第3節 幕間 前半
黒鉄の決死団の団長とのタイマンにヴァンが勝ち、ケイと話していた頃。
イニスは気絶した団長を抱え、彼らの泊まる宿に送り届けていた。
夜遅かったものの、まだ起きていた店主に部屋を教えてもらい、上階に取っていた部屋の扉を叩く。
「どちらでしょうか?」
「黒鉄の決死団で良いかね? 君等のところの団長を届けに来た者なんだけど。扉を空けてもらえるかな?」
正直に用件を伝えると、少しバタバタと物音がした後、扉が開き、薄着の少女、かと思いきや、少年が顔を出した。
「あ、どうも。―それで、団長が伸びちゃってるみたいなんですけど、何かありました…?」
目が合った少年は軽く会釈して、彼女の肩に担がれている団長に気がついて、恐る恐る聞いてくる。
「あぁ…別に大したことじゃないんだけど、報酬の件で納得がいかないってクレームをしてきたから、話の流れでそれに応じるかどうか、金の竜狩りと決闘して決めることになって負けた感じだねぇ」
これまでの経緯について、包み隠さずに伝えると、後ろで待機してた、もう1人の女性もそれを聞いていたようで、扉を開けて頭を下げた。
「すみません! ウチの団長がご迷惑をかけたみたいで…!」
「まぁ、それなりにある事だからさ。気にしないでいいよ」
イニスも気にした様子は見せず、人手もあることなので、肩にある荷物について聞いた。
「ところで、この人はそろそろそっちの部屋に寝かせてもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ。
…いや、持たなくていいですか?」
「構わないよぉ」
相手の提案をしれっと断り、彼女は団長を担いだまま、部屋の中に入れてもらった。
そのままベッドに団長を寝かせた後、残りの団員に、小袋を渡す。
「お届けついでに、君らが届けてくれた神の遣いの報酬だ。渡し忘れる前に渡しておこう。
彼にも何度も話したけど、今回渡された獲物の状態が血まみれで、控えめに言っても良い状態じゃないから、それを差し引いた上での報酬になる。それでも文句を言うなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらおうじゃあないか」
「…もしかして、クレームって…?」
「そういう事だね」
イニスはそう言って、面倒そうに続けた。
「今回は特に、推薦先にまで迷惑かけて、こちらとしてもブラックリスト入りも視野に入る案件なんだけどさ。まぁ、そっちの事情も汲み取る必要もあるからね。
―だから、お詫びの品ついでに、良いものを持ってきたんだ」
彼女はそう言って指を鳴らすと、床から闇が集まっていき、棺桶が浮かび上がってくる。
「これは…?」
彼女の転送方法にも疑問はあるが、まず、目の前のことについて聞いてみると、何も言わずに、棺桶を開くと―そこには、死化粧も終え、穏やかな顔で眠る青年―先の任務で攫われた、仲間の姿があった。
「エル、バート…!! どうして…?」
彼らが探しても見つからなかった仲間の姿がここにあり、2人は困惑しつつ聞くと、イニスはそうだねぇ、と答える。
「見つけ方は企業秘密だけどさ。先の野党の拠点を私たちも調べていてね、たまたま状態の良い死体があったから、回収しておいたんだよ。彼の身につけていた遺品らしきものも預かっていたんだけど、君たちに返して良かったか、確認をしておきたくてね」
彼女はそう言って、改めて伝えた。
「今回は全員の賛同を得られている訳じゃないからさ。返しても良ければ、明日、また事務所に来て欲しい。その時に、正式な手続きをした上でこの遺体を返そうじゃあないか。それまでは、大事に保管させてもらうよ」
