第24話 相棒
第一訓練場。
仮想レムナント戦闘演習終了後。
新入生達には、
明確な疲労と緊張が残っていた。
死亡判定の連続。
想像以上の実戦難度。
騎士学校の現実を、
嫌というほど思い知らされた。
その中で。
教師だけは、
静かに考えていた。
演習記録端末。
そこへ映し出される二つの名前。
レギア=ノクス。
ミレナ=ヴァルケイン。
教師は片目を細める。
偶然ではない。
二人とも、
既に“実戦の動き”をしていた。
特に。
レギアの異常な回避判断。
ミレナの冷静過ぎる射撃。
普通の新入生ではない。
教師は短く息を吐く。
そして。
低い声で告げた。
「次」
新入生達が顔を上げる。
教師は淡々と続ける。
「ツーマンセル戦闘演習を行う」
ざわめきが起きた。
実戦連携。
しかも入学直後。
通常なら、
もっと後に行われる内容だった。
教師は気にしない。
視線を向ける。
「レギア=ノクス」
「ミレナ=ヴァルケイン」
その瞬間。
教室の空気が変わる。
ミレナが僅かに眉を寄せる。
レギアも目を瞬かせた。
教師は無慈悲だった。
「お前達、
組め」
沈黙。
数秒。
ミレナが先に口を開く。
「……正気ですか」
露骨に嫌そうだった。
教師は真顔のまま答える。
「問題あるか」
「あります」
即答。
周囲の新入生達が、
思わず吹き出しかける。
だが。
教師は全く動じない。
「お前達、
戦闘感覚だけは妙に噛み合っている」
その言葉に、
二人とも小さく表情を止めた。
教師は続ける。
「確認する」
有無を言わせない声。
レギアとミレナは、
小さく息を吐く。
そして。
渋々ながら、
演習場中央へ移動した。
周囲の新入生達も、
興味津々で見守っている。
昨日まで険悪だった二人。
そんな二人が連携戦闘。
誰もが、
上手くいくとは思っていなかった。
教師が演習端末を起動する。
術式陣展開。
白い粒子。
そして。
次の瞬間。
仮想レムナントが三体出現した。
ざわめきが起きる。
「三体!?」
「一組に対して!?」
教師は冷静だった。
「開始」
直後。
レムナントが動く。
爆発的加速。
一体が正面からレギアへ突撃。
同時に。
残り二体が左右へ展開する。
普通なら、
即座に崩される包囲だった。
だが。
レギアは迷わない。
地面を蹴る。
細剣が閃く。
ギィィン!!
真正面の爪撃を逸らす。
その瞬間。
轟音。
後方から術式弾が飛ぶ。
ミレナの狙撃。
レギアの肩すれすれを通過し、
側面レムナントの脚部を撃ち抜いた。
新入生達が息を呑む。
近い。
普通なら誤射している。
だが。
レギアは振り返りもしない。
最初から、
撃たれる位置が分かっていたみたいに動いていた。
ミレナの蒼い瞳が、
僅かに揺れる。
――避けた?
いや。
違う。
最初から、
射線を空けていた。
レギアが一気に踏み込む。
細剣による高速連撃。
喉。
関節。
眼部。
正確に急所を突く。
同時。
ミレナの二射目。
轟音。
別個体の肩部粉砕。
レギアはその隙を即座に利用する。
まるで。
最初から、
連携を知っていたみたいに。
教師の目が細くなる。
周囲の新入生達も、
徐々に言葉を失い始めていた。
何かがおかしい。
初連携の動きじゃない。
レギアが低く滑り込む。
同時に。
ミレナが即座に射線変更。
レギアの頭上数センチを、
術式弾が通過する。
轟音。
最後のレムナントの頭部が吹き飛ぶ。
その直後。
レギアの細剣が、
心核部を正確に貫いた。
静寂。
仮想レムナント三体が、
同時に崩壊する。
演習場が静まり返った。
誰もすぐには声を出せない。
教師だけが、
静かに二人を見ていた。
レギアも、
ミレナも、
少し呼吸が乱れている。
だが。
二人とも、
別の意味で困惑していた。
ミレナが小さく眉を寄せる。
「……なんで今避けたの」
レギアも困ったように答える。
「撃つと思ったから」
数秒。
沈黙。
ミレナの蒼い瞳が細くなる。
「普通、
あのタイミングで撃たないわ」
レギアも小さく首を傾げた。
「でも、
撃つ気がした」
意味が分からない。
自分達でも。
なのに。
何故か、
噛み合ってしまう。
教師はしばらく無言だった。
やがて。
小さく端末を閉じる。
その目は、
完全に真剣なものへ変わっていた。
「……なるほどな」
低い呟き。
