第3節 15
「調べていたと言っても、私はここのところずっと内勤だったからね。資料を漁るくらいしかなかったんだけど、いくつか気になる点を見つけた。
報告に上がった魔女たちは、そのほとんどが少数での行動となっていて、魔女の護衛のほとんどが何らかの形で護衛から外れている状態だ。
とは言っても、昨日の一件にみたいに、護衛が逃げ出したっていうのは、かなり希少で、そのほとんどがその場で殺されてる」
「前から上がっていた報告だな。魔女協会側からも注意喚起はしているが、如何せん、各地に配属された魔女の遠征となれば、こちらの介入できる余地は少ない」
魔女狩りに遭遇した際の状況を確認しつつ、ヴァンもそれについて付け加える。そこで、スピネはそうだね、と流して続ける。
「調べていて気付いたんだけど、被害者のほとんどが、一応移動することについて公表されているんだ」
「探してるなら、そういう相手の方が狙いやすいよね。場所が分かるんだもん」
当然と言えば当然の話に、ルナも頷くが、それで終わりではないようだ。
「そうなんだけど、ちゃんと調べてみるとさ、その情報のほとんどは、魔女協会内、もしくは別件として傭兵組合に護衛を依頼された所なんだよね。当然、どちらかに所属していなきゃ知り得ない情報だ」
「……それはつまり、魔女協会か、傭兵組合に魔女狩りが潜伏してるということか?」
スピネの言いたいことを要約すると、彼女はそうだね、と肯定する。
「そして、魔女協会に所属してそんな真似をしていれば、誰かしらが察知していてもおかしくない。何せ、複数の魔女を継承している相手なら、雰囲気で私たちも分かるからね。
ただ、魔女協会に所属しながら、完全に単独行動をしている魔女もいないわけじゃない」
「"灰の竜狩り"とかな」
魔女協会に所属する数少ない、色付きの竜狩り―誰とも関与せず、ほぼ単独で旅を続ける竜狩り―の例を出しつつ、その話をまとめる。
「要は、洗うなら傭兵組合か、魔女協会ってことか? 特に、魔女協会なら不審な動きをしていてもバレにくい、地方へ所属してる外回り連中だろうな」
長々と話していたが、結論を纏めてやると、彼女は頷いた。
「そういうこと。少しは参考になったかな?」
「星3つ、としておこう」
「三つ星満点ってことにしておいてあげるよ」
2人はお互いに冗談を言い合い、話も一区切りついたところで、ルナが聞く。
「…昨日、助けた魔女にも、聞き込みはするんですか?」
「そうだな。ここまでの情報を集めただけでも、アイツはかなり黒に近い。傭兵組合に所属しているようだし、聞き込みへの申請は飛ばしている。
ここまで来たならもう隠しはしないが、アポが取れたらお前も来るか?」
「行きます」
「そうか。またその時になったら声をかけてやる」
即答したルナにヴァンは静かに伝え、その隣で期待の眼差しを向けてくるスピネをばっさり切り捨てる。
「お前はだめだ」
「なんでよ!」
当然のように断られ、当然のように疑問をぶつけてくる。
「2人でも大概なのに、3人で聞き込みとか圧迫面接じゃねぇんだぞ。
いくら今のところ黒かろうと、その前提を崩さずに相手を追求して、仮に白だった時、責任取れんのか?」
正論をぶつけられ、スピネも言い返せないのか、ぐぬぬ、と歯ぎしりしてから、上手いことを思いついたのか言い返してくる。
「じゃあ偶然装って参加すればいいね! 男女比も丁度よくなるし!」
「そんな会話してるのに紛れ込んでくるやつとか、警戒しかしねぇだろ。何してやったりみたいな顔して馬鹿なこと言ってんだ」
再度正論で切り捨てられ、隣にいるルナにダル絡みが始まる。
「ルナくん!! こいつきらい!!! 正論マン嫌い!!!」
「いや、こっちもちゃんと議論してるところに屁理屈こねられても…」
「ふーん! ルナくんもヴァンの味方なんだ! もう知らないもん! 2人で勝手に遊びに行ってくればいいんだ!!」
ルナにすら見捨てられ、彼女は不貞腐れてベッドに寝転がる。
「不貞寝してやる!」
「おう、今日は出かけてるから夜になったら起こしに来るぞ」
「晩御飯前に起こしてね!!! おやすみ!」
やっぱり仲の良い会話をしながら、スピネはそのまま布団を被ってものの数秒後には寝息を立て始めた。
「えぇ……」
ルナは勢いのまま不貞寝してしまった彼女にドン引きしていたところ、ヴァンは当然のように立ち上がる。
「じゃあ、うるさいのも寝たし俺らは外出るか」
「あ、外に出るのは本気だったんだね」
手慣れた様子で外した装備を着け直しているのを見て、それに倣ってルナも準備を進めていく。当然、寝ているスピネは完全に無視していた。
そしてしっかり部屋の鍵を閉めた2人は、本部の2階にある大きな部屋に向かった。
中は大きなカウンターで二分されており、彼らが入ってきた入口側が受付、その奥が事務室となっている。
椅子や丸机がいくつか置かれた受付側には、見覚えのある男衆もおり、入り口の開く音に反応した彼らは、珍しい来客に気になって声をかけてきた。
「ヴァンじゃねぇか。こんな時間に仕事か?
