第6節 1
シャバルガンから魔女協会に戻ったヴァンは、早速装備を整えて、狩りへと向かう準備をする。
『今回の仕事は、名目上、ボクがこの前流した大型の爬虫類たちの仕事の一環としている。魔女協会にも流した依頼を、君がこなしている、と言うのが筋書きだ』
協会に戻ってくるやいなや、出待ちしていたケイから受けた説明を思い出す。ここまで見越して動いていたと思うと用意が良すぎる気がするが、あの得体の知れない女にあまり深入りするのはヴァンの本能が警鐘を鳴らすため、何も聞かずにそういう依頼として受け入れていた。
本来の目的は魔女の保護と、魔女狩りの誘い出し。しかし、建前とは言え竜狩りの準備をしないわけにはいかない。仮に大型の爬虫類たちと戦闘になった際、準備不足で敗走したり、魔女狩りとの戦闘に支障が出るようであれば、生き恥だろう。ヴァンが末代となるつもりであるとは言え、色付きの竜狩りとして、恥ずかしくない生き様を見せるべきだろう。
ヴァンはそんなことを思いつつ準備をしていたが、対人用と、対竜用の装備には結構な違いがある。小さなポーチには入り切らない装備を見て、仕方なしと言いたそうに2つに分けて装着することにした。
戦闘時に事故となる要因になりそうだが、だからといって装備を減らして勝率を下げるくらいならこの形が最も効率的だろう。
「……、流石にこれはキツイな」
普段、対人では右手に装備しているクロスボウを手に取るも、ボルトのカートリッジならまだしも、腕ほどの長さがあるクロスボウを腰に取り付けて動く気にはなれない。
「……まあ、これでいいか」
改めて、右手に装備した"竜狩りの爪"を見直して一緒に目についた指輪たちも見るが、何も言ってくることはない。しばらく里帰りしていたからか、静かな指輪を抜けないように嵌め直したところで準備を終えたヴァンは、最後に髪を纏めてから兜を被り、外へと出ていった。
出していた仕事道具は全てキレイにしまい、殺風景になった自室から出てきた所で、ケイがまた出待ちしていた。
「や。準備は終わったかい?」
「終わったが、まずは関係者ヅラして当たり前のように魔女協会の本部の廊下をうろついていることをツッコめばいいか?」
ヴァンの当然の言葉に、彼女は笑ってごまかす。
「ご存知の通り、ボクは特権階級だからね。色々な所にコネクションがあるのさ」
「それは恐ろしいな。で、実際の所、マスターにどんな条件で取り入った」
適当に受け流しながら核心を突くと、彼女は今度は困ったように笑う。
「そうだねぇ。それははっきり答えられないけど…簡単に言えば君の身柄かな?」
「俺のサポートをする代わりに、ということか?」
ふざけた事を言っているが、敢えてきちんと解釈して聞き返すと、彼女はにやりと笑う。
「そうとも。希少取引所としてのお得意様である以上に、同じく黒竜を追いかける者として、ボクはキミに興味がある。
長生きとは言え、戦士でもあるキミの師匠は簡単に取り入れたけど、あの古狸―おっと、ここの会長様は中々に手強い相手だったからね。
信用を得るまではなかなか支払いも必要だったよ」
つまるところ、この短期間で三英雄の内2人を懐柔したと当然のように語るケイに、ヴァンは頭が痛くなる。
「……お前、本当に何処にも所属してないんだよな?」
「勿論、こんな美味しい役回り、他の連中と共有なんてしたくないからね!」
そう言う彼女の言葉に偽りはないと信じたい。事実、彼女もそのコネを悪用している様子はなく、信用はしてもよいのだが、ヴァンという人間として、信頼するのは危険だと思ってしまう。
言葉には出さずともその雰囲気で何か察知したのだろう。彼女は上機嫌に先回りして続けた。
「別に、キミは普段通りに付き合ってくれれば構わないよ。ボクが逆の立場なら、絶対に付き合いたくない人間だしね」
「自分で言うのか…」
そうやってケラケラ笑っている彼女は、きっと悪い人間ではないのだろう。しかし、女関係では散々迷惑を被ってきただけあって、この女との親密な関係は危険だと警鐘を鳴らし続けている。
「まぁ、いつも通りに使わせてもらうぞ」
「そうしてくれ」
改めて付き合い方についてお互い確認したところで、彼女は思い出したように聞いてきた。
「オーキスとプラナから聞いたけど、件の魔女狩りの征伐に向かうんだって?」
「……なんでそこまで聞いてるんだ?」
彼ら3人にしか知られていないはずの作戦について、当たり前のように聞いてきたのは、流石に警戒心を顕にして確認するも、彼女は相変わらず笑いながら答える。
「冷静に考えてみなよ。今回、キミが受けている依頼主は誰かな? そう、このボクだ。
流石にそんな不審な依頼の受け方をされたら、確認せざる得ないじゃないか。なにせ、本来はキミを優先に持ってきた依頼なのに、残りは他所に回るように話した後、改めてキミが受けたんだよ?」
彼女の言う通り、今回の依頼含め、黒竜の影響で活性化した大型獣の狩猟の依頼は、元はといえばケイ経由でヴァン宛に流された依頼。1度は断った依頼を、この短期間で受け直していることを考えれば、彼女の言い分は尤もである。
「…それとそうだな」
反論の余地のない正論に負かされ、ヴァンも素直に負けを認めると、彼女は話を戻す。
「まぁ、そこはどうでもいいよ。ボクとしては、ちゃんと仕事を果たしてくれる人が受けてくれる分には利益しかないからね。
