第3節 21
渋々、という形ではあるが、コハクへの協力を了承したヴァン。
マダムは安堵のため息を吐き、ヴァンが話を続ける。
「協力はするが、具体的には何をすればいい?
こんな所まで呼び出しておいて、それだけではないだろう?」
彼女も、ただ、協力するという言質を取るだけにヴァンを呼び出したわけではない。ヴァンの質問を受け、思い出したように伝えた。
「順序が逆になったわね。
今回、貴方を呼んだ一番の理由は、仕事を任せたいからなの。―擬似竜の討伐よ」
「……、」
ヴァンは即答しない。まるで、マダムの言葉を待っているように。
擬似竜。絶対強者である竜の姿を模倣することで、天敵たちや縄張り争いを有利に立ちまわれるように進化した個体。擬似、とは言われているものの、進化の結果、ブレスや飛翔能力も獲得しており、小型の竜と呼ぶにふさわしい危険な生物。
確かに危険な生き物ではあるが、色付きの竜狩りが出るほどの相手ではない。色付きではなくとも、竜狩りの称号を得た者でも十分対処可能な相手。だというのに、ヴァンに依頼を飛ばすのは、理由があるだろうということで、判断するにはそれを聞いてからで良い、ということだ。
黙って言葉の続きを待っていると、彼女は困ったように言った。
「……悪いけど、コハクの訓練以上に、理由はないわ。貴方とコハク、2人でその小竜を狩ってほしい。それだけよ」
「……本当に、それだけか?」
あまりにも意外な答えに、彼は本当に困惑気味に聞き返すと、無情にも答えた。
「それだけよ」
「本当は、竜の潜伏が確認されてるとか?」
「いえ、まったく」
「…………、そうか」
要は、彼女にヴァンの"竜狩り"を教えてほしい、そういうことなのだろう。先ほど、面倒見ると言った手前、無下に断るわけにはいかないが、自分の技術も見世物ではない。念のため、確認で言った。
「……やるのは良いが、俺は古臭いやり方しか知らないぞ?」
古臭い、建国以来から伝わる竜狩り―"角"の"爪"を使った、搦手なしの正攻法。それを伝えるも、意外な答えが返ってきた。
「むしろ、それだから貴方に頼んでいるのよ。
この子も、貴方と同じ。爪と、角を使った狩りしか知らない。―ほら、見せてあげて」
「はい」
想定外の答えが返ってきて、コハクはマダムに促されるまま、己の得物をテーブルに置くと、ヴァンの使う武器とよく似た、巻き取り式のリールを取り付けた角と、鉤爪が確認できた。
「――空を駆けたり、リールを巻き取るための権能は?」
言葉を失いかけるが、思考をしっかりと回し、確認すべきことを確認する。
「勿論。速さにも自信があります。なんなら、確認しますか?」
自信たっぷりに返す彼女。彼女の能力を確認するための理由にはなりそうだが、ヴァンは一旦断った。
「いや、それはあとで確認する。…だから俺というのは分かったが、俺は、魔女じゃない。
力の使い方を教えることはできないし、竜との戦い方をはっきり教えられるほど、狩り慣れてる訳じゃない。必然的に、見て覚えてもらうが、それでもいいか?」
今更といえば今更だが、ヴァンは魔女の力を借りてはいるものの、男性であり魔女当人の力の使い方は分からない。ましてや、体重も膂力も違う相手に合わせた戦い方を教えられるほどの経験もない。
あまり期待はしすぎるな、と伝えるも、彼女は頷いた。
「えぇ、それも承知の上です」
「そうか…」
流石にヴァンも悩ましいと言いたそうに答えたところで、マダムが何処からか契約書を取り出した。
「集合は3日後。準備期間もあるから、一旦2人で予定について組み立てておいてちょうだい。
契約自体はこっちでやって大丈夫かしら? 報酬はきちんと魔女協会を通じて渡しておくわよ」
「そうだな、契約書の写しだけあとでくれ」
契約についての話もして、残っている飲み物を飲み干し、コハクに伝えた。