日雇いだと今日中に間に合う仕事なんてもうほとんどねぇぞ?」
「だろうな。一旦、ルナに仕事を教えに来たんだよ。
忙しい時間帯にリスト持ってかれたら困るだろ?」
気さくにやりとりし、ここに来た理由を伝えると、ようやく目を下に向け、彼の後ろにいたルナに気が付いた。
「ルナ坊、お前もいたのか」
「……そうですよ」
ルナ自身、そこまで身長は高くない上、隣に巨人みたいなヴァンがいると、余計に身長差を感じる。それに、彼と話をしていると自然と自然が上に行くため、どうしてもルナを見る時は下を向いてしまうのも、原因だろう。
彼自身、低身長はコンプレックスなのか、少し不貞腐れて答えると、男は笑った。
「まぁ、お前くらいの歳ならまだ全然デカくなる。よく寝て、食って、体を動かせ。―じゃ、邪魔するぜ。ヴァンなら心配いらねぇが、ちゃんと教えてやってやれよ」
「任せておけ。―ルナ、行くぞ?」
男は受付に呼ばれたタイミングで話を区切り、そのまま去っていく。男が去っていった後、少し不機嫌なルナを連れて受付に向かっていった。
「―いらっしゃい。ヴァンさんと…ルナ君、だね?
今日はどういう用件で?」
受付が誰かまで気にしていなかったが、椅子に座ったまま、こちらを向いたのは、銀色の髪をした小柄な少女―ゴルだった。
久しぶりのようにも感じる再会に、ルナは咄嗟に言葉が出ずに、狼狽えている横で、ヴァンが話を進める。
「今日は、ルナに仕事を教えに来たんだ。
明日予定のリストはまだあるか?」
普段通り落ち着いた様子で聞くと、彼女はゆったりした動きで引き出しを漁りだし、すぐに一冊のファイルを取り出した。
「はい、明日実施予定の仕事です。
もう付箋が貼ってあるのは、決まってる仕事だから注意してくださいね」
「あぁ、ありがとう」
ヴァンはそれを受け取り、すぐに振り向いた。
「空いてる机で見るぞ。ここにいても邪魔なだけだからな」
「あ、はい」
声をかけられて我に返ったルナは大人しくその言葉に従い、ヴァンに着いて行って、一人用の小さな机にファイルを置いて開き、囲むような形で説明を始めた。
「俺らも、常に外仕事があるわけじゃない。それでも生計は立てていかないといけないし、そういう時はここの日雇いの仕事を探してるんだ。
まぁ、力仕事か雑用が基本だな。傭兵組合から余ってる仕事とかも回してもらってるから、割に合わない仕事もそれなりにあるが…まぁ、それはどう考えるかだな。とは言え、あまりにも酷い仕事は突き返してるし、場合によっては魔女協会から追加報酬を支給したりしてるから、とことんヤバい案件は回ってこないはずだ。
明日も付き合ってやるから、この中から適当に仕事を選んでみろ」
彼はそう言って指さして説明していた手を離し、自分で決めるように静かに見てくる。
ルナもその意図を汲み取って、まずは何も聞かずに、ファイルを見ながら仕事を探してみる。パラパラと適当に眺めていると、見覚えのある名前を見つけた。
「ヴァン兄、これってどうなの?」
「ん…? うわ、ケイの依頼じゃねぇか」
依頼主は、ケイ。同名の相手ではなく、依頼元もしっかり希少取引所と記載されており、間違いなく彼女からの依頼だ。そして、その内容に目をやると、道具の手入れと書いてあった。
