第3節 20
―それから、一週間が過ぎた。
ヴァンとルナは各々の仕事をこなしつつ、時には一緒に仕事をこなしたりしていた。
魔女協会に流れてくる依頼も多岐にわたる。単純に荷物持ちや人手を求める労働から、採取のために山へ入るため、獣や野盗からの護衛、場合によっては害獣駆除そのものの依頼もあった。
ヴァンと一緒に仕事をこなしていきながら、ルナはその所作や言動をよく見ていた。その中で生まれた疑問を、食堂の一角を借りて、夜食を作っているヴァンに投げかけた。
「―ヴァン兄って、誰にでも平等だよね」
「…突然どうした?」
狩猟の仕事で、分けてもらった獣肉の臭み抜きのため、赤ワインで煮込んでいたヴァンは突然の質問に驚く。
「いや、そう思ったから聞いただけなんだけどさ」
素直な問いかけに、彼は肉の状態を確認しながら答える。
「まぁ、誰が依頼主でも俺は対応は変えてないな。金持ちだろうが、貧乏だろうが、しっかり金を払って俺を雇ったんだ。それに優劣つけるつもりはない」
「だからって、報酬に文句を言わないのはおかしくないの?」
―必ずしも、依頼人が十分な金銭を持っているとは限らない。時には、依頼人が踏み倒しを頼むこともあったし、現に今日の仕事でもあった。
それについて、彼は少し不本意そうに答える。
「文句は言ってるだろ。その代わりに、肉とか皮を貰ったんじゃないか」
今調理している肉こそ、足りない報酬の補填としてもらった分―ではあるのだが、元々提示されていた金額に換算すると、損をしているのではないかと思ってしまう。それについて、彼はふむ、と空いた手を顎に当てる。
「考え方の違いだろう。世の中、金も大事だが、それ以上に大事なものもある。今回の仕事は、それをよく知れるんじゃないか?」
「それは?」
言っている意図が分からないと言いたそうに聞き返すと、彼はしばらく肉は放置してよさそうと判断し、水で洗っておいた野菜を切り始めながら答える。
「それは、"恩"と"繋がり"だ。確かに、今回はあまりよい報酬ではなかったが、相手はこちらを融通を利かせてくれると思ってくれたはずだ。そうすれば、また次、こちらへと仕事を回すきっかけになる」
「つまり、目先じゃなくて将来性まで見て動けってこと?」
ルナの要約に、彼は頷いた。
「よく分かってるじゃないか。どう足掻いても、この仕事は人と人が繋がる仕事だ。その繋がりを維持できれば、結果的にこちらにも利となることがあるかもしれない。
少し打算的に見えるが、目先の利益だけを追いかけるのも悪くはないが、長く勤めるつもりなら、将来も見据えて動くといいぞ」
そこまで話してから、彼はフライパンに油を注ぎつつ、揚げ物の準備をしつつ続けた。
「ただ、注意するのは、値切りをしてくるやつには本当にギリギリでやってる奴と、あわよくば、とやる連中がいる。前者はまぁいいんだが、後者は悪い前例となる。その辺の見極めが出来ない間は、きっちり取るものは取ったほうがいいぞ。契約書はあるんだから、こっちに義はあるからな」
ヴァンがそう言うも、彼としては釈然としないものがあった。
「でも、契約にあった報酬を払えないってのはどうなの?」
「まぁ、あまり良いことではないが、元手がないが、人手があれば元手を作れるって奴らはそれなりにいる。
どうしても欲しければ、多少額面を詐称する奴は出てくるし、そういうのを咎めていたらキリがないからな。それで、色々もらえたのだから、今回はそれでいいだろう」
ヴァンは諦めたようにははは、と笑い、ルナは少し不満そうに膨れ面で突っ伏す。
「そんなものなの?」
「そんなものだ」
そんな話をしている間に、もらった山菜の天ぷらが揚がり、ついでに獣肉の煮込みもそれなりに柔らかくなったので、火を通すため、強火にして鍋に蓋をする。
