第4節 1
出発当日になるまでの残り2日。ヴァンとコハクの2人は基本的に2人で行動しており、仕事に必要な物資や、情報の共有を行っていた。
『―傭兵組合は、基本的に出入りへの縛りは特にしていないわよ。名簿への登録くらいでしか管理していない人も多いし、新人なら尚更ね』
コハクが魔女協会への移籍について話をした後。一応気になったので、傭兵組合で直接受付のウルリッヒに聞いてみたが、そのような答えが返ってきた。
そして、魔女協会側としても新たな魔女の移籍は歓迎しており、特に手続き上は問題ないと話があったこともあり、コハクは早速移籍しようとしたが、そこは今受けている仕事を終わらせてから、とどちらからも言われている。
それであれば、尚更この未熟な竜狩りを今回の仕事に直接参加させるには危険すぎるので、参加に当たって、余計なことはしないようにと、しっかり釘を刺している。
―そうして、当日がやってきた。
相手は擬似竜程度なので、ヴァンもそこまで本気では準備はするつもりがなかったが、今回はお手本として見せる必要がある。だからこそ、彼はきちんと準備をして、いつもの兜に、最低限肌を隠すようにしたシャツ、竜狩りの爪と角を装備し、右手には4つの指輪を全て填めている。腰に巻いたポーチにも、対竜用の道具をいくつか用意し、一切の手抜きなく、戦闘の準備をして、集合場所に向かうことにした。
王都の公共施設でもある転送室に着くと、まだコハクは来ていなかったようだ。
予定時間より少し早めに来ていたが、それはそれで都合がいい。待合のベンチに座って、目を閉じたまま今回の相方を待っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ、ヴァン兄」
「…ルナか」
その声と呼び方で誰か分かり、目を開けると、革鎧を装備したルナがこちらに近付いていていた。
「どうした? お前も遠征か?」
多少仕事も慣れてきたので、遠征任務も誰かとペアを組んでやってみろ、とは言っていたので、特に疑問に感じることなく聞くと、彼は頷いた。
「そんなところ。まぁ、こっちも早めに来たからまだ相方来てないんだけどね」
「まぁ、基本的にこっちが下出に出るんだろうし、遅れるよりかはマシだな」
「そうだね。ヴァン兄も人待ち?」
純粋な質問に、ヴァンも頷く。
「そんなところだ。下手したら、何日か戻らないと思うから、困ったら適当なやつを頼ってくれ」
立場上はルナの監督でもあるので、きっちり今後の予定について伝えておくと、彼は親指を立てて頷いた。
「大丈夫だよ。信頼できる人に着いてきてもらってる」
それを聞いて、彼は安心したように小さく笑うも、兜で隠した顔は見えない。それを気取られないように、彼は普段通りを装いつつ、再び目を閉じる。
「それなら良かった。…ところで、誰が付いてきてくれるんだ?」
「…え!? まぁ、悪い人じゃないよ」
魔女協会にいる人材は、ヴァンだけではない。彼も優秀と認める戦士たちは何人もいるし、安心材料の為に聞いたのだが、歯切れの悪い答えが返ってきた。
「俺の知らない連中か?」
彼も魔女協会の人員全員を知っているわけではない。ただ有名な面子は大体知っているからこそ、その答えに違和感を感じた。
念のため聞き直すと、彼は少しバツの悪いような顔をしたところで―聞き覚えのある声が聞こえた。
「ルナくんお待た――あ」
「…ほう?」
元気よく彼の名前を呼んだ、待ち合わせの相手―スピネの顔を見つけ、ヴァンは兜の下で目を細めた。
「え、何でヴァンがここいるの?」
「仕事の待ち合わせだからな」
明らかに気まずそうに聞いてきたスピネに向け、彼は淡々と答える。それを聞いて、物凄く申し訳なさそうに続けて聞いた。
「…えっと、怒ってる?」
「別に、仕事なら好きにすれば良いんじゃないのか?」
確かに性癖に関して言えば、信用ならない女ではあるが、魔女協会所属の魔女としては、彼も彼女のことを信用していないわけではない。何かあった時でも、彼女であればルナを守ってくれるという信頼感もある。
それを言うことはないが、問題はないと伝えると、何かを感じ取ったスピネは胸を張って答える。
「心配及ばずとも! 補給以外では、ルナくんをつまみ食いするほど飢えてないからね!
