第6節 5
虫除けの香も焚いて、2人は焚き火を囲いながら世間話をしている内に、夜も更けてきた。
「―眠いのか?」
うつらうつらと舟を漕ぎ始めたクリムを見て、ヴァンは装備の手入れをしながら聞く。
「…ん、ちょっと、ね」
「不寝番ならやってやる。寝てていいぞ」
自分の作業に集中しながら彼が告げると、彼女は気が抜けた顔で答える。
「本当? それじゃ、甘えさせてもらおうかな…。でも、流石に悪いから途中で交代するよ…」
「分かった、適当なところで起こそう」
ヴァンもしっかり約束したところで、彼女は地面に座り、座っていた椅子代わりの丸太を抱きかかえ、そこに頭を置いてから寝息を立て始めた。
クリムが寝始めてしばらくして、彼女も寝入ったのを確認したところで、ヴァンは手入れを終えた装備を改めて着け直す。弱くなってきている火に薪を焚べて、勢いを取り戻してから、ポーチにしまっていた、今日の昼にもらった薬の入った水筒を取り出す。
閉じていた蓋をこじ開けて、改めて中身の赤い薬品の匂いを確認するが、よく知る強壮剤と変わらない、どことなく甘く、苦い匂い。
左手の手袋と爪を外し、直接掌に数滴垂らして軽く舐めてみるが、やはりよく知る味だ。
(……ウチの強壮剤の出所は聞いたことはないが、この辺りにあるのか?
ただ、あの子はあまり人との関わりはしていないように見えたが近くの農場で働いてるだけの子供か?)
それに、この薬の製造所が近くにあったとして、本来、木の水筒という簡素な容器に入れるわけがなく、ガラス製のアンプルに入れられる事が多い。
(強制労働施設での強壮剤として支給されていたりするのか…?
確かに夜通し働きづめには出来るが、その分の反動もデカいだろうに)
そこまで考えて、頭によぎる、1つの可能性。近くに村はあるとは言え、こんな山中であれば国の機関の介入も入りにくい。だからこそ違法の取引に選ばれることもある。
その運搬にラセルタが利用されていると考えれば、今回の件とも辻褄が合う。
あまりにも証拠が少なく、思い込みの面が殆どではあるが、可能性としては否定できない。
万が一、そういう場所があるのであれば、昼にあった少女を探して、接触できれば事実にも近付くだろう。
断言はできないものの、今回の件で妙なことに巻き込まれる可能性も考えて動くべきだろう。それともう1つ、忘れかけてはいたが、大事な任務もある。
それは、近隣にいる可能性の高い魔女への接触と、それを餌に釣り出した魔女狩りの拘束。
(…ただ、)
ふと、彼の近くで眠る、クリムを見た。
―今、この場で眠っている彼女が、魔女狩りであるということを否定できる要素がない。
単独行動を好む魔女。敢えて話は合わせたが、今回の依頼―魔女協会から傭兵組合に送られているのは、魔女の捜索依頼。確かに同時期にケイからも最初はヴァン宛に飛ばしていた依頼も傭兵組合に回していたと話していたが、そこから更に下請けの調査依頼に回っている可能性はないことは無いが、現実的な確率なのだろうか。
傭兵組合の形式についてはヴァンも詳しくないため、そんな下請けの下請けみたいな真似をしているか、確信はない。
更に、本人に聞いて揺さぶろうとしても、既に魔女協会の所属であるヴァンが、ラセルタの討伐のために動いたあとだ。上手く誤魔化されるのが関の山だろう。
それ以上に、魔女協会が魔女狩りを認知しているのは、あちら側も知らないわけはないだろう。下手に探って、余計な警戒を持たれても面倒だ。
ヴァンが今回、彼女に協力を提案したのも、そういった狙いが半分、本心から興味があるのも半分だった。
事前にラセルタの追跡を出来たのは、その本心を隠すには好都合。その甲斐もあるのか、彼女も今は無防備で眠ってくれる程度にはこちらを信頼してくれている。
とは言え、ヴァンとしては、彼女もそこまで愚かではないと薄々察している。この行動含めて、ヴァンを油断させるための策であるという可能性は捨てないでおく。
「……はぁ、」
確実ではないからこそ、余計に考えることが増えている。そして、不用意に疑惑だけで行動を起こして、仮に間違いだったとすれば、こちらとしても大きな被害を被ることになる。
確実な証拠を掴むまでは動けないというもどかしい状態に、ヴァンは深いため息を吐いてから、暇になったので何も考えずに火を眺めていることにした。
