第6節 6
買い物を済ませ、2人はさっさと村へと戻ることにした。
再び転移石を通じて戻った頃には、日も昇り始めており、昼時近く。
面倒だったので、転移する前に適当な店で歩き食いできる食べ物を買い、それを食べ歩きながら食事を済ませていた。
門を通って、再び外に出てきたヴァンは、真っ先にクリムに発信石を渡す。
「これを渡しておく」
「今日買ってた発信石? どうして?」
確かに思い返すと、感知石に比べて多めに買っていた事を思い出し、受け取りながら聞くと、彼は淡々と答える。
「昨日、巣穴を見付けたのは覚えているだろう。まずは、その巣穴を見つける事を優先するべきだ。
とはいえ、その為に2人で行動するのは効率が悪い。だから、手分けして探したほうがいい。だが、お互いの場所が分からないのはそれはそれで面倒だろう。使い方は分かるか?」
尤もな回答をしてから、彼は答えを聞く前に通信石も取り出している。
「大丈夫ならこれも渡しておく。必要に応じて、連絡をくれ」
「まぁ、使ったことはあるからいいけど…こっちからの探知はやったことないよ?」
2つとも受け取りながら、彼女がはっきり答えると、ヴァンはポーチから少し大きめの板のような端末を取り出した。
「少々嵩張るが、周辺にある発信石の位置を知らせる端末だ。必要に応じて魔力を注いで使ってくれ」
「ヴァンはどうするの?」
彼のポーチも大きくはない。受け取った端末が2つ入っているとは思えないが、彼は右手の指輪を見せるように軽く上げた。
「発信石同士、引き合うように繋げてある。別にそれがなくとも追跡くらいわけがないよ」
彼女の心配も杞憂に終わったところで、ヴァンは再度聞いた。
「さて、他に質問は? 無ければ、今日は日が沈む前に出発しよう。」
「とりあえず、また聞くことがあったら連絡するよ。じゃあ、立ち位置的にあたしはこっち方面を探せばいいかな?」
話もまとまったところで、クリムが右手を向いて、ヴァンも左手方向を向く。
「そうだな。お互い、それなりに収穫があることを祈ろう。―じゃあ、また何かあったら連絡してくれ」
「了解。また、夕刻に合流しましょう」
2人はそれで話を終え、早速お互いの目的のために歩き出した。
クリムと分かれ、森の中へと入っていったヴァンは、大した時間も経たずに昨日見たものと同じ、巣穴を見つける。
ただ、昨日とは異なり、落ち葉で上手く隠されていたが、ヴァンもこういう探し物は慣れている。簡単に見つけた所で、一足先に工作を始める。
とは言え、大したことではなく、事前に買っていた感知石と発信石を指輪の魔力を使って接続し、"動きを感知すると発信する"機能に改造して、巣穴の影に隠しておく。
山賊たちが時折街道に仕込んでいる、地中に仕込んだ鳴子と仕組みは変わらない。魔力で代用できる分、設置の手間が軽減されただけで、求めている機能に差異はない。
やる事を終えて、ヴァンも離れようとした時に、背後で枝の折れる小気味良い音が微かに聞こえ、ヴァンは右手を構えて振り返る。
「……、」
こんな森の中にいるとしたら、まともな人間ではない。声でのけん制は無意味と判断したからこそ、無言での動作。
しかし、明確な敵意ははっきりと向けており、しばし沈黙が続く。勘違いかと右手を降ろすことはなく、むしろ、彼は音のした方向へと角を発射して、木の幹に突き刺す。そこから近付く、なんてことは無く、指輪の魔力を使って身体強化、そのまま突き刺した木を力尽くで引き抜いて不審者の元へと続く、細い一本道を作り出した。
