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5.

 店長の言葉に、俺はズボンのポケットに手を突っ込む。

 普段何気なく取り出しているスマホは、今日に限ってやけに引っ掛かり、上手く外に出せない。

 ようやく取り出したスマホのサイドボタンを押すと、真っ黒な画面は機械的に点灯し、中央には無機質な白い文字が表示された。


『6月9日(火) 11:03』


「そ、そんな……」


 俺は働いたんだ。

 昨日も一昨日も。

 働いて、そして……アレを見たんだ。

 今日が火曜日なんてこと、あり得ない。

 しかも6月9日だなんて。

 いったい何がどうなってるんだ。

 俺の働いた二日分はどこに行ったんだよ。


 全身から力が抜け、バックヤードに乱雑に置かれた丸椅子の上に座り込んでしまう。


 時間が巻き戻るなんてこと、あるはずがない。

 それなら、俺の体験したこの二日間はいったい何なんだ?

 もしかして俺の頭はもう――


「それで鈴木、どうする。体調悪いなら、今日ならシフトに穴開けても大丈夫だぞ?

 ただ、店の売上が少し落ちてんだよな。フライヤー配りしたいから、できれば出てくれると俺は嬉しいかなー?」


 わざとらしくねだるような表情の店長の手には、見覚えのあるフライヤーの束があった。

 そんな単純なことだったが、今日が6月9日だということを俺自身は完全に理解してしまった。



    ◇ ◇ ◇



 結論から言えば、どういう理屈か分からないのだが、俺は何故か6月10日と6月9日を行ったり来たりしている。

 あの後、俺はそのままバイトし、翌日も出勤して朝礼後のフライヤー配りで黒い女の死を目撃した。今度は看板が落下してきて圧死だった。

 店長を呼びに店に戻ると、日にちは6月9日に戻っていた。

 翌日も出勤し、また黒い女の死を見る。感電死だ。

 翌日もまた黒い女の死。窒息死。

 翌日も焼死。

 翌日失血死。

 翌日――


 ははは、何なんだコレは。

 俺の変わらなかった日常は、スプラッター付きで本当に変わらない日常になってしまった。

 進まない日付、進めない未来。

 そして、いい加減分かっているのだ、黒い女が目の前で死ぬことを。

 それでもなお催す強烈な吐き気とストレスは、想像以上に俺の身体に作用していた。

 いつもどおり、女の死を見届け、店の階段を上る。

「しんど……身体重……」

 足元がおぼつかない。

 すぐに息が切れ、喉が灼ける。

 バックヤードに戻れば、店長の触るPCの端には6月9日の日付。

「店長、戻りました」

「おう、ご苦労――ってどうしたんだ鈴木、その顔ッ!」

 何度かループを繰り返していくと、時間が戻る度に、顔を青くした店長にこんな反応をされるようになった。それもそのはず、バックヤードにある身だしなみチェック用の鏡には、見たこともない骸骨のような自分の顔が映っている。

「……どうしたんだお前、突然。絶対おかしいから病院行ってこい。今日は俺と佐々木でなんとかやっておくから」

 いつになく心配され、ついには就業を拒否される始末。

(だけど帰ってどうしろとべつに病気なわけでもないしたとえ病気だったとしても通院なんて無理だから来週はおろか明後日にだって行けないのに寝ようと思っても寝られない食べても全部吐く何もやることないやっても意味ない何で俺がこんな目になんでなんでなんで……)

「ほら、なにブツブツ言ってんだ。さっさと着替えて帰れ」

 そうしてバイト先を追い出される。

 だが、明日までやることがない。

 全部無意味なんだから。

 ほら、寝て起きたらまた……



    ◇ ◇ ◇



 翌日、バイトに出勤し、店長に心配されながらもフライヤー配りに出た俺の耳に響いたのは、聞いたこともない轟音だった。

 耳の奥を搔きむしるような金切り音、架線のスパーク音、コンクリートが崩壊する音。

 空から、電車が降ってきた。

 駅前の高架が崩落し、周囲は阿鼻叫喚。普段とは規模感の違う死が充満している中、目の前にはいつも通り黒い女が俺の方をじっと見つめていた。その下半身はどこにも見当たらない。

「……ここまでやるのか」

 どこか他人事のような感想が俺の口から洩れた。

 果たして、何がどうすればこんな事態に発展するのか、全く想像もできない。

 そして、規模感のせいなのか、目の前の事態は無かったことにはならない。

「ははは……これが俺の現実だっていうのか? 無茶苦茶だな」

 今まで以上に非常識な光景に、動くこともできずに乾いた笑いを上げることしかできなかった。

 気が付けば、誰かが通報したのだろうか、辺りにはサイレンが響き渡り、生存者の救助活動が始まっている。

「もしかして、抜けたのか?」

 変わらない景色、消えない死体に、沸々と胸の奥に希望が湧き上がってくる。

 原因は分からない。

 あの変わらない地獄に閉じ込められたことも、抜け出せたことも。

 だけど、原因なんてどうでもいい。抜け出せたのなら――

 そんな俺の感傷を引き裂くように、凄惨な現場に、何故か聞き覚えのある悲痛な男の声が響き渡った。

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