第5節 16
一足先に朝食を済ませ、時間も空いたこともあって、準備運動がてら、中庭で構えのおさらいでもやったおくかと向かったところ、既に何人かの少年たちと師匠であるオーキスが指導を行っていた。とはいえ、組手の時間のようで、彼女は怪我をしたり、相手がやりすぎていないか監督していただけだが。
「おはようございます」
訓練の邪魔をしないよう、ゆっくり近付きながら師匠に向けて挨拶をすると彼女もヴァンに気が付いたようだ。
「おはよう。キミも体を動かしに来たの?」
「えぇ、少し」
オーキスの問いに素直に答え、彼女もいい機会だ、ということで手を叩いて彼らの手を止めるように伝えた。
「はーい、皆ちゅうもーく。折角、シャバルガンから出てきた竜狩りもいるので、自身がある子たちはヴァンと組手をしてもらおうかな。構わないわよね?」
「まぁ、構わないですが」
突然の提案ではあるが、ヴァンとしても断る理由はないので承諾するも、流石にあまり関わりのない大人に自分から声をかけるのは勇気がいるのか、抵抗のある子が多いようだ。ヴァンも気まずく感じる気持ちは分からなくもないので、彼らの顔を眺めて、自身のありそうな子たちを指名することにした。
「そっちから来ないなら、こっちから呼んでいいか? そこの体のデカい子のペア、2人でかかってきて良いぞ」
ヴァンに指名された、子供たちのなかでも特に体の大きな2人組は、困惑気味に自分を指さした。
「えっ、俺たち?」
「そう、お前たちだ」
即答し、彼は近付いていって、周囲の子供たちも見物のために自然と輪を作る。いつの間にか試合の形が作られてしまい、少年たちも覚悟を決めたようだ。構えたのを確認して、ヴァンも少年たちと同じく左手を盾のように突き出し、構えを取る。
誰が合図をするわけでもなく、彼らは空気の変化を合図として組手を開始し、両手に散開するのに合わせて、ヴァンは左手の少年に目をつけて同時に接近する。
見物人が輪を作って作られた格闘場はそこまで大きくもなく、距離を詰めるのは難しくない。すぐに間合いに入った所で、牽制として立ち止まって拳を放つ。同じく立ち止まった状態でそれを軽々と受け止め、こちらに手繰り寄せてバランスを崩させる。そのまま追撃するわけではなく、彼は背後から来る少年の攻撃も視界に入れることなく受け止めた。
「うえぇっ!?」
見向きもされずに受け止められ、変な声をあげるが、ヴァンはそれ以上行動せず、2人から手を離し、距離を離す。
「さっき、見るまでもなく受け止められたのは勉強だな。さぁ、仕切り直しだ」
ヴァンはそう言って、2人が再度構え直すのを確認してから再び前進する。2人同時に構ってやってもいいが、2人は別れて行動するため、1人ずつ対処することにする。
ただ、今回はヴァンから攻めることにして、長い背丈を利用して、少年の射程外から腕を伸ばそうとして、それに視線が引っ張られたのを確認した上で逆の手を伸ばし、肩を掴む。フェイントに見事に引っかかり、急接近された上、前進する勢いのまま、転ばされてしまう。引き手は取っていたので、何とか頭をぶつけることはなく、背中を擦る程度。そして無事に大きな怪我をしていないことを確認してからでも、死角から迫ってくるもう1人の対処は間に合う。
振り返る勢いのまま、裏拳でこちらに伸びてくる手を弾き、バランスを崩したところで再び接近。肩と腕を掴んだ状態で突き飛ばし、引き手を取りつつ転ばせた所でヴァンは一息ついた。
「意図は分かるが、下手に離れると合流が遅れる。死角を狙えるのは複数人の利点ではあるが、人間の処理能力には限界があるのだから、同時に対処をさせて、片側の攻撃を通すっていう選択肢も取り入れることだな」
先ほどの戦闘での問題点を簡単に話し、少年たちは悔しそうに立ち上がりながら、悔しそうに聞いてきた。
「でも、なんでこっちを見なくても死角にいるって分かったんですか?」
相手としては、まるで超能力でも使われた気分なのだろう。ヴァンはその問いかけに対して、ジェスチャーをしながら答える。
「死角を取るのは安全策として想像しやすい選択肢だ。そもそも、散開した時点でこちらの視界から外れているのだから、そちら側への警戒は十分にするのは基本だな。
それに、ここの地面は音の出しやすい土だ。音の迫り方から、ある程度の距離も速さも予測はできる」
丁寧に答えてやると、2人は悔しくとも納得したようで、唸りながら聞いてくる。
「じゃあ、それを踏まえてもう少し付き合ってくれますか?」
「師匠、構いませんか?」
こうして見せることで、ある程度、こちらへの警戒も薄くなってきたことを感じ、今相手してやった2人だけではなく、周囲からの興味の視線に気付いていたヴァンが一応聞くと、彼女もそれを察した様子で答える。
「気持ちは分かるけど、時間は有限だし、そろそろご飯の時間だからね。一旦、他の子たちに変わりましょうか」
「「…はーい」」
師匠に言われてしまっては、言い返せないのだろう。2人は大人しく見物人に合流し、オーキスが改めて聞く。
「はい、他に組手の相手してほしい子はいる?」