これでも魔女協会の教官! そんな…可愛い子を前に我慢できない程子どもじゃないさ!」
「当たり前のように手を出す前提で話進めてるけど、まず子どもに手を出してる時点で大人としては終わってるからな?」
自信満々に宣言しているが、ド正論で返しておく。彼女は悔しそうに歯ぎしりする。
「ぐぬぬ…」
「…無駄話もこのくらいでいいだろう。お前たちも仕事なんだろ?」
余計な話をしている内に、日も昇り始め、人の出入りも増えてきていた。それを察知したヴァンが話を彼女たちも壁掛け時計を見て、時間を確認する。
「それもそうだね。じゃ、ルナくん、行くよ」
あっさりと切り替え、スピネが手を差し出す。ルナも少し困惑しながらもそれを掴み、立ち上がった。そのまま、転送室へと消えていく背中を見送っていた所で、意識の外から声をかけられる。
「先生! 待ちましたか?」
元気よく彼を呼ぶ。その一方で、先生、と呼ばれたヴァンは少し嫌そうに彼女が近づいてくるのを待っていた。
「…なぁ、その呼び方なんとかならないのか?」
―この3日、想像以上に何も知らない彼女に手取り足取り色々教えてやっていたところ、唐突にそう呼ばれるようになってしまった。どこか痒くなるような呼び方に苦言を呈するも、それは受け入れられない。
「いや、色々教えてもらってますし…それはもう先生でしょう?」
「…まぁ、それはそうなんだがな」
そう言われるとその通りなのだが、自分の不慣れな呼び方と言うだけで、相手の意見を変えさせるというのは、ヴァンとしても少し抵抗がある。相手が魔女となれば、尚更であり、彼は嫌そうにしながらもそれを受け入れた。
「…まぁ、好きにしろ。
それで早速移動するが、俺の言ったこと、ちゃんと覚えているな?」
転送室の利用する列に並びながらもう一度確認すると、彼女は少し考えてから答えた。
「今回の討伐で、余計なことはしない。遠くから、見て学べ、でしたよね?」
「良い子だ」
きちんと事前に伝えていた約束も覚えていたようで、素直に褒める。
そして、列も進んでいき、転送室に着く前に、思い出したようにポーチから手のひらサイズの、細長い形をした、透明な石を取り出して渡した。
「そういえば、念のため、これも渡しておく」
「…これは?」
見慣れない魔道具に聞く。すると、彼はあまり大きな声で言いたくないが、と答えた。
「魔女協会に直接飛べる魔法石だ。ただし、回数は1回きり。使わないに越したことはないが、本当に危ない時に使え」
コハクはそれを聞いて、ほえー、とよく分かってない声出すが、彼は釘を刺しておいた。
「その魔法石、本当にとんでもない値段するからな。それこそ、今回の報酬を満額もらっても赤字くらいに」
「えっ…、えっ…!?」
今回の任務自体、それなりの危険度があるので、報酬自体はかなり良い。それでも元を取れないと言われ、流石に彼女も目を丸くする。ただ、ヴァンは勘違いするな、と付け加える。
「それでも、命に比べたら遥かに安い。つまらない所で死ぬくらいなら、迷わず使え」
彼はそれだけ言って、丁度回ってきた転送室の受付に行き先を告げ、コハクも慌てて着いていった。
転送石によって送られたのは、のどかな村。移動の手間を減らすため、石造りの役場の一室を転送室としていたので、そこから出て、ヴァンは早速手続きを始める。
「こんにちわ。傭兵組合、碧の竜狩りからの紹介で来たものです」
普段とは想像がつかない、丁寧な言葉遣いで受付に声をかけると、既に連絡を受けていたエプロン姿の女性は、ちょっと待ってくださいね、と立ち上がって、部屋の奥に消えていく。
しばらく待つと、長らしき、ヒゲを蓄えた屈強な中年の男が出てきて、こちらを確認した。
「話には聞いています。貴方が、金の竜狩りですね?」
見た目とは裏腹にとても丁寧に挨拶し、ヴァンも頷きながら近づき、握手をする。
「えぇ。今回は擬似竜と聞きましたが、話を聞かせてもらっても?」
「そうですね。立ち話もなんだから、部屋の方で話しましょう」
サクサクと話を進め、彼らは長が出てきた奥の部屋に案内される。
中は綺麗に磨かれた石の部屋。執務室と応接間を兼ねているのか、前には木製の机を囲むように椅子が置かれ、奥には執務用の大きな机も置かれていた。
「どうぞ、座って結構です」
長が着席を促し、2人はその言葉に従って席につく。それから長が2人と対面する形で座り、早速話し出した。
「今回の仕事についてですが、貴方がたが聞いている通り、擬似竜の討伐です。
少し前から近隣の山に急に住み着いてしまいまして。それが原因で生態系が荒れてしまっているのと、我々の生活圏でもあるので、その平穏を取り戻していただきたい」
「承知した。それ以外に、注意することは?」
お互い簡単に情報を共有し、ヴァンも注意点を聞くと、彼は思い出したように話した。
「近くにいるとは思えませんが、1年ほど前にこの周辺を大きな竜が通り過ぎたようです。
それ以降、何の音沙汰もないですが、遭遇したときは、くれぐれも刺激しないでいただきたい、くらいですかね」
「……!!」
地図で事前に確認したこの場所は、数週間前に依頼で訪れた、ヴォルガと共謀していた村から更に北に離れた場所。―そして、翼竜を従えていた調教師が黒竜を見たという話と、時期と方角が合致している。
まさか、とは思うが、ヴァンは追求したい気持ちを堪えて、平静を装ったまま頷く。
「…えぇ、気を付けます」
「―1つ、聞きたいんですけど、良いですか?」
隣で大人しくしていたコハクがおずおずと手を挙げる。2人もそれを咎めることなく、無言ではあるものの発言が許された空気を感じ取り、そのまま話し出す。
「その竜が来たのと、今回の獲物がやって来た時期ってのは近いんですか?」
「どうして、そう思ったんだい?」
少し、驚いたように長が聞くと、彼女は少し気まずそうにしながらも、しっかり答えた。
「昔、図鑑で見ただけなんですけど、擬似竜って、竜に擬態した進化しただけじゃなく、竜の生息域に定着しやすいって書いてあったんですよ。
だから、その竜に惹かれて、やってきたのかなって」
「……確かに、そういう習性もあることにはあるな」
ヴァンもそれで思い出したように呟き、提案する。
「調べるだけの価値はありそうだな。
こちらは勝手に調査しておいてもいいか? 仮に居着かれていたら、対象を狩った後でも安心できないだろう?」
ヴァンの提案に長も少し考えたが、拒否する理由もないので頷いた。
「そうだな。それはお願いしてもよろしいかな?
情報次第で、こちらも追加の報酬を支払おう」
「それは助かるな。こちらも気合を入れることにしよう」
思いもよらない答えにヴァンも少し嬉しそうに頷き、手を差し出す。
「では、少し世話になる。いい報告を待っていてくれ」
これもヴァンなりの挨拶と理解した長は、素直にその手を握って頷いた。
「よろしく頼む」




