第5節 11
―巻き起こる暴風に、ヴァンは前方に角を突き刺し、リールを固定することで耐え、風が止むと同時にロックを解除して巻き取った勢いで前進する。
その勢いのまま、風の元である師匠の元へと接近し、指輪の力で強化した爪と、彼女の魔力で作られた竜の爪がぶつかる。その力は拮抗し、一瞬止まるが、不安定な空中にいるヴァンが耐えきれず、そのまま吹き飛ばされる。その最中に体を捻って回転させ、垂直に作り出した足場に着地し、その衝撃を利用して、バネのように反発させて跳んで行く。師匠も彼を追撃するために前進していたため、予想外の動きに思考が一瞬止まったように見えたが、前進する勢いを利用して振り回された、魔力の尻尾が眼前に迫る。
彼も爪での反撃を予測していたため、太さだけでも大人の背丈ほどはありそうな、巨大な尻尾に直撃するも、ヴァンは直前に防壁を展開して体へのダメージは避ける。それでも、勢いのまま吹き飛ばされたヴァンに、尻尾の感触から飛ばした方向を把握している師匠が追い打ちに向かう。
ヴァンも追撃を許すわけにはいかない。衝撃に揺れる視界の中でも、空に向けて角を飛ばし、適当に作り上げた足場に引っ掛け、そこを支点に振り子のように揺られながら上昇していく。それと同時に視界も戻し、はっきりとこちらに迫ってくる師匠を見つける。
動きが止まったタイミングを見計らって放たれた炎の槍を避け、巨大な竜の姿を模した魔力を纏う師匠へと向かっていく。そこで、師匠も動きを制限するためにまずは真正面、次に右手に槍を放つ。
ヴァンはその誘導の通りに、追撃のない左手側に移動する。その穴を潰すようにワンテンポ遅れて放たれた槍が、ヴァンに直撃。轟音と共に爆炎が飛び散るが、ヴァンの姿は見えない。師匠もそれを把握しており、トドメのために再度接近した所で、爆煙の中からヴァンが姿を現した。
火炎も全て、全身を覆うように貼られた障壁が防ぎ、油断を誘ったが失敗している。ヴァンも落下しながら爪を振りかぶり、師匠の攻撃に備えていた。
再度、圧倒的なまでに差のある爪がぶつかるが、今度は師匠ではなく。ヴァンの爪が押し勝った。爪を弾かれた衝撃で、師匠―もとい、魔力の竜も大きな隙を晒す。その絶好の好機を見逃さず、ヴァンは風を纏わせた爪でその首を斬り落とした。―はずが、傷付けたのは竜の持つ大きな翼。
飛行能力を犠牲に、翼を盾にした魔力の竜は、その隙に体勢を整え、ヴァンと同じく落下しながら大きく回転し―その尻尾を叩きつけた。
ただ、ヴァンにとっても、その行動は想定内である。そのカウンターに備えて、防壁を展開しており、辛うじて体へのダメージは最小限済ませて再び空を舞っていく。その一方で、このまま落下するとシャバルガンに直撃してしまうこともあり、師匠も慌てて纏っていた魔力を霧散させ、その余った魔力で作り出したトランポリンに着地した。
「…あっっっぶないわね!」
思わず素に戻った師匠が叫び、ヴァンも体勢を整え、彼女の下へと降りてきた。
「申し訳ない。白熱していたせいで、下のことを完全に忘れていました」
ヴァンも完全に後のことを忘れていたのを謝ると、彼女も気まずそうに目を背ける。
「本来、私が気にかけるべき事だったのよ。腰を折る結果になってしまって申し訳ないわね」
「…こればかりは仕方ないですね。ところで、まだ続けられますか?」
お互い悪い、ということでこの話題は終え、訓練の再開について聞くと、彼女は時計を確認する。
「付き合ってあげたいのは山々だけど、こちらもいくつか仕事があってね。午後から手を付けないと納期に間に合わないかもしれないからさ。今日はここまでね」
覗き込むように彼女の時計を見ると、そろそろ昼を示そうとしており、汗を流したり、昼食の時間も考えれば丁度いいくらいのタイミングだった。それを踏まえて、ヴァンも諦めて空に飛ばしていた角を巻き取る。
「分かりました。では、今日は終了ですね。訓練、ありがとうございました」
礼儀正しく、彼女の前で一礼して感謝を伝えると、彼女は気まずそうに頬を掻いた。
「…前から思ってたけど、訓練してる時だけやたらと礼儀正しいから調子狂うわね」