内容の割に報酬金も悪くはないが、一見好条件の依頼が、前日まで残っているとは考えにくい。
「まぁ、確かに悪くはないと思うが…そうだな。実際に体験してみるのも学びだ。それを受けるなら、俺はそれ以上は何も言わんよ」
ヴァンとしては思うところがあったが、どんな経験でも、ルナの糧になるだろう。敢えて皆まで言わず、はぐらかした所で、彼も何かを察したが、逆に好奇心を刺激したのか、素直にその依頼を受けることにした。
「じゃあ、せっかくだし受けてみるよ。これを受付に持っていけばいいの?」
「そうだな」
ここまで来たら、ヴァンはあくまで後ろに待機するのみとし、ルナに行動を任せていく。
ゴルも慣れた仕事なので、手続きの仕方を教えつつ、おぼつかないながらも、一通りの手続きを終えた。
「―はい、これで終わり。あとは明日、依頼人の指示に従って仕事をすれば、報酬が出るはずだよ。頑張ってね」
「はい!」
ゴルに激励されつつ、明日の準備を終えた2人が時計を見ると、そろそろ日が沈む頃になっていた。
「―そんなに腹は減っていないが、飯にするか」
「そう? 俺は結構腹減ったんですけど」
「……若さとはいいものだな」
冷静に考えれば、倍近く年齢が違うのだ。当然、内臓の強さも段違いなことに今更ながら思い知らされていたヴァンだった。
―そして今日は本部の食堂で食事を済ませる。
ヴァンは控えめに、パンを抜いたフィレステーキとサラダ、消化のよい緑豆のスープを頼み、ルナは日替わり定食、パン3つに2種の魚のフライとカットステーキ、コンソメスープを頼み、席について食事にすることにした。
「―この前話してたけど、ヴァン兄ってガタイの割に少食?」
思いもしないことを聞かれ、彼は少しだけ不満そうに弁明した。
「…人はな、いつまでも若いままでいられないんだよ」
口元を拭きながら、珍しく反論する。
「ただ、少食ってのも悪いことじゃない。身体が軽ければ、動きも素早くなるし、野営するときの食事も必要最低限でいい。量を確保する必要が無ければ、質を追求できると言うわけだ」
「でも、シルは対人戦で体が出来てないと話にならないって言ってたよ?」
「あの極論みたいな筋肉ダルマを比較対象にするな」
体格論について、シルが言い出したらそれこそ誰も言い返せない。あいつは特別中の特別だ、と断っておき、ヴァンは話を続ける。
「そもそも、体格については、身長や体重を増やせばいいってもんじゃない。必要な筋肉を維持するという事が重要なんだよ」
「―でもでも! 横に太いルナくんは見たくないかな!!」
「いきなり出てくんな」
そんな話をしていると、文字通り横槍を入れて同席してきたスピネに、冷静にツッコミを入れる。
「俺が言いたいのは、体をデカくすればいいってもんじゃない。戦闘スタイルに合わせて、必要な体を作る食事をしろってことだ」
「そうそう! しっかり精をつけて仕事に励んでもらわないと!!」
「お前同意するフリしてヤる事しか考えてないだろ」
食事の席でもお構いなしに彼は指摘すると、スピネはサンドイッチを頬張りながら目を泳がせる。
「まさかぁ。ソンナコトナイヨ?」
「なら俺の目を見て同じ事を言ってみろ」
「ふふ……」
バカな大人たちのやりとりを見ながら、ルナは楽しそうに笑った。




