第5節 8
レルベアもはっきりと言えるほど、自信がないのもあるのだろう。本当に言いたいことは直接表現を避けて言うも、ヴァンは面倒くさそうに聞き直した。
「で、具体的にどうしたいんだ?」
「…ヴァン、君さぁ」
恐らく、彼は何が言いたいのか全て分かった上で、こう聞いているのだろう。レルベアも苦言を呈すが、ヴァンは敢えて断言した。
「こういうのは、はっきり言葉に出したほうが良いと思わないか?
世の中、話の流れと雰囲気だけで通じることは多いが、案外そればっかりだと伝わるべきことが伝わらなかったりする。悲しいかな、俺はレルベアの言いたいことが分からねぇよ」
間違いなく嘘だ。この場にいる全員がそう思うも、薄ら笑いを浮かべるヴァンはそう言われようと、のらりくらりと受け流すだろう。それも分かった上で、レルベアは深い、深いため息を吐いてからはっきりと、真っすぐに向き合って伝えた。
「はぁ〜~~……。分かったよ、本当に、分からず屋の友人を持つと苦労する。
――コハク、結婚を前提に、お付き合いしてもらえますか?」
その言葉の先、レルベアと向き合っていたコハクは、目を丸くして凍り付いている。そんな状態の彼女に向けて、ヴァンは煽るように促してあげた。
「コハク、不器用だが、こいつなりの精一杯の告白だ。ちゃんと返してやれ」
「ヴァン、一言多―」
「―こっ、、こちらこそお願いします!!!」
苦言を漏らす前に、解凍されたコハクがレルベアに割って入り、大きくお辞儀したのを見て、レルベアもそれ以上、何も言えなくなってしまう。
グダグダではあったものの、2人の告白が成功したのもあって、野次馬2人は笑顔で拍手を送った。
「おめでとう。いやぁ、発破かけた手前、撃沈したらどうしようか、本気で悩んでいたが、良かったな」
「おめでとうございます。いやぁ、良いもの見せてもらいましたよ」
「…ヴァン、君さ、ここまで見越して…?」
告白が成功して嬉しさ半分、友人の手のひらの上で上手く転がされた疑念が半分と、複雑な心境で聞くと、ヴァンは今更ながら種明かしする。
「もう成功したから話していいか。
正直に言うと、お互いその気はあったのは端から見てても明らかだったからな。どうせ、お前は年齢を気にして切り出せなさそうだし、コハクはコハクで魔女であることと、竜への復讐を願っているのもあって、不用意に配偶者を作らないようにしてたってのも分かってた。
今回の件も、俺じゃなく師匠に頼ったってのは、近い視点を持つ女性に相談したいってのがあったんだろう?」
今いる中で、このカップルについて最も詳しいのはヴァンであり、普段から身体だけの付き合いは多いため、そういう男女関係の観察眼には長けているのだろう。それも踏まえた的確な分析を話し、図星を突かれて絶句している2人に向けて続ける。
「ま、そういう事だ。大方、師匠との話自体はもう終わってただろうが、花嫁修行でも称してしばらくはここに滞在してたんじゃないか?」
今回の件の考察を全部話した後、ヴァンは馬鹿にするように笑った。
「ただ、ここに来る時、レルベアが死にそうな声でコハクが寝取られてたらどうしようとか、マジトーンで話してたのは笑ったなぁ。とっくに相思相愛だってのによぉ」
「ヴァン!?」
今になって、1番話して欲しくなかった爆弾を当たり前のように投下され、レルベアが声を上げるが、ヴァンは全く気にしない。
「どうせ、死ぬまで一緒にいるつもりなら、多少の恥はどうせ知られるんだし、今更だろ」
「……確かに」
怒るところを逆に説き伏せられてしまい、彼も大人しく受け入れた所で、コハクがレルベアの袖を引く。
「安心した?」
「…本当に、安心した」