イニスがそう言うと、2人は嬉しそうに頷いて応え、彼女はやることを済ませたため、閉じた棺桶を再び闇の沼へと沈めていく。
「じゃあ、今日やることは終わらせたから、私は御暇するとしよう。では、良い夜を」
それだけ言って、彼女は部屋から出ていった――
その翌日。話していた通り、希少取引所の事務所に、黒鉄の決死団が3人揃って現れた。全員、遺体の返却を望んでいたため、それに従い、事前に進めていた書類に記名を行ってもらい、正式に譲渡した。
昨日のクレームはどこへとやら、団長もしきりにこちらへと感謝をしており、彼女は特に気にした素振りもなく、3人を送り出した後、後ろに気配を感じた。
「―相変わらず、金にもならないのによくやるよね」
その気配に気付き、背後に立っていたケイに向けて言うと、彼女は笑った。
「そうでもないよ。金で買えない繋がりってのは、割と大事なものさ」
「そういうものかね」
猜疑的に呟くイニスに向け、ケイは外への扉に向かいながら話す。
「まぁ、君には分からない話だろうね。この世界ってのは、思ったより理不尽な感情ってもので動くことも多いんだ。それこそ、その感情が未来を変えることだってある」
「それは、経験した話かい?」
イニスの質問に、彼女はドアノブに手をかけつつ笑った。
「さぁてね。ボクは、また出かけてくるよ」
ばたん、と音を立てて扉は閉じられ、1人、事務所に残ったイニスはバカにするように呟いた。
「そんなもので、変われるなら誰も苦労はしないさ」
場面は変わり、魔女協会。
先日、行方不明になった魔女の遺体がヴァンによって届けられ、協会内の地下で静かに葬儀が行われた。
基本的に自由参加となるが、発見者に理不尽な感情をぶつけることも多々あったため、原則発見者は参加することはなく―ヴァンも、ルナの姿もそこにはなかった。非情かと思われるかもしれないが、生きてる人間の関係性を考慮した末の苦肉の策である。新参のルナには理解はできなかったが、ヴァンが説明し、渋々理解したようだ。
その代わりではないが、協会内で行われる葬儀には、魔女の騎士団の団長でもある、オルタが必ず参加している。
常にヴェールを被り、素顔を見せない彼女の心の内は誰も分からない。ただ、彼女が主導で粛々と行うからこそ、葬儀そのものは、常に何の問題もなく執り行なわれた。
―この国は、基本的に火葬を採用している。その理由はいくつかあるが、土葬の場合、遺体を獣に掘り起こされたり、一部の禁術に利用されるという事件があったためである。
火葬を終え、遺骨は遺族の判断に任されるが―魔女協会に引き取られたり、魔女協会で産まれた魔女も多い。そういう魔女たちは、協会の意向として、骨を粉々にした上で散骨される。
今回、亡くなった魔女も、協会で産まれた魔女であったため、念のため親の了解を取った上で、定例通り散骨された。
葬儀を終え、仕事を完遂させたオルタは、しばらく休憩した後に葬儀場の片付けや掃除に手を付けようと、戻ってきたところで、誰かがまだいたことに気が付いた。
「…あ、」
オルタが戻ってきたのに気付いたのは、1人の少女。見た目は16ほどで、綺麗な銀色の髪を伸ばし、背中に当たるくらいまで伸ばしている。式場の明かりに照らされた金色の瞳は静かにこちらを見ているので、彼女は言葉を伝える。
『―アイレス、もう、式は終わったよ。掃除をするから、部屋に戻ってもらえると助かるな』
アイレス、そう呼ばれた彼女は、オルタの言葉を拒絶する。
「もう少し、居させてくれない?
