第3節 14
その後、報告書を提出し、時間の空いた3人は良い時間になったのでそのまま昼食を済ませることにした。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「どうぞ…と言いたいところだが、スピネ、なんでお前がいる」
ヴァンの自室。きっちり3人分の食事を用意した上で、一緒にテーブルを囲んでいる状況ではあふものの、当たり前のように相席しているスピネを見て、今更ながら聞く。
それほど手間を掛けたくはなかったので、乾燥させた携帯食料を使ったスープパスタを食べながら、不思議そうに聞く。
「え? ここまで一緒にいたんだから食事のお誘いだと思ってたんだけど違うの?」
「強く否定をしなかったこっちも悪いが、普通男の部屋に上がり込んで飯を食いに来るか?」
きちんと3人分用意している時点で、別に相席自体を拒否しているわけではないが、さも当然のように居座っていることへの苦言を呈すると、彼女はどうでも良さそうに笑った。
「だって君、私のこと女として見てないでしょー?」
「……まぁ、否定はしない」
見透かされたような問いかけに、はっきりと名言は避け、一緒にいれたおいたお茶を啜る。
「でも、ヴァン兄って本当にどの魔女も事務的に相手してるよね」
「表面上はちゃんと見てやってるだろ」
ルナの指摘には即答し、その話題にはスピネも便乗する。
「本当に悪い男だよねぇ。ルナくんは、ヴァンが何人の女の子泣かせてきたと思う?」
「そもそも、こんな男版の美人局の権化みたいな奴に本気になって欲しくないんだが。どいつもこいつもチョロすぎて心配になる」
他の魔女が居ないということもあり、珍しくはっきりと愚痴をこぼす。
「本当にね。皆して若い内にここに来る子ばっかだから、免疫ないのは分かるんだけどさぁ。
―ま!! 達観しちゃうとこうなるんだけどね!!!」
勝手に自爆して勝手にダメージを受けているスピネを2人は無視して、食事に集中する。
流石の冷たすぎる反応に逆ギレして突っかかってきた。
「そこは普通否定するところだよね?」
「他所には見せない、真正面からの俺の素顔だぞ。喜べよ」
味付けが薄かったので、香辛料を追加しつつ応え、欲しそうにしていたルナに渡しつつヴァンが答える。
「いや、私君の素顔としか触れ合ったことないし…。逆に仮面被って来てみてよ。
あ、それ私も欲しい」
スピネのリクエストに、ヴァンは香辛料を渡しつつ、面倒くさそうに答えた。
「いやアンタ、昔1回やったら爆笑しただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
フォークにパスタを巻き取りつつ、そのまま続ける。
「『普段から想像つかないくらい露骨だね』だの、『あっっっっま! 胃もたれする!!』だの、好き放題言ってくれたの忘れてねぇからな」
恨めしそうに言うものの、彼女は全く覚えておらず、懸命に思い出そうとしているが、諦めたように笑った。
「うん! 覚えてない! でも絶対笑う自信あるからもっかいやって!」
「そこまで言ってんのにやるわけねぇだろド阿呆が」
当然の返答をされ、2人のやりとりを見ながら先にパスタを食べ終えたルナが聞いた。
「やっぱり、2人って結構仲良いですか?」
口は悪いものの、お互い手が出るほどではなく、何だかんだ信頼関係が出来ているのを感じ取って聞いてみると、拒否すると思いきや、2人とも正直に伝えた。
「まぁ、ここだと数少ない普通に話せる魔女だからな。罵倒はするが嫌いではないぞ」
「性的に男性とは思ってないけどまぁ、信用できる相手だしねぇ。嫌いだったらそもそも付き合ってないよ」
お互いひと言多いものの、割と同じ考えを持っていたようで、それが一致していたところで驚くわけでもなく、当たり前のように2人見合って頷いた。
「まぁでも、お前はコイツとの付き合いは辞めたほうがいいぞ。間違いなく性的に見てるから」
「そんな、私が可愛い思春期前後の少年だったら誰彼構わず食うような痴女みたいな扱いしないでよ」
「その通りだろ。急に自己紹介してどうしたんだお前」
スピネの言葉にきょとん、として即答し、彼女は反論するように彼を指さす。
「だって入ってきたばかりの君を私が襲ってないなんてありえないじゃん!!!
