第5節 幕間 前編
「―それで、2人はどうやって知り合ったんです?」
最近になって、毎日のように行っている、魔女の騎士団のトップクラスと名高いヴァンとシルの組手の後。例に漏れずボコボコにされて訓練時のベンチで休んでいたヴァンと、集中しすぎて疲れた目を休ませるため、目薬を差していたシルに向け、先ほどまで見学していたルナが突然聞いた。
「突然だな」
肩で息をしながらも、口調だけは普段通りにヴァンが聞き返す。
「いや、少し前にヴァンが連れてきたって言ってたからさ。ここの所、シルもヴァンの訓練に嫌な顔しないで付きっきりだし、それだけのきっかけがあったのかなって」
普段は自主鍛錬と他の団員の指導ばかりしているだけに、異様に映るのだろう。シルも普段の自分の行動を思い返して、思う所もあるのだろう。軽く笑ってから答える。
「別に、大した理由はないよ。僕にとってもヴァンとの組手は有益なのと、ヴァンがそれを求めてるからね。友人として、それに応えてるだけさ」
それっぽい理由を述べられ、うまい事かわされた気もしたので、ルナは珍しく引き下がらずに食いつく。
「そうだとしたら、仲のいい人も結構いるよね? そういう人たちにも頼まれたら素直に応じるの?」
我ながら意地悪な聞き方だとは思うが、口に出たからにはもう撤回はできない。シルも困ったように笑って、一瞬疲れて項垂れたままのヴァンを一瞬見てから答えた。
「そう言う聞き方はずるいねぇ。でも、そう聞かれるとヴァンは特別だね。僕が組手で過集中になってまでやり合うのは、今のところヴァンくらいだよ。
―何せ、殺しかねないからね」
笑顔で最後の言葉を漏らし、ヴァンも顔を上げる。
「…そういう事だ。あんまり、シルを困らせてやるなよ」
余計なことをこれ以上言わないようにも、ヴァンがこの会話を打ち切るように促す。更に興味が湧いたルナに向け、シルは彼の方を叩いてから囁いた。
「話を聞きたければ、また後で僕らの部屋においで」
「…………、」
それが聞こえていたか分からないが、ヴァンは露骨に不機嫌そうになり、1人立ち上がる。
「俺は先にシャワーを浴びてくる。お前らは?」
「いや、僕はもう少し体を動かしてからにするよ」
「俺も、折角なんで見学してきます」
シルとルナが残ることを告げるも、ヴァンはそれ以上興味を示すことはなく、1人で訓練場から出ていった。
「―悪いね。僕との馴れ初めの話ってなると、ヴァンの昔話にもなるからさ。あの人、そういう話が嫌いなのは知ってるでしょ?」
「…あぁ、なるほど」
あまりにも露骨に機嫌が悪くなったので何事かと思っていたところで、シルの説明を聞いてルナも納得する。それで、改めてルナが確認する。
「―やっぱり、ヴァンは特別なんですか?」
人によっては間違って受け取りそうだが、シルは素直にその言葉を受け取り、躊躇なく答える。
「勿論。今の僕がこうやって好きに働けてるのも、ヴァンと出会えて―ゴルを引き取ってくれたからだからね」
「……?」
シルの言葉に少し違和感を覚えるが、彼はそれ承知の上で続けた。
「まぁ、どういう意味かは後でちゃんと話すよ。まずは、クールダウンで30分軽く流そうか」
「軽く…?」
この体力オバケの筋肉ダルマの基準が、自分たちの知るものとは全く異なることを実感しながらも、ルナはサンドバックに向かったシルと一緒に、訓練することにした。
「じゃあ、サクッと10-1で軽く流そうか!」
「…………、はい」
10分打ち込み、1分休憩とかいう聞いたことないメニューを軽く、とか言い出してる相手と一緒ではなく、ヴァンと一緒に逃げるべきだと後悔したルナだった。
その後、シルのペースに着いていったおかげもあり、彼のクールダウンが終わる頃にはヘトヘトになってシャワー室に連れ込まれた。
その途中で魔女たちに見つかり、"お世話"の提案をされた事もあり、断固として拒否した結果、疲れた体に鞭を打って汗を流すこととなる。