普段に比べて余りにも扱いが違うので、それを言及すると当たり前のように言われる。
「勿論、この時は師匠の事を黒の竜狩りとして尊敬してるので」
「え? じゃあ普段は尊敬されてないってこと!? 私、ここの管理人よ!?」
初耳と言わんばかりに、目を見開いて聞き返してくるが、ヴァンの反応は冷たい。
「せめて、人として尊敬できることをしてから言ってください」
「えぇ…私ほど出来てる人間いないと思うけど?」
「鏡持ってないんですか?」
阿呆なことを言い出している師匠を切り捨て、ヴァンは降りるために、適当な足場を作ってから、そちらに角を飛ばしてから続けた。
「とりあえず、シャバルガンに戻りましょうか」
「ちょっと話はまだ終わって―!! 本当、こういう時はやたら動きが早いのね…」
オーキスの妄言をそれ以上聞く必要もないので、さっさと降りていってしまったヴァンを見ながら、彼女は困ったように呟いた。
そして、このまま放っておけば勝手にやることを済ませてどこかに消えてしまうことを思い出し、彼女もヴァンの背中を追いかけていく。
「ヴァンー! 訓練してあげた師匠のお世話させてあげるから逃げるんじゃないわよー!!」
尊敬できる要素が全く感じられない台詞を後方から聞こえてきて、ヴァンは深い溜息を吐いた。
「そういう所なんだよ師匠…」
結局師匠に捕まり、一緒に大浴場に向かい、仕方なく彼女の体も綺麗にしてやる。ヴァンもしっかり汗を流してから、その足で食堂で昼食を済ませることにした。
その間も彼女はヴァンと同じ行動をしており、昼食も彼女のワガママに付き合いながらも、自分の分は手早く済ませた。その間にも周囲から憐れみの視線が突き刺さるが、介護されている本人は全く意に介さない。この面の皮の厚さが、彼女なりの強みなのだろうが、付き合わされる方はたまったものではない。
「―じゃ、お昼も終わったし仕事しないとね。ヴァンも付き合いなさいよ?」
「いや、こっちも他所の手伝いしようと思ってたんだが?」
この施設内でも、手伝いが必要な仕事はいくらでもある。ヴァンは食事と寝床を提供されている手前、手が空いてる時くらい手伝っているのだが、今回は師匠に呼び止められてしまう。
「こっちも力仕事が必要なのよ。ここの子たちに任せるには荷が重いから、手伝いなさい」
彼女の言い方に少し違和感を感じ、渋っていたヴァンも理由があるのだと判断して、嫌々ながらも首を縦に振る。
「…分かりました」
「よろしい。じゃ、すぐに始めましょう」
オーキスも先ほどまでのだらしない態度から一変し、すぐに席を立ってキビキビと動き出すが、
「師匠! 自分で食べたものは自分で片付けてください!!」
「あ、ごめんなさいね。ヴァン、やっといて」
「尊敬に値しないのがそういう所だって言わなきゃ分からんのか!!」
当たり前のように弟子に雑用を押し付ける彼女に対し、遂に堪忍袋の緒が切れたヴァンのツッコミが入った。
―一悶着あったものの、無事に2人は食堂から出ていき、彼女の一歩後ろを歩くヴァンは聞く。
「で、どこに向かってるんだ?」
尊敬に値しない師匠に対し、タメ口に戻っていたのは、彼女も多少理解したようで、そこには何も言わない。
「仕事場って言ったでしょう?」
「そうは言うが、俺も師匠の仕事場に行くのは初めてなんだけど」
「そうね。ここにいる子たちには教えたことないし、聞かれてもいつも言わないようにしてるもの」
「それならそう聞かれて当然なのでは?」
正論でツッコミが入り、師匠も今更おかしな事を喋っていたことに気が付いたようだ。
「それもそうね。じゃあ、今から話すけど、この施設、地下の入り口があるの」
「…はい?」
初めて聞く存在に、ヴァンも耳を疑うように聞き返すが、彼女は隠すことなく答える。
「下手に知られて、公にされると困るからね。私もよほどの事がなければわざわざ呼ばないわよ。仕事の手伝いもしてほしいってのも本当だけど」
「…どういう事だ?」
彼女の真意がまだ分からず、再度質問するも、こちらは答えることなく、彼女は前を向く。
「そんなことより、そろそろ入口よ」
そう言って、彼女が指さした先は何もない通路であるが、魔女の魔法に触れ続けてきたヴァンには、違和感のようなものを感じ取った。
