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三度目となる『時間戻し』から、クソ野郎は一度も口をきいていない。これまで戻し終了後には、とりあえず声を放っていたクソ野郎だけに不気味すぎる。いったいクソ野郎の身に何が起こっているのか、まったく予想できない状況となってしまった。
変化はクソ野郎だけじゃない、クラリスもまた違う。これまで『時間戻し』に対して、クラリスは一貫して表情を変えることはなかった。ただ強がっていただけなのか、それとも『時間戻し』もまた想定内だったのか、それを知る由もないが、今回は表情に変化が生まれてしまっている。明らかに驚きを隠しきれていない。クラリスの場合、その表情もまたブラフの可能性も残っているが、これまでの作られた表情とはちょっと違う気がする。何がどう違うか、具体的には説明できないが、そんな気がしてならない。
たぶんクラリスもまたワタシと同じ予想をしていたんじゃないかと思っている。戻し終了後、大きな声で喚き散らすクソ野郎の姿をクラリスもまた予想していたんじゃないかと。そのための『マサオ化』であり、彼女にとっての最大のアドバンテージが『マサオ化』だったから。身体能力を遥かに上回る相手に対して、相手が『マサオ化』でいる限り思考誘導でどうにでもできたのだ。もしもその頼みの綱である『マサオ化』を失うことでもあれば、いくらクラリスでも表情を曇らせてしまうだろう。唯一戦える武器を失ってしまうのだから。今回の表情の変化は、もしかしたら『マサオ化』を失ったかもしれない焦りから出たものじゃないかと……そんな気がする。
いろいろとクラリスの心情をワタシなりに巡らせてきたが、クソ野郎はただ黙っているだけで、まだ『マサオ化』を失ったとは決まっていない。前述で何度も言ったように、もし『マサオ化』になる前までクソ野郎を戻せるなら、もっと早い段階でやっているはずなのだ。このタイミングでやるのは不自然すぎる。できない理由がきっとあるはず。声を発していないだけで『マサオ化』を失ったと考えるのは早計すぎるのだ。
状況を冷静かつ公平に分析していると、ずっと自分の手を眺めていたクソ野郎に動きがあった。視線の先を手からクラリスの方へと移したのだ。クラリスの顔でも見ているのかと思っていたが、よくよく視線の先を観察してみると、顔の高さに合ってなくもっと下であり、クラリスの『足元』に視線がいっていることに気づく。たしかクラリスの『足元』には……そう考えを巡らせようとした次の瞬間だった。
視界からクソ野郎が消える。ワタシは反射的に『アルフの眼』に切り替えた。
クソ野郎はとんでもないスピードでクラリスに迫っていた。前触れなく行動するのは初めてである。このまま攻撃されればクラリスはひとたまりもない。心配という感情がわく時間も与えてくれず、クソ野郎は攻撃できる距離まで接近した。クラリスはというと、すでにクソ野郎の接近には反応していた。身体能力が予想どおりなら絶対に見えないスピードで来ているはずなのだが、すでに顔の前には左腕をもってきて防御態勢を作っている。見えなくても直感で反応している。さすがクラリスというべきか、などと思っていると……。
「それで……いいのか……」
クソ野郎がボソッとささやいた。その声に反応したクラリスは、目を丸くして、上体を大きく後ろに反った。そして……次の瞬間が来る。弓のように体を反らしていたクソ野郎は、力いっぱいに引いた弓の如く、溜められたチカラを解き放つため、一気に右脚を……上空に舞い上げた。
『ズゥンッ!!』
空を覆い被さっていた雲に、大きな円形の空間が生まれる。これが一瞬の出来事『アルフの眼』がなかったら絶対に見ることも出来なかった。その後のクソ野郎はというと、上げた脚をゆっくりと下げている。そして……クラリスはいうと……直前に仰け反ったおかげて無事だった……だったけど……顔の前に出していた左腕は間に合わず……彼女の左腕は……上空に吹き飛んでしまった……その後……赤い雨が降ってくるのであった――。




