第4節 5
翌朝。コハクの魔力の補給を済ませた後、別のベッドで寝ていたヴァンは、宿が用意してくれたタオルを濡らして寝汗を拭い、魔力の補充を済ませてある指輪、もとい指抜きグローブを填めた後、爪と角を装備。ポーチを腰に巻いた後、兜を片手にコハクを起こした。
「朝だぞ」
「もぅ…?」
寝ぼけている彼女に向け、ヴァンは呆れ気味に余分に濡れタオルを彼女の顔面めがけて投げつける。
「うぶっっ」
変な声を出して、顔でタオルを受け止めたところで、ようやく目も覚めたようだ。
「―まだ、日が昇るくらいじゃないですかぁ」
彼女の言う通り、時間は日が昇り始めた頃。空が明るくなりだした頃で、彼女は眠そうに文句をいう。
「甘えるな。こういう拠点だからといって、何者かの襲撃が来ないという保障はできない。
寝起きについての訓練だと思ってさっさと起きろ」
淡々と告げ、彼女の布団を引き剥がし、無理矢理起こす。
「ベッドの上ならあんなに優しいのに、離れた途端鬼畜ですよぉ…」
寝起きのせいか、阿呆なことを言い出したのでヴァンも強硬手段でベッドから蹴り落とそうかと構えた所で、ようやく体を起こした。
「うぅ…おはようございます」
寝癖で所々跳ねている髪には気を留めず、まだ眠そうに頭を掻いていたが、焦点が合ってきて、既にいつでも出られる状態のヴァンを見て、申し訳なさそうに目を開いた。
「…あれ、もしかしてあたし待ちです?」
「そうだが」
はっきりと伝えてやると、彼女も気まずくなってきたようで、すぐにタオルで顔を拭いてから、バタバタと出かける準備を始めた。
それを見て、ヴァンは落ち着いた様子で彼女を鑑の前に座らせた。
「相手に合わせて急ぐのは悪いことではないが、最低限の身だしなみは整えろ。
少し、大人しくしろよ?」
そう言って、彼は彼女の肩を掴んで大人しくさせたあと、元々個人的に使ってる、櫛と外用の美容液のボトルを取り出して、少量手に取ってから彼女の髪を撫でるように整えていく。
お湯も水もそこまで使っていないのに、寝癖でボサボサだった髪は綺麗に揃い、ヴァンはこんなものか、と道具をしまう。
「多少は見栄えも良くなっただろう」
そう言って、彼は兜を渡すと、彼女は困惑気味にそれを着ける。
「化粧品を、持ち歩いてるんです?」
「普段は持っていかないがな。長期的に外に出ているときは、ろくに風呂もシャワーも出来ないから、最低限のケアとして使うくらいだ。
お前も、俺の髪の長さは知ってるだろ?」
そう言われると、背中に届くくらいの長髪をしていることを思い出した彼女は、それでも腑に落ちないように聞く。
「でも、それは戦闘に必要ないですよね?」
「戦闘には関係ないが、少なくとも俺も人と関わる仕事だ。あまり汚い身なりで話すのも気分のいいものではないだろう?」
戦闘に関係はなくとも、その前後にある、人々の交流のために見出しを整えろ、と彼は話す。
確かにそれはそうなのだが、彼女としては納得するには難しい話題だった。
それを感じ取っていたのだろう。ヴァンは改めて彼女から離れてから話した。
「まぁ、直に分かる。―ほら、髪は直してやったんだから準備の続きだ」
話は脱線していたが、本来やるべきことは出発の準備。それを思い出したコハクはまた、慌てて準備を再開した。
装備や身だしなみを整えたあと、井戸で水筒の水を補充し、明るくなり始めた村を、歩いて通り抜ける。
そして、再び山まで戻ってきた頃には、日も昇り始めていた。2人は山頂付近の森に1度着地し、朝食代わりに携帯食料を齧りながら話を始める。
「―で、山ってのは色んな生き物がいるが、全体として見て、動く生き物が多いのは昼と夜、どっちだと思う?」
干し肉をかじりつつ、ヴァンは突然聞いてきた。
「そりゃ、昼でしょ。夜目の利く生き物ってそんなにいないし」
