第4節 7
事前に、村の長から聞いていた情報。今回の獲物、擬似竜には、番がいるということ。
それは戦闘を繰り広げるに当たって、とても重要な情報だ。何故なら、意識の外からの奇襲への準備ができることと、危機的状況に陥れば、生き延びるために片割れを呼び寄せる可能性が高いこと。
そして、ここは山彦によって音の反響しやすい山であり、音を信号として届けるのは容易だ。
―詰まる所、度々この獲物が吠えていたのは、ただの威嚇ではない。パートナーに対して、自分はここにいる、という合図の可能性が非常に高い。
そして今。疑似竜の前には、命を脅かしかねない、危険な敵がいる。それを伝える為の信号を送らせるために、わざわざ致命傷にならないよう、威力を抑えて斬り裂いたのだ。
爪に残る血糊を払い、こちらの出方を伺っている疑似竜へと襲いかかる。既に、こいつには空の機動性では勝てないことを教え込んでいる。
そして、先ほどの咆哮が救援信号であるならば―予想通り、疑似竜は逃げる素振りを見せて、時間を稼ぐ。
既に合図は送らせた。ヴァンとしても、コイツをわざわざ生かす理由もない。恨みこそないが、ここは強者が弱者を淘汰する戦場であり、奴らが繰り返してきた"狩り"を、同じように遂行するだけだ。
ヴァンから離れるように迂回して逃げ出そうとするが、位置はヴァンが上。どう逃げようとも、こちらを向きながらずっと飛行を続けられるほど、器用な体の作りはしていない。臆病な疑似竜に、常に死角を晒しながら逃げ続ける度胸もないだろう。
ヴァンもその首に冷ややかな殺意を向けながら追いかけると、数分とも保たずに疑似竜がこちらを向き、尻尾を鞭のように叩きつけて旋回した。
それと同時に彼は足場を作って跳躍し、更に上に位置取りながらかわす。当然、相手も気流を見つけた上で行動を起こし、位置的な有利を得ようとすることを見越した動きだ。
―先ほどのように、火炎放射で森を焼き、その上昇気流を得るというのも考えそうだが、先の戦いでそれなりに保有しているガスも吐き出している筈。彼らも生き物であり、無から原料を生み出しているわけではない。
それに、このガスは本来、飛翔のための浮力を補助するものであり、無闇矢鱈と使えるものではない。それも把握したうえで追い詰めている。
案の定、十分な高度は得られないまま、疑似竜とヴァンの位置は大きく変わらず、遂にヴァンも攻勢に出る。体勢を整え、こちらを向いた所で今までどおり、首を狙って必殺の一撃を与えようと向かっていく。
しかし、何度も狙われ続け、流石に学習したのか、腕で首を守るように覆うが、それすらも、ヴァンの狙い通り。
執拗に狙い続けていれば、こちらは一撃の決着を狙うだけと勘違いさせやすい。そして、命の危機を与えた上での攻勢であれば、尚更命を守る行動を誘導させられる。
ヴァンは、疑似竜の前で足場を作って飛び跳ね、背後へと回り込み―その翼を斬りつけた。
翼を作る骨格であれば、ヴァンのもつ竜狩りの爪であっても、未強化では貫くのは困難だ。そのため、風を受ける役割をしている、強度はあれど、骨に比べれば遥かに脆い、翼膜を狙う。
本来、血液や神経はあまり通らない部位。それ故、痛みは無いだろうが、急に高度を維持できなくなるのは、敵を"びっくりさせる"には十分だろう。
狙い通り、予想外の攻撃にバランスを崩して、高度を一気に落とした疑似竜の首目掛け、今度こそ刈り取ろうとしたその時、視界の隅で光を察知し―彼のいた場所は、火柱に貫かれた。
「―!!」
咄嗟に横に跳んで軌道を逸らし、前方に向けて角を発射。振り子運動を利用して、1回転した後に、角を刺した足場に着地した所で、先ほどの個体よりも鱗の色が暗い―恐らく、洞窟などの暗い場所で過ごしていたのだろう―一回り大きい、疑似竜が森から飛び出してきた。
