第4節 8
決死の覚悟で勝負を挑んできた擬似竜。それに応えるように吠えたヴァンは、空を駆ける。
小細工は無し。爪に風を纏わせ、その体を両断せんと迫る。
距離を詰め、爪を振るう前に敵も旋回しながら落下し、その勢いを保ったまま風を受け、上昇。ヴァンの下を通って背後を取る形となる。動きが見えた時点で、ヴァンも爪に纏わせていた風を消し、大きく空振りする。その勢いで体を大きく回転させ、背中を向いた時点で作り出した、垂直の足場に手をかけ着地する。
そのまま着地の際に足に溜めたエネルギーを解放し、彼は後方に移動した疑似竜の元へと向かっていく。
それに対し、こちらを向いていた疑似竜も迎撃するように瞬膜を閉じ、大きく息を吸い込んでから、口から火花を散らす。
ヴァンも、疑似竜の予備動作はよく分かっている。その動きを見た時点で空に向けて角を向けており、軽く足場を蹴って跳ねたところで、火炎放射が放たれる。
ただ、今度は1点を狙った攻撃ではなく、首を回してヴァンの姿を追っていく。角を使った飛翔は、進行方向が分かりやすいのも相手は察知していたのだろう。追ってくる熱源に焦らされながらも、リールの巻き取り速度だけではなく、足場を蹴って加速していたヴァンは、落ち着いた様子で相手の動きを確認しており、相手もこのブラフは効いていないことに気が付いて、口を閉じた。
その隙に、上空に移動していたのヴァンは落下を始め、疑似竜へと接近する。
ただ、爪には風は纏われておらず、左手はポーチに突っ込まれている。
少し前からやっていた動きから、小細工の準備をしているのは分かっている。何をしてくるか分からない小細工に真正面から付き合うのはバカらしい。大人しく距離を離し、先ほどの熱源から作られた上空気流に乗って、今度はこちらが上に位置することにする。
ただ、それを分かっているのは疑似竜側だけではない。ヴァンも真っすぐ移動を続けるこちらへと接近しており、逃がすつもりはない。
それを煩わしく感じた疑似竜は、苛立たしげに着いてくるヴァンに向けて尻尾を叩きつける。それに対し、ヴァンは両腕を盾にして受け止め―空高く吹き飛ばされる。
想定外の直撃に、疑似竜は何かを察し、飛んでいくヴァンを一転、追いかけていく。
そして空中の足場に着地し、体勢を整えたところで、間合いに接近した疑似竜が爪を振り上げる。それに対し、再び作り出した不可視の障壁を盾にして受け止める。
更に、空を飛んでいくヴァンを見て―如何に危険な人間であっても、人間にであることには変わりないことに気が付き、生まれ持った体躯、それによって引き出される膂力で轢き潰さんと攻め立てていく。
体勢が整う前に追い込めれば、相手も防御に回る他ない。それを理解し、追われる側から、追う側へと逆転したことで、高揚感に支配されていた疑似竜は、些細な注意を忘れていた。
それは、ヴァンには多くの小細工を用意していたこと。そして、彼は狩人であり―獲物を誘い込むことには慣れていること。
何度目かの追撃を全て受け止められ、有効打を与えるためにも、更に早く、早く攻めようとしていた。
焦りは不注意に繋がり、その"隙"を狩人は見逃さない。
何度目かになる接近を確認し、ずっと真正面で受け止め続けていたヴァンは、空中で着地して体勢を素早く整え、疑似竜に向かっていく。
ただ、その爪に風は纏われておらず、致命傷に繋がるような斬撃は飛ばせない。たかが人間の力で、この数倍の体格差は崩せない。
疑似竜は歓喜の咆哮と共に、その爪で薄っぺらい体を引き裂こうとした。しかし、それと同時に放たれた、障壁で守られた蹴りは、その爪を弾き飛ばす。
―人の限界まで強化した一撃。それは、竜にも匹敵する力を生み出せる。当然、代償はあるものの、この際、一瞬の隙を作ればそれでいい。
