第3節 幕間 後半
―夢を見た。
それはとても懐かしくて、素敵な思い出。
今の王国が作られるよりも前。数多ある小国、地主たちが自らの支配地を広げるため、争いが絶えない、群雄割拠の時代。
ある領土を治める小国の1つに、オルタは皇后の娘―魔女の継承者として産まれた。
彼女が生まれ持った"権能"は、"感情を奪う"力。使い方を間違わなければ、民草の不満を奪い去り、独裁を敷く事も可能であり、戦場に赴けば、兵士の恐怖を奪い、不屈の軍団を作り上げることも可能。文字通り、"道具"として扱えるならば、時代の覇者になることも可能だっただろう。
しかし、オルタが産まれた世界は、彼女を道具として扱うことはなく、愛妻家の王の下、1人の娘として、2人の子供として愛情を注がれていた。
更に、その国の魔女は1人だけではなく、もう1人いた。
それは、オルタの妹。彼女の母親は、2人分の魔女の力を継承していたのだ。
妹の持った"権能"は、"操り人形"と呼ばれる、不可視の魔力の糸を相手に取り付けることで、対象を自由に動かすことのできる魔法。それは、相手の抵抗が強いほど必要な魔力が増える。ただし、相手に抵抗する"感情"が無ければ、それは簡単に操ることのできる人形となる。
正しく2人の力を扱えば、人を操ることなど容易。―いくらでも国取りもできるが、この国王にそんな野心はなく、平和を愛する人物であった。
ただし、攻め入られてはこの平和も続けられなくなることは大いに理解しており、その為に近隣の大国と防衛保障を結んだり、裏ではこの国に忍び込むスパイを見つけ次第粛清していたりと、表向きも裏向きも、この平和を維持するための取り組みを続けていた。
しかし、情報というものはどうしても止められないものがある。
この国に、魔女がいるという情報がどこからか流出してしまい、この国の立ち位置は大きく変わる。
魔女とは、1人いるだけで1個師団にも匹敵すると言われており、この小国にその魔女がいるとなれば、同盟国から見る目も変わる。
防衛のために同盟を組んでいるはずなのに、魔女を保有しているのならば防衛の必要があるのかと問われ、国王の根回しにも限界が来ていた。
もう顔も思い出せないけれど―あの時、父親に言われた言葉は今でも覚えている。
「―オルタ。本当に、すまない。
この国のため…妹のために、嫁いでくれないか」
そうしてオルタは、"ただ一人の魔女"として、同盟先の王室に嫁ぐこととなった。
納得がいくかと言われると、そんなことはない。オルタも、もっと穏やかに過ごしていたかった。それでも、他国の話は嫌でも耳に入ってくる。自分もいつか、政略のために利用されるとは思っていた。だからこそ、父の頼みも素直に聞き入れ、彼女は大層な送別会をした後、齢13で嫁ぐことになった。
――これで、優しい王子様と結ばれて、幸せに暮らせたなら、どれだけ幸せだったのだろうか。
もう覚めてほしい夢は終わらず、それからの悪夢が思い起こされる。
―思い出したくもない。私は、とても恵まれていたのだと嫌でも思い知らされた。
あの国以外では、魔女は道具であり、政略結婚とは名ばかりで、見てくれだけは真っ当に、奴隷のような日々が待っていた。
魔法を使って、政治的だけではなく、個人的な野心のために幾度となく使わされ、足りなくなった魔力は好き勝手に"補給"された。
幾度となく自決を考えたことだろう。それでも、自分の犠牲で妹や家族が無事に生きていられるならば。人柱になったとしても、生きることだけは諦めないでいた。
そんな事を続け、2年ほど経過した頃。体の違和感を感じるようになった。
そして、それからすぐにその違和感の正体は判明する。
オルタは、妊娠していた。誰の子だろうか、そんな事は分からない。―普通であれば、魔女は、"望まない限り"妊娠することはない。そういう風に出来ているのだが、後ほど黒の竜狩りことオーキスから聞いた話によると、絶望し、自暴自棄になっても起きることがあるらしい。
それはともかく―主人は彼女の妊娠、検査の結果、女の子、つまり次世代の魔女が出来たことを、素直に喜んだ。それもそうだろう。オルタたち、連れてこられた奴隷たちは、こちらへの反逆を考えてもおかしくない扱いをしているのだ。その危険の少ない、都合のいいように教育できる次世代の魔女が産まれる事を喜ばない支配者はいない。それこそ、ファウンテン領のゴルのように、古い時代化は魔女というものは道具として消費され、家畜のように飼い慣らされてもその力を失わず、ずっと時代と共に継承されてきた。
ただ、オルタはほかの魔女と違う道を進むことになってしまった。―その権能のせいで、より悪い悪夢へと。