以前戦った、抱卵前後の翼竜とは違い、脱皮前の皮で大きくしているわけではない。単純に、体が大きい個体。
そして、パンパンに膨らんだ胴体には、大量のガスが溜め込まれているのだろう。飛翔能力もさることながら、これだけあれば、長時間の火炎放射も可能と分かる。
ヴァンとその番は静かに互いを観察したあと―弾けるように動き出した。
先手はヴァン。敵が動くよりも先に仕留めようと接近するが、その前に周囲の上昇気流に乗って、高く浮き上がる。―見た目の通り、先ほどの個体よりも上昇速度が早い。それを見越した上で、ヴァンは距離を詰めていたが、予測を超えられ、接近する前に高度を稼がれてしまう。
中途半端な構えで攻めても、いいことはない。空中に生み出した足場を蹴って、軌道を変え、回り込もうとするが、それに合わせて旋回してくる。
先程は、こちらが上であるため、上昇する場合、こちらが有利を得ることができたが、今回、平面で見て、ヴァンが"外"にいる。それはつまり、少ない相手側に距離の有利がついており、こちらに合わせるように旋回する疑似竜の目が、瞬膜に覆われる。
それは、自分の放つ炎に目が焼かれないようにする防御機構。つまり、火炎放射の合図。軌道を変えるために、頭上に右手の角を向けたのを察知して、更に疑似竜は接近する。
角が刺さり、彼の体を引き上げるより早く迫る爪。獣の皮すらバターのように引き裂く爪を、ほぼ生身の人間が受け止められる筈がない。回避の間に合わない必殺の一撃に対し、ヴァンは周囲に防御用の足場を展開して受け止める。
大の大人を吊るせるほどの強度で作れる足場なのだ。竜ならまだしも、飛翔能力のために、筋肉を削ぎ落とした疑似竜程度の膂力であれば、それを貫くことは出来ない。
しかし、傷こそつかないが、ヴァンの軽い体はその勢いに巻き込まれ、一直線に地平線へと吹き飛ばされる。
ただ、こういう被弾も想定してない訳がない。すぐに角を飛ばし、空中に作った支点に突き刺す。
リールが回り、ワイヤーもどんどん伸びていくが、それは切れることなく、ヴァンは空中で体勢を立て直す。飛ばされて行った時の勢いは利用できないものの、敵の所まで戻るのは難しくない。
ある所で止まったヴァンは、リールを巻き取りながら空を駆ける。ある程度巻き取ったところでその勢いを維持したまま空中を自由落下し―その振り子運動で高く高度を稼ぐ。そして、こちらに追撃してきた疑似竜と相対した瞬間、視界の隅に動く影に気が付き、即座に足場を蹴って方向転換すると―元いた場所が、火炎に飲み込まれた。
作り出した足場に乗り、高い場所から、こちらに向かってくる2つの巨影―疑似竜の番が揃ったのを確認し、待ち侘びたように構えた。
片方の小柄な個体も、よく見ると翼膜は何かの液体で塞がれており、飛翔能力は取り戻したようだ。
「―ようやく、揃ったか」
呟いた言葉には一切の感情がこもっておらず、ヴァンはいつまでも見下してくる、不愉快なサルに苛立ちを見せ始めた2頭のトカゲに向かって、挑発するように彼は落下する。
それに対し、諦めて投降したと勘違いした2頭は、その肉を貪らんと接近してきた所で―ヴァンはポーチから小さな赤い玉を取り出して投げつけた。
それは、彼らの目の前で炸裂し、2頭は不意打ちの小細工に怒りの声を上げ、怯む。ヴァンもその隙に急接近し、その首を狙おうとするが、2頭は羽ばたいたまま激しく暴れ回っており、周辺の気流も乱れており、狙いが定まらない。不用意に接近すれば予期せぬ反撃をくらいかねないので、落ち着くまで一瞬待機。
