第5節 14
シャバルガンから離れた、ある森の中。
空へと舞い上がった大きな有翼のトカゲ―翼竜を追いかけるように、空に向かって黒く鋭利な突起物、角が飛んでいき、虚空へと突き刺さる。そして、その角から伸びるワイヤーの先にはリールが繋がっており、更にそのリールを装着した布の服に兜だけを装着し、2mはありそうな巨体の青年が引っ張られて、空へと舞い上がる。
そのまま、空へと飛翔しながら追いかけるのは翼竜の背中。よく見ると、翼竜は全身が傷だらけな上、明らかに翼竜は、その男に怯えて逃げ回っている。
その一方で男は翼竜よりも早く空を駆け、がら空きの背中、その首に向けて左手の鋭利な爪を構えた上で、風を纏わせる。
そのまま、人間の胴体ほどありそうな太い首を爪の一振りで軽々と斬り落とし、司令塔を失った巨体は、為す術もなく大量の血液を流しながら地上へと墜ちていった。
「――こんなものか」
「手早い仕事、助かるよ」
大男、もといヴァンが爪にこびり付いていた血のりを払いながら、翼竜の死体に向けて言うと、どこからか現れた全身黒の、スーツ姿の女性ことケイがひょっこり顔を出し、早速彼女の首飾りから闇を呼び出して翼竜の遺体を回収する。
「それにしても、本当に手慣れてるねぇ」
「翼竜狩りがか? 別に、雑魚狩りを誇るようなことでもない」
ケイの感嘆に対し、彼は無感動に答える。それでも、と彼女は続ける。
「竜を狩ることを目的にしてる君にとっては雑魚だろうけど、世間一般には翼竜でさえ、脅威になる。それを軽々と狩れるのは、大陸広しとは言え、滅多にいない才能じゃないの?」
素直な称賛に対し、彼は嗤う。
「才能、才能か。それは、魔女の力を持ってるからこそだろう」
「力があっても、誰にだって出来ることじゃないよ。それは認めるつもりはないの?」
「然るべき力を持って、正しく使えば出来ることだ。誰にでも出来るとは思わないが、大多数は適切な訓練を終えれば同じ事が出来るだろう」
ヴァンの言葉には、きちんと理由がある。―彼の技術そのものは、黒竜への復讐というモチベーションがある前提とはいえ、師匠の元で、文字通り血反吐吐いてまで会得した技術だからだ。それこそ、同じモチベーションと気力があれば、数年の地獄を見れば同じ事が出来る。
自分を卑下してるつもりはないが、環境と、黒竜から与えられた、絶えることのない復讐心が今の彼を作り上げている。だからこそ、彼は才能という都合のいい言葉を嫌う。とは言え、そこまで話す義理もないので、ヴァンは言葉を飲み込んで改めて確認する。
「本当に緊急の依頼はこれだけか?」
―昨夜、ケイから話された一部の大型獣の活性化。それに影響を受けそうな街や村からの依頼に対し、ヴァンは最初断ったが、進捗を確認しに来たケイの来訪もあり、師匠が作業に集中する都合で、彼も訓練の確認ついでに外回りをすることになっている。ただ、生態系を考慮して、乱獲をするつもりはなく、本当に危険な個体だけを狩猟するようにケイに情報の精査もしてもらっている。
今日だけで既に2頭目の翼竜を狩ったところで、改めて依頼について確認してもらうも、彼女は唸る。
「そう言えれば良かったんだけど、まだ残ってる」
「そうか。お前の"闇"の容量も、大丈夫なのか?」
こうやって話している間も、翼竜を飲み込んで、必要なら部位と不要な部位を自動で仕分けている闇の余裕について聞くと、彼女はおもむろに地面に蠢く闇の中に手を突っ込んで確認する。
「んー、微妙なところ。細かく切り分ければ、後1匹くらいなら入るかな」
「下処理が済んでも、新鮮な方がいいだろう。早い所処理を進めた方がいいんじゃないか?」
彼女の扱う闇の性質までは分からないが、ナマモノを何時までも放置しておくわけにはいかないだろう。ヴァンの提案に対し、彼女は再び唸るも頷いた。
「うーん…。ま、そうするかな。本当に緊急性の高い依頼は片付いたし、後は傭兵組合か魔女協会に流してもいいか」
明日の天気を話すような呟き、ずっと気になっていたことについて、つい指摘してしまった。
「ケイ、お前の情報網はどうなってるんだ…?」
「いつも言ってるけど、それは企業秘密かな」
いつも通りの言葉ではぐらかして、彼女は仕事に戻ろうとしたかま、悪戯っぽく笑った。
「―そうだ。君も、ウチに来たら企業秘密にする訳にはいかなくなる。そこまで知りたいなら、ウチの専属狩人になるかい?」
「…魅力的な提案だが、好奇心のために死ぬつもりはない」