これも、彼女の権能が"特異"であったため。彼女の権能でもある感情の奪取は、それだけでは終わらない。原理は不明だが、この権能は奪った感情を糧とすることが出来る。そのため、三日三晩、代わる代わる"補給"され続けても、彼女は衰弱することもなく、その身体は劣悪な環境で暮らしていたとは思えないほど、成長していた。
そして、それを主人が知らないわけがない。彼女の特異性は国にも知られてしまい、魔女を研究する機関からの要望で、彼女は売り渡された。
そこでの記憶は、彼女にはあまり残っていない。思い出したくもないのも1つの理由だが、彼女に与えられた数多のストレスで、正気を失っていたのも大きな理由だろう。
記憶には残っていないが、記録には残っている。―例えば、口での栄養補給が必要でないことを証明するために、彼女の口は焼いて塞がれ、二度と開くことは出来なくなっていた。その上で窒息しないように、鼻からの呼吸を増やすという理由で、切り落とされている。再生実験の兼ね合いで、片目を潰されており、その目は再生することはなく、見えないまま。
そして、彼女が最後に行われた実験だけは今も、覚えている。
―それは、腹を裂き、取り出した胎児に移っているであろう、魔女の力の"核"を、母体の子宮ではなく、他の臓器へと移植すること。
魔女の不老、とは違うものの、望むのであれば、遥かな長寿となる神秘に魅入られた人間は、今も昔も少なからずいる。その神秘を解き明かすために、如何なる外法であっても、躊躇わない人種もまた存在する。
その外道たちによって行われた移植は、あろうことか彼女が生存する形で成功してしまった。
彼女の"心臓"に定着した魔女の核は、あらゆる感情を糧にして、再生を続け、生き続ける身体にしてしまう。
元はと言えば、その特異性により、不死に近い身体となってしまった彼女は、軍へと利用されるようになる。
死ぬことは許されず、敵味方問わず、戦場に渦巻く感情を糧に戦い続ける生きた兵器。
その噂を聞いた父親にも、それを止めることは出来ない。生き残るためには余計なことはせず、ただ、己の無力さに悔やむしかないのだ。
そうして、彼女のいた国は新たな都合のいい道具を手にして、この大陸の覇権へと挑む。
――――ただ、この物語はこれで終わらない。
彼の国の覇権を止めるため、ではないが、同じ時代に2人の魔女と共に生き、覇権を望む小国もあった。
それこそ、この国を築き上げた"三英雄"。解放の王、黒の竜狩り、始祖の魔女の3人となる。
とてつもない力を持っていようと、彼らは少数。大国という一方的な暴力に飲み込まれるのが世の定めではあったが、彼らは頭角を出して、目をつけられないように隠れながら、徐々に小国を取り込みながら、大きくなっていく。
その覇道を陰ながら支えたのは、魔女との共生を願い続けていたオルタの父。そして、手を貸す対価として、解放の王には、かつて見捨てるしかなかった娘の救出を約束させた。
その為にも―彼らは彼の大国へと攻め入り、オルタを含めた、隷属する魔女たちの解放を行う。
―歴史という物語に対し、オルタの扱いは変わらない。攻めてくる者たちを傷も顧みずに叩き潰し、物言わぬ肉塊へと変えていく。
その戦場に顔を出したのは、男たちではなく、たった1人の魔女。軽い革の鎧を纏い、頭には鉄製の兜を被っている。身長は150cmほどで、ゆうに170cmを超えるオルタに比べて、遠巻きでも随分と小柄に見える。武器らしきものは身に付けていないものの、その手から漏れる魔力の痕跡から、武器の要らない相手なのだと分かった。
その一方で、オルタの率いる軍勢は総勢800。たった1人で太刀打ち出来る相手ではなく、既に勝ちを確信した兵士たちの、勝利後の"お楽しみ"に期待する感情が流れ込んでくるが、彼女は何も言えない。
――突撃の合図をする前に、生きていた兵士たちの首が、1つ残らず空へと撥ね飛ばされた。
そして、流れ込んでくるのはたった1人の感情。
それは、怒りや憎しみだけではなく、憎くて仕方ない相手を殺した事への歓喜。
「――っはっはっはっはっは!!!」
血の海の中、感極まって笑うのは、いつの間にか背後にいた魔女。
暫し、笑い続けていたが、突然笑いを止め、冷たい声で聞いた。
「ねぇ、君は恨んでるのかな?」
敢えて、主語を欠いた質問。何かと聞かれれば、全て、と答えるのだろう。
答えは返ってこないと分かった上で、彼女はゆっくりと近付いていき、その喉に触れようとするが、それよりも先に、彼女に掛けられていた"呪い"―思考を奪い、"敵を排除する"呪いが起動する。
彼女の手を握りつぶそうとする動きを事前に察知し、彼女は後ろに飛び退き、血の海の中でも器用に足を止める。
「……そっかぁ」
それで何かを察した彼女は、手に溜めていた魔力を消し去る。そして流れ込んでくるのは、ただ憐れみの感情。