「…本当に、何かあるな」
「やっぱり、魔法に慣れてれば気付くものね」
彼女は苦笑しつつ、指を鳴らそうとするが、うまく鳴らない。仕方なく地面を軽く足で小突くと、魔力で隠されていた地下への階段が現れる。
「カモフラージュの魔法か」
「そう。まぁ、公には出てないけど、それなりに使われてる魔法ね」
照明代わりに手のひらの上に魔力で光の玉を浮かべ、ゆっくり下っていく。
「セキュリティに使ってる所はほとんどないみたいだが」
「それは、私が魔女だしね? いつでもメンテできるし」
カモフラージュ自体、それなりに複雑な魔法であるため、それを簡単に扱える魔女でなければ、なかなか家に仕込むことはない。彼女自身、年季の入った魔女である証左でもあるが、そこを茶化すと後が怖いのでヴァンは黙って彼女に着いていく。
そして地下へと降りきった所で、彼女が壁にある照明のスイッチを押すと、淡い魔力の照明に照らされた通路が見えた。ただ、照明は薄いため、遠くまでは見通せない。
「ちょっと歩くわよ」
「了解」
ヴァンは余計なことを言わずに彼女のあとに着いていく。壁も極力触らないようにして、足元に注意しながら進んでいると、彼女が突然口を開いた。
「今だから聞くけど、ヴァンはこの国をどう思ってる?」
「妙なことを聞いてくるんですね」
「そりゃあ、私はこれでも建国の一員だからね。嫌でも、気にかける」
ヴァンの質問に対し、特に隠すこともなく彼女が答える。ヴァンも質問の意図は分からないものの、素直に答えることにした。
「居心地は悪くないですよ。竜狩りとして名が知られる前から」
「それは良かった。それで、今国内外で色々きな臭くなってきてるのは知ってる?」
彼女の言葉に、ヴァンはハッとする。
―それは、少し前、国王と碧の竜狩りとの3人で話をした時のこと。対外戦争の準備、反乱の兆しがあり、息子の安全を求めた時の話を思い出した。
「……知っていたんですか?」
ここまで、師匠なりのブラフである可能性もあり、ヴァンは敢えて主語を避けて知ったように聞くと、彼女もそれを見抜いた上で答える。
「さっきも言ったけど、これでも私は建国の三英雄の1人なの。そういう話が来ないわけないじゃない。
反乱の兆候も、魔女の保護のために対外戦争の準備をしていることも、聞かされているに決まってるでしょう」
はっきりと、何について聞かれたかを答えたのもあり、彼は浅く息を吐いてから答える。
「…何があっても、俺は陛下に付きますよ」
「それは、竜狩りとして?」
彼女としても、ヴァンの覚悟を確認したいのだろう。問い詰めてくるも、彼は自身を持って答えた。
「いえ、金の竜狩りとしてではなく、ヴァルハルトとして。陛下に、頼まれてしまいましたから」
国王と直接会話したことを暗に告げると、彼女はそう、と続けた。
「それなら、安心ね。
私も、プラナも、そこについては話を聞いて、ある程度報告も受けてる。有事の際は、魔女協会として動けるようにね。
当然、内外問わず、この国、というより魔女協会の存亡に関わるようなことであれば、こちらも全力で向き合わなければならない。そうなれば、どうなるかは言わなくとも分かってるわよね」
誰を相手にするかはともかく、この先、彼らは戦争に巻き込まれるであろう予測。いや、予測と言うよりも確定した未来だろう。その時、ヴァンだけではなく、国に属する竜狩りは、国のために戦う必要がある。
その時は、竜を狩るために得た力、呪いを含めて、国のために使えるかという、遠回しな質問。彼女が言いたいことまで理解した上で、彼は答える。
「俺も、黒竜を狩るためには魔女の力が必要なんだ。その時はその時だろう」
ヴァンなりの覚悟。国のため、というより復讐のために必要な力だから戦うという、彼らしい答えに師匠は笑った。
「――そう。それなら、安心したわ。
戦場では顔を合わせないことを祈るわ」
「…どういう事だ?」
意味深なセリフを聞き返すも、彼女は聞こえないフリをして先に進んでいく。答えるつもりはないのだろう、ヴァンも諦めてその背中を追いかけていくことにした。