しれっと炭酸水と塩を用意し、ルナの座るテーブルの前に揚げたての山菜の天ぷらを並べる。
「肉もあとは一通り火を通したら完成だ。それまで、これでもつまんでいるか」
ヴァンに促されるまま、サクサクに揚がった天ぷらに塩を振って、口に放り込むと、コリコリとした食感、ほのかなえぐみと塩気がマッチして、ルナは目を輝かせる。
「……美味いね、これ」
「そうだろう?」
炭酸水を飲みながら、彼は嬉しそうに言い、ちびちびと食べていく。
雑談しながら天ぷらを食べ終わる頃には、獣肉の赤ワイン煮込みが完成していた。皿に分けたあと、パンとチーズも追加で用意し、ご馳走を前に、2人は手を合わせた。
「「いただきます」」
夜食と言うには、少し重たい食事だったが、2人は楽しみながら食べ進めていった。
そして翌日。事前に碧の竜狩りから呼び出しの連絡を受けており、少し前、彼女と直接契約を結んだバーの扉を開けた。
昼間だというのに、バーにいた客たちは一斉にこちらを向くが、相手がヴァン、金の竜狩りであることを確認した途端、興味を失ってお互いの会話に戻っていく。
ヴァンも特に気にせず、入り口からすぐのところにあるカウンターで仕事をしていた老人、紺色の竜狩りに声をかける。
「紺色の、こんにちわ。マダムに呼ばれて来たんだが」
その声を聞いて、紺色はこちらに気が付き、ヴァンの顔を確認してから答えた。
「あぁ、金色の。そうか、もうそんな時間か。
マダムは上で待っているから、向かって構わないよ。今は客人も居ないはずだから、こちらから伝えておこう」
「助かる」
その言葉を確認してから上に向かおうと思ったが、その前に呼び止めた。
「―それとそうだ、飲み物も入れるから3人分、持っていってくれ」
「構わないが、3人分?」
意外な単語が聞こえ、ヴァンは首を傾げたが、彼はそれ以上は語らず、ほくそ笑んだ。
「それは、行けば分かるだろう」
「そうか」
分かるから、今聞く必要はない。その言葉を素直に受け止め、椅子に座って飲み物が出来るのを待っていた。
紺色から渡された飲み物を盆に載せ、2階に登ってから、会議室兼マダムの待機室となっている大扉をノックする。
「どうぞ」
すぐに入室を促され、ヴァンは器用に片手で盆を持ち、片方の扉を開けて入室する。
「相変わらず、時間通りね。それに、飲み物まで持ってきてくれてありがとう」
中に入ると、相変わらずやたらと広い会議室の真ん中の円形テーブルにマダムが座っていた。今日は彼女だけではなく、ルナと同じくらいの歳の、小柄な少女が座っていた。
装備はつけておらず、質素なシャツとズボンを着ており、少し見える胸部の膨らみや、丸めの体型が見えていなければ、少年かと勘違いしかけた。
肩まで伸ばし、綺麗に切り揃えられた黒い髪、程よく日焼けした肌。大きく、丸めな目は可愛らしいが、それ以外は言ってしまえば平凡。印象に残らない、少女である。ただ、その身に纏う空気だけはやけに落ち着いており、不思議な印象がある。
興味はあるものの、そこでは聞かず、ヴァンは2人の前に飲み物を置き、姿が見えやすいよう、対岸に座ってから話し出した。
「しばらくぶりですね、マダム。
まず、仕事の協力には感謝します」
お互い、堅苦しい仲ではないが、礼儀はある。少し前から、彼の溜まった依頼の消化に協力してもらっていることに礼を伝えると、彼女も同じく返してくる。
「こちらこそ。貴重な仕事の機会を与えてくれること、感謝するわ。
―じゃあ、社交辞令はこの辺でいいわね?」
話すことは話したので、普段通りに切り替えたところで、ヴァンは堅苦しい姿勢を崩して答えた。
