第4節 13
ヴァンが墜落し、そこからまた戻ってこないことを確認し、また当てもなく飛び立とうとして背中を向けた時、目の前に魔女が立っていた。
「……お前は、」
「何度か会ったことあるわよね、黒竜」
装備もなく、私服のままで黒竜と対峙するのは、黒の竜狩りこと、オーキス。彼女は特に敵意を見せずに、平静を保ったまま聞いた。
「やっぱり、アナタ話せたのね。
ヴァンを殺さないの?」
わざわざ会いに来て、何を聞いてくるのと思ったら、先ほど倒した竜狩りに、トドメを刺さないのか、ということ。想定外の質問ではあったが、彼は鼻を鳴らして答えた。
「殺す理由がない。我の撒いた種が、ようやく花開こうとしているのに、何故それを摘み取る必要がある?」
勿体ぶらずにはっきりと答え、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「不思議ね。命を狙われ続けるのが怖くないの?
それとも、"殺されること"を望んでいるのかしら?」
オーキスの言葉に、黒竜は意味深げにくくく、と嗤った。
「答える義理はない。竜狩りの装いをしていないお前には、口を割らせる気はないのだろう?」
黒竜が言う通り、彼女に敵意はない。今回、ここまで来たのも、ヴァンを回収しに来るためだったのだから。そこまで見透かされているも、彼女はその挑発に乗ってやることにした。
「じゃあ、ここでアナタを痛めつけて、口を割らせる、と言ったら?」
彼女はいつの間にか、両手に竜狩りの角と爪を装備しており、臨戦態勢を取る。それを見ても、黒竜は動じない。
「あの男はまだ生きているのだろう? そんな都合のいい的がいる中で、お前が我とやり合うと?」
黒竜の言う通り、ヴァンは体が動かないだけで、まだ生きている。仮にここで戦闘を起こせば、ヴァンの身に危険が及ぶ。そこまできちんと理解した上で、黒竜は改めて伝えた。
「―何にせよ、ここでこれ以上、お前たち師弟に付き合うつもりはない。近隣にも、下手に手を出せばお前らが出てくるのだろう?
改めて、身を隠させてもらおうか」
黒竜はそれを伝えて、妙な動きをしないように警戒しているオーキスをよそに、ゆっくりと遠ざかっていく。そして、その巨体を闇に溶け込まし、地中へと潜りながら、思い出したように伝えた。
「――そういえば、言い忘れていたな。
―あの時のトカゲは、なかなかに美味かったぞ」
「……!!!」
オーキスが咄嗟に振り向き、襲いかかろうとした時すでに遅し。黒竜は闇に紛れ、地中へと消えてしまっていた。
「……………、クソっ」
感情を落ち着けるために、何度も深呼吸し、ようやく落ち着きを取り戻したところで悪態をつく。そして、本来の目的であるヴァンの回収のため、地上にゆっくりと降りていった。
―地面に衝突した、ヴァンは無残な姿で転がっていた。両手足があらぬ方向へと曲がり、血溜まりの中で辛うじて息をしている。それでも、彼の意識は残っており―へし折れた手足を動かして、黒竜へと挑もうとしていた。それを止めていたのは、彼の体ではなく、彼の右手に着けられた4つの指輪。呪いの影響からいち早く復帰した指輪たちは、呪いによって正気を失ったヴァンが動き続けるのを必死に押さえつけてくれていた。
「…………ヴァルハルト」
オーキスも、20年ぶりの再会を喜んでいる暇はない。指輪の魔力が残っている内に、彼の下へと駆け寄っていき、"20年前と同じように"、睡眠魔法を込めた拳で彼の頭を全力で殴りつけ、いつものように寝かしつけてやる。
正気を失い、体も拘束されていたヴァンは、その拳を受けてようやく活動を停止し、オーキスも一仕事終えたと言いたそうにため息をつく。
「…はぁ、相変わらず世話の焼ける子ね」