先に小さい個体が視力を取り戻して体勢を整えたのを確認し、それが終わるよりも先にヴァンは襲いかかり、懐に潜り込んでその腹を蹴り飛ばした。
ただの人間の蹴りであれば、びくともしないだろう。しかし、指輪の力で強化したものであれば話は変わる。
脚力だけで空を駆けられる程の力。文字通り並外れた力のそれは、体格差さえ無視して、地上へと突き落としていく。
仮に空中で態勢を整えられたとしても、再度接近には時間がかかるだろう。再び、大きな方と相対した所で、あちらも体勢を整えたようだ。
番に再び傷を与えたことに怒りの声を上げるが、ヴァンは無視して突っ込んでいく。ただ、相手も闇雲に火炎を吐いたところで、避けられるのが関の山というのは気付いているのだろう。
余計な小細工は抜きにして、その体格差でヴァンを圧倒しようとする。
しかし、相手が小細工しないで立ち向かってくると言ったところで、それに律儀に付き合ってやる必要はない。ヴァンはポーチに右手を突っ込み、そちらには見向きもせずに、手の感触だけで目当ての道具を引っ張り出す。
取り出した、オレンジ色の玉の導火線の先端を指で擦り、着火させる。そのまま接近し、疑似竜に向けて投げつけるが、先ほどの目眩ましで反省していたようだ。こちらの動きで投擲物を用意しているのは把握した上で、その場でホバリングし、その大きな翼で強風を巻き起こし、風に煽られた玉は空へと打ち上がって―強い閃光を放った。
予想外の搦め手に再び疑似竜は怯む。視界も塞いだところで、邪魔となる片割れも今はいない。
爪に風を纏わせて、その首を一息に切り落とそうとしたが、ヴァンの殺気や彼の居るであろう方向から聞こえる風の音に気が付いたのだろう。ヴァンが爪を横に薙ぐ寸前に、目も見えないまま疑似竜は急降下して、それを避ける。
空を裂く轟音が背中を通り過ぎ、それを確認する前にヴァンは首だけを回して動きを追う。
視界は見えなくとも、鼻や耳は効いている。まずは、ヴァンから逃げるように離れようとするが、背後から風と殺意が追ってくる。
すぐに構え直したヴァンは、頭上から追撃していくが、その体を縦に両断するように放たれた斬撃は、右方に旋回してかわされる。しかも、その先にあった上昇気流に乗って、ヴァンと同じくらいまで高度を稼がれた。
並の疑似竜相手ならば、既に決まっている筈だが、この相手だけはヤケに勘が良い。番を守るという使命感に燃えているだけではなく、"何度も死地を潜ってきているような"感覚。
そうやって時間を稼がれている間に、視力も回復したようで、再び目を開いた疑似竜がこちらに向いている。しかし、目の前にいるのが、自身の命を脅かしかねない相手であることは理解したようで、このまま攻撃することへの迷いが見てとれた。
ただ、ヴァンとしてはここで逃がしてやる理由はない。ここまで恐怖を与えてしまえば、報復として近隣の村へ襲撃する可能性も出てきている。
絶対に逃さないと言いたそうに爪を構えると、観念したようで、疑似竜の雰囲気も変わる。
恐らく、ここで逃げようとしないのは、奴が逃げれば、間違いなく小さい番が代わりに殺されると確信したため。
敵は、ここで轟くような咆哮をあげ、後方―先ほど蹴り飛ばした番が落ちていった辺りの場所が激しく揺れた。
そちらに小さい方がいるのは分かっていたが、追撃しようとすれば、その隙をこちらが殺られる。こちらが逃げないと意思表示したように、奴もどちらかの息の根が止まるまで、止まるつもりはないのだろう。
先ほどの手応えから、明らかに危険な方が逃げずに来てくれるのなら、それはそれで好都合。残る方は、残った力でも十分処理できるだろう。
決死の覚悟を表明するように叫んだ疑似竜に向け、ヴァンも応えるように吠えた。