「そうだな。大体の生き物…野生動物ってのは、大多数が昼の活動のほうが活発だ。その目的は、生きるための食い物や、住処を作ったり、繁殖のための番を見つけたりと様々だ。
当然、動いていればそれだけ目立つ。だからこそ、捕食者たちも、日中に活動することが多い」
「つまり、痕跡だったり、実際の獲物を探すには、昼間のほうが効率的ってこと?」
コハクの答えに、彼は肉を噛み千切って親指を立てる。
「そういう事だ。まぁ、時間帯に限らず、基本的には獲物の活動が活発な時間帯に痕跡探しといった捜索はやる事が多い。
運良く住処が見つかれば、寝ている隙に忍び込んで、そのまま息の根を止めることも出来るからな」
改めて、色付きの竜狩りと言う、大層な名前をしているとは思えないほど卑怯な手を話すが、反論した所で、『それが現実だ』と一蹴されるのがオチだろう。コハクも何も言わず、ヴァンもツッコまれない限りは言うつもりがないのか、そのまま続ける。
「昨日、夜まで動いたりしなかったのはそういう面もある。俺が昨日、見つけた個体も食事のために動いていたようだし、昼間に活動している可能性が高いからな」
そんな話をしている内に干し肉を食べ終わったヴァンは頭上を見あげると、突然上に向けて角を発射する。
ガサガサという音と共に木の枝が降ってきて、そのまま受け止めると、枝の先には細長く、真っ赤な果実が成っていた。
「動く前のデザートでも貰おうか」
手際よくもぎ取ってから、すぐにコハクに1つを投げ、もう1つを遠慮なく口に運ぶ。
「木の実は嫌いか?」
受け取ったまま立ち尽くしているコハクに向けてヴァンが聞き、そこでようやく我に返り、有り難く頂くことにする。
果肉は歯ごたえはあるものの、柔らかく、甘くも酸っぱい果汁が口に広がる。
「美味しいですね、これ」
「北部の高地に自生してる木の実だ。熟してるものは甘みもあって、なかなか美味い。
何故か高地にしか成長しないから、こういう山に籠りでもしない限り食べられないレア物ってやつだな。ただ、熟してないとめちゃくちゃ酸っぱいし熟しすぎると腐ったような味がするから注意しろよ」
そんな説明をしながら、ぺろりと木の実を食べ終わった2人は、ようやく飛び立つ準備をする。
「さて、軽い事前授業も終わったし、本格的に捜索に入るぞ。速度は合わせるが、ちゃんと着いてこいよ」
ヴァンはそれだけ言って、大きく屈んで力を溜め、その場で飛び上がり、空へと駆け上がる。
コハクもそれに続くように、木を足場にして、跳ねるように飛び上がり、空へと駆けていく。
ヴァンはまず、昨日確認した獲物の場所も大体覚えているので、痕跡が残っていないか確認しに、向かうことにした。
「さて、何があるかな?」
昨日見つけた場所は、急降下して捕まえたのか、改めて見ると、遠くからでも分かるような穴が空いており、簡単に見つけることができた。
その場所へと降りると、薙ぎ倒された木々に加え、それなりに大きな猛禽類が食い散らかされていた。食べ残しの羽や骨が辺り一面に散らばっており、凄惨な現場にコハクは口元を押さえる。
その一方で、ヴァンは涼しい顔をしたまま骨や周辺の観察を行うが、少し気になることを見つけた。
「コハク、気分のいいものじゃないだろうが、見てみろ」
ヴァンがそう言って、周辺に飛び散っていた骨をかき集め、山にしていた。
「骨の大きさからして、そこそこのサイズの鳥だな。恐らく、陸生の種類じゃないから、そこまで体重はないだろう。ただ、注目するのはそこじゃなくて、明らかに骨の量がおかしい」
ヴァンが指差した骨の山をよく見ると確かに、不自然に足りていない骨も見受けられる。
「…確かに、他の場所に飛び散ってるにしても、ちょっと少ないですね。半分くらいないですか?」
「ぱっと見、そんな感じだな。それで、これから得られる情報もあってな。
擬似竜に限らないが、丸呑みにでもしない限り、骨まで食う動物ってのは案外いなかったりする。それだというのに骨があまり残っていないって事は、骨を食ってるってことだ。
