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魔女と竜狩り  作者: 合併
第4節 竜狩りの呪い
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第4節 14

 ケイの提案に、ルナは悩む。

 普段素っ気ない彼の本性については気になることはあれど、他人がわざわざ知られないように隠している面を見ることへの恐怖もある。特に、ヴァンは多くの場所で恐れられており、その理由を知るかもしれない、ということには抵抗があった。

 答えあぐねているルナを見て、彼女は笑った。

「無理にとは言わないよ。ただ、それなら席を外していて貰えるかな?」

「……はい、」

 ケイに言われ、部屋から出ていったところで、ケイは魔力の詰まった首飾りを取り出した。

「それじゃ、やろうか。オルタ、覚悟はいいかい?」

『…いつでもいいよ』

「そう」

 ヴァンの前に並んで立った2人は覚悟を決めて構えると―ケイの呼び出した闇が、じわじわとケイの周りから這い出てきて、ヴァンの眠るベッドへと這い寄っていく。そして身体へと辿り着いた時、不快そうに身動ぎしたが、闇は彼を抑えつけて余計な動きをさせない。

 そして闇が彼の体をまさぐっていると、オルタの鼻に、言葉に表現しづらい、人工的に作られたような、気味の悪い匂いを感じた。

『…本当に、美味しそうじゃないんだよね』

「まぁ、そうだろうね。この人の呪いってのは、いわゆる人工的に作られた感情だから。本物の肉に比べて、屑肉を組み合わせて作った肉は不味いに決まってるよ」

 分かるような分かりにくい例えでケイは答える。オルタも分かりにくかったのか、誤魔化すように笑ってからヴァンから取り出した感情を少し分けて、取り込んだ。

 ―その途端に彼女はうずくまり、大きくえづいた。

「――っか、はっ…!」

 口を焼かれ、開くことのできない彼女の口は、微かな音を漏らすことしか出来ない。流石にまずいと感じたケイは、すぐに闇を首飾りに戻し、オルタの介抱をする。

「オルタ、大丈夫?」

『……想像以上で、びっくりしただけ。大丈夫、続けられるよ』

 心配するケイを安心させるように答えるが、彼女は首を横に振った。

「いや、止めておこう。君にも帰りを待つ人がいるだろう? しょうもなくはないけど、こんな事で不必要に消耗する必要はない。―それに、時間経過である程度は抑えられるんだろう? もう少し取り込めるくらいになってから再開しよう」

