第4節 3
伝声器の反応を辿り、ヴァンがコハクの下へと向かう。空を駆けていると、遠目からでも彼女の言っていた異常も見えてきた。
とりあえず考えたり話したりしたいことはあれど、まずは素直にコハクと合流する。
「待たせたな」
異変の上空で足場を作り、座って待っていたコハクの隣に立ち、声をかける。そのままヴァンもしゃがみ込んで森を見下ろす。
「…これは、降りて調べてみないと分からないな。俺が先行して安全を確保する。
お前は、合図を待ってから降りてこい」
「はい」
真面目な声のトーンに、彼女も気を引き締め、短く返事をする。それを聞いてから、ヴァンは地上へと―不自然に枯れ果て、荒野となった大地へと降りる。
踏みしめた地面は、しっかりと固まっており、歩く分には問題なさそうだ。また、地面を掴み、それを解しながら異常がないか確認するも、特に指先に刺激感や違和感はない。
問題ないことを確認してから、上空で待機しているコハクに合図を送って降りてくるように伝える。
その間もなく、降りてきた彼女に指示をした。
「魔女として、この場所に魔力を感じるか?」
「―特に、何も感じませんね」
徐々に荒れ地が広がっている訳ではなく、穴を開けるようにポッカリと空いたこの異常。自然から発生したとは考えにくく、作為的―真っ先に魔女の実験を考えたが、何か魔法を使えば、残っているであろう魔力の残滓。その痕跡は残っていない。単純に時間が経過して、魔力の残滓すら残っていないという可能性もあるが、枯れた木は生きていたようで、表皮を裂くように生えている新芽が、この変化が終わって時間が経過していないことを示している。
魔女以外で、これほどに規模の大きい工作を出来るとすると―考えたくはないが、もう1つの候補が頭に浮かぶ。
「竜、か」
件の獲物は、竜の住処と同時に見つけられることがある。確率は高くないものの、まさか本当に竜までいる可能性が出てきたということは、あまり良い情報ではない。
そこまで遠くない位置に村があり、下手に刺激すればそこに被害が出る。とはいえ、今まで何の被害を出していない竜であれば、こちらに危害を加えてこない可能性も大いにある。
いつでも処理できる擬似竜程度であれば、急ぐ必要はない。まずは、竜の情報を集め、ここ一帯に住み着いてる可能性のある竜の攻撃性を判断する必要がある。
すぐにその結論に至ったヴァンは、静かに指示をした。
「コハク、この荒野一帯を調べるぞ。何かの痕跡が残ってるかもしれん」
「はい。手分けしますか?」
確かに、手分けしたほうが効率は良くなるだろうが、知識の乏しい彼女が痕跡を発見したとして、考察するのは自分となるだろう。
ヴァンは静かに首を横に振る。
「いや、一緒に捜索しよう。気になるものがあれば、教えてくれ」
そうして、2人で捜索を始めて間もなく、地面に埋まった、手のひらサイズの鱗を見つけた。
「…デカいな」
時間の経過で、勝手に剥がれたものだろう。地面に埋まり、かなり色も褪せていたが、その形は保っており、刃物のような鱗を手に取る。
隣でコハクが興味津々な視線を送ってくるので、観察はほどほどにしてそちらに渡してやると、彼女は真剣な眼差しで鱗を観察する。
「こんなのが、全身に生えてるんですか?」
「こいつは多分規格外のサイズだ。まぁ、普通の竜でもこれより一回り小さいくらいの鱗だな」
ヴァンも見たことないサイズの鱗に、冷静に分析する。それを聞いて、彼女は鱗を返した。
ヴァンはそれを受け取り、彼女の前に突き出す。
「折角、本物の竜の鱗があるんだ。お前の武器が、これに通るかやってみろ」
現実を教えるという意味で、鱗を両手で持って構える。
「でも、俺には当てるなよ?」
一応保険だけかけて彼女の攻撃を待つ。
保険はかけたものの、容赦なく振り回された爪を―鱗はガッチリ受け止めた、訳では無いが、僅かに裂けたのみ。
体から剥がれ、朽ちているはずの鱗でこの強度。現実を教えられ、コハクは驚いたように目を見開く。