彼女はそれだけ言って、ヴァンの巨体をを軽々と肩に抱え、右手の手袋を外して懐かしい指輪たちと再会する。
「―皆、久しぶりね。積もる話はあるでしょうけど、帰りながらゆっくり話しましょう」
何処か優しく語りかけ、彼女はヴァンを抱えたまま、右手の角を発射し、空を駆け始めた。
―あまり揺らさないように、ゆっくりと空を駆けていき、オーキスが拠点に戻ると、人気のない村で、長と碧の竜狩りことサフィアが待っていた。
「オーキス、無事だったみたいね」
「…本当に、大丈夫だったのか」
―今朝、竜の咆哮が聞こえ、すぐに戦場へと駆けていったオーキスが無事に帰ってきたことを歓迎した。そして、彼女に抱えられている、血まみれで意識を失っていたヴァンにも気が付いた。
「…竜は、」
「完敗よ。ただ、ヴァンの命はあるし、黒竜も何処かに飛んでいった。それでも、少なくとも竜の危機は去ったわ。
竜狩りとしてはは完敗でも、私たちの目的から見たら大勝利よ。もう、人も戻していいわ」
彼女はそう言って、役場の転移石に向かおうとするが、長が呼び止めた。
「黒色の。黒竜は、貴女が撃退したのか?」
ヴァンの名誉のため、彼女が嘘をついている可能性も否定できず、念のため確認すると、彼女ははっきり告げた。
「こちらは、何もしてないわよ。―それに、擬似竜もちゃんと狩っていたし、この子はやるべき事は全てやっている。それは、自信を持って言えるわ。―この子を、早く治療してあげたいの。これ以上、話すことがないなら私は行くわよ」
手短に話を済まし、彼女は呼び止められることなく、役場の方向に消えていった。
―そして暫しの沈黙のあと、サフィアが話し出した。
「―形はどうあれ、今回の依頼は完了ということでよろしいかしら?」
「…そうだな。報酬は、」
「依頼書の通り、擬似竜の遺体の引き取りで構わないわ。竜の撃退については、元より国からの依頼になるから、そこについては気にしなくて良いわよ」
サフィアは最も気にしていたであろう、追加された依頼―竜の撃退について話し出す。
「どんな形であれ、竜との戦闘を見越した依頼は、国からの依頼となる。それに応じた報酬や支給品については、国が判断するものだから気にしなくて良いわよ。―そうしないと、とんでもない負債になるもの」
1つ間違えば、村1つ簡単に消えかねないのが、竜という生き物。その手続きを村という個で扱えば、物理的な危機が去ったとしても、経済的な危機で村が滅ぶかも知れない。それを防止のためにも、この国は竜への戦闘を国で管理する代わりに、その責任を一身に受けている。ただ、竜と対峙するという最も重い重責を背負わされているのは、最前線に立つ竜狩りであり、オーキスはその格差についても提言していた訳だが、改善されることはない。
彼女の言葉を聞いて、長は少し安心したように表情を綻ばせ、サフィアは暗い顔で呟いた。
「…これで全部片付いた。あとは、あの子の容態ね」
――黒竜が出現し、それを撃退したというニュースは広まることはなく、国王や軍部の総督を含む、極一部の人間たちにだけ共有された。その戦いの功労者であり、瀕死の重傷を負ったヴァルハルトこと、金の竜狩りは、国の運営する病院に緊急搬送された。
生きているのが奇跡というほどの重傷を負っていた彼は、その道中でも魔女による治療を受けていたこともあり、搬送されたときにはまだマシな状態ではあったが、緊急の手術を要する状態だった。
―すぐに手術は施行され、何時間にも及ぶ施術は成功。魔法による補助の成果もあり、全身の折れていた骨も無事に繋がり、あらぬ方向を向いていた手足は全て真っすぐ戻っていた。
しかし、今までにないほど深く"呪い"が進行していたためか、彼の意識はなかなか戻らず、施術から1日経過した時点でも、意識は戻ることはなく、死んだように静かに眠っていた。
