第十話 親玉
翌朝、コルンとガルドはまた道具屋にいた。
カウンターの木は、昨日硬貨を並べたときの湿り気をまだ残している。旦那は二人を見るなり、箒を止めて笑った。
「今度は何だ」
「昨日の角と爪。細工師なら分かるって言ったでしょ」
「ああ、言ったな。まだ持ってたのか」
コルンは仕分け袋から、集積所で拾った角と黒い爪、それに骨を一本出した。どれも綺麗ではない。砂が入り、先端は欠け、爪の付け根には乾いた汚れが残っている。
「ずいぶん、真面目に素材売りしてんな」
「義賊だよ」
「もうどっちでもいい」
ガルドが横で息を吐いた。
「最近こいつ、自分でも素材売りを否定しなくなってきた」
「儲かるからね」
「分かりやすいな」
旦那は素材を一度確認し、裏通りを顎で示す。
「詳しいことなら細工屋だ。紹介はする。ただし、変なものを山ほど持ち込むなよ。俺まで怒られる」
「大丈夫」
「その返事が、一番信用できねえ」
◇
細工屋は、道具屋よりさらに狭かった。
看板には、角や骨などを組み合わせた装飾が描かれている。店内の棚には指輪や首飾り、留め具に矢羽、小さな護符。どれも素材の形を殺さず、削って、留めて、別の役割を与えてあった。光の当たり方が道具屋とは違い、金属より骨の白さが先に目に入る。
奥から男が出てきた。三十代半ば、細身で、眼鏡の奥の目がすぐに手元へ落ちる。指先が、物を壊さずに裏返す人間の形をしていた。
「道具屋の旦那から。あの人が紹介するってことは、変なのを拾った?」
「変なの前提なんだ」
「だいたいそう」
ガルドが小声で言う。コルンは聞こえているふりをして、素材をカウンターへ並べた。角。黒い爪。骨。迷宮一階層、小鬼が集めていた場所のものだと添える。
細工師の手が、角のところで止まった。
「この角、小鬼のじゃない。たぶん角兎か洞穴山羊。先端は欠けてるが、根元はきれい。削れば留め具や小型の柄に使える」
爪は光にかざされた。黒い筋が、透かすと細い線になる。
「穴ねずみじゃない。迷宮にいる大型種、黒爪ねずみだ。小鬼よりは強い。磨けば装飾品になる。細く削れば針にもなる」
コルンの目が明るくなった。ガルドが先に口を開く。
「罠に使えるとか言うなよ」
「まだ、何も言ってない」
「顔に出てる」
細工師が笑った。
「罠にも使えるよ」
「教えないでくれ!」
「いいじゃん」
「よくない」
骨は安かった。小型獣系で、加工はできるが特別珍しくない。それでも少しは売れる。コルンは頷き、カウンターに身を寄せた。
「一階層で拾えて、細工屋が買うものを教えて。情報料は?」
「銀貨二枚」
「払う」
「また即決か」
銀貨二枚が渡る。細工師は牙、爪、角、甲殻、羽、骨、眼球、毒袋と、順に指を折った。魔物によって価値は違う。壊れやすい部位。時間が経つと落ちるもの。洗ってはいけないもの。逆に、汚れを落とさないと駄目なもの。コルンは袋の紐をいじる手を止め、全部聞いた。
「眼球も売れるの?」
「魔術材料。液もれするから専用容器がいる」
「買える?」
「今はやめろ」
ガルドが止めた。まだ眼球を拾ってもいない。備えと言うコルンに、荷物が増えると返す。コルンはあっさり引いた。細工師が、少し感心したように眼鏡を直す。
「全部、欲しがるわけじゃないんだ」
「持てる量、決まってるから」
「そこは現実的、か」
「そこはって何」
「義賊で魔法使って、罠を解体して素材拾ってるんだろ? 十分変だよ」
ガルドが深く頷いた。ようやく自分と同じ考えの者に出会えた。コルンは傷つくより先に、細工師の次の問いに顔を上げた。
「小鬼が集めてたって言ったね。どのくらい?」
「魔石だけで十個以上。小さいやつだけど」
男の手が止まる。それでも多い。小鬼は使わないものを集めることはある。だが魔石をまとまって置くことに細工師は考え込む。群れを作る個体がいると、下の小鬼が獲物や物資を集める。魔力の強いものを好む親玉、小鬼頭領や上位種がいるかもしれない。
コルンの目が細くなる。ガルドの表情も変わった。
「やめろ。その顔。今すぐ探しに行きたそうな顔だ」
「別に」
「嘘をつけ」
細工師は指を組んだ。
