第五話 星の番人
第三の惑星、テラ・クィンタ。
この惑星には特別なものがあると、魔王からの情報に記されていた。
「星の番人」と呼ばれる古代の守護者が存在すると。
アスカが軌道上に現れると、すぐに感じた。
この星の命の輝きは、他と違う。テラ・クアルタの金色とも、テラ・プリマの空色とも違う。テラ・クィンタは深い、翡翠色の輝きを放っていた。そしてその輝きの中心に、一点だけ際立って明るい光があった。
それが星の番人だ、とアスカは直感した。
『喰らう前に、あれと話すことはできないかな?』
カナが言った。
「なぜ」
『古い存在なら、何か知っているかもしれない。魔王のことや、あなたのことや……止める方法のことを』
「止める方法?」
『星を喰らうことを止める方法。いつか、きっと必要になると思う』
アスカはしばらく考えた。命令は「喰らえ」だ。しかし「すぐに喰らえ」とは言われていない。
「……分かった」
アスカは惑星の表面に降り立った。
テラ・クィンタは森に覆われた惑星だった。木々は高くそびえ、その葉は独特の翡翠色で、光に透かすと複雑な模様が浮かび上がった。動物たちの声が遠くから聞こえてくる。空は紺碧で、二つの月が昼空にうっすらと浮かんでいた。
美しい星だ、とアスカは思った。
そして同時に、自分がこれを消すことの矛盾を感じた。
「来るとは思っていなかったぞ、惑星喰いよ」
声が降ってきた。
見上げると、巨大な木の頂上に人影があった。いや、人ではない。形は人に近いが、全身が白い光を纏っていた。翡翠色の瞳が、アスカを静かに見下ろしていた。
「星の番人か」
アスカは言った。
「オラクルと呼べ」
番人は木から降りてきた。近づくにつれ、その姿が明確になった。老人でも青年でもない、時間を超えた存在のような顔立ち。
「お前のことは知っている。魔王ヴァルゴスが作った星殺しよ」
「知っているのか」
「私は見守り続けている。この宇宙で起きることのほとんどを」
オラクルはアスカの前に立った。
「ガイア・プリマの命から生まれた子よ。お前はなぜここに来た? 喰らうためではないな」
「……そうだ。聞きたいことがある」
「何を」
「魔王は千二百年以上、勇者と戦い続けてきた。そのたびに勇者を倒してきた。なのになぜ恐れている? なぜここまで先手を打とうとする?」
オラクルの表情が、わずかに変わった。
「お前は知らないか。当然だな——魔王は教えないだろう」
「何を知らない?」
「勇者召喚の仕組みをだ」
オラクルは空を見上げた。
「勇者は確かに他の世界から召喚される。しかし——召喚される勇者が強くなっていることを、お前は知らないだろう?」
「……どういう意味だ」
「千二百年前の最初の勇者は、魔王に一撃で倒された。しかし、四十年前の勇者は、魔王に深手を負わせた。そして——」
オラクルはアスカを真剣な眼差しで見た。
「次の勇者は、魔王に匹敵する力を持つかもしれない。勇者の強さは、時代を経るごとに増していく。魔王が真に恐れているのはそれだ」
アスカは黙って聞いた。
「それだけではない」
オラクルは続けた。
「勇者召喚システムは、誰かが設計したものではない。宇宙の自然な摂理だ。均衡を保とうとする力だ。もし世界が一つの存在に支配されすぎたとき、宇宙はそれを修正しようとする。勇者はその修正力の結晶だ」
「つまり——魔王が存在する限り、勇者は現れ続ける」
「そうだ。そして星を喰らって勇者候補を消せば消すほど、宇宙の均衡は乱れ、より強い勇者が生まれる素地ができる。魔王はその構造を理解していない——いや、理解したくないのかもしれない」
アスカは地面を見た。翡翠色の草が、静かに風に揺れていた。
「では私がこの星を喰らい続けることは……」
「魔王の望む結果と逆行している、可能性がある」
オラクルは静かに言った。
「ただし、それはまだ私にも断言はできない。宇宙の摂理は複雑だ」
しばらく沈黙があった。
「お前はこの星を喰らうか?」
オラクルが聞いた。
アスカは答えなかった。
「喰らうなら、私は戦う」
オラクルは言った。
「私はこの星の命を守るために存在している。勝てるとは思っていない。お前はガイア・プリマとテラ・クアルタの命を内包している——私一人では太刀打ちできない。しかし戦う」
「……なぜ戦うのだ、勝てないと分かっているのに」
「それが使命だからだ」
オラクルは微笑んだ。
「使命を持って生きる者は、勝敗を超えたところで輝く。お前にも、そういう使命があるはずだ。魔王が与えた使命ではなく——お前自身の使命が」
アスカはオラクルを見つめた。
胸の中でカナの声が言った。
『アスカ。この星、喰らわなくていいんじゃないかな?』
「……命令に反する」
『でも——』
「分かっている」
アスカは静かに空を見上げた。
「オラクル。お前と戦うつもりはない」
「ほう」
「今日、この星は喰らわない。しかし必ず戻ってくる。その時、もう一度話してくれるか」
「そのようなことを言う魔王の部下は初めてだ」
オラクルは目を細めた。
「いいだろう。お前が戻ってきたとき、私はここにいる」
アスカは惑星を離れた。
手の甲の亀裂が、いつもより淡く光っていた。