「君も、がらんどうかぁ」
―それから、どう戦ったのは彼女の記憶にはない。ただ、操られるまま、目の前の敵の感情を食らいながら戦い続けていたが、その不毛な争いの中で、突然動きが止められた。
それは、"糸"。いつの間にか、全身に纏わりついた、魔力の糸が、彼女の動きを止めた。
――深い、深い底に眠っていた意識が、糸と、それに纏わりついた、懐かしい匂いで呼び起こされていく。
「――、」
焼き付いて、開くことの出来ない口は、音を紡げない。それでも、起こされた意識は、呪いを上書きして、彼女の、オルタの自由を取り戻していった。
様子が変わったのを確認して、彼女は周囲に警戒しながらも落ち着いた声で呟いた。
「……苦労したよ。あの頑固親父から、残った娘を連れ出すのはさ」
戦うことをやめ、弱々しく地面に膝をついた彼女は、こちらへと向かってくる銀色の影に近付く。
その姿が誰か、それを理解した途端、枯れたはずの片目から涙が溢れ始めた。
「……、お帰りなさい」
オルタへと駆け寄ったのは、成長してもなお、かつての面影を残した少女。二度と会えないと思っていた家族―彼女の妹だった。
「――――、」
悪い夢が、覚めた。
彼女、オルタは目を覚まし、悪夢でうなされていたせいか、やたらと重い頭を起こしつつ外していたヴェールを手に取る。
ふと、着ける前に鏡に目がいってしまい―昔から変わらない姿が目に入る。
『―生きるか、死ぬか。決めるのは私じゃない』
全てが終わった後、黒の竜狩りから言われた言葉を思い出す。
実験の結果、彼女の身体は真っ当ではなくなってしまった。際限なく再生を続ける肉体に、魔女の核を心臓へと移されたせいで、次世代の魔女に継承するやり方も不可能だろう。
内面的な問題だけではない。顔だけではなく、移植の際に裂かれた腹や胸、全身に刻まれた傷も、治療することは出来ないと告げられてしまった。
どうやってもこの先、普通の人生は送れない。だからこそ、彼女はどういう選択をするつもりだと聞かれた。
真っ当な人生は送れないからこそ、と―魔法による発声の仕方も教えてもらった彼女は、3人の魔女に告げた。
『この命で、魔女を守りたい。
2度と、私が作り出されないように』
そうして、オルタによる騎士団、"魔女の騎士団"が結成された。
―そうして、遥か昔の傷を隠しながらも、多くの魔女たちが、次世代へと力を継承継承していく姿を見守るために、彼女は生きていく。
準備を終え、部屋から出た時、丁度他の魔女、アイレスたちと出会した。
彼女たちと他愛のない会話をしながら、いつもの仕事をこなしていく。
―この生き方に後悔はない。
何故なら、今も大事な"妹"は、ここで暮らしているのだから。
おまけ
モブ1「なぁ」
モブ2「どうした」
モブ1「ふと気になったんだけど、魔女協会の最強って誰なんだ?」
モブ2「それってそりゃあ…ヴァンじゃねぇのか?」
モブ1「いやでも、シルだってヴァンを何度かボコしてるじゃねぇか」
モブ3「それ言ったらオルタの姉御も相当やり手だぞ。あの人に比べたら他2人はカスや」
モブ1「なんだァ…? てめェ…」
ヴァン「……いや、どうでもいい会話で荒れるなよ」
シル「いや本当にね。ケンカして仲裁するのはこっちなんだよ?」
モブ1「すんません。いやでも、気になるじゃないですか」
ヴァン「いやでも確かに気になるのは分かる」
シル「僕もだけど、最強って響きに魅力あるよねぇ」
モブ2「実際の所、どうなんすか?」
ヴァン「色んな前提によるな。俺とシルだけでも、場所と状況が変わればどっちが勝つか分からない」
シル「そうだね。単純に殺していいって前提だけでも結構変わるし」
モブ3「あれ、もしかしてかなり物騒な話しとります?」
ヴァン「生き残ったほうが勝者って扱いならそうじゃないか?」
シル「そんなもんじゃない? まぁそこまでやっていいなら、僕がタイマン最強だと思うけど」
ヴァン「ゲリラ戦なら負ける気しないんだがなぁ」
シル「逆に混戦になったら、僕ら2人でもオルタには勝てないよね」
モブ1「…もしかして、この議論って大体前提条件がつきます?」
ヴァン「そうだな。得意分野で戦えば絶対に勝てるジャンケンみたいな関係だ」
シル「……いや? そうでもなくない?
よく考えたら他にもう1人いるじゃん、最強」
ヴァン「……、あぁ。そういや、いたな。どの場面でも絶対俺等を殺せるのが」
モブ2「え? そんなヤバい人、ここにいました?」
モブ3「外のケイとかいう商品やないの?」
ヴァン「いや、お前らもう少し考えろ。協会で一番やばいのってあの人しかいないだろ」
モブ1「……あっ、ふーん」
ヴァン&シル『マスターだよ』
プラナ「はっくし!!!
ゔぅ…風邪かしら」