『…でも、』

 ケイの提案に、彼女は渋る。それでも、ケイはそれ以上話を聞いてくれる様子はない。

「今日までにやればいい事でもないなら、無理に今日中に終わらせる必要もないでしょ?」

『……そう、ね』

 引く気配のないケイに押し切られ、オルタも仕方なく折れ、ケイは彼女の体を引っ張って立たせる。

「とりあえず、静かにさせてあげようか。あまり騒いでいると、ヴァンにも迷惑だろうからね」

 彼女はそう言って、オルタの背中を押すように部屋を出ていき―再び、部屋は静寂に包まれた。



「――よっと」

 静寂に包まれた病室。部屋の窓が勝手に開き、そこから侵入してきたのは、黒いスーツ姿の細身の女性―イニスだった。

 彼女は静かに眠るヴァンを見て、ふーん、と呟く。

「受付から追い返されたからこうやって来てみたけど、随分と派手にやったねぇ。

 呪いも随分深くまで浸透してるみたいだけど、ケイは、これを見て何もしなかったのかぁ。

 相変わらず本心は読みにくい奴だけど…大方、干渉は最低限にしたいって言うわけかね。あのお人好しならそんなこと言いそうだけど…最低限の処置くらいはしていきなよ」

 彼女は呆れながら服の下に隠していた首飾りを外し、そこからケイも使っていた闇を引き出して、再度彼の体に這わせてる。

「―案の定、中途半端にしたから表層に呪いの濃い場所が固まってるじゃあないか。それから処理しようとすれば、そりゃあ失敗するでしょうに。

 勝手に動いたと知れたら、何か言われるかもしれないけど…大事な"顧客"だからね。少しサービスするくらいのほうがいいでしょう」

 彼女は1人、そんなことを呟きながら彼の身体からドス黒い塊―呪いによって増幅された負の感情を1部だけ切り取り、闇の中へとしまい込んだ。

 すると、ヴァンは少しだけ苦しそうに呻き―近くで立っていたイニスの腕を掴む。

「…うん?」

 違和感を感じたイニスがそれに反応したと同時に―ヴァンはイニスの腕を握り潰した。

「―!?」

 突然の攻撃に、彼女は無理やり腕を引き抜いて距離を離す。そして彼はうなされながらも、ゆっくりと身体を起こす。しかしその目は閉じられており、その体を衝き動かすのは文字通り"呪い"。

 きっと、自分が何をしているか分からないのだろうが、その"呪い"は感情のままに、悪意を振りまこうとしていた。

「……何これぇ!? ケイぃ!!!」

 ケイからも聞いていない呪いの暴走に、イニスは珍しく焦って彼女の名前を呼ぶと―ヴァンの背後には闇の沼が広がっていた。

「――全く、手の掛かる妹だね」

 呆れたような声と共にケイが沼の底から姿を現し、背後からヴァンを羽交い締めにして、何かの薬品を染み込ませたハンカチで口を覆うと、ゆっくりと彼は活動を止め、再びベッドに眠っていった。

「ケイ、何だい、今のは…」

 腕は既に治療したものの、まだ混乱しているイニスに向け、彼女は淡々と答える。

「ヴァンの呪いについては話したでしょ」

「話は聞いていたけど、意識がないなら発動しないものじゃないの?」

 納得いかない風の彼女に向けて、ケイは再び説明する。

「これは魔女協会からも不用意に言うなって言われてる情報なんだから何度も言いたくはないんだけどさ…。まぁいいや、次はもう言わないよ。

 ヴァンの呪いは、2段階に分かれてる。1つは表面上の呪い。これが真っ先に出てくる呪いの形で、黒いモヤって言われてるのを纏った状態。効果は、負の感情の暴走、それに伴う身体能力の大幅な強化だけではなく、彼自身"魔力"を纏って、魔女の指輪の効果も大幅に上昇する。この性質ゆえに、この子は竜相手にも真正面から対等に戦える。ただ、意識がなくなれば当然動けなくなるし、痛みとかその他雑念が呪いを阻むことは多々ある」

 1段階目。ヴァンの感情によって起動する呪いについて伝えた後、彼女は更に続けた。

「それで今の状態がそうなんだけど、今の状態が2段階目。意識の底まで呪いが浸透した結果、意識に関わらず呪いが発動した状態になってる」

「でも、さっきまでは大人しくしてたじゃあないか」

 イニスの言う通り、その説明だけでは彼女だけが襲われかけたことへの説明がつかない。それについて、ケイが呆れつつ答えた。

「そうならないように、わざわざ最低限の細工をしたんだよ。呪いが暴走しない状態で処置を行えるようにね。

 今の状態で下手に処置を進めれば、2段階目の呪いが優先して起動しそうだったから、ある程度準備を終えてからオルタを呼ぼうとしたのに、君が余計なことをしたせいで無駄な手間が増えた」

 ケイがそこまで説明すると、イニスは納得したように相槌を打った。

「なるほど。つまり、さっき呪いに手出ししようとした時、膜みたいに綺麗に整えられてたのはケイが何かやってたってこと」

「そう。ボクらも確かに呪いへの処置法は知ってるとは言え、切り離したこの"感情"を効率よく発散させる手段は持ち得ない。それで、確実に除去が出来るオルタに手を借りられないか交渉してるんだよ。

