第3節 17
昼休憩後、2人は仕事に集中し、何とかその日の内に仕事を終わらせた。
「おぉ、まさか1日で終わらせるとはね」
「……馬鹿にすんな。仕事はちゃんとやる」
驚きつつ、そう話したケイに向け、疲れたように椅子に座り、テーブルに突っ伏していたヴァンが絞り出すように答えた。それをスルーし、改めて部屋を一通り回り、綺麗になった器具たちを見て、彼女は満足したように頷いた。
「うん、これなら買い足す必要もなさそうだ。
ありがとうね、お陰で今後もこれを使って仕事が出来る」
「そりゃ良かった。…で、報酬はもらえるのか?」
話もほどほどに、労働の対価について聞いてみると、彼女は笑って答える。
「勿論。2、3日に分けて依頼しようと思ってたのをまさか1日で仕上げてくれちゃったからねぇ。
浮いた費用分も割り増しにしとくよ」
そう言って、彼女が2振りの小袋を取り出して、2人の前に置く。早速、ヴァンは中身を確認しようと持ったところで、何かに気が付いた。
「…随分と、重いな。
これは正規の報酬として受け取っていいのか?」
中身を確認する前に、やたらと重い中身に疑問をぶつけると、彼女はあぁ、とすっとぼけて言った、
「小銭の処理をしたかったからねぇ。つい、詰めちゃった。
それに、数日に分けて依頼するって言ったでしょ? その浮いた諸々の申請費用とかも含めて色つけただけさ」
仕事に対して、その労働に見合った対価は必要なものだ。ケイが言っていることも偽りはないのだろう。ただ、変な所で恩の押し付けをされたいというわけではない。その説明を聞いた上で、ヴァンは念押しした。
「"正当な報酬"として、受け取るぞ?」
「勿論。時間が経ってから、今回のことを理由にして何か駆り出すような事はしないさ」
「言質はとったぞ。それなら、いただくとする」
しつこく確認を取ったヴァンの行動を不思議そうに見るルナに向け、ケイが代わりに説明する。
「今のやりとりは、今回、報酬に色を付けたからまた次頼むよ、みたいな約束を嫌って聞いたわけだね。
ボクはあんまり気にしてないけど、ヴァンはこんなんでも"色付きの竜狩り"。その名声や特権を利用したがる人は多い反面、ヴァンは割とどんな依頼でも受けてしまうからね。契約は契約。今回限りとしておかないと、思いもよらない形で利用されてしまうからこその防衛手段ってことさ」
「そういうことだ。お前もまだ新入りのうちは良いが、仕事に慣れてきたら気をつけろ。特に、日雇い系で次の仕事をそのまま結ぼうとするやつは注意しろ」
2人して、ルナへ忠告をした所で、彼は首を傾げつつ素直な問いをぶつけた。
「…どんなのがあったんです?」
「それは―」
「それなんだが―」
その質問に、2人が同時に話そうとしたが、ジェスチャーで無言の譲り合いをした結果、先にケイに話させることにした。
「―結構有名な話だと、運び屋関係かな。最初はただの小物の配達だと思ったら、ドンドンヤバい物になっていったりするってのだね。年に1回くらいは逮捕者出てるよ」
「それ以外だと、私用傭兵にいつの間にかされたりするのだな。何度か護衛や訓練に付き合っていただけなのに、流されてる間に傭兵契約を結ばされてるパターンだ」
「……悪い人なんて、何処にでもいるんですね」
具体的な判例はないものの、想像が出来る事柄に、ルナが呟くと、二人はそうだな、と頷く。
「世の中、善人ばっかって訳じゃない。どうしようもない奴らも腐るほどいるし、それは魔女協会っていう俺らの枠組みでも言えることだ」
「そうだね。うまくやってくコツは、そういう厄介者とは出来るだけ関わらないこと。ちなみに、君も思い知ったと思うけど、ボクの依頼も大概に"厄介者"寄りだから気をつけてね?」
「…それは、思い知りました」
ケイは自分でそんな事を言い、ルナも遠い目で呟くと、彼女は楽しそうに笑った。
「あっはは! まぁ、今回の依頼主がボクでよかったね。ところで、次の掃除の約束なんだけど―」
「1分も経たない内に掌返しするのやめろ」
コントかと思うほど早い掌返しとツッコミに、ルナは笑うしかなかった。
ケイに元の集合場所まで送り届けてもらい、報酬を貰った帰り道。まだ夕方頃であり、日も沈んでおらず、夕飯にするには少し早い。2人は真っすぐ本部へと向かっていたが、ふとヴァンが呟いた。
「そういえば、忘れていたな。ルナ、夜まで時間もあるしお前の仕込み銃とかその辺の報告ついでに鍛冶屋に行くか。俺もクロスボウのボルトを補充したいしな」