体勢を崩され、呆然とこちらを見る疑似竜の頭に向け、右手の角が向けられる。
―咆哮。
怒り狂った声を上げながら、疑似竜は風を巻き起こし、風に煽られたヴァンは、呆気なく弾き飛ばされる。
それでも、先ほどの一撃で片目を貫けたのは、大きなアドバンテージとなる。ただ、咄嗟に瞬膜を広げて防御された影響もあり、そのまま脳まで貫いてトドメにならなかったのは少し残念だが。
空に作った足場に着地して、角にこびり付いた血と肉片を払い、ヴァンは落ち着いて敵の動きを見る。
相手は手負い。しかも片目を失ったばかりであり距離感もおかしくなっている。それでも、ヴァンは相手の動きを確認する。
ヴァンがすぐに襲いかからなかったのもあるが、疑似竜も体勢を整える位の時間を与えられ、唸りながらもこちらを見据えた。だが、不用意には動かず、羽ばたいて高度を維持しながら、静かにこちらを見ている。
このまま睨み合っても日が暮れるだけだ。ヴァンも痺れを切らして爪を構え、飛び立ったが疑似竜は動かない。こちらの動きを見失わないよう、じっと見つめるだけだ。
恐らく、先ほど調子に乗って攻め立てた結果、大怪我を負ったのもあって、受けに回ったほうが余計な体力も消耗せずに、打開の隙を見つけられる、辺りの考えだろう。
それを分かった上で、彼は真正面から爪を構える。風を纏わせ、その頭を叩き割ろうと迫るヴァンに対し、疑似竜は静かに翼を広げ―全力で、その翼を羽ばたかせ、暴風を巻き起こした。
「――!!」
空中という、踏ん張りの効かない戦場だからこそ、真っ当な防御は期待できず、彼の装備や戦闘スタイルは、被弾を想定したものではない。空中で、自身の体格の数倍はある生き物が飛翔できるほどの風―想定外の強風に煽られれば、当然、翼竜たちに比較したら軽すぎるその身体は、軽々と吹き飛ばされる。
空へと投げ出され、体勢を大きく崩したヴァンに向かって、疑似竜は急接近し、再びその薄っぺらい体を引き裂く、のではなく、その太い脚で掴み、完全に無力化させた上でトドメを刺そうというのだろう。
しかし、それすらも、想定内。
既にポーチから取り出し、手に持っていた手のひらサイズの爆薬の導火線を点火し、その脚に向け、風を纏わせた右手で弾いた。
弾丸のように飛んでいった爆薬は、着弾と同時に爆発。その爆風で疑似竜の鱗を貫くことは出来ないが、怯ませるには十分。
その爆風に飛ばされ、地上に向かって飛ばされたヴァンは空中で体勢を整えた上で作った足場に着地。
その力を膝に溜め、脚力へと変換し、再度爪に風を纏わせたうえで、一直線に向かっていく。
それを見て、疑似竜は大きく息を吸い、無謀にも直進してくる敵に向け、火炎を放つ準備をする。
そして、その準備はヴァンよりも疑似竜の方が早い。
ヴァンの間合いに入るよりも先に、疑似竜は怒号と共に、立ち向かってきた愚かな人間を焼き尽くそうとした―その矢先、目に入ってきたのは灼熱の白ではなく、一面に広がった深緑。そして、燃えるような痛みと、鮮血の赤。
―口を大きく引き裂かれ、悲痛の叫びを上げる疑似竜に向かって、無傷のまま上昇を続けるヴァンは大きく爪を振りかぶる。
そしてそのまま、一切の感動もなく、淡々とその首を斬り落とした。
―首を失い、翼の動きも維持できず、ガスもその大きな口から、血と共に流れ落ち―空から地上へと墜ちて行く。
空中で立ち尽くしていたヴァンは、ようやく息を吐き出し、静かに地上へと降りていく。
先に墜落していた疑似竜の死体の近くに着地し、漏れ出ているガスの臭いに、兜の下で顔をしかめながら近付いていく。
