第5節 15
「まあま、元より俺が最前線に立つべき事案だ。俺が担当しよう」
ヴァンの答えを聞いて、オーキスは何処か安心したように答える。
「ヴァンがやるっていうなら、私は手を引くわよ。…相手は知らないけど、勢い余って殺したくないからね」
小さな声で呟いた本音。2人の耳にもそれは届いていたが、何も言わずに話を続けた。
「それなら、ヴァンに任せるわ。オーキス、その代わりというわけじゃ無いけど、手助けしてあげてね」
「分かってるわよ。ヴァンも、魔女相手の経験は少ないのでしょう?」
話を進める2人の口ぶりから、感じていた違和感について、ヴァンは聞いた。
「…2人は、魔女狩りをしているのは魔女当人だと思っているのか?」
先の内容だけでも、魔女と戦う前提の会話であり、その違和感を伝えると、オーキスが代わりに答えた。
「話を聞いてるだけだけど、フットワークの軽さからして単独犯の可能性が高いかなぁって。それに、ただ魔女を狩るだけなら、もっと流れ弾みたいな魔女の発見報告が出てるはずだしね。
"魔女狩り"は、間違いなく継承目的で魔女を狩っている。その理由は知らないけど、魔女を殺すっていう意思自体は強いと思うわ」
きっぱりと答え、彼女は部屋に置きっぱなしの常温になった水瓶からコップに水を注ぎつつ答え、プラナもそれに賛同するように頷いた。
「そうね。大体、オーキスが話していることと同じ事を私も思ってる」
「…そうか。俺は、どうすればいい?」
相手が魔女となれば、ヴァンの爪もきっと鈍る。如何に極悪人であろうと、その爪に掛けるのには躊躇しかねないため、為すべきことを確認すると、オーキスが即答した。
「最低限、必要なのは無力化。最悪、ダルマにして構わないわ。それでも、命だけは奪わないでちょうだい。
アナタもよく知ってると思うけど、死んだ魔女は…」
「最も近くにいる、妊娠可能な女性に継承される、だろう?」
オーキスの言葉を遮ってヴァンが続け、彼女も頷いた。
「そう。継承された魔女の力が、無関係な人へと継承されるのだけは何としても避けて頂戴。…こんな呪いを、ばら撒いて許されるわけがない」
一般的には知られていない、魔女の力の継承方法の1つ。オーキスが魔女狩りと相対したくないと話していたのも、きっとこれが原因だろう。彼女の過去は知らずとも、彼女が魔女の力を継承しているということは、多くの魔女を殺して、その力を奪い取ってきたということ。今はそんなことはしていないが、これ以上、魔女の罪を背負いたくないというのが彼女の本音ということ。
暗い空気になりかけるも、ヴァンが脱線していた話を戻して場を和ませる。
「それなら、魔女との戦い方について、あとで訓練してもらえるか? マスターも、今まで餌食になってきた魔女の権能が分かるなら、そこから相手の使える権能についても把握できるだろう?」
「―そうね。帰ったら資料を探して回しておくわ。そうは言っても今日も時間がないし、すぐに作業に取り掛かるわね」
やるべきことを用意され、彼女はそそくさと退散の準備を始め、去り際にヴァンに伝えた。
「情報が集まり次第、依頼と一緒に流していくわ。ヴァンの準備が出来次第、傭兵組合にも流すわね」
「―頼みます」
ヴァンも余りにも早い展開に思う所はあるが、仕方なく応じ、プラナは姿を消していった。
その一方で、呆けていたオーキスに気が付き、ヴァンは彼女の隣に座って聞いた。
「師匠、大丈夫ですか?」
流石に普段のような扱いは地雷と察し、丁寧に仮面を被って声をかけると、震える声で答えた。
「…ちょっとね、継承した時のこと思い出しただけ」
「そうですか」
それ以上は何も言わない師匠に対し、ヴァンは最低限の答えだけをして、彼女と同じく虚空を見つめていた。オーキスが切り出すのを静かに待っていると、彼女も漏らすように呟き始めた。
「…魔女の継承ってさ、受け継ぐのは魔女の力だけじゃない。その時の強い感情も、記憶の1部も引き継ぐの。
どんな理由があったとしても、その子もきっと魔女の力だけじゃなく、想いや記憶も受けているんだと思う。そんな事をしてまで、魔女を狩りたがる理由は分からないけど、よっぽどの覚悟がなきゃ、そんなことは続けられない」