「長居は不要だろう。少し、外で話をしようか」
「あ、はい」
ヴァンとしても、ここの居心地が良いわけではない。もう少し話しやすい場所に移りたいため、そう提案すると、彼女は特に文句と言わず応じてくれた。
場所を移し、傭兵組合に併設している食堂まで向かい、2人分の飲み物を注文して席に着いたところで聞いた。
「―まあ、ここならいいだろう。
早速、仕事の話になるが、こういう大型生物との戦闘経験は?」
一緒に行動するならば、必要最低限の情報のすり合わせをしておかないと、いざ戦闘となった時に問題が生じる。真面目なトーンで聞くと、彼女は首を横に振る。
「現実では初めて、ですね」
「現実では?」
聞き慣れない単語を聞き、聞き返すと、素直に答えてくれた。
「魔女協会からの共有品ですが、今、イメージした相手と戦えるサービスをやってるんですよ。
それで、何度か訓練としてやったくらいです」
「そんなのあったのか?」
魔女協会に所属しているものの、初耳のサービスに聞き返すと、彼女は苦笑した。
「えぇ。もしかして、知りませんでした?」
「あぁ、初耳だ。まぁいい、一応、それで何度か経験自体はしてるんだな?」
「現実でどう動けるかまで、自信を持って言えるわけじゃないですけどね」
どうでも良い話は一旦置いておき、少なくとも経験があるということであれば、最低限の確認をしておけば、ある程度動けるだろうと判断した。
「それなら、明日、動きの確認をしたい。朝から集まる方向でいいか?」
「はい。明日は、貴方も準備をしているんです?」
コハクの確認に、彼は紅茶を啜りながら答える。
「そうだな。ただ、俺の教え方は師匠…黒の竜狩りから教わったやり方しか知らん。優しくは教えられんから覚悟はしておいてくれ」
「……、はい」
黒の竜狩りのやり方。具体的な訓練の内容についてははっきり言わないものの、声のトーンから、生半可な内容ではないだろう。それを覚悟した上で彼女が頷いたのを確認したところで、当然のように聞いた。
「それと確認なんだが、魔力の補充は十分なのか?」
「…………、それ、答えないといけませんか?」
魔力の補給、詰まるところ、男女の営みについて確認されると、彼女は慣れていないのか、少し恥ずかしそうに赤面しつつ聞き返すが、ヴァンは一切下心を感じさせない口調で答えた。
「必要なことだろう。お前のように戦う魔女なら特に、な。魔力を保管してる魔道具を持ってるなら別だが、肝心な時に魔力切れを起こしたら生死に関わる話だ。
それとも、そんな覚悟もないのに、お前は竜を狩ると言ったのか?」
確かに、貞操観念というものは重要ではあるが、そんなものに縛られた結果、躊躇したことで命を落としてしまうというのは愚かとしか言いようがない。
当然、男女でその認識の違いはあるだろうが、敵は人間ではなく、竜なのだ。その認識の違いが生死を分けるとは言い難い。無情に言い放つと、彼女は観念したように、ヴァンを見てきた。
その視線を理解し、彼はため息混じりに答えた。
「まぁ、構わん。まだ日も高いし、いつでも付き合ってやれるが、夜になるなら、先に協会側にも伝えておかないとだからな。
暇な時間を伝えてくれ」
ヴァンも、魔女相手の魔力補給なら何度も行ってきている。別に今更臆することもないし、媚を売る必要のない、協会以外の魔女であってもそれは変わらない。明日の天気を話すくらいに簡単に応じてくれたヴァンに困惑しつつ、彼女は真面目に考え始めた。
「それなら…この後時間ありますか?」
「別に構わないぞ」
――やる事を済ませ、夜。ヴァンの自室。
「……、」
テーブルを用意し、報告書を書きながら、彼は軽く伸びをした。
「さーて、思いもよらない容疑者が増えたな」
彼はそう言いながら、個別の報告書の続きを書いていく。
