第二話 第四惑星テラ・クアルタ
惑星テラ・クアルタは、青と緑の惑星だった。
遠方から見ると、それは宝石のように美しかった。大半を海が覆い、大陸がいくつかの塊となって浮かんでいる。大気は厚く、白い雲がゆっくりと流れていた。
アスカはその惑星の衛星軌道上に、音もなく現れた。
移動の方法は感覚的に理解していた。自分の体は普通の物理法則に縛られていない。億の命のエネルギーを使えば、空間そのものを踏み台にして跳ぶことができる。
眼下に惑星が広がる。
アスカはしばらく、その惑星を眺めた。
見えた。見えてしまった。
惑星が放つ『命の輝き』が。生命のある星は、特定の波長の光を放つ。それはアスカにしか見えない光だった。テラ・クアルタは淡い金色の光を纏っていた。まるで呼吸しているように、その光は規則的に明滅していた。
「綺麗……」
思わず、言葉が漏れた。
しかし命令は受けていた。魔王の命令は、絶対だ。そう知識として埋め込まれている。
アスカは右手を惑星に向けた。手の甲の亀裂が大きく広がり、そこから漆黒の光が溢れ出した。漆黒の光?
それは矛盾した表現だが、アスカにはそれ以外の言い方が思いつかなかった。光であるのに光を飲み込む何か。存在であるのに存在を否定する何か。
それが彼女の【喰らう力】だった。
しかしアスカの手が止まった。
『……待って』
カナの声だった。
『あの星に、どれだけの人が住んでいると思う?』
アスカは自分の「感知能力」を使った。自然に展開できる能力——惑星上の生命反応を数える能力。
「……四十八億、九千万、余」
『そう。多くの命が、あそこにあるの』
「知っている」
『それを、全部消すの?』
「命令だ」
『あなたが生まれる前に、ガイア・プリマでも同じことが起きた。私たちの星にも、多くの人たちがいた。子供も、お年寄りも、恋人同士も、赤ちゃんも。みんな、突然消えた。あなたになるために』
アスカは黙っていた。
『あなたは私たちの痛みを知ってる。だって私たちはあなたの一部なんだから。その痛みを、またあそこの人たちに与えるの?』
「……カナ」
『なに?』
「私には、選択肢があると思うか?」
カナは黙った。
アスカは再び手を惑星に向けた。
しかし今度は、別のことを考えていた。せめて——せめて一瞬で終わらせよう。苦しまないように。長引かないように。
それが、アスカにできる唯一の「優しさ」だった。
黒い光が惑星を包んだ。
テラ・クアルタの金色の輝きが、急速に薄れていく。まるで誰かが電灯のスイッチを切るように。命の光が、一箇所から始まり波紋状に消えていく。
アスカは惑星が変化するのを、全部見ていた。
見なければよかったと思った。しかし目を閉じることもできなかった。自分が何をしているのかを、ちゃんと見なければならない。そう感じた。
五分後、テラ・クアルタの金色の輝きは完全に消えた。
惑星は物理的には存在している。青と緑の惑星の外観も、大気も、海も、山もそのままだ。ただ、命だけが消えた。
アスカの胸の中に、新たな重さが加わった。
四十八億九千万余の声が、新しく流れ込んできた。
悲鳴、驚き、恐怖、祈り、そして理解できないままに終わった疑問。
「なぜ」という言葉が、何百億回も繰り返された。
アスカは胸を押さえた。
苦しかった。
ガイア・プリマの命だけでも重かったのに、今またこれだけの重さが加わった。しかし体は壊れない。それも『設計』の一部だった。どれだけの命を吸収しても、アスカの体は耐えられるように作られている。
「……終わった」
アスカは静かに言った。
カナの声は、しばらく聞こえなかった。
やがて、泣くような声で聞こえてきた。
『……さっきは、ごめんね』
「謝るな」
アスカは言った。
「お前のせいではない」
『でも私はあなたの中にいる。あなたがしたことに、私も加担している』
「違う」
アスカは断言した。
「これは私がしたことだ。ガイア・プリマの誰のせいでもない。魔王の命令と、私の行動。それだけだ」
彼女は惑星から視線を離し、次の星へと向かった。
その背中に、五十億の声が重なって揺れた。




