボクは、それ以外のキミの作品も読みたいな~」


 そう言うと、子供が何かをねだるような笑みを、水谷は浮かべた。

 いつもとは違う雰囲気に()まれ、夢彦はコクンとうなずく。

 その返事に、水谷は細い目を更に細め、またいつもの(つか)みどころのない微笑(びしょう)を浮かべた。


「と、いうワケで。近いうちに、あの家出てってね、ケンさん」


「・・・ちょっと待て、何でそうなるだよ!?」


「だって、小説書くための資料が、一気に増えるよ?」


「いや、それは分かるがっ」


「え、もしかして・・・二人共、そういう仲?」


「違ぇよ、馬鹿っ!!あそこは俺の家だろうが!!」


「そうだけど、夢彦君の初任給じゃ、東京の郊外に住まないと生活出来ないでしょ」


「まぁ・・・そうだな」


「近くに住んでないと、原稿取りに行くのが面倒くさい」


「お前の利便性の問題かよ!!」


 水谷はおかしそうに笑いながら立ち上がると、側にあったカバンを手に取った。

 そして、万年筆を胸ポケットにしまうと、ふんわりした笑顔を振りまく。


「じゃ、次の号の打ち合わせ、行ってきま~す」


 上機嫌な様子で、水谷は編集室を後にした。

 残された夢彦たちは、唖然(あぜん)と苦笑いが混在した顔で見送る。


「ちくしょう・・・してやられた」


「う、うむ・・・完全に、私の性格を計算しておったようだ」


「よくよく考えれば、締め切り前に枠が空いてるとか、出来過ぎだからな」


「もしかして、空けといてくれたのだろうか?」


「そうじゃね?巻頭の一番大きい枠だし。まずねぇだろ、巻頭決まってねぇとか」


「・・・か、書けて良かった」


 夢彦が遠い目をすると、伝七郎が横から着物の(すそ)を引っ張った。

 夢彦は、雑誌をめくる伝七郎に視線を移す。


「ところで、夢さん。この小説なんですけど、結構、難解な漢字を多用してますよね」


「あぁ・・・水谷さんにも、読みやすいように次回から気を付けるように言われた」


「水谷さんに、登場人物にルビは振らないようにと指示されたんですけど、正直、何人か読めないんですよ・・・」


「例えば?」


「『きょ』とか『ぎ』とか」


「え?・・・あぁ」


 夢彦は近くにあった紙に、鉛筆でサラサラと何かを書きだした。

 伝七郎と犬飼は、興味深そうにのぞき込む。

 紙には、左に『虚』、右に『戯』と書いてある。

 犬飼は、眉間にシワを寄せて、紙を指さした。


「そうそう、俺もコレは読めなかった。ルビ振らないとか、読ませる気ねぇな・・・」


「水谷さんとしては、読みたいように読めば、という事であろうな」


「ゆるいなぁ・・・で、何て読むんだ?」


「左は『うつろ』、右は『そばえ』と読む」


「読めるかぁあ!!」


「す、すまぬ・・・てっきり、ルビを振ってくれると思っていたのでな」


「・・・つか、『そばえ』なんて単語自体知らねぇよ」


「天気雨だ。狐の嫁入りなんて言い方もある」


「あ・・・」


「ケンさんが、晴れた夜に濡れて帰って来たであろう」


 夢彦が楽しそうにニコニコと微笑んだ。

 窓から落ちそうになった事など、恐らく忘れているような笑顔であった。


「あと、この名前には他にも意味付けがしてある」


 夢彦は『虚』の横に『戈』と書き添える。

 合わせると『戯』になった。


「この『(ほこがまえ)』という部首は、名前の通り、武器の『ほこ』や『戦い』を表している。『(そばえ)』は『(うつろ)』に代わって手を下す役回りだからな」


 伝七郎は感動したように手を叩いた。

 一方、犬飼は先日の夜を思い出し、苦笑いを浮かべる。


「・・・どおりで、(たち)悪ぃと思った」


「犬飼さん、どうかしたんですか?」


「なんでもね・・・とりあえず、新居探すわ。その方が・・・イイ気がしてきた」


 げんなりした犬飼が溜息をつくと、夢彦と伝七郎は(そろ)って小首をかしげるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