表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/53

第11話 再開 1

黒衣隊専用列車の搭乗口には、

黒い軍装に身を包んだ改札員が立っていた。


一般区画とは違う。


重厚な鉄扉。

黒衣隊紋章。

周囲に配置された武装兵。


そこだけ、

空気が少し硬かった。


レギアは小さく息を吸う。


そして胸元から、

帝国騎士学校の学生証を取り出した。


「レギア=ノクスです」


改札員は無言で学生証を受け取り、

刻印と書類を照合する。


数秒。


やけに長く感じた。


やがて。


改札員は静かに敬礼する。


「確認しました」


「帝国騎士学校入学予定者、レギア=ノクス」


「搭乗を許可します」


その言葉を聞いた瞬間。


レギアの胸の奥で、

何かが静かに鳴った。


本当に。


行くのだ。


この家から。


この場所から。


エマの隣から。


レギアは学生証を受け取り、

小さく頷く。


「……ありがとうございます」


漆黒の列車が、

白い蒸気を吐き出す。


出発を告げる鐘が、

駅構内へ低く響いた。


レギアは搭乗口へ足を向ける。


だが。


一歩進んだところで、

足が止まった。


振り返る。


そこには、

エマが立っていた。


黒い外套を羽織り、

いつものように落ち着いた顔で。


けれど。


その灰色の瞳だけは、

少しだけ揺れていた。


エマは小さく笑う。


そして。


いつもの声で言った。


「頑張って来なさい」


たった一言。


それだけだった。


だが。


その言葉を聞いた瞬間。


レギアの胸に、

五年間の記憶が一気に溢れた。


暖炉の火。


紅茶の香り。


眠れない夜に隣へ座ってくれた手。


泣けない自分の代わりに、

静かに待ってくれた時間。


何度も呼んだ名前。


エマさん。


その全てが。


今、

胸の奥で熱になった。


レギアは静かに頷く。


「……うん」


それ以上、

言葉が出なかった。


エマもまた、

何かを言おうとして。


けれど。


言葉にはしなかった。


次の瞬間。


エマは一歩踏み出し、

レギアを強く抱き締めた。


無言だった。


何も言わない。


ただ。


離したくないみたいに。


けれど、

ちゃんと送り出すみたいに。


強く。


優しく。


レギアは目を見開く。


そして。


ゆっくりと、

エマの背中へ腕を回した。


温かかった。


この五年間、

何度も自分を支えてくれた温もりだった。


レギアの喉が、

小さく震える。


それでも。


泣かなかった。


泣きたくなかった。


ちゃんと前を向いて、

行きたかった。


レギアはエマの肩へ顔を寄せる。


そして。


その耳元で、

小さく囁いた。


「……ありがとう」


一度、

息を吸う。


胸の奥にあった言葉を。


ずっと言えなかった言葉を。


今だけは、

ちゃんと伝えたかった。


「ありがとう……お母さん」


エマの身体が、

小さく震えた。


レギアは続ける。


「私、

頑張るね」


「必ず戻ってくるから」


「だから……待ってて」


エマは何も答えなかった。


答えられなかった。


ただ。


レギアを抱き締める腕に、

少しだけ力がこもる。


それが答えだった。


やがて。


出発を告げる二度目の鐘が鳴る。


エマはゆっくりと腕をほどいた。


その顔には、

いつもの笑みがあった。


少し泣きそうで。


でも。


どこまでも優しい笑みだった。


「……行ってらっしゃい」


レギアは小さく頷く。


「行ってきます」


そして。


レギア=ノクスは、

漆黒の列車へ乗り込んだ。


   ◇


漆黒の列車は、

重い駆動音を響かせながら帝都中央上層区へ向かっていた。


規則的な振動。


蒸気機関の低い唸り。


時折響く警笛。


車窓の外では、

灰色の雪が静かに流れていく。


レギア=ノクスは、

窓際の席へ静かに座っていた。


膝の上には小さな旅行鞄。


胸元には、

帝国騎士学校の学生証ケース。


向かい側の席には誰もいない。


黒衣隊専用列車。


車内は静かだった。


軍関係者らしき乗客達も、

皆どこか口数が少ない。


レギアは頬杖をつきながら、

ぼんやりと窓の外を見る。


流れていく雪景色。


白く煙る街並み。


遠くに見える鉄色の監視塔。


その景色を眺めながら。


レギアは、

静かに昔を思い出していた。


ノルドライン辺境区。


白い雪。


崩れた街。


赤黒い炎。


悲鳴。