師匠の口から出てきたのは、初めて聞く話。彼女が実際に経験したことでもあるのならば、間違いないのだろう。
それだとすると、魔女狩りは他人の力も、記憶も、死ぬ寸前の感情すら奪い取りながら、狩りを続けている。ヴァンには分からない感覚ではあるが、自分が自分でなくなる感覚はよく知ってる。気が狂ってるようなことを続けていることを指摘した上で、オーキスはヴァンの顔を見た。
「戦いには参加しないといった側が言うには、身勝手にも程があるけど、もし叶うなら、その魔女狩りを五体満足で捕らえてあげて」
「……、改心させる、とでも?」
取り返しのつかない怪我をさせるな、という言葉に、ヴァンは半信半疑に問いかける。
「狩りを続けるのは、頭がおかしくなった、なんて単純な理由じゃないと思うの。きっと、分かり合える。その上で、その子にも真っ当な道を歩んで、殺し続けた子たちの分まで償ってほしい」
オーキスとしては、魔女狩りの体に"清算"させるのではなく、1人の魔女として、殺してきた魔女の時間分、償わせたいとのこと。それをするにしても、下手に傷を負わせて遺恨を残したくないということだろう。
本当に身勝手な要求に、ヴァンは眉1つ動かさずに答える。
「努力はする。ただ、約束は出来ない」
「分かってるわ。でも、ヴァンなら"出来る"わよね?」
「……、誰かさんのせいでな」
オーキスの言葉に対し、彼は眉をひそめる。
それもそうだろう。ヴァンは、オーキスによる度重なる"教育"の甲斐もあって、魔女に手をかけることを本能的に忌避するようになっている。それは魔女狩りであっても、きっと彼の爪を鈍らせるだろう。だからといって、仕事であればヴァンも割り切れるほどには成長している。だからこそ、少なからず戦闘にはなるだろう。
その反応を見て、オーキスは小さく笑う。
「期待してるわよ」
楽しげなオーキスに対し、ヴァンは不満そうに鼻を鳴らして話題を変える。
「…で、少し前に話していた、魔女用の訓練というのは、明日からもうできるのか?」
その問いかけに対し、彼女は軽く伸びをしながら軽く答える。
「プラナの資料を読み込んでからになるけど、多分できるわ。ヴァンも竜狩りの訓練ばっかりで飽きたでしょう?」
「そんなことはないが…竜ならともかく、魔女と真正面から戦う機会はあまりないからな。
魔道具を扱いに長けた奴となら何度か戦闘訓練したことあるが」
魔女協会の教官こと、スピネとの訓練を思い出しながら答えると、彼女も暫く考えてから思い出したように話し出した。
「魔道具…? あぁ、スピネのことね。あの子も継承者だけど、2人分しか混ざってないし、あの子の戦闘訓練じゃ話にならないわ」
「そうか」
本人のいないところでばっさりと切り捨てられた事は気にせず、ヴァンは淡々と答え、オーキスも続けて話し出す。
「それに、あの子の戦闘スタイルは基本的に護身術の延長だから。その辺の魔女の騎士団の訓練なら十分だけど、流石に私たち竜狩り向けの訓練となるとちょっと物足りないわね」
「…そうか」
ヴァンも話していた事ではあるが、魔女協会の中でもトップの武闘派でもある黒の竜狩りにまでダメ出しされているのは流石に可哀想に思ってしまう。だが、本人が聞いてるわけではないので、それ以上は何も言わず、話を続ける。
「ところで、具体的な訓練内容は?」
「魔女狩りが回収してるであろう権能全部含めた実戦で対処するわ。流石に私の権能自体は使わないから安心していいわよ」
当たり前のようにとんでもないことを言い、彼女は立ち上がる。
「多分、今までの訓練よりも遥かにやり辛いわよ。早めに寝て、体力つけときなさい。
…………なによ、その顔」
この状況で、早く寝るようにと大真面目に言われた事に、目を大きく開いて驚きを隠せないヴァンに向けて聞くと、彼も素直に答えた。
「……この流れで、師匠からそんな言葉が出てくるとはな」
「魔力補充はいつもの子たちにやってもらうから大丈夫よ」
魔力補充のために、今日も死ぬほど絞られることを覚悟していたが、単純に絞られる人間が変わるだけらしい。ヴァンは安堵のため息と共に笑った。