襲ってないよ!! 私!!!」
「アンタの話は事前に聞いてたから、ここに来た時点で隠れて動いてたんだよ。そもそも、俺が入ってきたの知ったの17の時じゃねぇか」
当たり前のように話、彼女もその時の話を思い出したのか、悔しそうに床を叩く。
「12で入ってきた、めちゃくちゃ顔のいい男の子がいるって意気揚々と会いに行った時の私の気持ち考えたことあるの!?
まさか17で身長190cm超えの年増が出てくるとは思ってないじゃん!」
「お前に年増扱いされるの普通に不愉快だからやめろ。それと、お前が話を全部聞かずに勝手に来ただけだろ」
割と酷い暴言を流しつつ、しっかり追い打ちを決めておくと、ようやく落ち着いたスピネはルナに絡む。
「ほら、こんな酷いこと平気で言う人なんだよ? だから私のところに来よ?」
「…いや、それで貴女のところに行く意味がわからないですし、人の話を聞くのは普通ですよね?」
「ひどいよぉぉお!!」
ルナにもばっさりと正論で切り捨てられ、スピネはみっともなく泣き叫ぶ。普段以上にめんどくさいな、とヴァンがそれを眺めていた所、彼女の陰に見覚えのない瓶が転がっていた。その瓶をさり気なく拾ってラベルを見ると、しっかりと果実酒のラベルが貼られていた。
「…おいスピネ、お前もしかしてまた勝手に酒ちょろまかしたな? あとでちゃんと謝りに行けよ?」
「やっ!!」
当たり前のようにくすねていた酒を飲み、完全に酔っ払い、幼児退行まで始めてしまった魔女の姿にヴァンは絶句しつつも、大人として責任を取らせようとする。
「ガキみたいなこと言ってないで早く立て」
「おこられるのやぁなぁのぉぉお! ルナくんんんん、ヴァンがいじめるのぉ!」
ルナに縋り付いてダル絡みが始まって、流石のヴァンも何も言えなくなってしまい、今までにないくらい深い溜息を吐いてから、諦めたように立ち上がる。
「――悪い、タバコ吸ってくる。その酔っ払いの相手頼んだぞ」
こんなしょうもない事で呪いが起動しそうになってしまったこともあり、ヴァンは先にリタイアして部屋を出ていってしまった。
「えぇ……」
流石のルナも、これには困惑してしまうが、勝手に膝枕してもらいながら眠そうにしている彼女に付き合ってやることにする。
「――ふ。まんまと騙されたね、ヴァン」
ヴァンが出ていって数分後。ルナもどうしようかと思って天井を眺めていたところで、急に勝ち誇ったようにスピネが呟いた。
「……何やってんすか、アンタ」
「本当は今の今まで記憶がないけど、ルナくんの臭いで目が覚めたんだよ」
「普通にキモいんで膝からどいてくれません?」
さっきまでの幼児退行は冗談じゃなかった上、正気に戻って早速のセクハラ発言を受け流しつつ言うと、人の膝の上で頭をゴロゴロされる。普通に床が硬いので痛いだけである。
「何が不満なんですか」
「もっと敬意を払うべきじゃない? 頭撫でるとかさぁ!」
「言ってることめちゃくちゃだってよく言われません?」
終わり散らかしてる言葉に対して真っ当な一般論で答えると、更に膝を攻めてくる。
「いや、普通に痛いんでやめてもらっていいですか? …分かりましたよ」
無言の圧で訴えかける彼女に折れ、一回りどころか十回りくらい年上であろう彼女の髪を漉くように撫でてやると、嬉しそうに声を漏らす。
「んふふー。たまにはこういうのもいいねぇ」
「そうですか…」
ルナも困惑しつつ対応してやっていると、彼女は思い出したように話し出した。
「そういえばルナ君、"魔女狩り"って知ってる?」
「…言葉だけなら」
突然会話の流れが変わり、ルナも少し困惑気味に返すと、彼女は話し出す。
「そっか。ヴァンは隠してたけど、君も外回りするなら知っておくといい。
―魔女狩り。それは、文字通り魔女を狙った連続殺人犯だ。被害にあった魔女は10を超えている」
「……、」
