-螺鈿の葬列- 19
―――正午
朝から降り続いている雪は、降り止む気配がなかった。
昼飯を食べに外に出たが、何を食べようか迷っていられないくらいに寒い。
校閲は、原稿が上がっていない作家がいるというので中断になった。
後々のしわ寄せが憂鬱であったが、昼飯を食べそこなわず、水谷は正直なところ、安堵している。
ただ、徹夜で帰れないかもしれないと、若干落ち込んでいた。
散華さん、夕飯を食べそこねるだろうな~・・・
そして、自分の事より、散華が断食してるかと思うと、気が気でない。
徹夜明けに帰れれば良いが、そのまま居残ることになれば、散華は丸二日は何も食べないことになる。
「ハァ・・・」
心配のあまり溜息をもらしながら、いつもの喫茶店に入ろうとした所で、水谷は思わず足を止めた。
足元に、季節外れの蝶が飛んでいた。
チラリと見えた瑠璃色の紋様に、水谷は人目をはばからず、声を上げる。
「・・・散華さん!?」
散華の『鬼』が、落ち着きなく『シキ』の周りを飛び回っていた。
気になるのか、『シキ』は、キョロキョロと蝶の動きを追っている。
「『シキ』、じっとして。動くと、散華さんが止まりづらい」
『シキ』はピタッと動きを止め、目だけで蝶を追った。
その内、『シキ』の鼻先に蝶は止まり、やっと落ち着いた蝶に、水谷は屈み込んで苦笑いを浮かべる。
「心配で来ちゃったとかじゃないですよね~・・?」
水谷が話し掛けると、蝶は細かく震え出した。
一瞬、寒いのかと思ったが、『鬼』は『現世』では実体がない。
『瘴気』に、侵されてる・・・
払おうにも、『鬼喰らい』ではない水谷には、どうする事も出来ない。
水谷はうろたえ、辺りを見回した。
「どうしよう・・・姐さんに連絡したいけど、『現世』の連絡先は分からないし」
『シキ』を使いに出して呼びに行く事は可能だが、固く禁じられていた。
『裏御前』に見つかる事は、絶対にするなと。
水谷が困惑していると、蝶は再びヒラヒラと飛び始めた。
指を差し出すと、必死にすがるようにしがみつく。
震えも気になるが、動作が不自然であった。
蝶を目を凝らして見ていると、水谷は、ある異常に気が付く。
眼が白濁してる・・・・・・足の数が、少ない・・・
水谷は蒼ざめ、寒さで震える手を、更にこわばらせた。
そんな水谷に、『シキ』は、甲高い声で咆哮する。
「・・・『シキ』、帰るよ!!」
水谷は、駅に向かって全力で走り出した。
途中、雪に足を取られて派手にコケたが、服の汚れもかまわずに走り続ける。
ぶつかった人に罵声を浴びせられたが、自分の脈動が耳障りで聞き取れなかった。
散華さんっ・・・
今朝の散華の様子を思い出し、水谷は、目頭に熱いものがこみ上げて来た。
雪の降る神保町の空は、にじむ視界に灰色の影を映していたのであった。




