7.
先程自分で頭を撃ち抜いたはずの、例の男が駆け寄ってきていた。
長身痩躯、綿パンに無地のシャツを着ている、普段は恐らくそれほど特徴のないはずの男。
だがその顔は、以前の6月10日に見た冴えない凡庸な顔ではなく、ここ最近、毎日鏡の中で見る、俺と同じようなやつれこけた顔。
そして、先ほどの男の行動――こめかみにおもちゃのような銃を当て、引き金を引く――と、その後に起こったループの感覚。
ここまで情報が揃えば、どんなバカでも同じ結論に至る。
(こいつか……俺をこんなところに引き摺り込んだのはッ!)
怒りのままに握ろうとした右手は、疼痛を伝えてくるだけで動く気配がない。
視線を送れば、普段の倍はあろうかと腫れている拳。
それでも無理やり拳を握り込む。
皮膚を内側から突き破ろうとするかのような鋭い痛みが、拳のいたるところを刺激する。指や掌は、まるで分厚い布を巻きつけたように、鈍く、動き辛い。
それでも握る。
自然と歯を食いしばり、顔を歪めた俺の上から声が降ってきた。
「あの……手、大丈夫ですか?」
いつの間にか傍に駆け寄り、心配そうな声を男がかけて来ていた。
(大丈夫なわけあるか! 俺が何度、何度、何度ッ!)
顔を上げ、視線だけでその顔を貫かんばかりに、俺は男を睨みつける。
その視線にたじろぐように、男の表情は一瞬の驚愕。その後、にわかに険しさを増すと、小さく声をあげて一歩二歩と後ずさった。
「お、お前……あの時の……?」
「はぁ!? どの時だよ! それよ――」
「くっ――」
それは一瞬の出来事だった。
言葉を詰まらせる男にツッコミを入れる俺の言葉を遮るように、男は左手でポケットの中の例の銃らしきものを取り出すと、躊躇なく自分のこめかみに押し当てた。
「ちょっと待――」
制止の声も、伸ばした手も届くことなく、男は引き金を引き、そして俺の胃は裏返る。
(ゔゔッ、やっぱり間違いない。この男だッ!)
猛烈な吐き気、歪む自身の境界と世界。
再び戻った世界は、やはり廃墟のままだった。
いや、少し屹立している建物の数が減っているような気もする。
気もするが、今はそんなことはどうでもいい。
どこだ……
「どこにいったぁーーッ!!」
一緒に戻ったはずの男の姿が辺りに見えない。
せっかく見つけたこの現象の原因。
話を聞くことすらすることもなく、俺の顔を見るなり、自分の頭を撃ち抜きやがった。
「何なんだよ何なんだよ何なんだよ何なんだよ! 俺がお前に何かしたか!? せめて話くらい聞けよーーッ!」
誰もいない廃墟の中で独り、俺は虚しく咆哮を上げていた。
◇ ◇ ◇
俺は知らなかった。人一人を探し出すことがこんなに大変なことだなんて。
これだけ広い街の中、手掛かりも尋ねる人もなく、ひたすらに探し回ることが。
無人の駅の中を、荒れ果てたコンビニを、廃墟の商業ビルを。
どれだけ探し回っても、あの男の影さえ見つけることができなかった。
「もう、俺だけ……?」
重たい影が心に覆いかぶさっていく。
それにあわせるように次第に日も暮れ、辺りも薄暗くなる。
街灯は灯らず、厚い雲で月も星も隠れていく。
高い商業施設の建物は妙な威圧感を放ち、吹き抜ける風は不気味な唸り声をあげていた。
深く、濃い闇には何者かが潜み、連れ込まれるかもしれない。そんな単純で原始的な恐怖心が俺の心を蝕んでいくのを感じる。
「なんでこんな事に……俺がいったい何をしたんだよっ」
溺れるような声を溢しながら、俺はゆっくりと歩いていく。
辿り着いたのはいつも出勤していたカラオケボックス。
店の入っている雑居ビルの前。
店へと続く階段の脇に腰を下ろし、壁に背を預けた。
「いいかげん、夢なら醒めてくれよぉ……」
生ぬるい闇の中、俺はただ、項垂れることしかできなかった。