それで巻き起こった土煙が立ち上って、その向こうでは予想外の行動に焦って動いているのだろう。明らかに物音が聞こえ、そちらに向かってヴァンが駆けていって、敵よりも先に攻撃しようとして―真っ白な、細い腕が見えた。
「――!?」
予想外の相手に、ヴァンも振り下ろそうとした左手が止まる。
そして土埃が晴れた時、ヴァンの目の前には、昨日出会った少女が怯えた様子で腰を抜かしていた。こんな状況だと言うのに、彼女の外套はうまく顔を隠しており、素顔は見えない。
彼女は、こちらに害を成そうとする相手とは思えない。何故、こんな所にいるのかという疑問はあるが、ヴァンは敵意を抑え、指輪による強化を解除する。そして、まだ怯えたままの彼女の前で跪いて、目線を合わせる。
「お前だったのか。敵かと思って、怖がらせてしまったな」
こちらは敵意が無いことをアピールしながら、普段、魔女たちと同じように王子様の仮面を被って話しかけるが、兜越しでは表情も見えるわけがないと気が付いたのは少し冷静になってからだった。
それはさておき、静かに対応してやって、ようやく彼女も追いついたようで、やっと話を聞いてくれそうだった。
「喋れるか?」
彼女を立たせてやり、体に付いた砂埃を払ってやる。しかし、まだ腰が抜けていたようで、またへたり込んでしまったのを見て、ヴァンは再び彼女の手を取って、そのまま背負ってやる。
「よっと」
鎧も着ていたクリムと比べると、びっくりするほど軽い。そしてヴァンの突然の行動にびっくりしている彼女に向け、彼は静かに聞いた。
「家まで送ってやる。場所を教えてくれ。このまま放っておく訳にはいかないか――」
恐らく、この辺りに住んでいる子だろう。どこであろうと、送り届けるのは大した時間は取られないと思っていたところ、思わぬ来客がやってきた。
「アウロラ!!」
後ろの少女が初めて、鈴を転がすような声を出して、彼の前に現れた巨大なトカゲ―ラセルタを呼ぶが、大きなトカゲは唸り声をあげた。
「やるのか?」
思いもよらない相手に動揺することなく、ヴァンが静かに敵意を向けると、ラセルタも勝てないと悟ったのか、警戒しながらも構えを解いて、静かにこちらを睨みつけている。
「……コイツは、お前の所の奴か?」
言葉も喋れるのは分かった。ヴァンもこれをきっかけに、少女に話しかける。
少なくとも、このラセルタが襲いかかることが無かったのは、彼女なりに警戒を解く理由になったのだろう。
「うん…でも、こんなに怒ってるのは初めて」
無邪気というより、悪意を知らずに育ってきたのだろうか。2人の間に走った緊張も分かってないまま彼女が呟くのを見て、ヴァンも少しバカバカしくなって、ラセルタに近付いていく。
「……おい、そこのラセルタ。逃げるなよ」
ヴァンもラセルタに命令して近付いていくと、限界まで警戒をするも、逃げ出そうとはしない。それを確認して、腕の届く位置まで近付いたところで、少女を抱え直して、ラセルタの背中に乗せる。
「……っ!?」
流石の意外な行動に、ラセルタも目を丸くしていたが、ヴァンは改めて両手を空けた状態でも敵意を見せず、少し屈んでラセルタと目を合わせる。
「お前、俺の言葉が分かるな?