血の匂い。


壊れていく家。


幼かった自分は、

ただ震える事しかできなかった。


あの日。


全部終わった。


家族も。


居場所も。


名前すら、

失いかけた。


今でも時々夢に見る。


雪の中へ倒れていた父。


動かなくなった母。


冷たくなった手。


あの頃の自分は、

もう駄目だったのだと思う。


もし。


ガルド=フェンリルが現れなければ。


もし。


エマ=リーデルが、

手を差し伸べてくれなければ。


きっと今、

ここにはいなかった。


レギアは小さく目を伏せる。


窓へ映る自分の顔。


黒髪。


赤紫の瞳。


少しだけ大人びた横顔。


昔とは、

もう全然違う。


五年間。


泣いて。


笑って。


怒られて。


紅茶を飲んで。


暖炉の前で眠って。


少しずつ、

生きる事を覚えていった。


エマの笑顔を思い出す。


最後の言葉。


――行ってらっしゃい。


その声が、

まだ耳へ残っていた。


レギアは小さく息を吐く。


そして。


窓ガラスへそっと額を預ける。


冷たかった。


けれど。


胸の奥には、

確かに温かなものが残っていた。


もう、

一人じゃない。


帰る場所がある。


待っていてくれる人がいる。


その事実だけで。


不思議なくらい、

前を向ける気がした。


列車は雪を裂きながら、

帝都上層へ向かって走り続ける。


その先に待つのは。


五年ぶりの再会。


ガルド=フェンリル。


帝国騎士学校。


そして――。


レギア=ノクスの、

新しい運命だった。


   ◇


漆黒の列車は、

長い駆動音を響かせながら雪原地帯を走り続けていた。


帝都中央上層区まで、

およそ六時間。


短くはない旅だった。


窓の外では、

灰色の景色がゆっくり流れていく。


白雪に覆われた外縁区。


崩壊した旧防壁跡。


蒸気工場群。


監視塔。


途中、

幾度も検問停車を繰り返しながら、

列車は北方区画を抜けていく。


レギアはそのほとんどを、

静かに窓際で過ごしていた。


時折、

紅茶を飲み。


ぼんやり外を眺め。


気付けばまた、

昔の事を思い出している。


そんな時間だった。


やがて。


長く続いていた灰色の空が、

少しずつ赤みを帯び始める。


夕方だった。


朝、

エマと別れた時にはまだ薄暗かった空も、

今は静かな夕焼けへ変わり始めている。


列車内へ、

到着予告の鐘が低く響いた。


《――間もなく、

帝都中央上層駅へ到着します》


機械音声が、

静かな車内へ流れる。


その瞬間。


レギアの胸が、

小さく高鳴った。


帝都。


本当に、

着くのだ。


レギアは小さく息を吐き、

膝の上の鞄をそっと握る。


窓の外。


雪煙の向こう側へ、

巨大な城塞都市が少しずつ見え始めていた。


高層蒸気塔。


幾重もの防壁。


黒鉄橋。


空を貫く巨大煙突。


そして。


中央最上層で、

静かにそびえ立つ黒い塔。


ヴァルグリム帝国中央区。


帝国の心臓部だった。


レギアは静かに目を見開く。


五年前。


ここから遠く離れた辺境で、

全てを失った。


だが今。


自分は再び、

この帝国の中心へ戻って来た。


その事実が、

不思議なくらい現実感を持たなかった。


列車が減速を始める。


重い制動音。


白い蒸気。


巨大な駅舎へ、

ゆっくりと車体が滑り込んでいく。


ホームには、

黒衣隊兵士達の姿が見えた。


武装警備兵。


軍用搬送車。


帝国紋章旗。


空気そのものが、

外縁区とは違う。


重い。


鋭い。


まるで帝国そのものが、

ここへ集約されているみたいだった。


レギアは静かに立ち上がる。


胸の奥で、

鼓動が少し速くなる。


ガルド=フェンリル。


五年ぶりの再会。


その瞬間が、

もうすぐそこまで来ていた。


   ◇


漆黒の列車が、

重い蒸気音と共に停止する。


帝都中央上層駅。


巨大な駅舎の中は、

外縁区とはまるで空気が違っていた。


黒鉄と蒸気で構成された高層空間。


幾重もの警備線。


武装した黒衣隊兵士達。


軍用輸送車両。


行き交う軍関係者達の足音。


帝国中枢。


その言葉がよく似合う場所だった。


レギア=ノクスは、

小さく息を吐く。


そして旅行鞄を持ち、

静かに列車から降り立った。


冷たい空気が頬を撫でる。


夕暮れだった。


高層駅舎の天窓から、

赤灰色の光が差し込んでいる。


レギアは人の流れに沿って歩き出す。


やがて。


黒衣隊専用改札区画へ辿り着いた。