「そうか、それは残念だ」
あっさり断られるも、彼女は言葉とは裏腹に微塵も気にしてなさそうに笑う。
「どこまで本気なのだか」
「勿論、100、冗談だよ」
悪びれずに即答し、彼女は軽く伸びをする。
「じゃあ、ボクは一旦拠点に戻って今の荷物の整理もしていこうかな」
「そうか。念のため確認しておくが、改めて追加の仕事はしなくていいんだな?」
「とりあえずは大丈夫かな。残りはボクが代理で立て替えて依頼の申請を出しとくし」
再確認したヴァンに、改めて今回の騒動による狩りは終わりと告げ、思い出したように付け加える。
「魔女協会にも依頼は流すから、暇だったら受けてくれてもいいよ?」
「気が向いたらな」
ケイの遠回しの依頼も適当に受け流し、彼女は小さく笑ってから懐から小さな魔石―転移石を取り出した。
「じゃ、ボクはこの辺で。また、何かあれば連絡するよ」
そう言って、小型の転移石を通して転移していったのを見て、1人残されたヴァンは小さく呟いた。
「…あいつ、何処にそんなもん隠してやがった」
裏で何をやっているか分からないケイのことを気にしていても、本人の口から答えが出なければきっと何も解決しないだろう。それ以上気にするのは止めて、彼は師匠から許可を貰っていた、シャバルガン直通のルートを使って帰還する。
大きなドーム状の施設の前にある転移用のスペースに着地し、空を見上げると日も傾き始めており、月が輝き出していた。
報告よりも先に風呂に入って汗を流そうとしたところで、転移スペースで他の利用者が待機していることを伝えるアラームが鳴っていた。この直通ルートを使えるものはこの大陸でも極一部であり、ヴァンもそれに気が付いてすぐに離れると、アラームが鳴り止んだと同時に新たな客人が転移される。それは薄手のロングコートを着た、長い髪を纏めてポンパドールにした30代ほどの女性。魔女協会のマスターこと、プラナだった。
「―相変わらず、長距離の転移は慣れないわね。―あら?」
「マスター、どうしたんですか。こんな所で」
転移による負荷に慣れず、うずくまっていたマスターに手を差し出してその体を起こしつつ聞く。彼の助けもあり、よろめきながらも立ち上がったマスターはそのまま答えてくれた。
「ありがとね。
ちょっと、あの子とアナタに用事があってね。今から時間もらってもいいかしら?」
「…? 構いませんが、どうしました?」
頷きながらも首を傾げるヴァンに向け、彼女はその口を指で抑えて笑う。
「急いだところで、同じ話をするのだから良いでしょう?」
「……そうですね」
いつまで経っても、子供扱いされることに少し不満に思いながらも、彼女の言葉に従って中へと入ろうとした所で確認した。
「道案内はいります? とはいえ、俺も師匠がどこにいるか分かりませんが」
「あぁ、お構いなく。あの子の魔力は探知し慣れてるし、それを追っていけば分かるわ」
ヴァンの提案も丁重に断り、彼女は久々の外出なこともあるのか、上機嫌に鼻歌混じりで進んでいった。
「―このドームを作るのに、いくら掛かったか考えたことある?」
迷いなく進みながら、彼女は天井を、赤く染まる空を見上げつつ聞いてくる。
「…さぁ。考えたことはないですね」
彼女の一方後ろを歩きながら、ヴァンが素直に答えると、彼女は自慢気に答える。
「正解は、今の王城と同じくらいなのよ。
バカみたいに掛かってるでしょう?」
「そんな要素ってあり…ありますね」
この規模の建物だけにとんでもない金額を掛けているとバラされ、ヴァンも少し困惑気味に値段の理由を察した。
「そうね、この施設、全部転移石と同じ素材、魔力を保持する性質の石材で作ってあるの。
ここを回ると、見た目の数倍の広さをしてるでしょ?」
彼女の言う通り、確かにこのドームは巨大な建物ではあるが、それにしても中が広すぎる。農場、牧場、加工場のような1次産業の場だけではなく、大浴場から100人単位で入れる食堂に、ここの子どもたちにそれぞれの部屋まで用意している。地階しかない建物で、その全てを確保するのはとてもではないが、物理的におかしい。その理由も考えればすぐに分かることであり、オーキスの権能の1つである"空間操作"を魔石に掛けて、広げているからだろう。それだけではなく、天井の天窓のようになっているのも、本来は魔石の天井であるが、その権能の力によって、空間を同期して、建物の中にいながら陽の光を取り入れることが出来る。