「――と、もうこんな時間か」
こんな真夜中の山中で誰か来ることはなく、気がつくと空も白くなり始めていた。
「起きろ、交代だ」
少し弱くなっていた焚き火に追加の薪を放り込み、静かに眠り続けているクリムを突いて起こす。
「……ん、」
彼女もすぐに目を覚まし、眠そうに目を擦ってから、すぐにこの状況を思い出し、目を開いた。
「起きたか、俺も少し仮眠を取る。村に入れるタイミングで起こしてくれ」
ヴァンは冷ましておいた蒸留水の入った水筒を渡しながら、淡々と話したあと、丸太の椅子に座ったまま俯いていたと思ったら、寝息を立てて眠り始めた。
「……はやっ」
寝起きの水を飲んで目をしっかり覚ましたクリムも、あまりの切り替えの早さに少し引いていた。
そしてしばらくして、日も昇り始めた頃。薪の爆ぜる音と、焼ける匂いで目を覚ました。
「……、」
「あ、起きた?」
物音に反応してヴァンが顔を上げると、目の前で燃える焚き火を使って、何かの肉を焼いていたクリムの姿が目に入った。
「……あぁ、何か、焼いてるのか?」
少し寝足りないが、多少なりとも睡眠は取れた。空もある程度明るくなっており、大体3時間程度は眠れただろう。
枝に突き刺して炙られている肉を見ながら聞くと、彼女は水筒を手渡しながら答えた。
「門番さんが、分けてくれたヘビだのなんだのを焼いてるのよ。ちゃんと下処理も済ませておいたわよ」
「そうか、それは助かるな。焼けたらいただこうか」
兜の蝶番を外し、下半分を露出させてヴァンはそう言って、まだ少しヌルい水を飲み込んだ。
余計な内臓や皮を処理して、香辛料と塩で簡単に味付けをした魚やヘビの串焼きも焼けたので、2人は命に感謝しながら頂くことにする。
そこまで量はないが、夜通し動き続けていた体には染み渡る。更に蒸留した時に使った鍋を使い回し、下処理で余った皮や骨をダシに、野草を加えて作った簡単なスープも2人で分け合って飲む。
「野宿なら、上等な飯だな」
「そうだね」
質素ながらもきちんとした食事にありつくのは、何もない野宿ではなかなか難しい。お互いに文句は言わずに今食べている食材に感謝しつつ、しっかりと平らげた。
「―さて、馳走になった。
ところで、協力を提案して悪いんだが、俺は1度王都に戻って別の準備をしようと思っている。必要な魔道具を回収してすぐ戻ってくるが、お前はどうする?」
焚き火の片付けもしながら、ヴァンは今日の予定を伝える。
昨夜、巣穴を経由して移動しているラセルタであると情報を得られた。その情報から、こちらもそれ相応の対策を考えている。その為の道具を取りに向かうと伝えると、彼女は少し考えてから、聞いてきた。
「どこに行くか次第だけど、あたしも着いて行っていい?」
「構わんよ。道具と言っても、魔道具の商店の方だ。魔女協会までは行かないからな」
彼女が何を考えて、同行を告げたのかまではわざわざ聞くことはない。ただ、彼女としてもヴァンと行動していたほうが安全であると考えているのであれば、推察することはできる。そして、今回、魔女協会には向かわないと告げた時点で、彼女は少し表情を綻ばせた。
「それなら着いていくよ」
その変化に気付いていない訳では無いが、ヴァンもそれ以上は何も追求せずに答える。
「そうか。片付けが終わったら、時間も惜しいしすぐに向かおうか」
「分かったよ」
片付けを終えたところで村にも入れるようになったので、彼らは予定通りに1度、王都に戻ることにした。
「それで、何を買い足すの?」
同じ転移石で帰ってきて、親しそうに話しているクリムとヴァンを見て、周囲の人達は奇異の目で見ているが、一切気にせず2人は話を続ける。
「とりあえず、発信石と感知石だな」
「なるほど。件の巣穴に置くのね?」
「そういうことだ」
ラセルタが巣穴を通ってこちらに来ているのであれば、その巣穴からの移動を感知できるようにすれば良い。とても単純な方法に彼女も納得して、思い出したように聞いてきた。
「それはいいけど、ただの発信石だけ買っても、上手くはいかないんじゃないの?」