しみじみと言って、そのまま流れでいちゃつこうとした所で、ルナが見るに堪えないと言いたそうに咳払いする。
「サカるのは構わないけど、場所は選んでくれない?」
『はい…』
色々と、面倒だった痴話喧嘩もどきも無事に解決し、何処かへと消えていった2人を見送った後、ヴァンとルナは今後の相談をした。
「弟子が1人、いなくなりましたね」
「短い間だったが、それなりに面白かったよ。
―結果的に、こういう結末で終わって良かったよ」
名残惜しいわけでは無いが、不幸な結末で終わることなく、幸せな方向へと舵を切れたことは、ヴァンとしても希望の終わり方であった。
「…で、今だから聞くけど、あの子は竜に勝てる見込みはあったの?」
「時間をかけて、技術を叩き込めばな」
「見込みはあったってことね」
「魔女だからこそ、だな」
―魔女とは、その権能に目覚めた辺りから、その権能を継承するまでの間、肉体の成長が著しく遅くなる。その余りある時間を使った上で、ようやく勝機が見いだせる、と彼は遠回しに伝える。
「…そっか。でも、ヴァン兄みたいに若い内に竜を狩れた人もいるんでしょ?」
「そいつらは、大前提として1人じゃない。誰かしら協力者や、特殊な技術を持ってる。無論俺も、魔女の指輪だけではなく、忌々しくも、この身体に掛けられた呪いに助けられていたのも事実だ。
魔女1人分の力で、竜に敵うほど甘くはない」
歴代含め、今生き残っている色付きの竜狩りは、多人数の集団となっているか、特殊な技術を持つ少数精鋭に限られている。ヴァンが言う、特殊な技術の括りには、魔女であることは含まれていない。事実、ヴァンは魔女の指輪にて、4人分の力を持っているが、それでも呪いの力もに必要だと話している。それほどまでに、竜を単独で狩るというのは無謀なのだ。
その言葉に、ルナも少し思う所があるようだ。
「……そんなに強くなって、ようやく竜を狩れたとして、普通に戻れるの?」
「戻れるわけがない。俺らは、色付きの竜狩りというのは、竜を狩ったという称号と引き換えに、その生涯を国に監視される人間たちだ」
ヴァンはルナの疑問に即答し、お茶を一口含む。
「その行動には責任がつきまとう。それこそ、何かあれば色付きが、色付きが、なんてな。
国に監視されると言ったが、実際に国に監視されるくらいならまだマシな方だ。監視自体は、国じゃなくて"国民"だ。見知らぬ他人に行動を見られ、恥じるような行動があれば、力ではなく世論という形で袋叩きに遭う。
名前を持つ―有名になるっていうことは、そういう事だ」
「……その割には、ヴァンは割とそこらで暴れるし、やりたい放題してるよね」
とても冷静なツッコミに、彼も悪びれずに答えた。
「なにせ、暴れるところは選んでるからな。昼間から大通りでの乱闘なんてまずやらんし、やるとしたら人の層が変わる深夜帯、しかも協会の前で出来る限りやるようにしてるからな。
俺は魔女協会っていう後ろ盾があって、そこの前での喧嘩なら、協会に余計なことをした人間だって周囲へ誤認させることができる」
「ん? でもレルベアの店でも結構乱闘騒ぎ起こしたって」
「それは色つきになる前だろ。あの時も竜狩りではあったが、有名でもなんでも……」
思いがけない反論をくらい、必死に弁明していたが、途中で不思議なことに気が付いた。
「ん? そんな話した覚えないんだが?」
「いや、それはレルベアから聞いたんだよ」
口が裂けてもスピネからピロートークついでに聞いたなんて言えず、咄嗟に誤魔化す。それに、彼もすんなり信じて、困ったように呟く。
「人の昔話はあまりするなとあれほど…。全く、あいつにも困ったものだな」
うまく誤魔化せた所で、ルナもこれ以上墓穴を掘らないように話題を戻しておく。