 魔女協会側からも、願ってもない協力とは言え、こちらもその手間に対する対価も支払ってる。事前に伝えなかったとは言え、勝手に動いてこちらの仕事を増やさないでくれ」

 彼女は窘めるように言うと、ようやく彼女も理解したようだ。悪びれた様子はないものの、素直に謝ってくれた。

「それは申し訳なかった」

「…まぁ、キミなりに考えての行動だったからね。今回は大目に見るよ」

 ケイも素直にその謝罪を受け入れ、さて、と呟く。

「じゃあ、ボクらも早々に退散することにしよう。今、2人揃って不法侵入者だからね」

「そうだったねぇ。じゃあ、早速逃げるとしようじゃあないか」

「そうだね」

 2人はそんな暢気な会話をしつつ、2人して窓から逃げるように出ていった。


「で、色々初耳の話もあった気がするんだけど、情報の出どころは?」

 何処かにある、ケイの隠れ家。彼女の扱う"闇"を通じて辿り着くことのできる場所であり、情報の漏洩に気を遣う必要もない。広さ十畳ほどの小部屋であり、寝床や最低限のコンロなども置いてあり、生活する分には困らない程度の設備は整っている。

 ヴァンの呪いについては多少聞いていたが、それはあくまで感情による強化と暴走のみ。戦闘を終え、ある程度落ち着けば勝手に消失するものと思っていたので、今回の件については本当に初耳だった。

 イニスは柔らかいソファーに沈むように座って、それについて改めて説明を求めると、ケイは自分のバッグを壁に掛けながらすっとぼけて聞き返した。

「話してなかったっけ?」

「そうだよ。初耳だ」

 はっきりと告げると、彼女は少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめ、改めて、ちゃんと話してくれた。

「ヴァンの呪いについて、段階があるってわかったのは、それなりに最近のこと。あの子が金の竜狩りと呼ばれるようになった時の話さ。

 まぁ、その前段階の話は端折るけど、ヴァンは間違いなく単独で竜を狩った。その際に発覚したんだけど、ヴァンは仇を―竜を見るだけでも、強制的に呪いが発動する身体にされている」

「まぁあの子、他所で黒竜に関すること聞いたり思い出したりするだけでも、呪い発動しそうになってたしねぇ。そう言われたら、そんな呪いかけられていても不思議じゃあないね」

 実際に見たわけではないが、商人という仕事柄、多くの人々と接するため、そういった情報も自然と耳に入ってくる。イニスとしても何となく予想はできることだが、ケイはそうかな? と続ける。

「じゃあ、それが"常に持続する"となったらどうだろう?」

「……は?」

 ケイの予想外の言葉に、イニスは素っ頓狂な声を出し、ケイは少し哀れむように苦笑した。

「そのままの意味さ。

 竜への憎悪という呪いは、発動しただけでは止まらないんだ。それは、本当にヴァンが意識を失うか、命を失うまで、目標を見るたびにスイッチが入り続ける。

 凄いだろう? それこそ、"生を許さない呪い"だ」

 たった1度の感情の爆発ではない。竜を見続けるだけで、連鎖的に続く爆発。それこそ、呪いによって心が壊れる寸前にまで、痛めつけられる。

 その対価として得られるのは、ヒトの身には持て余す、竜をも超える力のみ。竜に敵わなくとも、呪いによって爆発しつづけた感情は彼に止まることを許さない。

 以前の戦闘では、竜に勝利したことで、その後、"発散"出来たこともあり、何とか呪いも深くまで浸透することなく、ある程度正気を取り戻すことが出来た。ただ、今回はどうだろうか。

 無関係な竜ではなく、本人にとっては命に代えても殺したい竜であり、全力を尽くしたというのに、その爪は届くことがなかった。

 このまま、戻ることができても彼の感情はまだ生き残っているのだろうか?

「―今のところ、それでもヴァンの心は自我は問題ないよ」

 イニスの思考を読んだように彼女は呟き、棚に置いてある紅茶の茶葉が入った袋を取り、コンロへと向かってお湯を沸かし始める。

「ボクもキミも、あの子にはまともに生きてもらわなきゃ困るでしょう?」

 背中を向けて言う彼女の顔は分からないが、相変わらず意地の悪い顔をしているのだろう。

 紅茶の香りが立ち込める部屋の中、イニスは少し眠そうに天井を仰いだ。

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