「前言撤回だ。いつもの師匠で安心した」
「私のこと万年欲求不満の色情魔か何かと勘違いしてる?」
「違うのか?」
即答である。
平穏な夜を過ごし、翌日。早く目が覚めたので、早い内に食堂で勝手に何か作って済ませようとしたところ、やる事は済ませたので、もう帰ってると思ってたレルベアとコハクの2人がいた。
「おはよう。本当に早いな」
「おはよう、早いと思ったらヴァンか」
朝の仕込みを始めつつ、まずレルベアが答え、コハクが続く。
「おはよ。つまみ食いにでも来たの?」
「つまみ食いというか、俺の方で適当になんか作ろうと思ってな」
それを聞いて、大きなオーブンでパンを焼いていたレルベアが反応した。
「皆の分作ってるし、一足先に出来上がったもの摘んでいくかい?」
「良いのか?」
またとない申し出に、ヴァンも珍しく嬉しそうに聞き返し、彼もすぐに追加のパン生地をオーブンに仕込みつつ答える。
「構わないよ。どうせ、早い子たちにはこうやって振る舞ってるからね。
でも、ある程度は自分で出してくれ。冷蔵庫にもいくつか仕込んでたのが残ってる。見たら大体わかるでしょ?」
「んー? これか」
冷蔵庫を見ると、事前に味付けして寝かせておいたソーセージの種と、それを包むための大量の皮が置いてある。ヴァンはそれを取り出し、事前に出してあるソーセージマシンにセットして、手際よく作り始めた。
「レルベア、今日のスープはなんだ?」
「昨日取れた野菜のスープだよ。出荷が難しそうな傷ありを使わせてもらった」
「コハク、後で俺分を適当にマグに入れといてくれ」
「こっちも仕事してるんですー!」
別の所でフライパンを振るっているコハクに拒絶されてしまい、彼は仕方なさそうに手早く今の作業をキリ良く済ませ、何処からか取り出したマグカップに、大鍋に入っているスープを注ぎ、一口飲んでから再び作業に入る。
「今回の味はどうだい?」
「ほぼいつも通りだが、いつもの感じだと少し塩が足りてないな」
「お、そうか。後で足しておくよ」
「おう。またその時味見する」
手慣れた様子で2人は雑談と言うか、料理の出来を確認しながら下準備を進めていく。
「―2人とも、随分と手慣れてるね」
そんなやり取りを見ていて、少し妬いたコハクがツッコむと、ヴァンは小さく笑い、レルベアは嬉しそうに答えた。
「嫉妬かい? でも心配はいらないよ! これからは君との時間のほうがずっと長くなるからね!」
「そういう訳じゃ……! もう!」
恥ずかしい台詞を全く躊躇なくぶつけ、コハクも流石に照れながら作業に戻る。突然な夫婦漫才を見せられ、ヴァンはとても渋い顔で呟いた。
「何だこの茶番」
「実際、男友達としてヴァンとの付き合いは長いから仕方ないだろう?」
「いやそういうことじゃなくてな…まぁいい、お前はそういう奴だったな」
「?」
大真面目にさっきの恥ずかしいことを言ってたことにヴァンも気が付き、これはこれでレルベアの良い所であり、それ以上は何も言わないようにした。
数十人分の朝食の準備をしながら、味見と称して適当に食事を済ませ、ヴァンは準備を終えた頃には食堂から出ていこうとしたところで、呼び止められる。
「ヴァン、こっちはそろそろ帰ろうと思うけど、君はどうする?」
「ここで仕事の準備だの色々あるから、先に戻ってていいぞ。それでコハク、依頼のついでにお前のことについても一応報告しとけ」
「…はーい」
念のため釘を刺しておくと、彼女もヴァンの言いたいことを理解し、面倒そうに答える。そのついでに、レルベアが聞いてくる。
「ルナくんと連れて帰ろうか?」
「……あぁ」
彼のことを忘れていたわけではないが、元はレルベアの件で連れてきていたことを思い出し、仕事が終わるのであれば、そのまま帰還させるのが筋だろう。
「俺ら宛の依頼もこれで終わりだし、道草させないで一緒に連れて帰ってくれ」
「分かったよ。ヴァンの名前出すけど構わないだろう?」
「勿論だ。じゃあ、俺は一旦この辺で。
また店に顔出す」
要件を全て伝え、足早に去っていく背中に向け、大きな声で呼びかけた。
「またのご来店を!!」
その声に対し、彼は返事をするように片手を上げて食堂から出ていった。




