2.
店長にしこたま怒られた。
何度説明しても、
現場には何も残っていなかったからだ。
「お前がこんなくだらない嘘を吐くとは思わなかったよ」
冷めた目でそう言われ、
俺は言い返せなかった。
あまりに否定されるものだから、自分自身も本当に起こった事なのか自信が持てなくなりそうだったが、思い出せば何度もえずく現実感。
到底自分の妄想とは思えなかった。
少しいつもと違う店長の冷めた目を背中に受けながら、モヤモヤを抱えつつその日のバイトはつつがなく、18時にBシフトのバイトに引継ぎ終了する。
引継ぎ時に、お調子者のコウタに「鈴木さん、店長と喧嘩でもしたんですか?」と声を掛けられたが、そこまでギスギスして見えたのだろうか?
まぁどうでもいい。
とにかく家へ帰ろう。
一人暮らしのため、夕食は外食か自炊だが、今日はさすがに食欲がない。
家に辿り着き、シャワーを浴びて着替えると、敷きっぱなしの布団に倒れ込んでそのまま泥のように眠ってしまった。
夢に、悪夢に、あの光景を見なかったのは幸いなのだろう。
◇ ◇ ◇
「今日も曇りか……」
翌朝、目が覚めれば天気は昨日と同じような模様。
ただ、あと一日出勤すれば休み。
そのことだけが俺の心を軽くした。
ついでに、昨夜も食べていないから胃の中も軽かったため、コンビニでサンドイッチを購入し、駅のホームで朝食。
「高ェよ」
この物価高。俺たちフリーターは生きていけるのかね?
先行きの不安に、軽くなっていた心は重く沈んでいく。
「はぁ……」
溜息ばかりだ。
◇ ◇ ◇
「はよざいまーす」
「おう、おはよう」
店に到着すると、店長はいつもと同じように、狭いバックヤードでPCを用いて作業をしていた。
振り向きもせずに挨拶に応える店長の雰囲気から、昨日の一件は水に流すという感じ。さすがは社会人。悪感情を引きずらないのはこの店長の美徳だわ。
もっとも、俺が悪いわけじゃないハズなんだけど。
忙しそうにカタカタと何かを打ち込んでいる店長の姿を見ていると、社員は本当に大変そうだと思う。
休みでも平気で呼び出されるわ、労働基準法ナニソレ美味しいの? という働き方を平気でしているし。
しばらくすると佐々木さんが出勤してくる。
これでいつものAシフトのスタートメンバー集合。
軽く雑談をしたあと、朝礼を行い開店。今日も変わらないハズの一日の開始だ。
「おい鈴木、フライヤー行ってきてくれ」
暫くすると、店長が昨日聞いたようなセリフで指示を出してきた。
毎日が同じ業務の繰り返し。指示が同じなのは別に不思議な話じゃないハズなのだが、今日は何故か『昨日聞いたセリフ』という感覚が頭にこびりつく。
「は~い」
軽くそう応えながら、脳裏には昨日の凄惨な光景を思い浮かべてしまう。
さすがに二日続けてあんなことは起こるはずがない。
そう思いながらも、どこか嫌な予感を抱えながら、俺は店外へと向かった。
「クソッ、蒸し暑いな」
今日も変わらずネバつくような湿気。
手に持つフライヤーの束で、バサバサと雑に自分を仰ぐが、もちろん涼しくなるわけもない。
溜息を吐きながら、フライヤー配りの準備を始める。
(昨日は、たしかここで――)
そのとき、頭上をサッと何かの影が横切った。
反射的に天を仰げば、そこには昨日と同じ、スッキリとしない曇天が広がるばかりだった。
(そう……だよな)
あんなことは二日続けて起こったりしない。
それどころか、目の前で二度と起こったりするわけがない。
それが普通。それが当たり前。
そのハズなのに……
心の中には嫌な予感が渦巻いたまま晴れる様子もない。
天を仰いでいる視線を戻し、昨日女性が倒れていた場所に目を遣れば、もしかして……
(なんだよコレ。まるでトラウマみたいじゃないか)
だけど、ここでいつまでも頭上を見ているわけにはいかない。
呻き声なども聞こえてこない。大丈夫。
意を決して視線を向ければ、そこには……
想像するようなものはなにもなかっ――
「キャアアァァァァアッ!」
戻ってきた日常を引き裂くような悲鳴、そしてブレーキ音が響き、反射的に向けた視線の先。見覚えのある黒のゴスロリファッションの女性が、今まさに車に轢かれようとしていた。
重い衝突音。
吹き飛ぶ女性。
何故か減速せずにそのまま走る車は、覆いかぶさるように彼女の身体の上へ。
そして何の因果か、女性の視線は今日も俺を見つめていた。
意識を失っているのか、虚ろなその瞳は俺へと向けられたまま、頸部に乗った車の前輪の回転に従いぐるりと一回転。同時に、重く鈍く何かが折れる音が響く。
「ゔッ!」
催した吐き気を我慢することなく、俺は地面に吐瀉物をまき散らした。
(なんでだよッ! なんでまた!? 同じ女……昨日の女。消えたはずだろ。意味分かんねぇって……!)
答えを求め、恐怖心も嫌悪感も無視して上げた視線の先には……
女性の死体は存在していなかった。
いや、それどころか、接触事故すらなかったように、平穏な平日の日常がそこにはあった。
「は、はぁッ!??」
思わず叫び声をあげた俺に、奇異なものを見る周囲の視線が突き刺さった。