「……、」
病院にある個室の1つ。未だに眠り続けているヴァンの顔を静かに見ていたオーキスは、静かに立ち上がる。
「――師匠、帰るのですか?」
その時、ちょうど扉を開いたのは、今となっては彼に指示を受けていた、同郷の少年でもある、ルナトリア。
「…ルナ、ヴァンのこと聞いてたの?」
答えは保留し、数週間ぶりに会う、シャバルガンの子供の1人に向けて声をかける。ルナとしても、先に聞きたいのはこちらの方だろうが、彼女はそういうものだとよく知っている。余計なことは言わずに、素直に答えた。
「マスターから、少し」
「そう。―この子が起きた時に、丁度出くわしたら気まずいからね。ずっと家も空けてたし、帰ろうかと思ってたの」
本音を言えば、目が覚めるまで見ていたいのだろう。ただ、彼と交わした約束も忘れたわけではなく、彼女はたった1人の弟子を持っているわけではない。自分の拠点でもあるシャバルガンに帰る必要もある。
とても悔しそうに呟いたオーキスに向け、ルナは淡々と聞いた。
「そうですか。…ヴァン兄に、伝言は?」
「そうね。―アナタが、自分から会いに来るのを待ってるって伝えておいて」
「……師匠も大概、面倒な性格してますよね」
長い間、共に過ごしていたのは事実。どちらが先なのかは分からないが、いずれにしても七面倒な性格をしていることを改めて指摘すると、彼女は鼻で笑った。
「大きなお世話よ。それを言ったら、アナタ達も、そんな私に育てられた子供たちよ?」
「むぅ…」
そう言われると弱い。ルナも唸ってしまい、2人は小さく笑ってから別れることにした。
「―まぁ、アナタも落ち着いたら顔を見せに来なさい。歓迎するわよ」
「気が向いたら行きますね」
「……皆、そう言うのよねぇ」
シャバルガンの外に出ていき、再会した彼女の弟子たちは皆が皆、同じ事を言っている事にとても不満に感じながらも、彼女は病室から出ていった。
―それから暫くして。ルナがヴァンの状態を確認し、報告用のレポートを纏めた所で、病室の扉が開いた。
「おや、君は…ヴァンと一緒にいた…」
そして、部屋に入ってきたのは、いつもの黒いスーツに身を包んだケイと、その隣にいた巨女もとい、オルタだった。
「ケイさん? どうしてここに?」
想定外の来客に聞くと、彼女は普段の通り意味深げに笑って答える。
「なぜって聞かれたら…ボクも現場にいたからねぇ。丁度、前日にヴァンから仕事の依頼が飛んできたから、急いで回収作業を終わらせたと思ったら、黒竜と出会すなんて思ってなかったけどさ」
まるで偶然と言いたそうに彼女はわざとらしく言い、ルナは不信感を感じるものの、一旦無視する。そして、改めて隣のオルタに聞いた。
「それで、オルタさんは?」
血の混じった赤黒いドレスに濃い白色のヴェールを被り、顔を隠しているオルタは困ったように魔法で音を鳴らして答える。
『マスターが、一緒にお見舞いに行くようにって、ね?』
「隠す必要はないでしょ。ヴァンが眠ってるのは、今も残る"呪い"によるものだ。だから、"感情の魔女"でもある彼女に協力を申し出たのさ」
言葉に困るオルタに対し、ケイははっきりと告げ、そのままヴァンの下へと歩いていく。
「まあ、1日で起きるほど簡単にはいかないだろうけど、目覚めるまでの時間の短縮にはなるだろうからね。…申し訳ないけど、オルタ、頼めるかい?」
『…あんまり自信はないけどね。やれることをやるよ』
ルナはまだ部屋にいるが、2人はお構いなしに話を進めていく。そこで、ケイもその事に気が付いたので、聞いてきた。
「ルナ君も、なんなら見ていくかい?
この人の背負う業の片鱗をさ」




