第七話 揺らぐ惑星喰い
焚き火の前で、エレンは色々な話をした。
生まれた街のこと。剣術の師匠のこと。剣の腕で村を守れる騎士になりたいという夢のこと。家族のこと——父親は病で亡くなり、母親は再婚して小さな弟妹がいること。
アスカは聞いていた。
普通の話だった。特別でも劇的でもない、ありふれた人間の話。
しかしアスカにはその『ありふれた』が、重く響いた。
ガイア・プリマの記憶の中にも、似たような話が無数にある。カナの記憶も、同じだ。将来の夢、家族の話、好きな食べ物。普通の命が積み上げてきた、取るに足らない日常。
アスカはそれを【消してきた】
「お前は?」
エレンが聞いた。
「夢とか、ないのか?」
「夢……」
「将来何になりたいとか、行きたい場所とか」
アスカは焚き火の炎を見た。
「私には、そういう概念がない」
「は?」
「私は生まれた瞬間から使命を持っていた。それ以外のことを考えたことがなかった」
「使命? 騎士とか?」
「違う」
「商人とか」
「違う」
「……謎の旅人か」
「そうかもしれない」
エレンは笑った。アスカはその笑いを見て、何かが胸に刺さるような感覚を覚えた。
「ならいいじゃないか」
エレンは言った。
「旅してたら夢が見つかることもある。俺も最初は特に夢なんてなかったけど、旅してたら騎士になりたくなった。まあ、なれるかどうかは別として」
「エレンは騎士になりたいのか?」
「うん。この土地には魔獣がたくさんいる。普通の人たちが怖くて旅できないくらい。それを守れる人間になりたい」
アスカは黙って聞いた。
「でも騎士になるより前に、もっと強くならないといけない。そのための修行だ。たどり着けるかは分からんけど……できることをやるしかない」
「できることをやる……」
アスカは繰り返した。
「そう。それ以外に何があるんだ?」
エレンは肩をすくめた。
「手が届かないことを嘆くより、届く範囲でベストを尽くす。師匠に教わった言葉だ」
アスカはしばらく黙っていた。
「エレン」
「なに」
「もし——この世界が明日、消えるとしたら」
「は? 何を言ってんだ突然」
「答えて。仮定の話だし」
エレンは首を傾げながら、しばらく考えた。
「そうだな……後悔はする。騎士になれなかった後悔。お袋と弟妹に会えなかった後悔。美味い飯を食えなかった後悔」
エレンは苦笑した。
「でも——今日こうして旅人と焚き火を囲んで話せたことは、後悔しないかな」
「……なぜ」
「楽しかったから。お前と話すのは面白い。変わった奴だけど、悪い感じがしない」
アスカは何も言えなかった。
胸の中でカナが言った。
『アスカ。この星を喰らっちゃダメだよ』
「分かっている」
『でも、いつかは喰らわなきゃいけない状況になる。どうするの?』
「……まだ分からない」
「……スカ、アスカ」
エレンが名前を呼んだ。
「また独り言か?」
「そうだ」
「さっきより暗い顔してるぞ」
エレンは少し心配そうに言った。
「何か悩んでるのか?」
「……少し」
「話せるか?」
「話せない」
「そうか」
エレンは焚き火に薪を足した。
「無理に話さなくていいけど——何か悩んでて、答えが出ないときは、今できることをやるしかないって師匠が言ってた。遠い答えは、近くの行動を積み重ねた先にしかない、ってさ」
近くの行動を積み重ねた先。
アスカはその言葉を、静かに飲み込んだ。
夜空に星が瞬いていた。無数の光の粒。その一つ一つが、命の宿る惑星かもしれなかった。自分が喰らうことを待っている惑星かもしれなかった。
しかし今夜は、その星々が綺麗だと思えた。
エレンの隣にいるから、かもしれなかった。




