第4節 6
2人は空からの捜索を再開し、30分ほどが経過した。変わらない風景でも、集中力を切らすことなく異変を見逃さないようように集中していた所、突然、離れた所で鳥たちが一斉に飛び立ち、森が騒がしくなる。
更に、空に立ち昇る炎も確認でき、2人は視線を合わせ、お互い言葉を交わすことはせずとも、そちらに向かっていった。
現場へと向かっていった2人が到着するよりも先に、森を揺らしながら、緑色の鱗と4枚の翼を持った大きなトカゲ―本来の目的である擬似竜が飛び出してきた。
体長は5mほど。飛翔する種族の割に太い身体は、飛翔するために必要なガスを体内で生成し、蓄える必要があるため。普通のトカゲには持ち得ない、頭から生えた2本の角と、鋭い爪の手足。
改めて見ても、竜と呼ぶにはあまりにも不格好な進化であるが、他の生き物を騙すには十分な擬態。ただ、その進化で得た飛翔能力や戦闘力は本物であり―空を飛ぶ、奇妙な人間に気が付き、紛い物の竜は大きく吠えた。
まっすぐ向かって来る敵意もそうだが、その咆哮に反応して、ヴァンも余裕を崩し、すぐに指示する。
「コハク、離れていろ。それと、2匹目も呼ばれてる可能性がある。俺はどうでもいいが、お前が奇襲を受けてやられる、なんてみっともない真似だけはするなよ」
「――はい!」
この状況、最初から、2頭同時に相手するわけではない。そうなれば、2頭が合流するまでの間、常に死角からの奇襲に備える必要がある。それに対処するためにも、邪魔となるコハクを逃がし、一人で集中できる状態を作りたかった。
ヴァンのその意図をどこまで読み取ったかは分からないが、コハクはすぐに離れていき―ヴァンではなく、明らかに弱そうなコハクを真っ先に狙いに行った敵へと駆けていく。
動きを先読みし、狙った位置で首をへし折ろうと繰り出した蹴りは、手前でホバリングしてかわされ、ヴァンはすぐ足元に足場を生成。その威力を膝で受け止め、その衝撃を反発力に変え、再度飛び上がる。
普通の人間であれば、ありえない動きに相手も戸惑い、反応が遅れた。その勢いのまま、懐に飛び込んで、必殺の一閃を放ったが、それは自由落下することで回避。仰向けのまま落ちていくが、すぐに仰向けに戻り、近くにあった上昇気流を翼で受けて飛び上がる。
その間に準備をしていないヴァンではない。空振りしてすぐに作り出した足場に着地し、その場から離れる。
気流に乗って上昇するトカゲを目で追いつつ、大きく円を描きながら徐々に高度を落としていく。そして、明確な死角となった所で仕掛ける。
その首を狙って爪を振りかぶった直後、すぐにこちらを振り返った疑似竜の目は、やや緑がかった下瞼、瞬膜を閉じており、既に口を大きく空けていた。
それも織り込み済みと、ヴァンが咄嗟に角を発射し、上方へと飛び上がった直後、彼のいた場所目掛けて火炎放射が放たれた。
―何故、翼竜やラセルタと同じ系列の疑似竜だけ、竜と名付けられたのか。それは、他の生き物には持ち得ない、唯一の武器―火を吹く性質を持っているから。
彼らは溜め込んだガスを、ただ飛翔のために使っているわけではない。可燃性のガスを口腔内にある別の器官から放ち、その牙を火打ち石代わりにする事で、ガスを着火、火炎放射となり得る能力を持つ。
この進化の過程は、ただ生きるためではなく、竜を模倣しようという、半ば狂った進化を選んだからこその進化である。
ただ、相手は擬似竜どころか、竜を狩る狩人。トカゲ程度の浅知恵に引っ掛かるほど愚かではなく、難なくそれをかわした上で、大きな隙を晒している頭目掛けて落ちていく。