「―これが現実だ。竜の鱗ってのは、お前が思ってるよりも遥かに強靭だ。並大抵の武器じゃ通じない鱗を全身に纏った、全長20m超えているだけではなく、飛行能力までも併せ持つ化け物が竜と呼ばれる生き物。それが、竜」
心を折るつもりは一切ない。誤った認識を改めさせるために、現実を教える必要があった。
一応、調査の一環なので鱗はポーチに回収した上で、彼は前を向いて歩き出す。
「お前が殺そうとしている相手は、そういう生き物だ。生半可な覚悟で挑むもんじゃない。
文字通り、本懐を遂げるつもりなら、相討ちになるつもりでやれ。
―話は脱線したが、調査を進めるぞ」
ここでの目的を忘れそうになっていたのを見て、ヴァンは改めて目的を伝え、我に返ったコハクもすぐにその後を着いていった。
―その後もいくつか調査をしていたものの、収穫らしい収穫はあまりない。あるとしても、古くなった鱗や爪の破片、老廃物などの生活の跡だけであり、既に回収してあるものはそれ以上回収することもしなかった。
時間をかけて一通り見て回り、改めて、ヴァンが結論を言う。
「竜がいた可能性は非常に高いが、もうここを離れているか、ここから離れた場所で休眠している可能性が高いな」
結論として、ここに竜が戻ってくる可能性は低いとし、続けて生き残っている枯れ木に近付いていく。そして、彼は爪を当てた後、樹皮を削ぎ落とした。
「何やってるんです?」
「木の表皮ってのも、国の機関では調査してくれるからな。とりあえず、いくつか取っておいて、後で検査に回す」
削いだ樹皮をしまいながら言った後、彼は思い出したように聞いた。
「そういえば、この国で竜の扱いについて、お前はちゃんと知ってるのか?」
「え? そんなのあるんです?」
予想通り、この国の法律に疎い彼女に対し、いくつかの樹皮を削ぎつつ説明する。
「この国での竜ってのは、勝手に戦闘を挑んじゃいけない生き物って扱いになってる。それも当然で、下手に刺激して怒らせてしまった場合、その当人だけじゃなく、近隣に対して大きな被害が出る。
だから、竜への関与をする場合は、基本的に近隣の村への避難勧告、それに火事場泥棒する不届き者たちを懲罰したり、竜に感化されて襲いかかってくる獣たちの対処のため、国の防衛機関を招集する必要がある」
そう言われれば当然の事であり、ヴァンはそれを踏まえたうえで続ける。
「だから、この国には"竜狩り"と"色付きの竜狩り"の2種類に分かれるんだ。
国から、竜の討伐を認められた戦士を竜狩りと呼んで、更に実際に竜を討伐、もしくはそれに相当する活躍をした戦士に、名誉として国王から色を与えられる。
だからといって、色付きの竜狩りが必ずしも普通の竜狩りよりも優れてるって訳でもなくて、竜狩りって名前を与えられた時点で、国からも竜へと挑む権利が与えられてるわけだし、十分尊敬に値することだからな。色を持たないのは、討伐対象になる竜と遭遇しないだけで、今の色付きよりも戦える竜狩りだってごまんといる」
「…竜って、全部討伐しないんですか?」
故郷を燃やされただけあって、竜への憎悪や偏見も強いのだろう。絶対の悪として認識している彼女の言葉に、ヴァンは苦笑する。
「…竜を憎む気持ちはよく分かるがな。竜ってのは、基本的に静かに暮らしてる事が多いんだ。他所―特に、人里に危害を加えてくる、いわゆる悪竜ってのは滅多にいない。だから、竜を狩る必要があるってのは、よっぽどの事がないと起きない。
―よく考えりゃ分かるが、下手に刺激して、失敗したらどうなると思う?」
「…………、」
ヴァンの言葉に、思い出したくもない記憶が刺激されたのか、渋い顔をしているコハクに向け、彼はそうだろ? と続ける。
「共生、とまではいかないが、俺らはうまく付き合っていかないとなんだよ。無闇やたらにケンカを売り続けて、生きていけるわけがないんだから、その辺うまく立ち回る感覚は必要なんだ。…まぁ、納得はいかないが、理解は出来るだろ?」
ヴァンの言葉に、彼女は渋々、と言いたそうに頷く。
「まぁ、納得は俺もできねぇよ。でも、"そういうもの"だからな。さっきも言ったことを思い出せ。その、来るときべき時が来るまでは、その刃を研ぎ続けるしかない」