「一階層だからと油断しないほうがいい。親玉がいるなら、罠の使い方も変わる」
コルンが、小鬼は自分で罠を直していたことを伝えると、細工師からその可能性は否定できないと聞く。
「見つけても正面から行くなよ」
「もちろん」
ガルドの警告にコルンの軽い返事だけをする。
◇
その日の午後、二人は迷宮へ潜った。新人三人は来ていない。今日は二人だけだ。
「親玉探し?」
「素材探し、半分は親玉」
「やっぱりな」
「追わないよ。向こうから来たら別」
「嫌な予感がする」
一階層、これまで歩いた道。集積所の周辺で、コルンはしゃがんだ。砂の上の足跡が、昨日より明らかに多い。同じ方向へ、同じ大きさではない足が重なっている。
しばらく進んで、ガルドが止まった。
通路の先の広間。中央に盾が一つ、置かれている。大きい。金属製。そして無傷だった。一階層の床に置くには綺麗すぎる。誰の血も、誰の爪痕も付いていない。通路の真ん中で、拾われるのを待っているように光っていた。
二人とも近づかない。
「綺麗すぎる。一階層の通路の真ん中。誰も拾ってない」
「完全な罠だな」
意見が、珍しく即一致した。コルンが欲しがりそうだが、それでも触らない。盾が餌で、拾いに行ったところを囲む。小鬼ならやりそうだ。親玉が考えたなら、もっと上手くやる。
コルンは足元の小石を拾った。
「盾は取らない。傷つける。餌に使ってるなら、大事なんじゃない?」
「相手を怒らせるつもりか」
「出てきてくれたら楽。探す手間、省ける」
「お前な!」
「遠いから」
小石が飛んだ。カン、と盾の表面に小さな傷が付く。静かだ。二つ目。三つ目。ガルドがやめろと言う間に、四つ目が縁を打った。ガン、と音が変わり、金属がわずかにへこむ。
その瞬間、広間の奥で咆哮が上がった。
現れたのは、普通の小鬼より二回り大きい個体だった。筋肉が肩と腕に偏り、片手の棍棒が床を擦る。首には、魔石を繋げた粗末な飾り。親玉は盾の傷と、傷を付けた側の暗がりを見比べ、明らかに怒って突進してきた。
「来る!」
「待って。速いけど、真っ直ぐ」
ガルドの大盾が棍棒を受けた。衝撃が腕を突き上げ、足が半歩ずれる。普通の小鬼とは比べものにならない。それでも親玉はガルドしか見ていなかった。叩く。また叩く。大きか振りかぶる。だが、単調だ。
「《鈍足》」
足元が遅れる。怒りがさらに強くなり、顔が盾から外れない。コルンが右に一歩、と言い、ガルドが動く。親玉は追った。棍棒が床に外れ、石が砕ける。その隙に盾が横から肩を崩し、《魔弾》が飛ぶ。親玉は腕で顔を庇った。守った場所が顔なら、脚だ。ガルドの剣が浅く入り、親玉はさらに怒って同じ軌道で突っ込んできた。
タフで強い。普通の小鬼より、ずっと。だが怒っているので、動きが読める。正面で大振り。追ってきては、また大振り。冷静さがない。
「強いけど、弱いね」
「言い方!」
棍棒がまた床に落ちる。ガルドが盾で腕を止め、コルンの《魔弾》が側頭部を打った。親玉がふらつく。大盾が胸へ入り、体が倒れる。剣が首元で止まり、広間が静かになった。
ガルドが大きく息を吐く。
「強かった」
「うん。でも怒りすぎ」
コルンは倒れた親玉を見た。冷静さをなくした相手は弱い。ガルドは剣を拭いながら、力がある奴ほど雑に振れば隙も大きい。
コルンは宝箱と罠、素材を見つけたときが、同じ顔をしているぞ。
コルンは少しだけ目を逸らした。
首の粗末な紐には、小さな魔石がいくつも通してある。こいつが集めさせていたのだろう。それから広間中央の盾を見る。もう親玉は倒した。ガルドはそれでも触るな、と言った。罠が残っているかもしれない。コルンは素直に、また小石を拾う。
「少しは学習したな」
「最初から慎重だよ」
「どの口が言う」
二人はまだ遠巻きに、無傷ではなくなった盾を眺めた。餌をみせ、罠にかけ、最後に親玉。全部が見えたあとも、盾そのものには手を出さない。迷宮は強い者を、強いままでは出してこない。欲を、怒りを、焦りを利用する。なら、こちらが先にそれを利用すればいい。
コルンは笑った。
「迷宮って面白いね」
「お前は本当に楽しそうだな。死なない程度にな」
「もちろん」
その返事を、ガルドは半分だけ信用した。