重厚な鉄色のゲート。


帝国紋章。


複数の検問兵。


空気は張り詰めている。


レギアが学生証ケースを取り出そうとした――その時だった。


二人の兵士が、

静かにレギアの前へ進み出る。


黒衣隊正式装備。


黒銀色の軍装。


腰には対レムナント長剣。


胸元には、

フェンリル直属部隊章。


その姿を見た瞬間。


周囲の空気が少しだけ変わる。


兵士達はレギアへ向け、

静かに敬礼した。


「……レギア=ノクス様ですね」


低く落ち着いた声だった。


レギアは少し目を瞬かせる。


「……はい」


確認を終えた兵士は、

姿勢を崩さないまま続けた。


「お待ちしておりました」


「ガルド将軍の命により、

お迎えに上がりました」


その言葉を聞いた瞬間。


レギアの胸が、

小さく強く脈打つ。


ガルド=フェンリル。


その名前だけで、

空気が少し変わる。


兵士は静かに横へ身を引く。


「こちらです」


視線の先。


駅舎上層専用通路の向こう側へ、

一台の軍用装甲車が待機していた。


黒銀装甲。


重厚な車体。


側面には、

フェンリル将軍家紋章。


周囲にはさらに数名の護衛兵まで配置されている。


レギアは小さく目を見開く。


自分が迎えられている。


その現実が、

まだ少し信じられなかった。


兵士の一人が、

静かに車両扉を開く。


暖かな灯りが、

車内から漏れた。


レギアは小さく息を吸う。


そして。


静かにその車両へ足を踏み入れた。


五年ぶりに帰ってきた帝都は、

もう既に、

彼女を“将軍家の人間”として迎え始めていた。


   ◇


黒銀装甲車は、

静かな駆動音を響かせながら帝都中央上層区を進んでいた。


車窓の外を流れていく景色は、

外縁区とはまるで別世界だった。


巨大な黒鉄建築。


白亜の尖塔。


蒸気導管が張り巡らされた空中回廊。


高層軍事塔。


帝国貴族街。


全てが巨大で、

重厚で、

どこか冷たい。


やがて。


車両がゆっくり減速する。


重い門が開かれる音。


黒衣隊兵士達の敬礼。


レギアは小さく息を呑んだ。


視界の先。


雪の降る夕暮れの中へ、

巨大な邸宅が静かに姿を現す。


ガルド=フェンリル邸本宅。


それは、

もはや屋敷というより要塞に近かった。


黒鉄と白亜石で造られた巨大建築。


高い外壁。


幾重もの警備線。


庭園ですら軍施設のように整備されている。


けれど。


その中央に立つ本邸だけは、

どこか静かな威厳を纏っていた。


レギアは無意識に、

膝の上の手を握り締める。


緊張している。


自分でも分かるくらいに。


五年ぶりだった。


ガルド=フェンリル。


あの日、

雪の中で自分を拾った男。


怖かった。


でも。


ずっと忘れられなかった。


車両が正門前で停止する。


兵士が静かに扉を開いた。


冷たい空気が流れ込む。


「到着しました」


低い声。


レギアは小さく頷き、

静かに車外へ降り立った。


足元で雪が小さく鳴る。


見上げる。


巨大な邸宅。


暖かな灯り。


そして。


この先に、

ガルドがいる。


胸の鼓動が、

少し速くなる。


雪が静かに降っていた。


巨大な邸宅は、

まるで息を潜めているみたいだった。


レギアは無意識に喉を鳴らす。


この扉の向こうに、

ガルドがいる。


兵士の一人が先行し、

本邸正面の巨大扉前へ進む。


重厚な扉。


フェンリル家紋章。


兵士は姿勢を正し、

呼び鈴を鳴らした。


重い鐘の音が、

静かな邸内へ響く。


そして。


兵士は扉へ向け、

低く告げる。


「レギア=ノクス様をお連れしました」


静寂。


数秒。


やけに長く感じる時間だった。


レギアは小さく息を飲む。


やがて。


重厚な扉が、

ゆっくりと開いた。


最初に現れたのは、

年配の男性だった。


白髪混じりの黒髪。


完璧に整えられた燕尾服。


片眼鏡。


背筋は真っ直ぐで、

その立ち姿だけで只者ではないと分かる。


執事だった。


そしてその後ろには、

二人のメイドが控えている。


黒と白を基調とした使用人服。


動きに一切の無駄が無い。


三人は同時に、

静かに頭を下げた。


「お待ちしておりました」


老執事の低く落ち着いた声が響く。


その瞬間。


レギアははっきり理解する。


自分は今、

帝国最強の将軍の家へ足を踏み入れようとしているのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