邪魔はしないからさ」
いるだけで邪魔になるのは間違いないのだが、オルタは強く拒絶できず、ため息混じりに応じた。
『…邪魔をしないでね』
我ながら、甘いとは思いつつ、彼女は黙々と清掃を始めた。
椅子や机の拭き掃除を終えて、掃き掃除を始めようとしたところで、アイレスが聞いた。
「オルタは、何も感じないの?」
『魔女が…あの子が死んでしまったこと、かな?』
手を止めずに聞き返すと、合っていたようで、彼女は手を止める。
―アイレスと、亡くなった彼女は友人であった。遠くから見ていたが、仲も悪くなかったのだろう。だからこそ、2度と会うことも、話すこともできないというのは受け入れ難いという気持ちはよく分かる。ただ、オルタはそれを繰り返しすぎたせいで、"慣れて"しまった。
『私は―、出会いと別れを繰り返しすぎたから。心を揺さぶられることはあるけど、それは一時的だ。―もう、引き摺る事は無いよ』
余計なことを言わないよう、言葉を選びつつ答えると、椅子に座っていた彼女は、足をプラプラさせながら天井を仰ぐ。
「正直さ、あたしもよく分からないの。きっと動揺してるんだろうし、まだ割り切れないんだと思う。
でも、じわじわとそれを実感していくんだと思う」
親しい間柄の死を、簡単に受け入れられる人間というのは少ない。最初は、死に伴う儀式の忙しさに思考を割かれているが、時間と共に現実は牙を剥く。きっと、彼女も現実と向き合うには時間が必要なのだろう。
オルタもそれが分かっていたからこそ、呟くように教えた。
『それでも、時間が解決してくれる。人は、忘れられて、慣れていける生き物だから』
「そういうものかね」
『そういうものよ』
自信を持って答え、それを聞いたアイレスは、何処か楽になったように伸びをした。
「…少し、安心したよ。ありがとね、オルタ」
『――そう、それなら良かった』
アイレスの笑顔に、とても懐かしい顔を思い出し、数秒、思考が止まりかけたオルタは、慌てて、それでも落ち着いた様子で返すと、彼女は少し違和感を覚えたものの、追求することはなくそのまま立ち上がった。
「じゃあ、あたしはもう行くね。また、何かあったら相談させて」
『えぇ、いつでもどうぞ』
話も終えて、部屋を出ていったアイレスを見送った後、彼女は珍しく嫌そうなため息をついた。
(……はぁ、久々だね。あの子たちに、面影を重ねるのは)
それは、思い出したくもない記憶。しかし、絶対に忘れてはいけない記憶でもある。
(…精神安定の香、貰っていこうかな)
こういう"予兆"があった時は、大抵の場合悪夢を見る。それを見越した上で、彼女は掃除用具を片付けながら医務室に向かっていった。
おまけ
ルナ「そういえば、なんでレルベアの店って従業員がいないんだ?」
ヴァン「あいつの趣味だ」
ルナ「忙しくて気持ちよくなっちゃうタイプか?」
ヴァン「いや、あいつも筋金入りの異常性愛者(精一杯の配慮)だから、好みの相手以外と働きたくないって意味だ」
ルナ「えぇ……(困惑)
でも、俺は普通に働けたじゃん」
ヴァン「だからお前はアイツの嗜好対象だからだよ」
ルナ「えっなにそれは(ドン引き)」
ヴァン「俺も人のことは言えないが、シャバルガン出身の奴は、誰のせいか知らんが、大人への恐怖心が強くなってる奴が一定数いてな。あいつはその極端な例だし、それのせいで男女関わらずアイツの基準未満の歳なら全員範囲内だ」
ルナ「あれ、もしかして俺大分危ない橋渡ってた?」
ヴァン「そうだぞ」
ルナ「次からあの店行くのやめようかな」
ヴァン「大丈夫だ、無理矢理とかはアイツの趣味じゃないから」
ルナ「いやそう言う意味じゃなくて。というか、あのナリで未だに独り身なのも」
ヴァン「勘が良いな。大体終わり散らかしてる性癖のせいだ。
それでも一応、あいつも理性は働くからな。子供に手を出すことはまずないから安心しろ」
ルナ「…なんか、本を正せば師匠が原因だったって思うと、誰もシャバルガンに帰りたがらない理由も分かった気がするよ」
ヴァン「分かってくれたか。じゃあ、今日はレルベアの店に行くか」
ルナ「今の話からそこに辿り着く理由はなんだよ」
ヴァン「面白いから?」
ルナ「ヴァン兄さぁ…」




