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 クラリスは左腕を失った。強烈な足技によって上空に舞い上げられたのだ。とんでもない威力だったため、左腕は原形をとどめることができず粉々に粉砕してしまった。その後、己の血がクラリスに降りそそぐ。アルフが大事にしていた黒の上着の中に着ていた白のワンピースを赤く染める。クラリスは目を丸くさせたまま一歩二歩とゆっくりと後退りしている。彼女のこんな姿を見るのは初めてだった。クソ野郎はというと、クラリスの足元にあった『鉱物』を拾っていた。そして黙ったままそれをじっくりと見ている。


 ――あっという間の出来事だった。起きていることを正確に理解するまで時間がかかった。これが身体能力4倍の差である。まともに戦えるレベルではないのだ。これまでクラリスは言葉巧みにそれを阻止してきた。実際に戦えばこうなる。それにしてもクソ野郎は変わってしまった。言葉を発せず、前触れもなく攻撃、クラリスが付け入る隙もなかった。


 目の前で起きた事実は、これまで推測してきたことを全て否定した。『時間戻し』は『マサオ化』する前に戻すことができない。そんなことはなかった。戻すことができないんじゃなくて、ただやらなかっただけなのだ。どうしても『なぜ』という気持ちが湧いてくるが、これが事実である。クラリスが勝つ未来は完全に閉ざされた。感情を持つ前のクソ野郎まで戻されてしまったら、もう思考誘導なんてできない。クラリスは戦える手段を失ってしまったのだ。もうこれは絶望しかない。


 もうワタシが加勢する以外なくなった。ただワタシが出ていったところで何かの役に立つのか……疑問が残る。一瞬の隙でも作れればそれだけでいいのだが、それすら叶わない気がする。あれだけの実力差だ、ワタシが登場したところで、クソ野郎は気にすることもないだろう。それよりもこの世界に現存するため、ワタシが目を離している間までクラリスがもつのか不安なのである。そんな時間があるとも思えない。蹴り一撃であの威力、本格的な攻撃を始めてしまったらクラリスは一瞬で消し去ってしまうだろう。次の攻撃がいつ始めるのかわからない。始まったら最後、クラリスに打てる手はない。せめて会話が成立すれば……そう会話さえできれば……なんとかなるのだが……そんな願いが頭をよぎった時だった。


「なぜ抗った? その先に何がある? 『キミ』の考えを教えてほしい……」


 クソ野郎が喋った。ただ感情を持つ前の無機質クソ野郎とは違って、とても落ち着いた口調だった。変な違和感を持ったが、クソ野郎が言葉を発したことに僅かな希望が見えた。会話さえ成立すれば、こっちのものだ。言葉巧みに思考誘導して攻撃を躊躇させる。これまでいくらでもやってきたことだ。もう一度、動揺させることだってできる。クラリスなら朝飯前のことだ。期待しながらクラリスの返答を待った、すると……。


「ふっ……はぁ……とうとう来てしまったか……抗ってみたものの……ここまでのようじゃのう……」


 小さな笑みをうかべながらクラリスは……なぜか諦めるようなことを口にする――。

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