「…そう言われると、とんでもない施設ですね、ここ」
今更ながら、ここの異常性に気が付いたヴァンが呟くと、彼女も自慢げに胸を張る。
「そうよ。ここの建築は本当に大変だったんだからね。全部、オーキスのワガママから始まったことではあるけど、この応用があるから今の転移石の事業もあったりするから、一概に悪いことばかりじゃないけどね」
しれっとそんな事を話している間に、彼女はオーキスの部屋の前に来ていた。
「ヴァン、ここはあの子の部屋かな?」
「その通りでございます」
過剰に丁寧に答え、彼女は苦笑してから扉を開くと―五人は眠れそうな大きなベッドで大の字になって寝ているオーキスがいた。
「……まだ夕方よ?」
本気で困惑しているプラナに対し、ヴァンは無表情で首を横に振る。
「どうせ"夜更かし"するから仮眠とってるんじゃないですか」
ヴァンの言葉で大体察したプラナは、本当に呆れ返ったように深く息を吐いてから部屋の中に入っていき、彼女の頭を掴んでから小さく息を吸って―
「起きなさい」
「――――!!?」
吐息のような囁きだというのに、オーキスは今まで見たことない勢いで飛び起きて、混乱したままプラナに攻撃を放とうとするが、そこで目の前にいるのが、三英雄の1人でもあるプラナだと気が付いた。
「……!! ちょっと! ここに来るなら連絡してよ!」
彼女だと分かった途端、敵意を消し去って悪態をつき、彼女は手で口元を隠しつつ笑う。
「こんな時間から寝ている悪い子に言われる筋合いはないわ。それに、私が来ると言って、大人しく待っていてくれるの?」
「それは…」
痛いところを突かれ、オーキスも黙り込んだところで、黒と金の竜狩りが揃ったことを確認したプラナが、仕事モードに切り替わって2人を見た。
その鋭い目を向けられ、2人も自然と背筋を正す。
「―よろしい。
それで、今回2人を揃えたのは、情報共有よ。
ヴァンが、しばらく魔女狩りを追っていた知ってるわね?」
「噂程度には。少し前にも犠牲者がでたって話だよね」
ヴァンも師匠には話した覚えはないが、彼女はケイと繋がっている。そこから、どうとでも情報は漏れていくのだろう。知っていることについてはツッコまず、プラナの言葉を待つ。
「それでいくつか情報も集まってきて、件の狩人は傭兵組合に所属してる可能性が高い。ここまでは良いかしら?」
以前から調査も進めていて、出現する傾向から傭兵組合、もしくは魔女協会に所属している可能性が高いというのは、ヴァンも思っていた所でもある。そこまで質問は出ないところで、2人とも承知したと判断して、彼女の話は続く。
「それで、こちらは撒き餌を撒くことにしました。詰まるところ、敢えて魔女の情報を流して、食いついてくるかどうかってことね」
彼女の提案に、流石にヴァンも意見を出す。
「言い分は分かるが、それは怪しまれないか? 魔女協会が噛んでいると思われる依頼に、わざわざ傭兵組合にいる奴が首を突っ込んでくると?」
この国にいれば、魔女協会が魔女の為に命を懸けていることは周知の事実。魔女絡みの依頼をただ傭兵組合に流した所で、餌だと看破されるだけではないかと進言すると、彼女は笑顔で答える。
「だから、魔女協会に所属してない、魔女の捜索って名目で依頼を出します」
「なるほどねぇ。ヴァンがやってる、黒竜の捜索依頼と似たようなことをするってわけね」
「なぁ、なんで俺がそれやってるのを知ってるんだ?」
秘密にしていたわけではないが、個人的に流していた依頼までロクに顔を合わせていない師匠に把握されていることに恐怖を感じるが、その問いかけは無視される。
「こちらとしてはある程度探知して、特定した上で依頼を流すってこと。つまり、事前にこちらは目的の魔女と接触して、待ち伏せするってのが大事なところね」
要点をまとめれば、見知らぬ魔女を使った、囮作戦。仮に先に狩られたとしても、今の魔女協会に損失はなく、被害そのものは最小限に済ませられるだろう。それを理解した上で、ヴァンは次にプラナの言うであろう言葉を代弁する。
「……それで、その任務を俺等が担当するように、ってことか」
「ご明察。それで、答えはすぐ出してもらえるかしら?」
こうして普段通りに話しているが、魔女狩りによって、魔女を何人も失っている彼女の心境は穏やかではないのだろう。それに対してオーキスは答えを控えており、ヴァンの回答を待っている。
自分が先に言え、と無言の圧を感じ、ヴァンも仕方なしに答えることにした。