『―先日、"教官"から提供された情報を基に、傭兵組合にも情報収集を行っていたが、件の"魔女狩り"は、継承して魔女と成った者の可能性がある。
特に、此度の任務で救助した魔女、クリムは、証拠こそないものの、今後の動向に注視する必要がある者と感じた。あくまで容疑の段階であるため、確実な証拠が揃うまで、過度な接触や、魔女協会からの介入はしないようにとここに報告しておく。
それだけではなく、本日、コハクと名乗る魔女と知り合った。
この魔女は精神的には幼く、凶暴性は認められないものの、竜に執着する点、本人も故郷を失った際に魔女の力を継承してしまったことは、容疑をかけるに値してしまう。交流はしてみたものの、魔女への憎悪もなく、一見無害そうに見えた。しかし、それは本性を隠す仮面であるという可能性もある。
碧の竜狩りとの密約もあり、しばらく近くに置いて師事することとなってしまったため、経過については後日報告するととする。』
そこまで一息に書き、彼はペンを置く。
「今のところ、容疑者は何人かいる。ただ、それを確定するまで不用意な真似は出来ない。
相手は罪状があっても、魔女には変わらん。ただの野盗か何かなら、手早く終わるんだがな…」
"魔女狩り"。それに当たる容疑者は何人か絞っていて、定期的に接触も図っているが、ヴァンの普段の仕事だけではなく、今は子守りまで増えてしまったこともあり、なかなか状況に進展がない。
容疑者も魔女である可能性が高いということから、仮に冤罪であった場合、今後の付き合いに支障が出るということもあって、攻めた調査が出来ていないのも大きい。
「片手間に進めてくれ、とは言われるがなぁ。犠牲者が出てるなら、そこまで悠長にしていられないだろう」
ヴァンの本来の目的は黒龍の討伐。それがあるからこそ、協会側もそこまで強く解決するように働きかけていないということも分かりはするが、彼の言う通り、被害者が出ている以上、早急に解決するべき問題ではある。
一応報告書もこれで大体完成したので、彼は一度推敲して、間違いがないことを確認してから、マスターの元へと報告に向かう。
「―ん? オルタ、珍しいな」
廊下を歩いていると、遠くから見てもすぐ分かる大きな白い影―オルタの姿を見つけ、声をかけると、相変わらずヴェールで顔を隠した彼女がこちらを向く。発声はできないので、立ち止まった彼女に追いついたあと、迷わず手を握って思考を繋げた。
『あぁ、ヴァン。ちょっと、あの子の様子を見に行っててね』
「なるほどな。俺も顔は出してないが、相変わらずだったか?」
『…そう、ね。特に変わりはなかったわ』
歯切れの悪い答えに、彼もすぐに違和感に気付く。
「何かあったのか?」
思考を繋げていれば、こちらの隠し事もないようなものだ。ヴァンは遠慮なく聞いてみると、彼女も少し悩んだが、素直に答えてくれた。
『この前、死んじゃった子が、友達だったみたいなのよね』
「……そうか」
余計なことをせずに、すぐに向かえば間に合ったかもしれない命。ヴァンも改めてその事を思い知らされ、心の中で悔やむも、失った命は返らない。
『…分かってるよ。ヴァンは、成す事をやってる。それでも、絶対良い結果になるとは限らないのも、嫌になるほど知ってるから』
「そう、だな」
この長寿の魔女は、この魔女協会の中で、誰よりも戦場を掻い潜ってきている。その経験があるからこそ、その言葉が出てくるのだろう。
だからこそ、彼女は前を向く。
『必要なのは、悔やむだけじゃなく、きちんと進むこと。そうでしょ?』
「…そうだな」
後悔しても気分が晴れるだけだ。失敗だとはっきり思ったのであれば、次に活かす。そうでなければ、失われた命も報われない。
2人は改めて決意を新たにして、前を向く。そして、各々用事は異なるため、そこで話を終えて別れることにした。
「じゃあな、また何かあったら声かけてくれ」
『そうね。そっちも、頑張って』