そして。
教師は静かに演習記録端末へ、
特別記録保存申請を送信した。
後日。
その報告書は、
フェンリル家へ届けられる事になる。
フェンリル家私室。
夜。
重厚な部屋には、
静かな灯りだけが落ちていた。
巨大な執務机。
壁一面の帝国地図。
武器棚。
古い戦場写真。
歴戦の軍人らしい空間だった。
ガルド=フェンリルは、
机へ置かれた報告書を静かに閉じる。
帝国騎士学校。
第一訓練場実技記録。
レギア=ノクス。
ミレナ=ヴァルケイン。
そして。
“異常連携確認”。
ガルドは小さく息を吐いた。
完全に予想外、
という訳ではない。
だが。
予想以上だった。
特に。
初連携での動き。
互いの射線理解。
位置把握。
タイミング。
普通ではない。
まるで長年組んでいたかのような精度だった。
ガルドは静かにグラスを持つ。
琥珀色が揺れる。
そして。
低い声で言った。
「……どう思う?」
向かい側。
ソファーへ深く腰掛けていた男が、
ゆっくり視線を上げる。
ゼクト=アイゼン。
黒衣隊所属。
黒騎士。
鋭い灰色の瞳が、
静かに細められる。
ゼクトは報告書へ目を落とし、
小さく笑った。
「面白いですね」
軽い口調。
だが。
瞳は笑っていない。
完全に観察者の目だった。
ゼクトは報告書を軽く振る。
「初連携でこれは異常です」
「しかも、
二人とも合わせようとしていない」
ガルドは無言だった。
ゼクトは続ける。
「普通、
連携には段階があります」
「位置確認」
「呼吸合わせ」
「役割分担」
「信頼構築」
「戦闘経験」
「時間が必要だ」
灰色の瞳が、
静かに細くなる。
「ですが、
あの二人にはそれが無い」
「なのに噛み合う」
「気味が悪いくらいに」
部屋へ静かな沈黙が落ちる。
ガルドは酒を一口飲む。
そして。
低く呟いた。
「……感覚型か」
ゼクトは肩を竦める。
「恐らく」
「レギアは直感型」
「ミレナは分析型」
「本来なら相性は悪くない」
「ですが、
ここまで極端なのは珍しい」
ゼクトは少し考え。
やがて。
小さく笑った。
「案外」
灰色の瞳が細くなる。
「レギアにとって、
初めての“相棒”になるかもしれませんよ」
ガルドは何も答えない。
窓の外では、
帝都の夜景が静かに広がっていた。
だが。
その沈黙自体が、
否定ではなかった。
しばらく静寂。
やがて。
ゼクトがソファーから立ち上がる。
「では俺はこれで」
ガルドは短く頷く。
「ああ」
ゼクトは軽く手を上げ、
そのまま部屋を後にした。
重厚な扉が静かに閉まる。
再び、
部屋へ静寂が戻った。
ガルドは一人、
報告書へ視線を落とす。
レギア=ノクス。
ミレナ=ヴァルケイン。
異常なまでの連携。
初めてとは思えない感覚共有。
ガルドは小さく息を吐く。
そして。
低い声で言った。
「……アルベルト」
数秒後。
扉が静かに開く。
老執事――アルベルトが、
一礼しながら現れた。
「お呼びでしょうか」
ガルドは机へ肘を付き、
静かに告げる。
「レギアを呼べ」
アルベルトの目が、
僅かに細くなる。
「承知致しました」
短いやり取り。
アルベルトは一礼し、
静かに退出した。
数分後。
再び扉が開く。
黒髪の少女――レギア=ノクスが、
小さく一礼しながら部屋へ入ってきた。
「……お呼びでしょうか」
訓練後らしく、
まだ少し髪が湿っている。
ガルドは椅子へ深く腰掛けたまま、
静かにレギアを見た。
そして。
机上の報告書を軽く叩く。
「学校から届いた」
レギアの紅い瞳が、
僅かに揺れる。
ガルドは淡々と続けた。
「ミレナ=ヴァルケインとの連携記録だ」
レギアは一瞬だけ気まずそうに目を逸らす。
恐らく、
かなり目立ったのだろう。
そう理解した。
ガルドは報告書を閉じる。
「教師陣も驚いていたそうだ」
「初連携とは思えん動きだったとな」
レギアは困ったように小さく眉を下げる。
「……私達も、
よく分かってません」
それは本音だった。
何故噛み合うのか。
自分達でも理解出来ない。
ガルドは数秒黙り。
やがて。
低い声で言った。
「次の休校日」
レギアが顔を上げる。
「ミレナ=ヴァルケインを屋敷へ呼べ」
沈黙。
数秒。
レギアの思考が止まる。
「……え?」
完全に素だった。
レギアは本気で困惑していた。
「……ミレナを、