「…そういえば。行きますか」
時間を潰すついでに用件を思い出し、2人はまず、先の戦いで使った武具を取りに本部に戻ってから、鍛冶屋に向かっていった。
「―で、来たわけか」
いつもの店主は裏で仕事をしていたようだが、ヴァンが来たということで、店番をしていた弟子と入れ替わり、表まで来てくれた。
「そうだな。今回、俺の爪の手入れはいらないが、クロスボウのボルトを10セット買いたいのと、コイツに着けた、仕込み銃の使用感を伝えに来た」
店主に用件を伝え、ルナはヴァンに促されるまま発砲後、使い物にならなくなった仕込み銃を差し出した。
店主は慣れた手つきで仕込み銃を手に取り、分解する。撃鉄部分を外し、中の状態を確認しつつ、ルナに聞いた。
「どういう状況で使った?」
「奇襲に失敗して、殺されかけた時に、咄嗟に使った。相手も金属の兜をしていたから、眉間を狙ったけど貫通は出来なかったな」
「小型化した影響だな。どんな状況でも基本的に暴発しない程度の火薬しか載せてなかったのと、銃身が短くせざるえないから、貫通力が思った以上に乗らなかったんだな」
ルナの言葉に、彼は作業しながらそう答え、一度全てバラしたところで、再び聞いた。
「で、あって助かったのか?」
「お陰様で。俺が五体満足でここにいるのが証明です」
それを聞いて、店主は豪快に笑い、パーツをそれぞれ拭き始める。
「そりゃ重畳。
俺らの仕事ってのは、『人を傷つける武器ばかりを作る』ってたまに分からねぇ奴らに言われることがあるけどよ。それは悪意のある人間から身を守るためでもあるんだ。
少なくとも、身を守るために役立ったのなら、それで良いさ。―ただ、改良は必要そうだな。
もし良ければ、今後も使ってくれるか?」
「…是非、お願いします」
店主の頼みに、ルナは素直に答える。それを聞いて、彼は満足そうに綺麗にしたパーツを前掛けのポケットに突っ込んだ。
「じゃ、金色のクロスボウも後で見といてやるから、ボルトと会計はその時でいいか?」
「頼む」
「……あっ。俺も、この前のでクロスボウ壊されたんですよね。売ってます?」
クロスボウの話で、腕に身に着けていたクロスボウを壊されていたことをようやく思い出し、帰りかけていた店主は足をとめる。
「じゃ、次の時一緒に見繕ってやるから、金色に次も一緒に来るよう言っといてくれ」
「聞こえているよ。次も連れてくる」
真隣で聞いていたヴァンもちゃんと答え、用件も済ませたところで、2人は店を出ていった。
「―いい時間だな。飯はどうする?」
外に出た頃には、日も沈みかけており、帰路につく人々の姿も見え始めている。日雇いの仕事で懐も温かい2人はこの後の話をすると、ルナが提案した。
「ヴァンの同郷の人の店、また行きませんか?」
「レルベアのところか? まぁ、別にいいが…気に入ったのか?」
歩きながら聞くと、彼はそうですね、と素直に答える。
「やっぱり、懐かしさがあるというか。安心すると言うか」
「―ま、あそこで使ってるレシピの半分くらい、シャバルガンでも使ってるレシピだしな。懐かしいのも分かる」
「…そうなんです?」
突然の事実に困惑している横で、彼は当たり前のように答える。
「というか、あそこにあるレシピ自体、今まで俺らが作ってきた集大成だからな。料理のうまい奴が気まぐれに、人気のあるメニューを書き出していった結果、そういう文化が生まれた。ちなみにレルベアは、たまにシャバルガンにも顔出してレシピ置いていってるぞ。
特に、師匠のお気に入りはレシピを残しとかないと後々面倒くさいし」
「あぁ……」
ヴァンの最後の言葉で全てを察し、ルナも嫌なことを思い出してしまった。それを見て、ヴァンは空を見上げつつ話を続けた。
「まぁ、そういう俺もあそこの飯は気に入ってる。この時間はそれなりに混むと思うが、まぁ、少し待つくらいいいだろう」
そんなことを言って、2人は少し人気の少ない路地を進み、この前に行った店に向かうことにした。
「――おや、2人ともまた来てくれたのかい?」
店の扉を開けると、ちょうど会計を済ませていたレルベアが出迎えてくれた。店の席も大分埋まっているが、片付ければ座る枠はありそうだ。
「ルナが気に入ったみたいでな。席は空いてるか?」
来た理由を話してやると、彼は心底嬉しそうに笑い、ルナを見た。
「そっかぁ。それはこちらも嬉しいね!
