第六話 エレン
城に戻ったアスカは、テラ・クィンタを喰らわなかったことを報告しなかった。
代わりに次の標的、テラ・セプティマに向かった。第七惑星。魔王の優先リストの中でも特別に強調されていた惑星だ。
「この星には特異点がある」
魔王の指示書には、そう書かれていた。
「過去三度の勇者召喚で、三人全員がこの星から召喚された。勇者候補の密度が異常に高い。最優先で喰らえ」
テラ・セプティマは赤茶けた惑星だった。
水が少なく、大地の多くは荒野や砂漠で覆われていた。しかし生命反応は強かった。この星の命の輝きは——赤い。血のように赤い命の光が、星全体から放たれていた。
アスカは地表に降りた。
荒野が広がる。岩が風化した白い砂が地平線まで続いている。空は朱色に染まり、二つの太陽が重なるように沈んでいく夕暮れだった。
その荒野に、一人の少年がいた。
年齢はアスカと同じくらい——十五か十六か。赤茶けた外套を纏い、岩の上に座って夕空を見上げていた。隣には水の入った水袋と、古びた剣が置かれていた。旅人のようだが、どこか行き場を失った雰囲気があった。
アスカは近づいた。
少年が振り返った。驚いた顔をした——が、叫ばなかった。
「……なんだ、君。こんな荒野に一人で?」
「お前こそ」
アスカは言った。
「俺は旅人だ。ザルーウの街から剣術修行で出てきて、迷子になった」
少年はきまり悪そうに頭を掻いた。
「名前はエレン。エレン・ヴァース」
「アスカだ」
「変わった名前だね」
エレンはアスカの姿をまじまじと見た。
「……その手の甲、怪我してるのか?」
亀裂のことだ。アスカは袖で手を隠した。
「怪我ではない」
「そうか。まあ座れよ。夕日がきれいだから、一緒に見ようぜ」
アスカは断るつもりだった。
しかし気づけば、エレンの隣に座っていた。
二つの太陽が地平線に沈んでいく。その光が荒野を染め、岩の影が長く伸びる。赤い空に、最初の星が一つ瞬き始めた。
「この土地、好きか?」
エレンが聞いた。
「……初めて来た」
「そうか。俺は生まれからずっとここだ。しんどい場所だけど、夕方だけは最高にきれい。他の土地なんて行ったことないけど、ここより夕日がきれいな土地はないと思ってる」
アスカはその夕日を見た。
確かに、きれいだと思った。
「お前は——何者だ?」
アスカは聞いた。
「普通の旅人には見えない」
「なんで?」
「命の輝きが違う」
「……命の輝き?」
エレンは首を傾げた。
「よく分からんけど、俺は普通の人間だよ。ただ剣が少し得意で、どんな武器も握った瞬間に使い方が分かる。それだけ」
「それだけ?」
「そう。特別な力とかないし、ましてや勇者とかそういうのでも——」
エレンはふと口を止めた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「……別に」
アスカは空を見上げた。
エレンの命の輝きは、確かに周囲の生命反応と質が異なった。赤い輝きの中に、白い核心があった。それが何を意味するのか、アスカには正確には分からなかった。しかし——これが勇者候補の輝きだとしたら。
カナが必死に訴えてきた。
『アスカ。この人、殺さないで』
「……分かっている」
「え? 何がわかってんの?」
エレンが怪訝そうに見た。
「独り言だ」
「一人喋りの癖があるのか」
エレンは笑った。
「俺も一人旅が長くてよくやるぞ。誰もいないのに喋ったりな」
エレンの笑顔を、アスカは初めて正面から見た。
見慣れた感情の外側にある何かが、胸の中で揺れた。
この少年は——喰らう対象だ。正確に言えば、この星を喰らうことで消える命の一つだ。
しかし今、こうして隣に座って夕日を見ている。
「なあ、アスカ」
エレンが言った。
「どこから来たんだ?」
「遠いところだ」
「俺より遠い?」
「お前が想像できる場所より、ずっと遠い」
「それはすごいな」
エレンは感心したように頷いた。
「旅人か。どこに向かってるんだ?」
アスカはすぐに答えられなかった。
どこに向かっている?
次の星、その次の星。命じられるまま、星を喰らい続ける。
それが「向かっている場所」だ。しかしそれを答えられるはずもなかった。
「まだ決まっていない」
「じゃあ一緒にザルーウの街まで来るか? 一人より二人の方が安全だ。荒野には魔獣も出るから」
アスカはエレンを見た。
「なぜ私を誘う。怪しいと思わないのか」
「思うよ」
エレンは素直に言った。
「でも危険な人間には見えない。目が——綺麗だから」
「目?」
「黒い目なのに、なんか深いんだよな。いろんなものを見てきたみたいな目」
アスカは黙った。
エレンは立ち上がり、水袋と剣を手に取った。
「行こう。今夜は岩陰で野営だ。飯はないけど、焚き火くらいはできる」
アスカはしばらく動かなかった。
そして——立ち上がった。
「……ひ、一晩だけだ」
「十分だ!」
エレンは笑った。
二人は夕暮れの荒野を歩き始めた。
アスカの胸の中で、カナが安堵したような息を吐いた。