空中で斬り落としてしまったため、その首は探さないと見つからないが、査定で多少の減額をされる程度なので、目を瞑っておくことにした。
しばらく進んでいくと、木々を薙ぎ倒しながら、墜落した疑似竜の死体の元まで到着した。そして、念のため用意していたもう1つの伝声器を取り出し、すぐに繋ぐ。
『はいこちら希少取引所』
「ケイか? 俺だ、ヴァンだ。
買い取りを頼みたいヤツがいる」
鮮度の落ちる前に、商売仲間のケイに連絡を入れ、遺体の回収を頼む。
『分かったよ。それで、回収する獲物と、損傷具合は? 場所は君の使ってる伝声器から探知するから大丈夫だよ。目の前にいるんでしょ?』
相変わらず話が早く、必要な情報だけを確認してくる。
「場所についてはそうだな。今、目の前にいる。
獲物は疑似竜で、首を斬り落として始末した」
首を斬り落とした、と聞いて、伝声器の向こうで悩ましそうな唸り声が聞こえてくる。
『うぅん…首無いのぉ?』
「問題か?」
予想外の反応に聞き返すと、彼女はガチャガチャと慌ただしい金属音を鳴らしながら答える。
『少し、こっちもやる事があったからね。今手を付けたばっかりだったから、ちょっと悩んだだけ。
首がないとなれば、すぐに向かったほうがいいよね。すぐ行くよ』
「頼んだ。それとなんだが―」
『次は何だい?』
急いで準備をしているのだろう。床を踏みつける小気味のいい音と、余裕のない声で帰ってくる。
「近々、もう1頭追加で頼むと思う。できれば、近くで待機していてくれ」
『――、了解したよ。君の位置も特定したから、あとはボクに任せてくれ』
何か文句を言いたそうにしていたものの、彼女はそれを飲み込んで快く承諾してくれた。位置についても、彼女が言う言葉に間違いはないのだろう。あとは、自分ではなくあちらの仕事なので、ヴァンは短く礼を言って通信を切ることにした。
「ありがとう。いつも、助かるよ」
『はいよー!』
とりあえず威勢のいい返事だけをして、ヴァンが切るより早く、ケイから通信を切られた。
少し、悪いことをしてしまったと思いつつも、ヴァンたちの仕事は常に突発的に入るため、この扱いも1度や2度ではない。それについても今更と言えばそうなのだが、やはりお互いに良好な関係を維持したいと思うと、申し訳なく感じてしまう。
とりあえず、仕留めたあとの事は、信用できる相手に任せた。ヴァンは改めて、今回の生徒―コハクの元へと向かうことにした。
彼女の持つ伝声器を頼りに追っていくと、高い木の太い枝に腰掛けて、空を見上げていた姿を見受けた。
「コハク」
こちらに気が付いていなかったコハクに向け、名前を呼ぶと、びっくりしたように跳ね上がり、枝から落ちかけるも、足を引っ掛けて何とか掴まる。
「―先生! 空から来ないんですか!?」
驚いたように聞かれると、彼は当たり前のように答えた。
「魔力を大分使ったからな。節約できるところは節約する」
木を伝って、ゆっくりと降りてきた彼女はそれを聞いて、心配そうに聞く。
「まだ、狩りを続けるんですか?」
逃げ出した、もう1頭の疑似竜の相手を心配したのだろうが、彼は首を横に振る。
「いや、1度拠点に戻る。もう日も傾き出しているし、昨日確認していた調査の結果も聞きたい」
すんなりと追撃を諦め、帰還することを選んだことに少し驚きつつも、彼女は素直に頷いた。
「分かりました」
「ただ、帰り道は流石に飛んでいくぞ。歩いて下山していたら日が沈む。お前も帰る分の魔力は残しているよな?」
「勿論です。それに、体力もあるし、なんならおぶっていきますよ?」
「丁重にお断りする」
少し前、お姫様抱っこで連れ回した意趣返しのつもりなのだろうか。にこやかに提案してきたが、ヴァンは悩むことなく即答した。