それで、何で食うかって言うと、基本的には骨の構成分が足りてないから、補うために捕食することが多い」
「怪我でもしたんですかね?」
ヴァンの説明に、不思議そうにコハクが聞く。その考えはなかったのか、彼は少し感心したようにふむ、と続ける。
「その考え方はしたことなかったな。面白い見方だ」
素直に褒められ、得意げに胸を張っているのをスルーして、話を続ける。
「その理由ってのは、基本的に大量のカルシウムを必要とする―例えば、産卵だな。どんな生き物でも、基本的に出産というのは体力も栄養素も使ってしまう。普段、ほとんど補食しない生き物が、骨を摂取しているとなれば、産卵したか、お前の言った通り、大怪我をして骨の修復を早める必要があるからだろう」
ヴァンはそう言いきった後、これが重要だ、と話す。
「それで、頭に入れてほしいのは、産卵でも重症であったとしても、俺らが奴らを狩ろうとするならば、全力で止めに来るということだ。
何せ、番の片割れか、大事な子どもの命もかかっているからな」
「……、」
当たり前のようにヴァンは言って、コハクも何か思うことがあるのか、黙り込む。それを感じ取ったように、言い聞かせるように告げた。
「ただ、同情は必要ない。それで情をかけて、命を脅かされるのは俺たちだ。隙を見せれば殺される。生き残りたければ、情をかけるな。
それだけは忘れるな」
「……はい」
少し間が空きつつも、大人しく頷いたのを見て、ヴァンも頷いて目を空へと向ける。
「それで、コイツはここできっちり食事を終えて飛び立ったようだな。息の根を止めた後に巣穴に持ち帰ってくれれば、血痕が残ってそうなんだが、そんな様子はないってことは、そういうことだろう」
ここに残された痕跡だけで、いくつもの情報をしっかり確保しつつ、脇目にコハクの方を見た。
「長居する理由もない。捜索を再開するぞ」
そう言ってから、コハクの返事を待つことはなく、彼は飛び上がり―彼女もそれを追いかけていった。
山を探し続けること1時間。補食の痕跡を見つけた後、簡単に次の痕跡が見つかることなく、いったん休憩を挟むことにした。
ちょうど見つけた泉のほとりで、拾った枝を集め、適当な草を火種に、火打ち石で火をつける。
手際よく火を起こしたヴァンは、余っていた木の水筒に水を汲んで、蓋をしてから焚き火のなかに差し込んだ。蒸留している時間が無いので、煮沸消毒で飲水の確保しようというのだろう。
ついでに集めていた木の実を木の枝に刺し、火で炙りながら一息ついた。
「―案外、見つからないものですね」
水筒の水を一口飲み、彼女も一息ついて、呟いた。
「そんなものだ。元々、あの村でも早々出くわす事は無かったのだから、そんなものだろう。
抱卵をしているのであれば、余計に余計な動きはしないだろうからな。場合によっては、必要以上の食料を蓄えて、数日は安全な住処から出てこない可能性もある」
「そういうこともするんですか?」
ヴァンの説明にコハクは少し興味深そうに食いついた。
「…まぁ、進化の過程で竜に擬態するなんて戦略を選ぶような狡い生き物だからな。他の大型の爬虫類にはラセルタや、翼竜なんかがいるが、そいつらに比べてもよっぽど賢いし、危険察知も早い。
戦闘力自体、そいつらに比べれば、低いくらいだが、生き延びるために知恵を絞るあいつらは、本当に厄介だぞ」
「…そんなのを、2頭同時でもいけるんです?」
心配そうに聞くコハクに向け、ヴァンは少し厭らしく笑う。
「賢いと言っても、トカゲ程度だ。それに、今回は奴らが背水で挑んでくる可能性も高い。どうとでも出来るさ」
全く動じない彼を見て、こちらも不思議と安心してくる。それよりも、彼はこちらが心配なようだ。
「だが、今回のはあくまで勉強だ。ちゃんと、学んでくれないと困るぞ?」