彼女の言う通り、発信石とは、あくまで居場所を使用者に伝えるための石。そして感知石は動きを感知することのできる石ではあるが、この2つの石を同時に置いたところで、狙った機能を発揮する事はない。その当然の問いかけに、彼は面倒そうに答える。
「そこはちゃんと考えてある。実際にやって見せてやるから、安心しろ」
「…まぁ、ヴァンの方が本職だもんね。大人しく見てるよ」
「よろしい」
彼女も大人しくさせたところで、丁度目当ての雑貨屋にも到着し、2人は中へと入っていった。
目当ての魔石だけではなく、今回の狩猟は少し時間がかかると判断した結果だろう。その他、いくつかの携帯食料と虫除けの香、その他閃光弾や音爆弾といった、戦闘用の道具もいくつか買い足していく。―食料だけではなく、この辺りの道具も、別に自室に戻ればいくらでも補充できるのだが、ヴァンとしては魔女協会へと戻りにくい状態なので、大人しくここで買い足しておく。
そして必要な分を粗方揃えてから、会計の前にクリムを拾おうと探していると、普段は立ち寄らない女性向けの雑貨のところで何かを見ていた。
「何を見ているんだ?」
「――うぅん、何でもない」
わざとらしく、彼女は誤魔化すようにこちらを向いて笑うが、その視線の先にあったものに気が付き、彼は何食わぬ顔でそれを―香水を手に取る。
「―あ、」
兜で顔を隠したヴァンの顔は見えない。ただ、彼は特に怒った様子も、呆れた様子もなく、淡々と続ける。
「香水か。こうして満足に水浴びも出来ないことも少なくはないから、気持ちは分からんでもない。
個人的に使うのか?」
「こっちだって、こんなんでも気にするんだよ」
ヴァンの問いかけに不満そうに彼女が答えるも、彼は首を横に振って続ける。
「俺に着いてきてくれると言うなら、匂いの強い香水は少々いただけないと思っただけだ。それならそれで、俺もたまに使う香水もあるから、そちらを使ったほうがいい。
ただ、普段のお前は知らんがそんな香りの強いのが好みなのか?」
手に取った香水は、濃いめの匂いが付いたものであり、知り合いにも似たようなものを好む相手はいる。彼としては否定するつもりはなく、単純な興味で聞くと、彼女は少し言いにくそうに答えた。
「ヴァンを男として見て聞くけど、こんな、土と血の臭いが染みついた女は嫌じゃないの?」
「いや、あまり気にはしないが…。俺に限った話でよければ、香水の強い匂いは好きではないな。
世の中の男は知らん」
彼ははっきりと答えると、クリムは意外そうにこちらを見てきた。
「…お世辞の出任せじゃなくて?」
「魔女協会にいる、おべっか使わなきゃいけない相手でもないのに、何でそんな事しなきゃいけないんだ」
淡々と告げ、それを聞いたクリムはヴァンから香水を受け取って、棚に戻した。
「…じゃあさ、さっき君が言ってた香水教えてよ」
「構わんよ」
クリムの視線を感じながら、2人は店の中を歩いていき、たまに使っている、男女共用の匂い消しの香水を探す。
「まぁ、香水というより消臭剤に近いがな。使い勝手がいいから、外回りで水浴びもできない時にはよく使ってる」
そう言って、傭兵用の棚に戻ってきたヴァンは、慣れた様子で手のひらに収まるサイズの香水の瓶を手に取る。
「…あ、これ聞いたことある。
やっぱり、結構効果あるの?」
彼女も仕事柄、使っている人は見たことあるのだろう。
「自分の匂いが気になるほど、長期間水浴びをしなかったことはないが、追跡をしてる途中に使ったことはある。狩る対象の中には、匂いでこちらを判断してるような連中もいるからな。そいつらが結構騙されている辺り、効果はあるのだろう」
「へぇ〜…」
実感はないものの、結果で効果を示していることもあり、彼女も興味深そうに見ている。
「まぁ、気になるなら村に戻る前に風呂に入ってきてもいいが」
今回に限ってこんなことに気を遣うのは、ヴァンを意識しているのもあるのだろう。遠回しに聞くも、彼女ははっきり断る。
「いや、大丈夫。今回の件だって、元を正せば夜になる前に村に戻れなかったのが原因だからね。
昼に使える時間を削るほどじゃないし」
「そうか。それなら、さっさと戻ることにしよう」
「うん、そうだね」
彼女の言う通り、2日連続で締め出される訳にはいかないが、だからと言って仕事に手を抜くつもりはない。用件を済ませて、日が高い内に仕事に戻ることにした。