ですか?」
「ああ」
「何故でしょうか……」
珍しく、
かなり混乱している。
ガルドは静かにグラスを持つ。
「連携を見たい」
「実戦形式でな」
低い声。
「お前達、
感覚同期が異常だ」
レギアの紅い瞳が、
僅かに揺れる。
“感覚同期”。
その言葉が、
何故か妙に引っ掛かった。
だが。
今はそこではない。
問題は。
「……ミレナが来るでしょうか」
そっちだった。
ガルドは鼻で笑う。
「そこはお前が何とかしろ」
無茶振りだった。
レギアは小さく肩を落とす。
「……努力します」
ガルドは静かに酒を飲む。
そして。
低く続けた。
「ヴァルケインの娘は、
戦場経験者だ」
「恐怖も知っている」
「だからこそ、
お前の隣へ立てる可能性がある」
レギアは小さく目を見開く。
その言葉は。
少しだけ、
胸へ残った。
翌日。
帝国騎士学校。
朝の教室には、
まだざわつきが残っていた。
理由は一つ。
昨日のツーマンセル演習だった。
「見たか昨日のあれ」
「いや普通避けねぇだろ」
「絶対誤射だと思った……」
「しかも最後同時撃破だったぞ」
新入生達が興奮気味に話している。
その中心人物。
レギア=ノクスは、
窓際の席で静かに頬杖をついていた。
だが。
普段より少しだけ無表情が硬い。
理由は分かっていた。
――気まずい。
昨日の演習以降。
妙にミレナを意識してしまう。
何故かは分からない。
だが。
あの瞬間。
自分でも説明出来ない感覚が確かにあった。
射線。
タイミング。
動き。
全部、
自然に理解出来てしまった。
レギアは小さく息を吐く。
そこへ。
教室扉が開いた。
一瞬。
空気が変わる。
ミレナ=ヴァルケイン。
銀灰色の長髪。
冷たい蒼眼。
相変わらず無表情に近い顔。
だが。
教室へ入った瞬間、
彼女も僅かに動きを止めた。
レギアと目が合ったからだ。
数秒。
沈黙。
周囲の新入生達が、
露骨に様子を窺い始める。
昨日までなら、
ここで互いに視線を逸らして終わっていた。
だが。
今日は少し違った。
ミレナが先に歩き出す。
そのまま。
レギアの席の近くまで来た。
ざわっ。
周囲が小さくざわめく。
レギアも少し困惑したように顔を上げた。
ミレナは数秒黙り。
やがて。
小さく口を開く。
「……昨日」
レギアが瞬きをする。
ミレナは微妙に言い辛そうだった。
「なんで避けられたの」
直球だった。
レギアは少し考える。
だが。
結局。
昨日と同じ答えしか出てこない。
「撃つと思ったから」
ミレナの眉が寄る。
「だから、
普通は撃たないタイミングだったって言ってるの」
「でも、
撃てる位置だった」
「……」
ミレナが黙る。
それがまた腹立たしかった。
否定出来ない。
確かに。
あの瞬間。
自分は撃てると思っていた。
レギアが小さく首を傾げる。
「ミレナの方こそ」
「なんで私が動く前に射線変えたの」
今度はミレナが言葉に詰まる番だった。
数秒。
沈黙。
やがて。
ミレナは小さく視線を逸らす。
「……来ると思ったから」
レギアが目を瞬かせる。
完全に、
同じだった。
周囲の新入生達が、
段々変な空気を感じ始める。
「……なんか」
「昨日より会話してね?」
「いや、
でも空気重くない?」
「仲悪いのか良いのか分からん……」
ひそひそ声。
レギアとミレナは、
そんな周囲に気付いていない。
ミレナは腕を組み、
小さく息を吐く。
「気持ち悪いのよ」
「……?」
「噛み合い過ぎる」
その言葉に。
レギアも少しだけ真顔になる。
否定出来なかった。
自分でも、
気味が悪い。
昨日の演習。
初めて組んだとは思えないほど、
自然に動けた。
レギアは小さく呟く。
「……私も、
ちょっと思った」
ミレナの蒼い瞳が、
僅かに揺れる。
その時。
始業鐘が鳴り響いた。
教師が教室へ入ってくる。
新入生達が慌てて席へ戻る中。
教師だけは、
レギアとミレナを見て小さく目を細めた。
昨日より近い。
だが。
本人達は、
その変化にまるで気付いていない。
レギアは前を向く。
ミレナも席へ戻る。
だが。
互いに、
ほんの少しだけ考えていた。
――なんで、
こんなに噛み合う。
その答えは、
まだ誰にも分からなかった。
そして。
そんな二人を。
クラスメイト達だけが、
不思議そうに眺めていた。