魔女狩り。その名前を聞いて、昨日の殺された魔女を思い出す。それが顔に出ていたようで、スピネはそれを指摘する。
「やっぱり、心当たりがあるんだね。
ヴァンが話したがらなかったのは、きっと君を巻き込みたくなかった、っていうのが本音だろう。それでも、君も魔女を守る立場になるなら、知っておくべき情報じゃないかい?」
彼女の言い分も、ヴァンの気遣いも理解できる。ただ、ルナとしても今回はスピネの意見に賛成だった。
「そう、ですね」
躊躇いながらも肯定の言葉を告げると、彼女はにやりと勝ち誇ったように笑って入口の方を見た。
「そうらしいよ? ヴァン?」
その言葉にはっとして玄関を見ると、冷静になったヴァンが、いつも通りの無表情で戻ってきていた。
「……事前に断っておくが、首を突っ込んだところで、面白い話じゃないぞ」
ここまで来たら誤魔化すことはせず、彼は普段通り無感情に念押しするも、ルナは頷いた。
「そうだろうね。…でも、俺だってヴァン兄と同じ、魔女の騎士団だ」
ヴァンは無言でルナの目をじっと見るも、その覚悟に揺らぎはない。覚悟の上と理解したうえで、ヴァンは遂に折れ、ため息混じりに話し出した。
「仕方ねぇ。スピネ、今日資料室に来てたのも同じ用件だったんだろ。情報共有するぞ」
「待ってました」
ようやく、ヴァンに望んでいた言葉をかけてもらい、彼女は体を起こそうとするが、そこで何かに気が付いて動きを止めた。
「あ、でももうちょっとこれ堪能させて」
「ルナ、さっさとそのバカ退かせ」
「あっはい」
その後、無理矢理起こしたスピネを加えて、3人はテーブルを囲んで話を始めた。
「まず、基本情報からだ。
相手の人数、構成、支持母体などについては一切不明。ただ、魔女を殺すことに執着することから、単独犯の可能性が高い」
「協力者はいると思うけどね」
魔女の"価値"を知っていれば、魔女を殺すことに執着する理由はない。むしろ、捕らえて横流ししたほうが金にもなるだろう。それをせずに、ひたすら殺害に手を染めるということは、ほぼ同一犯である可能性が高い、というのが魔女協会の共通認識だ。
「そうだな。肝心の実行犯となれば、それこそ"魔女"の単独か、継承させる魔女を引き連れた男のどちらかだろう」
そこまで話したところで、ルナが手を挙げる。
「昨日、継承の話はしたけど、それって1人で何人分の力を受け継ぐことが出来るの?」
質問を受け、彼はそうか、と説明を挟んだ。
「その話はしてなかったか。
魔女の力は継承することで重なる。なんなら、お前の目の前にいるスピネも、複数人分の魔女の力を継承しているぞ」
「どうも、複数権能持ちの魔女でーす」
ルナの真横に陣取るスピネが、その視線を感じてにこやかに手を振って自己紹介する。それをスルーし、ヴァンは話を続ける。
「それはともかく、魔女狩りの目的は分からんが、結論として非常に強力な魔女ということだ。実際の戦闘能力は分からんが、魔女としては俺や、スピネよりも上だろうな。
だから、魔女狩りを見つけても、不用意に近付くな。見つけてからは、俺…色付きの竜狩りクラスが出ないと勝負にならんだろう」
「でも、魔女としてならヴァン兄よりも上なんでしょ? 勝てるの?」
「当然"呪い"を使う」
ルナの問いに即答し、ヴァンははっきりと伝える。
「魔女狩り相手には俺も綺麗事を言ってる余裕はないと考えている。全力を以て叩き潰す。―ただ、その後は俺を全力で止めて欲しい。
呪いを自分から解放して、止まれる自信がない」
「相変わらず難儀な体してるよねぇ」
その言葉を聞いて、スピネは呆れ気味に呟き、話のキリもいいと判断して手を挙げた。
「情報共有だからね。まずは私から話をさせてもらおうかな。
ここしばらく、色々調べ物もやっててさ。ヴァンがやる気なら、伝えといて損はないと思うよ」




