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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
105/153

-螺鈿の葬列- 19



 ―――正午



 朝から降り続いている雪は、降り止む気配がなかった。


 昼飯を食べに外に出たが、何を食べようか迷っていられないくらいに寒い。


 校閲(こうえつ)は、原稿が上がっていない作家がいるというので中断になった。


 後々のしわ寄せが憂鬱(ゆううつ)であったが、昼飯を食べそこなわず、水谷は正直なところ、安堵(あんど)している。


 ただ、徹夜で帰れないかもしれないと、若干落ち込んでいた。




 散華さん、夕飯を食べそこねるだろうな~・・・




 そして、自分の事より、散華が断食してるかと思うと、気が気でない。


 徹夜明けに帰れれば良いが、そのまま居残ることになれば、散華は丸二日は何も食べないことになる。



「ハァ・・・」



 心配のあまり溜息をもらしながら、いつもの喫茶店に入ろうとした所で、水谷は思わず足を止めた。


 足元に、季節外れの蝶が飛んでいた。


 チラリと見えた瑠璃色の紋様に、水谷は人目をはばからず、声を上げる。



「・・・散華さん!?」



 散華の『鬼』が、落ち着きなく『シキ』の周りを飛び回っていた。


 気になるのか、『シキ』は、キョロキョロと蝶の動きを追っている。



「『シキ』、じっとして。動くと、散華さんが止まりづらい」



 『シキ』はピタッと動きを止め、目だけで蝶を追った。


 その内、『シキ』の鼻先に蝶は止まり、やっと落ち着いた蝶に、水谷は屈み込んで苦笑いを浮かべる。



「心配で来ちゃったとかじゃないですよね~・・?」



 水谷が話し掛けると、蝶は細かく震え出した。


 一瞬、寒いのかと思ったが、『鬼』は『現世(うつしよ)』では実体がない。



 『瘴気(しょうき)』に、侵されてる・・・



 払おうにも、『鬼喰(おにぐ)らい』ではない水谷には、どうする事も出来ない。


 水谷はうろたえ、辺りを見回した。



「どうしよう・・・(ねえ)さんに連絡したいけど、『現世』の連絡先は分からないし」



 『シキ』を使いに出して呼びに行く事は可能だが、固く禁じられていた。


 『裏御前(うらごぜん)』に見つかる事は、絶対にするなと。



 水谷が困惑していると、蝶は再びヒラヒラと飛び始めた。


 指を差し出すと、必死にすがるようにしがみつく。


 震えも気になるが、動作が不自然であった。


 蝶を目を凝らして見ていると、水谷は、ある異常に気が付く。



 眼が白濁(はくだく)してる・・・・・・足の数が、少ない・・・



 水谷は蒼ざめ、寒さで震える手を、更にこわばらせた。


 そんな水谷に、『シキ』は、甲高い声で咆哮(ほうこう)する。




「・・・『シキ』、帰るよ!!」




 水谷は、駅に向かって全力で走り出した。


 途中、雪に足を取られて派手にコケたが、服の汚れもかまわずに走り続ける。


 ぶつかった人に罵声(ばせい)を浴びせられたが、自分の脈動が耳障(みみざわ)りで聞き取れなかった。



 散華さんっ・・・



 今朝の散華の様子を思い出し、水谷は、目頭に熱いものがこみ上げて来た。


 雪の降る神保町(じんぼうちょう)の空は、にじむ視界に灰色の影を(うつ)していたのであった。

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