で、ここからが本題なんだけど、まだこの前話した密輸の話は覚えてるよね?」
「覚えている」
隣国に囚われているとされる戦争の火種の調査、誘拐を含めた隠密作戦の件。その為の準備を彼女は、1つ、提案した。
「今回、ボクは囮として魔女の用意を頼んだと思うけど、その囮に魔女狩りを使えないかな?」
「……正気か?」
とんでもない提案に、ヴァンも流石に驚きを隠せずに聞き返すも、彼女は真面目に答える。
「勿論、五体満足である前提だけどね。少なくとも、捕らえて利用することができれば、有事の際に使える駒が1人増えるわけだ。たった2人でこなす任務にしては重すぎるし、便利な協力者がいる分にはこちらとしても助かる」
「それは危険な賭けでもあるだろ。逆に、魔女狩りに裏切られて暴れられたらどうする?」
ヴァンの懸念に対し、彼女は笑顔を崩さずに答える。
「その時は、責任持ってボクらで始末して、継承先の魔女を連れて帰ればいいだけだ」
「…お前、本気で言っているのか?」
少しの敵意と嫌悪感を見せて、聞き返すも、彼女は張り付いた笑顔のまま答えた。
「勿論だ。悪いが、今回の作戦に関しては、ボクも相応の犠牲を支払う覚悟で計画している。
戦争になれば、味方敵関わらず、多くの命が失われる。それを避けるために、たった2人の命で済むならボクは迷いなく殺せるよ」
普段からは考えられない、無感情な声。ヴァンも同じ仮面を被ることはあるが、彼の比にならない程冷めきっており、ヴァンも気圧されて言葉を失う。
初めて見せる顔に戸惑っていると、彼女もそれに気が付いたのか、すぐに普段通りの顔に切り替わる。
「――っと、悪いね。
悪いけど、今回の計画の立案者であり、責任者はボクだ。依頼を受けるからには、ボクの指示に従ってほしい」
「そう、だな」
戸惑いながらも、ヴァンもそれ以上深く聞くことはせず、脱線していた話を戻した。
「結局、どうするかはこの後の結果次第だ。
俺も努力はするが、失敗する可能性もゼロじゃないからな」
「それは分かってるよ。こちらも1つだけのルートで絞って計画するわけじゃない。その時はその時でどうにか組み立てる」
ヴァンの忠告にケイも了承し、そんなことをしている内に玄関近くまで来ていた。
「―さて、話はこの辺りでいいだろう。よい連絡を期待してるよ、竜狩り」
「任せてくれ。また、何かあれば通信石で連絡する」
「頼んだよ。こちらも、しばらくは忙しいけどキミの案件は優先で消化するからさ」
その忙しい原因を作ってるのは、一斉に多方面から依頼の元請けになったからでは、というツッコミは野暮なので置いておき、ヴァンは彼女と別れていった。
――そして元々受けていた、大型獣の調査依頼先でもある、王国の傘下にある山間部を切り開いて作った村にやってきたヴァンは、早速村長と名乗る小柄ながらも筋骨隆々な中年の男から、依頼の説明を受けていた。
「まずは、わざわざ色付きの竜狩りに来てもらって非常に助かる。最近、各地で騒ぎになってる特定の獣の調査だったな。
見ての通り、ここの村は周囲が山に囲まれてて、近くにある鉱脈と高所で採れる野菜とか果物を特産品として交易している。それで、問題になってるのが俺らじゃ撃退の難しいデカブツ達だ」
村長から、事前情報と同じ情報を確認し、ヴァンも答える。
「そのように聞いている。被害は結構でかいのか?」
「今のところ、作物の影響はない。ただ、この辺じゃ見ないようなデカいトカゲが、最近よく見られるようになってる。
獣対策の柵を張ってるのもあって、侵入はしてこないようだが、あの巨体で体当たりなんかされたら、柵のほうが危ない。
それに、それが崩れるとこっちも他の獣まで監視をしないといけなくなるし、そうなると仕事が成り立たなくなる。
そうなる前に、解決してほしいってことだ」
「なるほどな。実害はないが、放置しておけば間違いなく損害につながるから、ということで良いな?」
狩猟の理由は人それぞれだが、選り好みするつもりはない。しかし、依頼である以上、報告の義務がある。報告書もあまり空白にすると、文句を言われることもあるので一応確認したまでだが、気になる単語も聞こえた。
「ところで、アンタがさっき言っていた果物ってのは、果樹園でもあるのか?」
「ん? そうだな、果物はそれなりの広さの果樹園を共同で回してる。王都にも卸してるやつだし、お前も聞いたことがあるんじゃないか? 森王って銘柄だ」
「……それは、本当に真面目に仕事をしてやらないといけないみたいだな」
銘柄を聞いた途端、俄然やる気を出したヴァンを見て、村長は笑った。
「なんだ、知ってるのか?」
「なかなか有名な銘柄だぞ。俺も好きなヤツだ」
「そりゃあ良かった。一応、ここの村なら土産としても売ってる。金もありゃ落としていってくれ」
「そうさせてもらう」
村長の販促に即答し、ヴァンはさて、と背中を向けた。
「買い物か?」
「仕事に取り掛かる」
村長の茶化しに対して、彼は大真面目に返し、彼も片手を上げる。
「おう、期待してるぜ」
「あぁ、早めに成果を報告できるようにする」
「早く買い物もしたいもんな?」
「ほざけ」
「―これをくれ。すぐに食うから、袋はいらない」
「毎度!」
そんな事を言って村長の家から出て数分もしない内。早速ヴァンは土産屋でこぶし大ほどある、黄色い薄皮の丸い果実、森王を買っていた。しかも1つではなく、3つも。