―ただ、席の方は、今会計終えた人の片付ければ用意できるよ。手伝ってもらえるかい?」
レルベアの言葉に、ヴァンは一切迷わずに服の袖をまくる。
「構わん。ルナ、お前も手伝え」
「あ、はい」
ヴァンに言われるまま、ルナも後片付けを始め、厨房に入った途端、大量の洗う暇もないため放置されていた食器を見つけ、一足先に来ていたヴァンがため息混じりに洗い場に向かっていった。
「洗い物は片付けといてやる。ルナ、片付いてない食器を引き上げてくれ」
「分かった」
すぐに手伝いを分担して指示しているのを見て、レルベアは楽しそうに言った。
「いやぁ、持つべきものは友だね!!」
「お前はいい加減従業員を雇え」
ヴァンも何度もこの手伝いをしているせいか、呆れ気味に返す。
そうして、いくつかの洗い物を片付けたところで、山積みの食器を持ったルナが帰ってくる。
「生ごみとかはどこー?」
「レルベアの隣だ。気をつけろよ、滑るからな」
「んー」
ヴァンの言う通り、油で滑りやすくなっている床に注意して大量の生ゴミを溜め込んだゴミ箱に捨て、ヴァンの洗い物を手伝おうとしたところで、注文でこちらを呼ぶ声がした。
「手が空いたな、ルナ。注文取りに行ってくれ。そこにメモがある」
「えぇ…」
体よくパシられているが、ヴァンも洗い物が終わらないので、任せるわけにはいかない。仕方なく、メモを取ってそのまま注文を聞きに行く。
―そんな事をしている内に、ヴァンも洗い物を終わらせ、接客を変わってくれた。綺麗になった厨房で休んでいると、フライパンを振っているレルベアが笑いながら言った。
「ヴァンが前に行ったのか。ふふふ、折角ならあの子の接客を見てみなよ。参考になると思うよ」
「…?」
言われるままに、ガラス越しにヴァンの方を見てみると、ちょうど会計を済ませていた。
「――」
なにを言っているかまでは聞き取れないが、その所作の1つひとつが優雅であり、普段ガサツな要請をしているとは思えない。しかも相手が若い女性ということもあり、当然のように釣り銭を渡すときは直接、とてもさり気なく手を握りながら返し、とても軟らかい笑顔で送り出していた。
「えぇ……」
普段とは想像もつかない対応にドン引きしていると、レルベアは笑う。
「凄いでしょ、あのナチュラル女たらし。演技が入ってるとはいえ、あの仕草が完全に素で出てくるんだもん。
確かにこっちがいつも見てる素が、あの子の素顔だけど、仮面を被った素があれなのはそれはそれで怖いよね」
その後、男女問わずに柔らかな物腰で接し、客と話している時も立ち振る舞いは一流のホテルのウェイトレスを思わせるくらいに、乱れがない。
彼の手際のおかげで、溜まっていた食器や注文、会計は一通り終わり、食器を抱えて厨房に戻ってきた途端、普段の彼に戻った。
「あぁ疲れた。レルベア、本当にお前従業員雇えよ」
あまりの豹変ぶりに、2人は顔を見合わせて笑った。
「ね? 最高だろ?」
「えぇ」
「お前ら、もしかして失礼な会話してたか?」