「十分だろ。で、その子はどうした?」
早速の問いに、マダムはそうね、と彼女の背中を押すと、本人がはっきりとした声音で自己紹介をした。
「私、コハクと言います。…察しているかもしれませんが、魔女です」
「…ここの所、協会に所属しない魔女とはよく会うな。―まぁ良い、初めまして、コハクさん。
マダムから既に聞いていると思うが、俺は金の竜狩り。分かる名前なら好きに呼んでくれ」
初対面ということもあり、ヴァンは少し他人行儀で挨拶をし、早速本題に入る。
「それで、俺みたいな裏方の人間に何の用だ?」
兜の蝶番を外し、ジュースを飲みながら聞くと、彼女は単刀直入に言った。
「簡単に言うと、この子の世話をお願いしたいの」
「…また子守りか? それなら俺以外にも適任はいくらでもいるだろう」
わざわざ他組織の人間に依頼するとなれば、それ相応の理由があるのは言うまでもなく分かっている。それを理解した上で、彼は聞く。マダムもその答えは想定済みだろう。特に考えることもなく、続けた。
「それは分かってるけど、フットワークの軽い、少人数の竜狩りって言われると、貴方くらいしか居ないのよ」
「理由はそれだけじゃないだろう」
本来の理由について出し渋るマダムに向け、淡々と告げる。彼女は一度、コハクを見てから、観念したように答えた。
「この子も、竜の被害者よ。その手伝いをしてほしい」
「それならば、尚更受ける理由がない」
即答。あまりにも早い回答に、彼女も怪訝な顔で聞いた。
「断る理由は?」
「確かに俺も、黒竜を探しているのは私怨だ。
そして、私怨の先には何も残らないことも分かった上でやってる。それでも、呪いを解かなければ、俺の人生が、真っ当な道を取り戻せないから、俺は追っているんだ。
故郷を滅ぼされた恨みで動いているというだけなら、それは忘れて真っ当に生きる道を探せ」
きっと、復讐に生きる者ならば認めたくない言葉だろう。ただ、その復讐を果たしたところで、長く失った命と、その為に費やした時間が返ってくることはない。そして、彼が気にしているのは、それだけではない。
「仮に、お前が復讐のために竜を狩ったとしよう。その時点で、お前は俺たちと同じ、"色付き"として認識される。
俺や、紺色のように普通の人間なら、老いという時間の流れ、風化していくだろうが、魔女は違う。普通の人間とは、文字通り時間の流れが違う。
その魔女の力を失い、人間になるまで、終わることのない戦いに巻き込まれ続ける。"地位"という呪いを、背負い続ける覚悟はあるのか?」
復讐を果たす、つまり竜を狩れば、どうしてもその功績と共に逃げられない責任と、称号を背負い続けなくてはいけない。
そこまで考えた上で、復讐を果たす覚悟はあるのか、と彼は聞いた。相討ちになって死ぬ覚悟は出来ていても、復讐の果て、平和な余生ではなく、マダムのような生き方をする考えていなかったのだろう。明らかに答えに迷っている所、ヴァンは追い打ちする。
「"死ぬ覚悟"なんか、竜を狩ると決めた時点で既に決まってる奴しかいない。ただ、生きた後、戦場に身を置き続ける覚悟はお前にはあるのか?
世の中はおとぎ話じゃない。悪者を倒して、その後幸せな余生が待っているとは限らない。竜を狩った称号は、死ぬまで、お前に背負わされ続ける。
それでも、竜を狩ると言うか?」
真っすぐ、目を見ながら聞く。彼女の中でも迷いはあるように見えたが、数分も待たずとも、彼女は同じくヴァンを真っ直ぐ見て答えた。
「それでも、私が果たしたいのです」
ヴァンもその回答を聞いて、しばらく黙っていたが、深い溜息と共に首を振った。
「……はぁ。それなら、仕方ないな。
それで? 俺は何をすればいい?」