ヴァンの左手の爪には、風が纏われており、この補強した爪であれば、如何に分厚い鱗だろうが、引き裂くことが可能。
そのまま、頭を掻っ捌いて終わらせようとしたが、殺気を見せすぎたのが悪かったのか、こちらに気付いた敵は、すぐに身を引いて逃げ出す。
再び空を切った風の刃は、周囲一帯の木々を薙ぎ倒し、地面に当たった真空波が轟音を放つ。
「……、クソ」
正しく、竜をも狩る必殺の一閃。その一撃を目の当たりにして、敵がこちらの鱗を無視して殺しに来ていること。そして、ヴァンが本来、彼らの独壇場である空中戦に慣れきっていることを感じさせてしまった。
―擬似竜は、本来臆病な生き物だ。こちらに分の悪い戦いと分かるや否や、大きく吠えた後、逃げ出そうとする。
「逃がすかよ!」
その背中を追いかけていくヴァンは想定内だったのだろう。逃げ出す素振りを見せたと思ったところで、大きく息を吸い、炎を吐き出した。
その予兆は察知しており、ヴァンもすぐ避けて追撃しようとしたが、あろうことか、地上に向けて炎を吐き続ける。
「―まさか…!」
その行動の意図を察し、ヴァンは焦りを見せ、地上への火炎放射を止めさせようと、全力で向かっていく。
再び爪を振りかぶり、その首を切り落とそうとするが、その前に白い煙が昇り始め、燃えていく森によって生み出された上昇気流に乗って、空高く舞い上がる。
「クソ…!!」
追いかけるよりも先に、燃え広がり始めた地上―意図的に起こされた、山火事への対処を優先する。
この周囲に生きている人間は、この山から獲られる恵みを糧に生きている。それを焼かれてしまえば、生活が成り立たなくなる。それを理解した上で、逃げるにしても、どうやれば"注意を引ける"か考えた結果なのだろう。
その狙い通り、空へと逃げていった疑似竜には目も繰れず、消火に向かうヴァン。空から見える分には、木々の1部に火がついたのみなので、早急に対処すれば人の手でも十分間に合う。これが広がり始めてしまえば、大雨でも降らない限り、なかなか鎮火はしないだろう。
地上に着地してすぐに、親指の指輪の力―暴風を巻き起こし、火を消し止めようとする。
保水量の多い、生い茂る森であれば、多少火の粉が散った所で引火することはない。主に燃えている火災現場の鎮火さえしてしまえば、あとは難しくないだろう。
ヴァンもそれを理解した上で、躊躇なく指輪の力を使っていく。
山火事発生から10分も経たない内に、鎮火に成功し、ヴァンは兜を外し、流れる汗を袖で拭う。
「……完全に見失ったな」
鎮火はできたものの、肝心の獲物を逃がしてしまった。その事を悔やむものの、己の選択が間違っていたとは思わない。
改めて、探しに向かおうとした所で、コハクの事を思い出した。
「―アイツはどうした?」
汗を拭い、再び兜を着け直したヴァンは、伝声器を通じてコハクの位置を探してみるも、少し離れた位置で、今もなお動いていた。
ただ、こちらの戦いを観察するように伝えていたが、その後のことについては特に指示していなかった。単独行動はそれはそれで危ないので、ヴァンは反応を元に、少し疲れた体に鞭を打って、空に向けて駆け出した。
追いかけ続け、結構な時間が経過した。コハクの移動する速度も遅くないのと、ヴァンも2頭目の奇襲に注意を払いながら進んでいたこともあり、想定よりも時間がかかってしまった。
ようやく反応の近くまでたどり着き―森の中、自然にできた少し広いスペースに着地し、近くの木にもたれ掛かって、休んでいたコハクを見つけた。
「こんな所にいたのか。何か探していたのか?」
「―あぁ、先生。…そっか、伝声器使えば良かったのか」
疲れた様子で彼女は、ヴァンがここまでやって来たことに疑問に思うが、すぐに伝声器の反応を辿って来れることを思い出したようだ。