――その後も、何組かの相手をして、訓練は終えた。食事に向かった少年たちに対し、既に終わらせていたヴァンは1人で型の確認をしていた時、また誰かが中庭にやってきた。
「……ルナか。おはよう」
「おはよう、ヴァン兄。レルベアから、話は聞いたよ」
こちらにルナが歩いてきているのは分かっていたが、型に集中し、振り向きもせずに会話は進む。
「そうか。悪いが、この後は、俺も俺の仕事がある。また、適当な連中に世話を頼んでおくよ」
「…、そうなんだ」
指導役として、ルナのことを気には掛けているが、危険な仕事に同行させられるほど、彼を信用はできない。それはルナもよく分かっているのだろう。悔しそうに目を伏せつつも、彼はヴァンの隣に来て、同じく型を始める。
「…、基礎の型だ。流れは言わずとも覚えてるだろ?」
「大丈夫」
最低限の言葉を交わし、2人は静かに師匠から教わった武術の基礎の型を再開する。
腕を振り下ろし、そのまま突き出した肩で突き飛ばした後に返しの上段蹴り。その勢いのまま1回転し、足を踏みしめて返しの手で力をため、前に掌底を叩き込む。そこで数秒、体勢を整えたところで、横並びに同じ動きをしていた2人は互いに向き合い、同時に後方へと飛び退いて、組手の合図とする。
お互い同時に構えは済んでおり、後は反応速度の差。場馴れと、身長差のあるヴァンが一足先に間合いへと踏み込み、胸に向けて掌底を叩き込む。珍しく、フェイントも何もない素直な攻撃。ルナも素直にそれを抱えるようにして受け止め、ヴァンの腕を拘束する。
それを見越した上でヴァンは腕を引き戻し、無理矢理ルナの体を持ち上げようとするが、いくら15の子供とはいえ、成長期真っ盛りの体を人の腕1本で持ち上げるのは難しい。持ち上げることを諦め、空いた手で顔面目掛けて放った拳を、咄嗟に回避。
少し転がった後に立ち上がり、構えた時にこたらを捕捉していたヴァンが駆け出したところ。ルナも迎撃するように走り出し、今度はこちらから攻めようと構える。
それを察したヴァンも今回は間合いに入っても動くことはなく、むしろ動きやすいように足を止める。じっとこちらを見てくる相手に、素直に正面から突っ込むのは無策。ルナも拳を握りながら1歩、左手に大きく踏み込んで視線を誘った後、返しの足で右手へと跳ねてヴァンの横を通り過ぎる。その勢いを乗せたまま、着地した右足を軸に回ってヴァンの頭まで、は届かないので、胸目掛けて回し蹴りを放った。
だが、動きははっきりと読まれており、しっかりその脚を見て、ヴァンは受け止める。
「ぅおわっ!!」
無理な体勢から蹴りを放ち、更にそれを受け止められてしまって大きく体重を崩したルナが頭から転びそうになったところ、彼の足首を掴んだままのヴァンが高く腕を上げて、宙吊りにする。
「…8点だな」
ヴァンはそう言って、ルナが地面に手を付けたのを確認してから降ろしてやる。
「何点満点だよ」
「安心しろ、10点だ。
むしろ最初の判断は満点をくれてやる。減点は攻める時だけだ」
地面にあぐらをかいて、不満げなルナにヴァンは細かに説明し、それを聞いて彼も溜飲が下がったのだろう。少しだけ嬉しそうに笑った。
「それなら良かった」
「守りは教官のところにいただけあって、ちゃんと出来てるよ。ただ、前も言った通り、攻め手に欠けるな。もう少し動きで翻弄するなり、持ち味を活かせ」
何度か言っているアドバイスをした後、座っているルナに向けて、手を差し出す。きょとんとしているルナに向け、ヴァンはいつも通りに答える。
「まだ時間があるだろ? もう少し見てやる」
「…、はい!」
ルナの指導も程々に、昼頃になったところで、レルベアとコハクが中庭に顔を出した。
「お、やっぱりここにいたか」
「ん、お前たちか」
土埃にはまみれているも、元気そうな2人は声の方を向き、構えを解く。
「そろそろ飯か」
「それと帰る時間でもある」
「そうか」
淡々とヴァンとレルベアが会話を重ね、更にルナの方を向く。
「お迎えだ。飯を食ったら帰るってことでいいのだろう?」
「そのつもりだ。ルナもそれでいいだろう?」
元々話していた内容ではあるが、改めてルナに確認する。彼も本音を言えば、もう少しヴァンの元にいたかったのは本音だろう。ただ、聞き分けが出来ないほど子供ではない。それも見越した上でヴァンが聞くと、大人しく頷いた。
「…そうだね」
まだ少し未練が見えるが、ヴァンは軽く頭を叩いてから少し屈んで目線を合わせる。
「きちんと帰ってくる。その時はまた見てやるから、今よりも強くなっていろよ。約束だ」
「その言葉、忘れないでくれよ」
「勿論」
2人は再会した時の約束を結んで、固く握手する。暫くしてからその手を離して、2人は再度並んで前を向く。
「大丈夫だな?」
再度、ヴァンの呼びかけにルナは静かに頷いて、2人は歩き出した。
「手間取らせた。飯にしよう」
「よし、ヴァンも約束をちゃんと守るんだよ?」
「勿論だ。よく言うだろう、男に二言は無いってな」
自信満々に答え、4人は食堂へと向かっていった。