「…で、話は逸れたけど、コハクがレルベアの所に行ったんだろうけど、こっちの訓練は増えそうなの?」
元はと言えば、ヴァンの最初の生徒はルナであり、指導の時間を割いてコハクの面倒を見ていた。その間はスピネこと教官からしっかりと授業を受けていたのだが、授業の度に毎晩、魔力補給や彼女のメンタルケアも兼ねて突き合わされるのも体力的に辛い。本音は言わないものの、ルナの必死な目に、ヴァンは小さく笑う。
「まぁ、改めて予定を組み立てて考えようか。できるだけ、お前との時間も作ろう」
「頼みますよ」
彼のかなり本気の頼みに、ヴァンはそうか、とだけ答えて立ち上がる。
「さて、いつまでもここにいると休みすぎてどこかダメになりそうだ。
早速、少し体を動かすか。中庭行くぞ」
「はい、今日もよろしくお願いします」
ヴァンの指導は為になることも多く、スピネの件を除いても、彼としても望んだものであった。
―そして、教育と称したルナとの組み手を終え、持ってきていた手ぬぐいで汗を拭きつつ、空を見上げると、もう日が沈みかけていた。
「今日はもう終わりだな」
「…はぁ、はぁ……、ありがとう、ございました……」
仰向けに倒れ、息も絶え絶えになりながらも、ルナは訓練への礼を言い、ヴァンはそんな彼の手を掴んで引き起こしながら応える。
「お疲れ様。汗を流してから飯を食いに行くか」
「、はい…」
平然としているヴァンとの体力の差を思い知らされながら、ルナも立ち上がり、ふらふらと彼に着いていく。
「―そういえば、お前は何で魔女協会に来たんだ?」
シャバルガン内にある大浴場で、シャワーを浴びていたヴァンがふと聞いてくる。
「どうしたんですか、ヤブから棒に」
隣で体を洗っていたルナが聞いてくると、彼は今更ながら答える。
「いや、シャバルガンからここに来るやつなんて滅多にいないんだよ。俺も十数年いるが、ここからの後輩ってのはお前くらいだったからな。ただの興味だ」
確かにそう言われると、ルナを含め、適齢期を超えて、シャバルガンから離れていった先輩たちも、腕っぷしに自信のある者たちは皆、王国の軍部や、オーキスと繋がる有力者の擁する私兵に紹介される者ばかりだ。数多の選択肢の中でも、魔女協会、それも外回りという、特に危険な就職先を希望する者なんてまず居ない。
そう言われると確かに尤もな質問ではあるが、出会って数ヶ月経った後に聞くのは今更ではある。とは言え、ヴァンも単純な興味で聞いているだけで、深い意味はないのだろう。ルナも別に隠していた訳でないので、素直に答える。
「…ウチって、傭兵組合の加入は許してないでしょ?」
「そうだな。まぁ、ここは便宜上魔女協会の設備の1つだからな」
「そういう事だよ。
元より、俺はあんまり集団行動とか得意じゃなかったからさ。ここでも、大人しくはしてたけど、馴染んでた訳じゃない」
ルナは元々、貧民街のスラムの出身。同じ境遇の少年たちで群れることはあっても、仕事のために、裏切られることも日常茶飯時だ。実際、彼も裏切られた結果、シャバルガンに引き取られているのだ。どうしても、集団行動に拒否反応が出てしまうのは仕方ない所もあるのだろう。
「そうか。俺とか、教官相手なら大丈夫なのか?」
「…2人はさ、絶対に見捨てたりなんてしないって知ってるから」
「そうか」
ヴァンは淡々と言ってから、小さい声で伝えた。
「ちゃんと、信用できる相手はこれから増やしていけよ? 上辺だけであっても、まともな相手の交友関係は広げておいて損はないからな」
「それは、先輩からのアドバイス?」
茶化すように彼は言い、ヴァンも小さく笑う。
「そんなところだ」