「そういうことだ。で、急に動き回ってどうした」
再度、問いを投げかけると、彼女は一息吐いてから答える。
「さっき戦ってた、疑似竜がいるじゃん? それを追っかけていたんだけど、気付かれないように地上経由で追っかけてたせいで、流石に間に合わなくてさ。疲れたし休んでたんだ」
「そうか。よくやってくれた」
彼女は彼女なりに、ヴァンの手助けをしようとしていたらしい。結果はともかく、それはしっかり伝わってきたので、まずは褒める。
ただ、方向としてはこちらで合っているのだろう。この先、捜索を続けていけば再び会うことができる。
このまま、疑似竜を追いかけようとしたが、慣れない獣道の追跡に、コハクも大分疲れているようだ。こちらを探知できないコハクをこのまま放置しておくのも危険なので、ヴァンはポーチを漁りつつ聞いた。
「足りないのは、体力だけか?」
「そう、だね。魔力はまだ残ってる」
「よし、それなら口を開け」
状況を確認し、彼はポーチから赤い液体の入った小瓶を取り出し、栓を抜く。そして、言われるままに開いた口に、小瓶を突っ込んで液体を流し込む。
「――!!」
驚いた顔をするものの、彼女は喉を詰まらせることなく飲んでいく。小瓶のため、大した量は飲んでいないが、半分ほど流し込んだ後に、ヴァンは小瓶を引き抜き、残った半分を全く気にせず飲み干した。
「―ふぅ。どうだ?」
空いた小瓶をポーチに戻し、調子を聞いたタイミングで、彼女は元気に立ち上がった。
「―先生、何飲ませたんです?」
体の芯から力が湧き上がるような感覚に不思議に思いつつ、落ち着いて聞いてきた。それについて、彼女と同じく、体力を持て余しているヴァンは、改めて飛び立つ準備をしながら答える。
「魔女協会謹製の強壮剤だ。徹夜で狩りをする時くらいにしか使わん物だが、お前を動かすには十分だろう。―さっさと行くぞ」
それで説明は終わりだ、と言いたそうに告げ、コハクも同じく飛び立つ準備を始めた。
「はい!」
強壮剤を使って、無理矢理コハクを動かして進むこと数分。2人は地上に降りて、羽を休める疑似竜の姿を見つけた。
「コハク、邪魔はするなよ」
ヴァンはそれだけ念のため告げて、一人駆け出す。こちらに気付いていないのであれば、このまま一息に首を切り落とすか、翼を狙って機動力を削ぐのが定石。ただ、参考にはなるかもしれないが、折角今回は番という珍しいケースに遭遇しているのだ。それを利用するのも悪くはないだろう。
ヴァンは爪に風を纏わせることなく、爪を振りかぶる。
流石にそれなりに近付けば、風を切る音で敵も気が付くだろう。ただ、今回は余計な周囲の音を風でかき消した上で接近しており―爪が届くまでコンマ数秒の位置まで、気付くことが無かった。
疑似竜が気がついたその時には、ヴァンは真後ろに降下しており、その爪は、背中を大きく裂いた。
突然の奇襲に驚きながらも、それ以上に感じた激痛に悲痛の咆哮をあげながら、咄嗟に空へと逃げていく。しかし、逃げるにしても、手負いの身体で、翼にも多少の傷が着いている。
そのまま逃げるには速度も維持できず、ヴァンが先回りし、すぐに立ちふさがった。
疑似竜よりも上に足場を作って、見下ろす形で立ち尽くす。逃げようとしても、速度で上回っていることを暗に示し、退路を塞ぐ。
―生き残りたければ、勝ってみせろ。
そう言うような態度に、痛みによる恐怖と、生存本能の2つが混じり合った、叫ぶような咆哮をあげた。
「それでいい」
山全体に響き渡る咆哮を聞き届け、狙った状況に持ち込めたヴァンは、兜の下でほくそ笑んだ。