「……、はい」
ヴァンの言葉に、無理矢理納得させた彼女は、顔を上げて前を向く。
「今は、色々教えてください。戦い方も、生き方も」
はっきり伝えてきた彼女に、彼は笑った。
「戦い方は俺のを参考にしていいと思うが、生き方はやめとけ。俺の生き方は色々辛くなるぞ?」
「…?」
彼の一面しか知らないからこその言葉に、ヴァンは乾いた笑いと共に答え、空を見上げる。
「さて、まだ日も高い。合流する前、擬似竜を見付けたんだ。合流もしたし、何処かに行く前に戻ろうか」
「…えっ? 見つけてたんですか?」
ヴァンの言葉に彼女は驚いたように聞き返すと、当たり前のように答える。
「まぁ、な。別に俺の目的は、ヤツを狩ることよりも、お前への教育の方が優先度が高いからな。とりあえず放置していた。
なに、大体の位置は分かってるから、次からの捜査はそこに集中すればいい」
ヴァンはそれだけ言って、懐中時計を取り出して時間を確認する。
「時間には余裕があるが、一旦戻ろうか。竜の痕跡が見つかったからには、手続きも進めていたほうがいいだろうしな」
「…ということは、王都に戻ります?」
村ではなく、王都に帰還するという意味で問題ないか聞き直す。それにヴァンも頷いて、コンパスを取り出した。
「そうだな。帰り道は…こっちか」
すぐに帰りの方角を確認し、ヴァンは身構える。
「じゃあ、また飛ぶぞ。魔力ものこっているだろう?」
「え、もう行くんですか?」
「当たり前だろう。魔力での飛翔も、1日くらいはぶっ続けで飛べるくらいには鍛えておかないと、実際の戦闘にはついて行けんぞ」
多少休んで入るものの、未だに元気に飛び回っているヴァンに置いていかれないよう、彼女も魔力を使い切るくらいの覚悟で飛び始めた。
「――つ、疲れた…」
村まで帰還した頃には、コハクも疲れ切っていて、その場で座り込んだのを見て、ヴァンは近寄ってきて彼女に手を伸ばした。
「初日の割には、よく頑張ったな。少し立つくらいなら出来るだろ?」
魔力もほとんど使い切り、疲れ切ってはいるものの、立つくらいは出来る。ヴァンの手を借りながら立ち上がると、彼は流れるような動作で腰に手を回し、お姫様抱っこで抱え上げる。
「えぇ…!? ちょっと、降ろしてくださいよ!」
「ふらふらのくせに何言ってるんだ。大人しくしてろ」
ヴァンはきっぱりと告げ、周囲の視線も全く気にせず、歩いていく。周囲からの視線は感じるものの、ヴァンが一切気に留めていないのを見ていたら、下手に暴れるのもみっともない気がして、大人しく身を委ねることにした。
「良い子だ」
大人しくなったコハクに優しく語りかけ、2人は転送石のある役場に向かう。
「―おや、もう帰ってきたのか」
役場に入ると、まだ日も高いので事務作業をしていた長がこちらに気が付いた。
「ちょっと気になるものを見つけてな。一旦、王都の研究機関に調べてもらおうと思っていた」
はっきりと戻ってきた理由を告げると、彼は顎の髭を撫でる。
「ふむ、悪い予感が当たりそうか?」
「それを調べるために、戻る感じだな」
擬似竜も十分に脅威だが、それ以上に竜が見つかったとなれば比べ物にならない被害となる。長も十分それを承知しているのか、仕方ないか、と続けた。
「分かった。仕事の優先順位はお前に任せる。ただ、本来の目的だけはちゃんと済ませておいてくれよ」
「助かる。それほどかからず戻ると思うが、できる限り件の山には近付かないようにしてくれ」
「分かってる。村の者にも伝えておこう」
協力的な長に向けて、ヴァンが国の代わりに頭を下げる。
「迷惑をかけるな」
「大事なのは、生き残ること。そうだろう? 竜狩りさんよ」
ニヤリと笑いながらそう言われ、ヴァンも小さく笑った。
「まったくその通りだ。―改めて、近々結果も確認して戻ってくる」
―長との話も終え、2人が転送室に入っていった後、改めて長は不思議そうに呟いた。
「…なんで、アイツらイチャついてたんだ?」
ツッコまないようにはしていたが、コハクがずっと抱えられていたことについて、静かに呟いた。