結局疲れ切った体を引きずるようにしてシルの部屋に辿り着いた。
「……疲れた」
「ルナ君も、ヴァンみたいに空を飛ぶわけじゃないなら体を作ったらどうだい? 協力するよ?」
「…考えておきます」
極限まで体力を削られていることもあり、シルの提案も冗談とは思わず答えると、彼も笑う。
そんな話をしながら、ルナはシルの部屋へとお邪魔していった。
扉こそ、他の部屋と何ら変わりないが、中に入った途端、暖色系に飾られた玄関が出迎え、疲れた頭でも困惑が勝った。
「……えぇ?」
部屋の明かりを付けながら、靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、先に部屋に上がっていたシルは不思議そうに聞く。
「どうしたんだい?」
広い玄関ではないが、まず、綺麗に飾られたオレンジ色のマットがあり、下履きが並んでいたこと。その先の廊下の壁のあちこちに1枚の布やパッチワークで作られた小物が飾られており、同じ施設の部屋の筈だが、別世界のように感じる。
シルにとってはこの光景が普通なので、部屋で着替えながら不思議そうに聞いてくる。ルナもそれ以上反応はせず、そのまま部屋に入ると、また異世界が広がっていた。
カーテンだけではなく、テーブルや椅子、ベッドといった家具のそれぞれに可愛らしい飾り付けをされたおり、普段使っている堅苦しい部屋と同じ間取りだとは思えない。
「……あぁ、この部屋?
皆、初めて来ると驚くよね」
いつの間にか、体格的に特注にならざる得ない、大きめのゆったりとしたシャツとズボンに着替えたシルが笑う。
「この辺は、ゴルが?」
壁際のテーブルに、裁縫道具と作りかけの人形を見つけたので聞いてみると、彼は苦笑しつつ答えた。
「いや、この部屋の小物は僕が全部作った。これでも、小物を作るのは得意なんだ。それに、こうしておくとゴルも喜ぶからね」
そう言いつつも、本人は本人でそれほど満更ではないのだろう。少し自慢げに話した所で、クッションを敷き詰めたソファに座るよう促してくる。
「折角来てくれたんだし、お茶でも淹れようか。砂糖は使うかい?」
客人を座らせた所で、彼はすぐに棚から茶葉を取り出しつつ、備え付けの小さなキッチンへと向かって、ヤカンに火をかける。
「じゃあお願いします。…これも、昔から?」
敢えて皆までは聞かなかったが、それだけでよ意図は読み取れたのだろう。シルは、カップを用意しながらも気にした様子もなく答えてくれた。
「いや、裁縫はこっち来てから始めたかな。―僕もさ、次期長として立ち振舞いには嫌になるほど言われててね」
「なんか、すみません」
出身地の話になってしまったことを謝ると、彼は笑みを絶やさずに答えた。
「気にしなくていい。僕にとっても、もう終わった話だ」
「……、そうですか」
気にしていないと言っても、ルナが気にする。その空気を察したのか、彼はヤカンに向き合いながらも気さくに答える。
「クドいようだけど、終わった話だからさ。多少蒸し返されても、もうどうしようもない話さ。
それに、ヴァンとの馴れ初めとなれば、村の話は嫌でも必要になる。何せ、僕とゴルが村から逃げ出した時に出会ったのが、ヴァンだからね」
「……!」
まさかの話に、ルナも少し驚いて言葉をなくしていた所で、紅茶を入れたシルが戻ってきて、彼の前に紅茶を置いたあと、自分はルナと対面できる形で、裁縫机の椅子に座ってから話し出した。
「あれは、もう何年前だか…。
僕が、ゴルを連れ出した時の話だよ。
その前に今更になるけど、僕はこれでもゴルとの許婚というか、新たな長として、ゴルの家に婿入りする予定だったんだ。一応、その時から"過集中状態"の才能は見抜かれてたみたいだし、将来は僕らの村を率いるように決められていた」