今回は、何も見なかった事にしてやる。さっさと行け」
―改めて近くでこのラセルタを見たところ、人に飼われていた可能性が高い。本来であれば、ラセルタには背中にも複数トゲが生えている筈だが、鞍を着ける際に邪魔になるからだろう、それを綺麗に削ぎ落とされている。更に長時間鞍をつけて荷物の牽引をしていた名残である、両肩の跡もあり、この少女への執着も含め、何かの理由でこの子を連れて逃げ出した個体か何かだろう。
だとしても、この場で狩ることも出来なくはない。逆に言えば、ここで狩る必要も無いと言えば無い。むしろ、ヴァンとしてはこの少女があんな強壮剤を持ち歩いていたことの方が興味深く、その解明に泳がせた方が結果としては得だろう。
慈悲ではなく、今秘めている謎の解明が目的であり、ヴァンは自分の言葉を理解したと思われるラセルタから離れて見逃そうとした所で、少女が改めてこちらを見た。
「お兄さん、来ないの?」
「…? お前の保護者は見つかっただろう? わざわざ着いていく必要はない」
彼としては、もうやることは済ませた。後はお互い合わなかったことにするだけだが、彼女としては違う意味だったらしい。
「だって、わたしの家、知りたいんでしょ?」
確かに、ヴァンは家を教えろと伝えたが、そう解釈されるとは思わなかった。流石のラセルタも驚いているが、少なくとも彼を敵だとは認識していないようで、迷いながらも姿勢を低くして、乗りやすい体勢にしてくれた。
「……本気か?」
ヴァンもラセルタに再確認するが、諦めたように目を閉じて、くるるる、と唸るのみ。ヴァンもそれを見て、一礼してからゆっくりと背中へと乗る。
「―じゃあ、少し世話になるぞ」
「おー! じゃあアウロラ、よろしくね!」
ヴァンも大人しく乗った所でラセルタが立ち上がり、徐々に加速しながら森を駆けていく。
野生のラセルタに乗ったことは初めてだが、鞍も何も着けていないというのに、滑らかなで柔らかい鱗は乗り心地も悪くなく、ヘビのように、ぬるりと木々をすり抜けていく。
そのまま走っていくと、ヴァンも見覚えのある―巣穴が見える。嫌な予感がするも、ラセルタは減速する気配はない。ただ、姿勢を低くして、少女もそれに倣ってぺたりとラセルタの体にしがみつく。ヴァンも諦めて出来る限りしがみついて、その後やってくる衝撃に備える。
「――!!」
案の定と言えば案の定。この少女に比べて体の大きいヴァンの背中はしっかり低い土の天井に擦られる事となったが、彼の着ている服が少し汚れた程度で済み、擦り切れるほどでは無かったのは不幸中の幸いだろう。更に低く作られていたのは入り口だけで、擦れたのは入った直後だけと言うのもある。
巣穴をラセルタが進んでいく内に、どんどん穴も広がってきていて、水の匂いが気になる頃には体を起こしても全く問題ない位には広がっていた。
時速で言えば、40km/h近くの速さで走っていたが、途中から徐々に減速しており、水の匂いが強くなってきた頃には、ゆっくり歩くようになっており、2人は目の前に広がる鍾乳洞をじっくりと見ることが出来た。
「―話には聞いていたが、地下水脈は本当にあったのか」
そこにあったのは、水の流れで自然に削れた岩から作られている、淡い光に照らされた幻想的な洞窟。高さはそれほどでは無いが、3mほどはあり、人や生き物の通り道としては問題ない。
ラセルタの進む道の脇にはこの道を作ったであろう大河が流れており、その水底で自生する光る苔や洞窟に群生するキノコが、光源のかわりとなってこの景色を保っている。
この風景に見惚れて眺めていると、ラセルタが小さく鳴く。その言葉までは分からないが、ここを見るだけの時間はもういいだろう、と彼が解読して、大丈夫だ、と伝えるように彼の背中を軽く叩いてやると、再び加速した。
「うぉっ!」
その一方で少女はその言葉に気付けなかったので、ラセルタの加速の勢いに踏ん張れずに後ろに倒れ込むが、それはしっかりとヴァンが受け止める。
「大丈夫か?」
よく見ると、ボロ布を幾重にも重ねて、目を覆い隠しているように身に着けていたことに気がつくも、彼は何も言わずに安否だけ確認する。
しっかりと受け止められた彼女は、その温もりを確かめるように、こちらに身を預けてきた。
「……お兄さん、本当に何者?」
彼女は、無邪気にヴァンの正体を聞いてくる。きっと悪意はない。1度敵意を見せたとは言え、ここまで"普通"に接してもらったことが無いのだろうか。あまりにも無垢な反応に、彼も困惑しながら答えた。
「――さぁ、何だろうな。
俺はずっと、"吸血鬼"だと思ってる」
ヴァンの言葉を聞いて、彼女は笑った。
「―変なの。でも、それが君の名前なの?」
確かに変なことを言っているのだろう。ヴァンもその自覚はあるが、そう答えるしかなかった。
「あぁ、俺はヴァンだ。よろしくな」