突然語られたのは、シルの過去。魔女を捕らえ、その力を搾取していた事実はあれど、それを知るのは長とその周辺の一部。とはいえ、小さい集落だからこそ、知らない大人はほとんどいなかった。
その村で、数少ない若者の1人として育てられたシルは、元からの体の大きさや、時折見せていた過集中状態の片鱗を大人たちから評価されていて、次期の長として途中から教育を受けていた。それは、普通の教育だけではなく、今後自分の子を産ませ、次代の魔女を生み出すための道具―ゴルことゴルドラとの接し方も学んでいた。
「僕はね、きっとゴルには会っちゃいけなかった。あの村を正しく理解してしまった時から、僕の歯車はおかしくなってた。…いや、元からおかしかった機構にハマるように、矯正されてたのが、失敗したというべきかね」
彼の言い分はともかく、シルはゴルドラと出会ってから、ファウンテンという土地に疑問を抱くようになった。年端もいかない娘、しかもどんな経緯で生まれたとは言え、長が実の娘の足を切り落とし、監禁していたという事に強い疑念を抱くようになったのだ。
その異常性を異常と感じれるほど真っ当に、善良に育ってしまったのが、間違いだったのだろう。
ゴルとの接触を重ねるほどに、シルはこの村が異常であると理解してしまう。だからこそ、この歪みの原因である魔女と共に、外へと逃げようと決めたのだ。
「―だけど、それを悟られてはいけないって理解できるくらいには、僕にも理性があった。
だから、僕も拙いながらも策を練った。とはいえ、僕らの"初夜"には邪魔者が入ってこないのを利用して逃げ出す程度の事だけどね」
風習を利用して逃げ出す手筈を整えたが、所詮は子供が思いつく程度の策。当然、先読みされて村の出入り口は塞がれていた。その時のことを、彼は紅茶を啜りながら笑って話していた。
「まぁ、そうなるのも分かってたし、人気のない所に僕らが出られるくらいの隠し穴を用意して出ていったんだけどね」
―そうやって、この忌まわしい土地から逃げた2人は、脱走に気が付いて追いかけてきた、かつての仲間たちから逃げていた。その中でも、逃げていることさえ分からず、ただの遠出だと勘違いしてはしゃいでいるゴルに対し、シルの精神は削られていく。
「捕まったら、恐らくまともに生きられる道は用意されてない。自分で決めたことだけど、子供ながらの勢いでやった事の大きさに、冷静になって気付いてさ。
その時は本当に怖かったなぁ。体の感覚はないし、食事も水も喉を通らなかったし。それでも、ゴルは何も出来ないから、世話だけはしてやらないといけなかったし」
遠い目で話を続け、残っていた紅茶を飲み干した。
「―そんな時に出会ったのが、ヴァンさ。あの人が、僕らを見つけてくれたから、魔女協会に身を寄せることが出来た」
おまけ
ルナ「ところでヴァン兄っていつも肌は見せないよね。それに、出かける時はいつも日焼け止めとか使ってるけど肌が弱いの?」
ヴァン「別に隠してるわけじゃないが、めちゃくちゃ弱いぞ」
ルナ「……よく噂にはなってたけど、本当だったんだ」
ヴァン「どこで噂になってたかは知らんが…俺は元々日差しに弱い北国出身だ。それのお陰でその辺の女に負けないくらい肌の白さには自身があるが、その代わりここの日差しを無防備に当たってると1日で真っ赤になるくらいには弱い」
ルナ「そのオッドアイもその村特有なの?」
ヴァン「いや、これは生まれつきだ。
生まれの村でも滅多に生まれることは無いが、別にだからと言って暮らしてて不都合があったりは無かったな」
ルナ「王国でも珍しいよね」
ヴァン「場所によっては凶兆の前触れって言われたりしてるから、良いことはないぞ」
ルナ「そうなの?」
ヴァン「そういうのもあるから、俺は外だと滅多に兜を外さないんだ」
ルナ「…結構苦労してるんだね」
ヴァン「全くだ。人のことを悪魔の化身だとかなんだか知らんが、石投げてくる奴らまでいる始末だからな」
ルナ「田舎こわぁ」




